2022/11/06 のログ
ご案内:「学生通り」にアリシアさんが現れました。
■アリシア >
私は。
どうにも。
この野良猫というやつが苦手だ。
夕方。学生通りの河川敷にて。
私は野良猫を隣に空を眺めていた。
猫は誰かが置いていったエサ皿を舐めている。
腹を空かせているのだ。
私は偶然持っていた猫の餌が入っている缶詰を開封し、
エサ皿に入れた。
にゃあ、と鳴いて食べ始める猫を隣に、私は嘆息した。
■アリシア >
もうすぐ冬が来る。
この野良猫は生きて春を迎えることができるだろうか。
そのことを思うと憂鬱な気持ちになる。
かといって餌をやるのは自己満足だ。
一時しのぎの優しさは彼のためにならない。
彼に必要なのは、環境であり今日限りの餌ではない。
彼はこれからどうなるのだろう。
寒風が吹き、彼は私に体を擦り寄せた。
「……寒いのか?」
おっかなびっくり、撫でてみる。彼は拒みはしなかった。
距離感がわからない……これだから野良猫は苦手だ。
■アリシア >
賃貸を借りている私に。
彼を飼うことはできない。
彼にいつまでも構っているのは良くないことだ。
彼は彼の命を生きている。
余人が邪魔をしていいわけがないのだ。
特殊な遺伝子を持っていようと。
異能がフォースステージだろうと。
私に彼を救う力はない。
河川敷で膝を抱えて夕焼けを見ていた。
いつまでも、いつまでも。
あと二時間もすれば夜が来る。星が落ちる……
■アリシア >
不安そうな顔をしている私に気付いたのか、
彼がニャアと鳴いて私の手を舐めた。
私を元気づけようとしているのだ。
ハンカチを錬成して野良猫の顔を拭った。
「私はいい、そんなことより君…顔が汚れているぞ」
「端正な顔立ちなのだから身だしなみは大事にしなければ」
彼の顔を拭うと、黒猫特有の毛艶がはっきりわかる。
彼はこの街でどうやって生きてきたのだろう。
年若そうに見えるが、冬の迎え方を知っているのだろうか。
つい、考えすぎてしまう。
■アリシア >
「なぁ、お前……」
喉の辺りを撫でながら聞いてみる。
私に猫と喋る技能はないが。
「お前はどうしたいんだ?」
「人に飼われたいのか? 自由に生きていたいのか?」
「それとも……両方か」
エサ皿を水で洗ってから残った水を違う容器に入れる。
……もっとぬるい水のほうがいいだろうか。
わからないが、少し温めてみるか……
「黙っていてはわからない、教えてくれ」
「お前が………どうしたいのかを…」
その言葉は、自分に向けられていたようでもあり。
私、アリシア・アンダーソンという存在を追い詰めるための言葉でもあった。
ご案内:「学生通り」にシャルトリーズさんが現れました。
■シャルトリーズ >
「ふぃ~……今日もお仕事終了終了~」
桃色髪を揺らしながら、てこてことドワーフが河川敷の傍を歩く。
早めに仕事が終わった暇な日は、
このように散歩をしていることが多い。
更に余裕があれば、ゴミ拾いもしている。
本日も大きなゴミをあちこちから拾いながら、
この河川敷を歩いているのだ。
中にあるのはダンボールやら紐やら、プリントやら。
様々なゴミが詰まっている。
ゴミが散乱すれば心も荒む。
ゴミ拾いも、生活委員のお仕事だ。幸い、近頃は自主的にゴミを拾う生徒も多い。
さて、取り止めもない思考を走らせながら河川敷まで来てみれば、
そこには猫一匹と少女が一人。
その様子を暫し眺める小さなドワーフは、
顎に手をやりながら見守っていたのだが、
ややあって何かを思ったのか、少女の方へ歩き出した。
「そんなところに居ると、風邪を引いてしまいますよ~。
このところ冷え込んできていますからねぇ~。
あまり寒くならない内に帰りましょう~」
きゅっと絞ったゴミ袋の口を右手に持ったまま、
両手を合わせれば、ほわほわとした口調で
眼前の少女に声をかける。
■アリシア >
私に声が届く。
声を発したのは当然だけど、野良猫ではない。
河川敷のゴミ拾いをしていたと思われる少女だった。
「ああ、いや……」
「そうだな、もう帰る時間だ」
それでも私はどうしても立ち上がる気になれなかった。
「先輩だろうか……だとしたら敬語ができずすまない」
「イギリスから留学している、一年のアリシア・アンダーソンだ」
猫がにゃあと鳴いて。
「彼も挨拶をしているようだ」
そのまま喉を撫でると、彼はゴロゴロと喉を鳴らした。
「あなたはゴミ拾いを? なかなか大変な仕事だ」
「キレイな街づくりと言えば聞こえはいいが……」
「いい仕事はいつだって単調で延々と続く地味な作業だ」
■シャルトリーズ >
「……こっほん。こう見えて先生でーす」
ちょっと控えめにアピール。
ぴん、と少し胸を張っているが、
別にふんぞり返っている訳ではない。
「シャルトリーズといいま~す。
保健課に居ますから、怪我をしたり、身体の調子が悪い時は
頼ってくださいね~」
にこりにこりと笑みを浮かべて、挨拶。
敬語云々の話をする時は、手をひらひらと振って
『必要ないです』のサインを送る。
「あはは、猫に懐かれるのは悪い気がしませんねぇ~」
手にしていた緑色のゴミ袋をすぐ傍に置くと、よいしょと
腰を屈めて少女が相手をしていた猫と目線を合わせる。
