2020/08/22 のログ
小金井 陽 > 「知り合いんとこに?
ほーん……」

目をぱちくりさせ、『ルームシェアでもしてんのかな?』と思考を巡らせる。
沙羅の身に起きた顛末は、ほぼ一般人たる陽はあずかり知らないことなのだった。

「ふんっ、相当な金額。やり甲斐あるじゃねぇか?
設備も素材も超一級のモンを揃えた時点で、そんなん覚悟の上だっての。」

借りを返さないのは仁義に反する、と言わんばかりに反骨心たっぷりの、獰猛とも取れる笑み。理央への親しみを消さないままのそれは…初めて見る笑顔だが、思いのほか負けず嫌いなのだろう。

「それがいいや。笑っとこうぜ、自然に自然に、な。
おう、任された。そんじゃあちょいと待ってくれ。」

実際、美味しいスイーツを前にした理央は、その顔立ちからしても下手な美少女が裸足で逃げ出すような蕩ける微笑みを浮かべるのだが、そんなことは友人の前では言わずに…言ったら絶対意識する、と確信持って。

そういって、厨房の方に引っ込むパティシエ。

…待っている間、暮れなずむ夕日が差し込むラ・ソレイユの店内は、賑々しい気配からゆっくりと切り替わり…のんびりと、気を抜いたらウトウトと微睡みをもたらすような優しい空気を漂わせている。

神代理央 >  
「……ふうん?存外、やる気じゃないか。勿論、無理強いはせぬし、先ずは体調だのなんだのを慮って欲しい所ではあるが――それなら、『投資』に見合った買い物であったと、期待させてくれよ?小金井」

初めて見る、彼の獰猛な笑み。勿論それは、此方への攻撃心というわけではない。
だかしかし、飽くなき向上心と負けず嫌いさを露わにした様な彼を見れば、此方も浮かべる笑みと言葉は、挑戦的なもの。
勿論、友人としての態度やスタンスは崩さない。それでも、その言葉と笑みは『神代理央』から『小金井陽』に投げつけられた、言わば青春めいた挑戦状のようなもの、なのだろう。

「自然に…か。確かに、普段はこう、不自然に笑っている自覚はあるけど…むう…」

優等生の仮面を被っている時は、礼儀正しく真面目な笑みを浮かべる少年である。とはいえ、それが不自然である事くらいは流石に自覚があった。だからこそ、自然な笑みとはと言わんばかりに、己の頬をむにむにとマッサージしていたり。

さて、厨房へ引っ込んだ彼を見送った後、ぼんやりと店内に視線を向ける。
ピークの時間は過ぎたとはいえ、店内にはまだ客の姿が見られる。
スイーツに舌鼓を打ちながら、会話を楽しむ客達を眺めた後、穏やかな黄昏に切り替わり始めた外の景色を、ぼんやりと眺めるだろうか。

やがてそれは、意識を刈り取る静かな重りとなって、少年の瞳から力を失わせていく。くぁ、と思わず小さな欠伸を零してしまう程に。

小金井 陽 > 「―――――――
――――-い。
―― おーい。気持ちよく寝てるとこ悪ィけど、準備できたぜ。理央っち。」

とても安らかな微睡みで、こくり・こくりと船を漕いでいた少年を優しく揺する、太陽の手。
…のんびりと微睡みから醒める五感は、まず匂いから。
好く下準備されたティーポットから、鮮やかな紅茶がカップに注がれ、ふわっと理央の嗅覚を刺激して、覚醒に向かわせる。

「そんでもって、秘密の限定メニュー…『常世苺のタルト』だ。沙羅ちゃんが大絶賛した自信の逸品だぜー?」

そういって自信まんまんで差し出されたのは、艶やかなシロップで薄くコーティングされた白苺のタルト…
稀少極まりない常世苺をふんだんに使い、その下には丁寧に拵えたカスタードクリームが、タルトビスケットの上にとっぷり乗せられて、少量のホイップクリームがアクセント。
その上にクラッシュナッツが散りばめられ、食感のアクセントを添える。

