2022/12/23 のログ
ご案内:「学生通り」にアリシアさんが現れました。
■アリシア >
私は。
どうにも。
雪が降る街並みというやつが苦手だ。
雪に足を取られながら学生通りの河川敷に向けて走る。
人間の姿というのは、雪を歩くのに適していないようだ。
11月頃から餌をやったり。
シャルトリーズせんせいと暖かい家を作ってやったりしていた若い野良猫。
その黒猫を探しているのだ。
こんなに寒い日は、震えているに違いない。
一刻も早く会いに行かなければ。
■アリシア >
雪は美しいものらしい。
だが、残酷だ。
小さな生き物の命など、簡単に奪ってしまうほどに。
もういい、賃貸を出てあの黒猫を飼おう。
ワン姉様だってきっと理解を示してくれるだろう。
そうしたら、いつだってあの黒猫と一緒だ。
暖かい時間をたくさん過ごそう。
一緒に寝床に入ろう。
もう、野良の孤独なんて感じさせたりはしない。
息を切らせてたどり着いた彼の小さなダンボールと綿の家。
それは、鮮血に染まっていた。
鼓動が跳ねた。
誰が? いや、そんなことより治療を。
抱き上げた血塗れの彼は………雪のように冷たかった。
私の白のコートに、彼の生きた証が痕を残した。
■アリシア >
これは。
罰だ。
いつだって行動に移せていたのに。
思索に耽って判断を遅らせた。
私への。
人はこういう時に涙を流すのだろうか。
悲しいはずなのに。
どうしても涙が出てこなかった。
甚振るように切り裂かれた痕跡の残る小さな体。
そうか、少し疲れて眠っているんだな。
世界には、弱者を殺すことに愉悦を覚える人間がいるとも聞いた。
だが、猫殺しの犯人よりも私はこの子のほうが大事だ。
私は彼の死体を抱き上げたまま、河川敷を上がった。
■アリシア >
どこかへ埋葬してあげたいが。
土地勘もあまりない島、それも学生通りではそうも見つからない。
クリスマス・ソングが流れる、雪降る夕暮れの街を。
私は手探りで断頭台を探るように漫ろ歩いた。
通りすがる人が皆、顔を顰めている。
嫌なものを見た、と声に出す人もいる。
嫌なもの………あんなに人に愛された祝福の子が。
死んだら『嫌なもの』になるのだろうか。
思えば、私はこの猫に名前すらつけていない。
いつか、思い出す時。
あの野良猫、だとか。あの黒猫、だとか。
そんな風に思い出すであろうことが居た堪れなかった。
美しい名前の一つ、つけてあげていればよかったんだ。
だが何もかも終わってしまった後だ。
■アリシア >
聡明なるアリス・ワン姉様。
私より長く生きたアリス・トウ……アリス・アンダーソン姉様。
そして、原罪なき私に一瞥すらくれない神よ。
それでも……私に生きろと言うのですか…
彼の冷たい体を抱えたまま。
私は衣服に垂れた赤く愛しいものに視線を落とした。
フォースステージ? 力があるから何なのだ。
仮に犯人を追い詰めて復讐したところで。
彼は喜びも生き返りもしない。
空から降りしきる雪は。
今にもこの街にある僅かな優しさを覆い尽くそうとするかのようだった。
これだから雪が降る街は────苦手だ。
■アリシア >
それから一時間ほどして。
私は風紀委員に事情を聞かれた。
少し逡巡して。
私は、『彼は頑張ったんだ』から始まる長い独白をした。
年が明ける頃。
風紀が猫殺しの犯人を捕まえた、というニュースが流れた。
犯人はどこにでもいる、普通の。男子学生だった。
何もかもが茶番に思えた。
ご案内:「学生通り」からアリシアさんが去りました。