2020/09/03 のログ
ご案内:「学生通り」にキッドさんが現れました。
■キッド >
学生通り、雑居ビル屋上。
恐らく、学生通りの中では一番高い建物だろう。
吹き抜ける涼風が程よく髪と衣服を靡かせてくれる。
夜空に輝く星々を碧眼で一瞥し、騒がしく音が漏れる片耳イヤホンの音に耳を傾けていた。
少年の足元には、この学生通りには似つかわしくなく細身のライフルが立てられている。
「フゥー……」
静かに吐きだす白い煙が、夜空へと消えていく。
これは、夜間警邏兼、風紀の仕事である。
■通信機の声 > 『────此方早瀬、犯人は商店街通りから逃走中。青木と俺で上手く追い詰める』
■キッド >
風紀委員の仕事は、一般的に言えば島の外の警察機構と変わらない。
違う所と言えば、この学園全体に言える事だが学生主体に運営されている事か。
返って、自分のような人間が年齢を気にせずに入れるというのは自分的には悪くない事だと思っている。
「…………」
片耳イヤホン、風紀委員会支給の通信機から忙しなく老若男女の音声が交差する。
勿論、風紀委員とは所謂『一般生徒が立ち寄らないような場所』へと赴き
警邏、或いは違反者、組織への対処を行う事もある。
ありていに言えばドンパチ命のやり取りだ。
だが、そんなものは頻繁しておきやしない。
自ら蜂の巣を突く真似をするならばともかく
そんな事が毎日起きてたら、今頃風紀委員は殉職者の山が出来ている。
やはり、主に対処すべき相手と言えば……
そう、こう言った表にも出るような子悪党である。
通信機越しからも聞こえたように、今回の相手は盗人。
如何やら、つい最近巷じゃ有名になり始めたコソ泥らしい。
フ、とあざ笑うように鼻を鳴らせば、キッドはイヤホンを二回叩いた。
「オーケー。コッチは既に定位置だ。
相手は……ヘッ、『空を飛ぶ異能』ね。上手くポジションまで追い込んでくれよ?相棒」
■通信機の声 > 『やれるだけやってみるけどなァ…!つーか、アイツはっや!そりゃ、目の前で犯行する自信もあるわ!』
■キッド >
「どれ……」
カッ、とライフルのストックを蹴り飛ばせば宙に浮いた。
それを慣れた手つきでキャッチすれば肩に担ぎ、商店街方面を見据える。
キッドの異能は即ち"瞳"、その目のあらゆる機能を強化する異能だ。
キッドにスコープはいらない。この目こそスコープの他ならない。
「───────……」
意識を集中させる。キャップの奥の碧眼、瞳孔が広がる。
途端、自らの視界が極端にズームした。
遥か彼方、常人には見えない商店街の景色、街並みが一望できる。
人々の波をかき分け、早瀬と青木の姿が確認できた。
二人とも風紀委員の実働部隊に出るような男だ。
障害物競走くらいはお手の物だろう。
「……………」
その前方に見えるのは……身なりのいい青年。学生か。
不法入島者にしては身なりがいい。恐らくは地球人。
必死に追いかける早瀬と青木をあざ笑うように
風を切るかのように他の学生の頭上を鳥の様に突っ切っていく。
あの悪ガキのような笑顔、恐らく
『ちょっと異能があるから魔が差した結果上手く行き過ぎて続けてる』タイプか。
「だからって、風紀委員の目の前で堂々と盗むかね……」
呆れた声と共に、ライフルを構えた。
手すりに銃身を乗せ、犯人を見据える。
「早瀬、青木。そのまま真っ直ぐだ。150m地点でキメる」
■通信機の声 > 『150m!?せめて100にしろ!コッチはどんだけ走ってると……、…!キッド!』
■キッド >
通信機から、早瀬の怒鳴り声が聞こえる。
だが、キッドの耳にはそんな声も届かない。
瞳の向こう側、犯人<ホシ>の動向を一挙一動追いかけている。
意識が視界に集中する。瞳孔が鋭く、細くなっていく。
異能の効果により、より景色が鮮明に、そして視界の流れがゆったりと遅くなっていく。
自分だけ時間に取り残されていくような錯覚。
何度も引き金を引いてきた時と同じだ。
早瀬の聞こえない声と同時に、犯人<ホシ>の体が上向きになった。
恐らく、更に跳び上がって行方をくらますつもりだろうが……。
──────ニヤリと口角が釣り上がる。
「──────遅いよ」
