2019/03/05 のログ
ジャム > この服は自分に似合いそう。お金はある。
条件がふたつ揃っただけで買いに走るのに十分だった。
買い物は考えるものじゃない。ハートで感じるものなのだ。
うじうじ悩んだ末に買うよりも、フィーリングでぴんと来るのがいい。そんな脳筋異邦人。

「うーん。悩む必要なかったもの。これって決めたらこれがいい。
迷ったら後からいっぱい迷いが出てきて、結局迷った事だけ残っちゃうよー。
それも楽しいって感じられるんじゃないかな。せんせは。
僕はあんまり、そういうの楽しくないから。あは!」

からから笑うも、相手に指摘されてようやく、良い買い物の興奮ですっかり忘れていた
尻尾孔の処理についてよくやく気づいて。裾の後ろを持ち上げたり、うーん、とうなりながら肩口から後ろを覗き込んだり。

「あはは……、せんせが居なかったらずーっとはしたないままだったよ。ありがと!
今のうちに測ってもらって、尻尾穴作ってもらおう。
またちょっと待ってて!」

何やらトゲのある空気を滲ませる相手へ不思議そうにしながらもお礼言い。
紙袋持って再びたたっと店の奥へ。
採寸しているらしく、何から会話の声と物音がして。

「無料で尻尾穴作ってくれるんだって!
地球のお店は優しいー!僕の居た世界じゃブロンズコイン1枚ぐらいとられてたのに!
――ねえねえせんせ。……このセーター、せんせに似合うと思うんだけど」

地球人のサービスの良さにご機嫌になりながら。
近くにあったハンガーに手を伸ばした。彼女の金色の髪が映える乳白色のニットセーター。
ベアトップで両肩が露わになるタイプ。ストラップに小さな花の飾りがあしらわれているそれを、相手の胸のあたりに柔く押し付けて。

玖弥瑞 > 「くふっ、そうじゃな。買ったことよりも買わなかったことがより損した気持ちになることもあろう。
 いいさ、ジャムが後悔しないことが一番大事じゃ。
 ……じゃが、うむ。後悔しないためにも、お金を払うその瞬間だけは冷静にな。尻尾穴をつけてもらっといで」

玖弥瑞の提案を聞き入れ、店内に戻っていくジャムを入り口で見送る。
情報収集能力『だけは』ある耳年増である。異邦人向けのサービスが充実していることもよく知っている。
こういったアドバイスならいくらでもしてあげられる……が。

「………な、なんじゃ。妾もなんか着せられるんかぇ? その……アレじゃ。妾はこの服以外は……」

ジャムがセーターを新たに見繕い、玖弥瑞に差し出してくると。今度こそ露骨に苦々しい表情を浮かべる。
嫌悪ではない、困惑である。自分はスク水以外の衣服を着れない、そういう存在なのである。
それを知っていたから、アパレルショップの小奇麗さに目を惹かれることはあっても入ったことはなく……。

「……いや。ジャムがせっかく、妾に似合うと思って見つけてくれたのじゃ。
 着てやろう。じゃが……先に言っておくぞ。妾、ちょいとばかし『変な状態』になるかもしれんが、びっくりするなよ」

意を決し、ジャムの差し出したセーターを受け取る。しばしその造りを検分しながら、ジャムと周囲の店員に念を押す。
肩どころかデコルテすら隠さない過激なチューブトップだが、スク水に比べれば幾分かマシだろう。
さわやかな乳白色、花のアクセントも愛らしい。寸胴体型の玖弥瑞でも、まぁきっと腹巻きの誹りは免れるだろうか。
試着がてら、その場でスク水の上から首を通し、胸元まで下ろしてみるが。

「ふむ、どうじゃジャム、ちゃzzzzと着れzzz00101110001の?」

途端、玖弥瑞の身体と発音にノイズが走る。まるで電波の悪いテレビのように、MPEGのブロックノイズめいて像が崩れる。
赤、緑、青の3原色に輪郭がブレたかと思えば、次の瞬間は全身がモノクロになったり。
ジャムに向けてなにかを語りかけるも、言葉は途切れ途切れになり、矩形波のトーン音すら混ざり始める。
かろうじて人型を保ったシルエットに、すっぽりと嵌ったベアトップの衣服だけが正常な見た目を保持している。

「あ110010ダメじゃったか。す01ぬ、ジャムがzz0110zz010110くれた111に。
 妾zzz110z10zz01110zの服は着れ10z1じゃ。111111010100010010き物じゃから………」

ジャム > 「玖弥瑞せんせだって女の子だもの!おしゃれしようよー?
えーなんでさ。その服って夏のためと、面白く見られたい人のためでしょう?
せんせはもっと可愛く見てもらう義務がある!可愛いお顔なんだから!」

苦い顔する相手へ、彼女なりの事情がある事を知らないままに妙に力説する。
きっと背後でアパレルショップの店員さんもうんうんと笑顔で頷いているはずだ。
相手が引くと押しまくるのだ。脳筋異邦人の脳筋プレイである。