……以前提供されたスイーツも十二分すぎるほどに旨かったが…目の前に提供されたものは、それとは異次元に属するものの気配を感じるだろう。

この二か月で、相当の修練を重ねたのがこの一品から見受けられる。まるで、来客した人々の期待に、応えるように。

神代理央 >  
微睡む思考の中で、ぼんやりと声が響く。
何事か、とぱちぱちと瞬きして――今自分が何処にいるのか、思い出した様な少年の姿。少なくとも、仕事中は決して見せないであろう、無防備な表情で、揺すられる儘にぼんやりと彼に視線を向けて。

――その視線は、鼻孔を擽る香りの元へと自然行きつくのだろうか。

「……ああ、すまない。眠ってしまっていた、か。
良い匂いだ。それに常世苺――」

其処で、思考が覚醒に至る。

「………常世苺?また、随分と希少なものを…。こればかりは、金を積んだ所で手に入れられるとは限らないだろうに」

ほお、と感心した様な声を上げながら、目の前に置かれたタルトへ視線は釘付け。
贅沢に使われた常世苺もさることながら、そのタルトそのものが視覚から美味で有る事を訴えている様な気さえする。
良い意味合いとして、視界の暴力という言葉が相応しいだろうか。スイーツから気配を感じる事など、早々無いというに。

「……これはまた。とんでもないものを用意してくれたものだな」

言葉だけみれば悪態にも取られかねないが、此れは純粋な驚き。驚愕。常世苺という物の希少性と、目の前のタルトそのものの完成度の高さに、唯瞳を見開くばかり。

「……これ、その。食べて、いいのか?」

ディスプレイ用の一品、と言われても納得がいく。というか、食べるのが勿体ないくらいだ。
それでも。まるで答を急かす子供の様な口調と瞳を、彼に向けてしまうのだろうか。

小金井 陽 > 「とある筋から、提供してもらってな。
『これを使って最高の逸品を作ってくれ』ってな。 
てっきり理央っちのコネから声かけてもらったと思ったんだが、違ったのか。」

『白い宝玉』とでも言うような佇まいのタルトを目の前に、眼を開くオーナーへ、そう問いかけるパティシエ。
そうそう回ってくる素材でも無いからこそ、理央が手を尽くしてくれたのかと思ったが、違うようだ。
よくよく考えれば、ここ二か月ばかりの少年は風紀の仕事でてんやわんやとしていたようだから、当たり前かと一人納得して。

「おう。勿論だ。
…というかな。
可能だったら、いの一番に食って欲しかった代物なんだよ。お前に、な。
食え食え、食って感想聞かせてくれや。」

異性だったら、告白にも取られかれないようなセリフを、にかーっと子供めいたイタズラな笑みで無邪気に向けてくるパティシエ。
その言葉は、子犬めいて童心に帰ったスイーツ大好き少年には福音である…

神代理央 >  
「…ああ、私じゃない、な。少なくとも、常世苺の生産者やバイヤーに伝手があるわけじゃないし…」

彼の言葉通り、此の常世苺の件は全く絡んでいない。
勿論、伝手があれば手を尽くしただろうが――其処までの余裕が無かったのも、彼の思う通り。
だから、純粋に眼前のタルトには驚愕の表情を隠す事も無いのだが――

「……そうか。しかし…ウチのパティシエ殿には、女たらしの才能も有る様だな?お前のパートナーは幸せ者だろう。毎日お前の手料理が食べられるのだからな」

だから早く彼女でも作ればいいのに、と無邪気な笑みを向ける彼に頬を緩めながら。
では、と言わんばかりにナイフとフォークを手に取って。
そっと、そっと切り分けて、口に運んだ。
もぐもぐ、と小さな口を動かしてゆっくりと味わう様に咀嚼し、こくり、と飲み込んで――



「…………ふぁ」



感想を口にする余裕も無かった。
ほわ、と幸せそうに微笑むと、唇から零れ落ちるのはだらしない程に緩んだ吐息。
今の己を見て『鉄火の支配者』などと思う者は誰もいないだろう。
それ程に緩み、ぽわぽわぽやぽやした、笑み。

