2021/11/17 のログ
ご案内:「学生通り」にノアさんが現れました。
■ノア > 学生通りの一角、扉の閉まる音を背に追い立てられるように路面電車を降りる。
慣れた埃っぽさとは色を異にする人込みに、夢でも見ているかのような錯覚を覚える。
(歩きづれぇ……)
慣れない服に慣れない靴。
そのせいだろうか、歩みを進める足は澄んでいるはずの空気に掴まれているように重い。
普段の装いとは別物、比較的カジュアルな物を選んだはずだがさぞかし浮いている事だろう。
いたたまれない気持ちこそあれど、落ち合う為に出向いた苦労を無駄にもしたくない。
公園というには狭い、時計台を中心とした広場にある花壇の淵に腰を降ろして太陽を見上げる。
「さっむ……」
吹き付ける風こそ肌寒さを持つが、日照りの中にあればそれが心地良いそれも月夜の下では恨めしい。
待ち人は例にもれず仕事の依頼者、ただ初めて会う相手でもない。
旧知の仲といったような聞こえの良い物では無く、ただのかつての仕事相手。
よほど変わっていなければ風貌で気づけるし、相手とて姿を見せれば己と分かるだろう。
数多の依頼者の内の1人、かつて裏の世界から足を洗いたいと縋ってきた若き違反部活生だ。
■白パーカーの少年 > 『あ、いたいた!
お待たせしました!』
パタパタと音を立てながら走ってきた足を止め、声を上げる少年。
■ノア > ――元、をつけ忘れたな。と、胸の内で訂正する。
かけられた声に、住む世界が変われば人はこうも変わるかと笑いそうになる。
声が、表情が、立つ姿が。もはや別人のようであった。
「元気そうだな、手を貸した甲斐もあったってもんだ。
立ち話もなんだし、何か食うか?」
笑うのは無礼かとも思ったが、堪えられる物でも無かった。自然と頬が緩む。
無垢な子供の顔をされては、半端に裏と表を跨ぐ自分は立つ瀬がない。
手近な喫茶店に入り席に着くと、再会を喜ぶ言葉を並べてから近況等を伺う。
■白パーカーの少年 > 『へへっ、見てくださいよコレ』
言いつつ一つの腕章を鞄から取り出す。
風紀委員会に所属することを示す物だ。
偽物やコスプレグッズの類ではないことは、見る者が見れば一目瞭然。
『……盗んだりしてないっスよ?』
■ノア > 「あのやんちゃ坊主が今では風紀の仲間入りね。
良いじゃねぇか、守りたい物ができたんだろ?」
きっかけは異能の弱さによるコンプレックスだったと聞いている。
裏に出回っていた異能の出力を底上げするドラッグを求めて踏み込んだが最期、
金を借りてはクスリを買い、働いては金利に追われてまた他所から借りて。
雁字搦めにされボロボロになっていく身体で、最後に頼った人間に助けてもらいどうにか返済を終えたという。
そうして晴れて表に学生として復帰を叶え、ここに至るというわけだ。
■白パーカーの少年 > 『あの人が今元気にしているかが気になって……
ほら、落第街とウチってつい最近まで、その――』
戦争をしていた。
平和な街中で口にするには不釣り合いな言葉に言いよどむ。
■ノア > 言いづらそうにする少年を、片手を出して制する。
「そうだな。
瓦礫ン中に埋もれた奴もいるし、捜すのも一苦労だ」
風紀の今回の攻勢は、比較的大がかりな物だった。
根こそぎ街を滅ぼすような事こそ無かったが、
風紀を敵に回すとこうなるぞ、という威を示すには十分だっただろう。
当然、その先に犠牲はあった。
今も寝床を失った者もいるし、安否の分からぬ者なども多い。
■ノア > 「んで、その『あの人』ってのは?
名前とまでは行かなくても所属なりなんなりの
多少の情報が無いとアテも無く探すってワケには行かねぇよ」
目の前の少年に触れて、深く深くまで潜り込めば出来なくはないが、時間と負荷が段違いに違ってくる。
あの街の事だ。
既に帰らぬ者になっている可能性は少なくはない。
■白パーカーの少年 > 『もしかしたら所属や立場は変わっているかもしれませんが、
金貸しをやっている、黒髪に糸目の男性です。
僕が聞いていた名前は――』
その時、すぐ近くの通りをバイクが風になって抜けて行った。
声に出した名前はけたたましい排気音にかき消されていた。
■ノア > バイクが爆音を鳴らして駆け抜けていく。
数瞬遅れて、近しい速度で道路で風になる風紀の車両。
名前の部分が上手く聞き取れなかったが、
僅かに聞こえた音と動いた口の形は読み取れていた。
そこに糸目の金貸しというだけでピンポイントに思い当たる人物の顔が浮かぶ。
「あー、オッケ―。これならすぐに済むだろ。
んで、どうしたい?
会いたいのか、安否確認だけで良いのか。それとも何か渡すか?」
落第街で情報を追う者なら顔と名前くらいは知っているだろう。
■白パーカーの少年 > 『……会いたいけど、落第街に出向くのは違う気がして』
風紀委員があの街にいたずらに踏み込むのは、あまり良い顔をされないだろう。
特に戦火の後だ、袋叩きにされてもおかしくはない。
『もしも無事なら、これを渡して欲しいです』
手渡すのは一つの便箋。
■ノア > 「――ん、決まりだな。
安否確認とコイツのお届けね。
代金はいらねぇ。
そんかわり俺がヘマした時に手回しでもしてくれ」
差し出された青い便箋をヒラヒラと光に翳して内に手紙らしきものが納まっている事を確認してクラッチバッグにしまう。
「しかしまぁなんてーか……」
変な縁もあるもんだ。
それに――
「――本人は感謝されてるだなんて、気づいてんのかね」
カタリ、と音を立ててコーヒーとサンドイッチのセットがテーブルに置かれる。
遠く離れた落第街にいるだろう男に思いを馳せて、黒い水に砂糖を落とした。
ご案内:「学生通り」からノアさんが去りました。