容赦なく引き金が、引かれた。
■キッド >
銃声の代わりに、ごく僅かに屋上に響いた小さな擦り切れ音。
銃口につけられたサプレッサーによる消音効果だ。
平和に暮らす学生たちに、銃声は届けられない。
視界の先、放たれた銃弾が見事犯人<ホシ>の胴体に着弾した。
何時もなら見慣れた血液が弾ける所だが、今回は違う。"特別性"だ。
着弾と同時に、犯人<ホシ>の体を包むように弾力性と粘着性の高い白い物質が広がり
あっという間にその体を拘束し、付近の建物へ叩きつけ貼り付けにした。
暴徒鎮圧用の特殊弾『トリモチ』だ。御覧の通り殺傷能力は低く
余程の怪力でなければ、そう簡単に抜け出せやしない。
「…………」
ただ、腐っても銃から打ち出したもの。衝撃はある。
犯人<ホシ>の顔が苦痛に歪んでいるが、チンケなことした罰と思ってもらうしかない。
程なくして追いついた早瀬と青木に、犯人<ホシ>は確保されるだろう。
「……ミッションコンプリート、だな」
■通信機の声 >
『ハァ…ハァ…!ふぅー。なーにがミッションコンプリートだよ!カッコつけるな!』
『ま、ありがとなキッド。しかし、お前がこんな奴に応じてくれるなんて、どういう風の吹き回しだ?』
■キッド >
早瀬の言う事は尤もだ。
"キッド"と言えば、過激派と自他共に認める風紀委員。
それこそ、"自分から蜂の巣を突く真似"をするような男だ。
その銃弾は必ず、いかなる犯罪者にも傷跡を残す。
そう言う役割(ロール)のつもりだった。
煙草の煙を吸い込み、軽く肩を竦めた。
「ふ、ちょっとした点数稼ぎさ。
アンタ等の仕事も、たまには手伝ってやらねェとな?
……それに、毎日硝煙を吸ってると、飽きちまうもんでね?」
相変わらず軽口を叩くように答えた。
言ってる事の全てが嘘ではない。
今でもああいった小悪党ですら許すつもりは無い。
ただ……。
「しかし……雑貨品に宝石、極めつけに下着泥棒とはね……」
「"くだらねぇ"事しやがって……まったく」
"くだらない"事。
悪党に対する此の言葉の意味が
自分の中で変わり始めているのは、わかる。
■通信機の声 >
『ホラ、大人しくしてろ……!全く、流石に俺等の前で女子寮から下着パクんのはどうかしてるぜ……!』
『それじゃぁ、キッド。すぐにコイツを送り届けるから、俺の代わりに青木と一緒に警邏を続けてもらっていいか?すぐに俺も戻るからよ』
■キッド >
「ふ、オーライ。しかし……こういう時に雨夜の旦那が要れば、足として便利なんだがね」
いっそのこと、空飛ぶサーフボードでも風紀全体に配布すれば
ああいう連中の対処も楽だろうに。
担ぎあげた細身のライフルの砲身を回せば、即座に外れた。
拳銃ならまだしも、こんなものを学生通りのど真ん中で持ち歩くわけにもいかない。
一通り分解すれば、傍らに置いてあったケースへときちんと配置し、ふたを閉めた。
「さて、と……」
まだまだ夜は長い。
この島の秩序を護る風紀の時間は続く。
あながち点数稼ぎと言うのも嘘じゃない。
自分の中で未だ答えが出ない悩み、そして変わった引き金を引く意味。
そして、何よりもあの発砲事件を"かばわれた"事は、キッドの中で思う所もあるのだ。
「……また、話つけねェとな……」
勿論これは単なる仕事だ。彼女にかばってもらったから、何て理由で動いてはいない。
それでももし、何処かで見てるなら、少しくらいはあの時と違う姿を、彼女に見せれるだろうか。
"答え"と呼ぶには、まだギクシャクとした姿だろうけど
何時か、本当の意味で引き金を引く意味を見出せるかもしれない。
「……行くか……」
夜空へと踵を返し、階段へと向かう。
■キッド >
雑居ビルの階段を下りる最中
徐に携帯端末を取り出せば、電話帳を開いた。
選ぶ先の名前はもちろん、『修世 光奈』
しっかり通信マイクをオフにし、携帯を耳に当てる。
「──────もしもし、光奈か?ああ、俺だよ」
自らもこの光の日常を享受する為に
多くの平和を享受するものたちの為に
自分が愛する、尊敬する多くの人々の為に
■キッド >
─────……今日もキッドは引き金を引く。
ご案内:「学生通り」からキッドさんが去りました。