そうして、不思議な雰囲気の少女――アリシアを見上げた後、
周囲を見渡す。
河川敷は広々としていて、ここに座っているだけで
何処か心に涼風が吹いてくる心地がした。
「ま、地味な作業ですよねぇ。
誰かに褒められる訳でもなし。
でも、私はゴミ拾いとか掃除とか、好きなんですよねぇ。
何だか、自分の心もきれいにしてる感じがして~」
何かをしてるってことは、常に自分と向き合ってるってことなんですよ、と。
穏やかな口調でそう口にして、それからシャルトリーズは
少女へ問いかける。
「じゃあ帰りましょ……と言いたいところですけど、
その猫ちゃん。気になるんじゃないですか?」
もしかしたら、ただの思い違いかもしれないが。
眼の前の少女の無垢さというか、純粋さというか。
そういったものが、
彼女をこの哀れな野良猫の元に縛り付けているのではないかと
感じ取った。遠目に少女と猫の様子を見ていて、
自然と思い至ったところでもある。
■アリシア >
なんと、目の前の少女はせんせい。
なおのこと自分の言語能力の未発達が恨めしい。
シャルトリーズと名乗るせんせいは、
私に敬語は必要ないと笑顔でサインを送る。
「ああ、その時には頼らせてもらうよ、シャルトリーズせんせい」
そして彼女は、掃除が好きだと語った。
自分の心を綺麗にしているのだと。
どうしよう。私の心はゴミだらけだ。
そして猫のことを問われると、
バツが悪そうに顔を左右に振って。
「せんせいに隠し事はできないな」
「私はこの子が気になっている」
「しかし野良猫に半端に構うのは偽善」
「餌をやるのは自己満足」
「所詮、可愛いものに触れたいと考えているだけの私のエゴ」
「私の環境では飼うこともできないのにな……」
猫は何を気にすることもなく、シャルトリーズのほうに甘えにいった。
■シャルトリーズ >
「偽善だとか、自己満足だとか……
とっても難しい言葉を使うんですねぇ~」
少女の内にある言語能力への恨めしさとは裏腹に、
シャルトリーズは彼女の語彙力に言及し、柔らかな、
しかしちょっとだけ困った笑顔を向けた。
「猫ちゃんの気持ちは、どうでしょう?
私は……猫ちゃんの気持ちを代弁できる訳じゃないですけど――」
そう口にして、しゃがんだまま猫を見やる。
猫の前には、空になったエサ皿と、水の入った容器――
アリシアの言葉を借りれば『偽善』の現れ――が置かれていた。
「――アリシアさんがどう思おうと、
きっとこの猫ちゃんは、アリシアさんのしてくれたこと、
嬉しいって思ったんじゃないかと。私はそう思います。
そうじゃなきゃ、
こんなに喉を鳴らしてリラックスしていませんよ。
ここに居る猫ちゃんに手を差し伸べられる人はそう居ない。
何だかんだと理由をつけて、見てみぬふりをする人が殆どです。
特に……最初の一歩って、難しいですから。
アリシアさんの一歩は、とっても素敵な一歩ですよ」
誰もが見て見ぬふりをする猫に手を差し伸べた。
その猫が、一時とはいえこんなに嬉しそうな仕草を見せている。
この猫ちゃんの気持ちを、そして自分のした素敵なことを
もっと誇ってほしい。
そんなことを、シャルトリーズは付け加えた。
「そして……そんな偉大な一歩を踏み出してくれた
アリシアさんに乗っかって、私もお手伝いしようかと
思いました~」
口にすれば、ゴミ袋からダンボールと綿を引っ張り出し始める。
「暗くなる前に、誰かが拾ってくれるまでの間――
猫ちゃんが快適に過ごせるように、
せめて素敵なお家を作ってあげませんか?」
生活委員として引き取ります、だなんて言って、
彼女から猫を引き離してしまえばそれまで。
しかし、後ろ髪を引かれる彼女の思いを尊重するのなら、
こういった選択肢もありだろうと、シャルトリーズは考えたのだ。
それにこちらの方が、教育的な価値もあるに違いないと。
そんなことを考えもしたが、それは勿論、彼女のあと付けに
過ぎない。
ポケットからマーカーやらテープやらを取り出し、
アリシアに向けて笑顔で差し出す。
「私も、散歩がてら見に来ますから」
■アリシア >
「本で読んだだけだよ、せんせい」
「これは自分の考えですらないかもしれない」
そして何も知らない子供の私なら。
この猫を連れてどこへでも歩いていっただろう。
今は失われた己の無垢と、原罪なき体に集積した罪を呪った。
「せんせい……」
猫とシャルトリーズせんせいを交互に見る。
私の気持ちはただの汚らわしいエゴではないと。
そう優しく教えられた気がした。
「それでも……私は…」
この子に一時しのぎの優しさしか与えられていないと。
その無力さを言葉で表現できず、もどかしい思いをしていた。
そして。
「家を? それを使って?」
その言葉は、私にとって。明確な救いだったんだ。
私は顔をくしゃりと歪めて、手を差し出した。
「ありがとう、シャルトリーズせんせい」
マーカーやテープを受け取り、私はせんせいと猫の家造りを始めた。
この胸にある暖かさや。
猫に触れた時の温もり。
そして、一緒に彼に家を作ったせんせいの心を。
私は例えこの空が割れ落ちても忘れることはないだろう。
ご案内:「学生通り」からシャルトリーズさんが去りました。
ご案内:「学生通り」からアリシアさんが去りました。