どんな飾り立てた言葉よりも、その表情と吐息は、彼に伝えているだろうか。この極上のタルトを一口頬張った、その感想を。

小金井 陽 > 「ふーむ、んじゃあ誰なんだろうな…
ま、今はそりゃあ置いといて、だ。食え食え。

…んんっっ??いや、彼女出来りゃ勿論毎日うまいもん食わせっけど、んんん???」
続く言葉は理解できたのだが、冒頭の『女たらし』たる褒め言葉??には巨大なクエスチョンマークを浮かべる小金井陽。
純粋たる好意でコレなのだから、このスイーツバカに異性としての好意を向けられた時の熱量を想像するだに…相手の苦労が伺える、かもしれない。

「――――――どーだ、旨いだろ。」

にっぱりと、会心の太陽の笑み。
「俺は、そういう顔が見たいから菓子作ってんだ」と言わんばかりの、矜持と歓喜に溢れた笑みだ。

………常世苺の、上品かつジューシィな濃厚甘味を一切損なわせることなく、香り高くタルトという盤上に纏め上げた一品は、珠玉と評するに十二分で。
神代家の御曹司たる理央ですら…ともすれば、親御たちですら食べたことのないような逸品であった。

神代理央 >  
「……分かっていないなら、別に構わんよ。私も説明出来る程経験値があるわけでもなし」

適当に言い訳したが、一番は『黙ってた方が面白そう』とか思ってしまったからだろうか。こういうのは、自覚させないでおいた方がきっとおもしろ――彼の為だろう。
彼に好意を向けられるであろう未来の彼女に、内心謝っておいたりおかなかったり。

「……うん。美味しい。すごく、美味しい!生まれて初めてだ。こんな美味しいスイーツ食べるの」

こくこくと頷きながら、にこにこと笑って彼の言葉に頷く。
その間にも手は止まらない。丁寧に。丁寧にタルトを切り分け、少しずつ少しずつ口に運んでいく。
切り分けているその瞬間すら、幸せそうにふわふわと笑っているのだろう。
時折、紅茶で喉を潤しながら、枯れ果てた大地が水を飲み込む様に。
幼さすら垣間見える様な柔らかな笑みで、タルトを頬張り続けている。



こうして、極上のタルトを堪能し、その後も彼が準備したスイーツに舌鼓を打ちながら。
とても幸せそうな笑みで、全て完食する事になるのだった。



そして、全て食べ終え、店を後にする間際。
とことこと彼に近付いて、自分より少し背の高い彼を見上げて。

「……また来る。今度は、沙羅と一緒に、かな。今日はありがとう。おかげで、明日からも、頑張れる」

ふわり、と柔らかな笑みを浮かべて。
少年は陽だまりを後にする。鉄火の支配者として、再び落第街へ君臨する為に――

小金井 陽 > 「……んんんーーーー???」

まるで答えの出ない哲学を突き付けられたように、小首を傾げるパティシエ。その様子が、妙に笑いを誘う仕草である…

「よーしよしよしよーしっ、それが聞きてぇんだっっ。
また作ってやっからなーっ!」

同じようにニッコニコで、手が止まらずに苺タルトを食す理央を見続けるパティシエ。
難しい理屈や難題、考えなければいけない問題ごとや頭を悩ませる先々のことは、一度傍に置いて――――

単純明朗で、たのしく心弾む空間に身を置く少年二人が、そこには居た。

そして。
タルトと紅茶を完食して、晴れやかな笑みを浮かべる理央の前に立って、腕組み微笑む。

「おう、沙羅ちゃんも誘ってやんな、きっと喜ぶぜ。」
あのホニャ顔見せれば、喜ぶだろうしな、とは言わずに。

「あんまり頑張りすぎんなよ。…っていっても、きかねぇだろうな。ったく、ほどほどにしろよー?
……あとな、理央っち。」

毅然と、陽だまりを後にする鉄火の支配者の背中へと。

「『小金井』はもう止めて、『陽』って呼んでくれよ?

ダチとして、な。」

頑張りすぎるほどに頑張る『友達』を、暖かく見守り送るのだった――――。

ご案内:「学生通り」から小金井 陽さんが去りました。
ご案内:「学生通り」から神代理央さんが去りました。