「わーい!ほらほら、ぜったい可愛いよ!はいっ、どうぞー!
これはもう、外ひとりで歩いてたら男子から声かけられちゃうレベル!僕が品質保証!
……って、あっ、あれ……、せんせ、……えっと、……せんせの姿……、変になって……!」

ひとりはしゃぎながら、ハンガーからストラップを引き抜いて。彼女の小さな手に渡す。
近くにあった姿見を勝手に動かしつつ、うきうきと着衣の様子を見守って。
……と、映像が乱れた。最初は目がチカチカしてるだけかと何度も瞬きして。けれどそれは変わらない。ごしごし目をこすっても。不安にかられて、潤んでいく瞳。

「だっ、だめ……!せんせを連れてかないで!はっ、はやくこの悪い服、脱がさなきゃ……!」
せんせ!せんせ!しっかりして!
どっかいっちゃやだー!死んじゃやだよー!」

異邦人の頭の中ではこのセーターに呪いがかかっていて、異次元へと彼女を飛ばしてしまう前段階のように思えたから。壊れてしまった相手のシルエットにすがりつき。
慌てて衣服を相手から脱ぎ払って、元のハンガーに戻した。

玖弥瑞 > 「大z010夫じゃ、001101でな01。脱0110zz01zとにzz0る………っとと!」

自分でも、久々に『この症状』を見ておきたいと思ったのだった。もしかすると治っていたかもしれない、と。
結局予想通りにノイズアバターになってしまったが、ほんの数分程度では消え去ることはない。
落ち着き払って自らセーターを脱ごうとしたところに、ジャムの手が伸び、スポッと抜き去られてしまう。
『定義外』の衣服が外れれば、まるで何事もなかったかのように玖弥瑞は元の姿を取り戻す。

「……くふふ。心配かけたの、ジャム、そして店員さん。妾は大丈夫じゃよ。ああ、その服も悪くはない。
 じゃが……見ての通り。妾はスク水以外の服を纏うことができぬ。『そういう生き物』じゃから。
 ゆえにこうして服屋に入っても冷やかし以外はなんもできぬ。その点、店員さんには重ねて申し訳ない…」

まずはアパレル店の店員に向けて軽く頭を垂れる。そしてすぐにジャムに向き直り。

「ああ、まったく。ジャムの言う通りじゃ。妾だって女子じゃし、ジャムみたいにおしゃれもしたいさ。
 ……じゃが、妾にとって見た目はおしゃれ以上の意味合いを持つ。『この格好でないといけない』という定義がな。
 『面白く見られるための格好』と言うたが、妾はその様に見られなくなったというだけでも存在が弱くなってしまう」

己にもおしゃれを期待してくれた、そして体の不具合を見せたときは懸命に助けてくれたジャムに向けて。
玖弥瑞は残念そうな口調で、それでいて表情は平然としたまま、淡々と語る。

「……ま、重ね重ね、そういう生き物なのじゃ。それで納得しておくれ、ジャム。
 そして、妾は見た目が厳密に定義されておるが、ジャムはそうではない。いくらでもおしゃれができる。
 可愛くも、凛々しくも、優雅にも、カッコよくも……たまにエッチにだってなれる。
 妾の分までおしゃれを楽しんでくれたら、妾はそれで満足じゃよ、なっ?」

瞳をうるませるジャムの頭に手を伸ばし、頭頂や耳の付け根を優しくなでてやろう。

ジャム > 「はあぁぁぁぁ……!……びっくりするなって言われてたけど……、びっくりした……、
あぁぁぁ、……よかった、よかったよう……!せんせ……!せんせ……!
消えちゃうかと思った……。
――うう……、よくわからないけど、……わかったよ。……。
……僕は、玖弥瑞せんせにもおしゃれになってほしかったけど、……それができないなら、
……せんせの分もおしゃれになるね。
でも……、でもいつか……。学園でいっぱい勉強して……、
僕、せんせにすごい魔法、かけてあげるからね……!
自由にお着替えできるようになる、すごい魔法、かけてあげるからね……!」

びっくりする、と前置きがあってもショックな映像だった。
原因が自分にあるとはいえ、今の光景と、ただそこに当たり前のように生きてる生命体とのギャップが激しすぎて少し呆然としつつも。元のスク水姿に戻れば膝ついて、ぎゅぅ、と相手の小さな身体に抱きつきたがり。
いつか、すごい魔法。足りない語彙力を使いながら、
クラウドバックアップ持ちの情報生命体のデータ再定義試みるという途方もない魔法の習得を心に秘めて。

「……なんだか、無理なことしちゃってごめんなさい。
――あ、服仕上がったみたい。
ねえねえ、玖弥瑞せんせ。……お買い物は済んだけど、もう少し僕とお散歩しない?
ほら、せんせと授業以外でお話するの初めてだし」

頭撫でられて、心地よさそうに瞳を細めつつ。
耳の付け根は特に気持ちよさそうにふるふる震えつつも。
ぺこりと先生へ、そしてお店の人にも頭を下げると尻尾穴加工が出来上がった、新しい春の装いが入った紙袋を受け取って。春日に近い陽光のなか、いましばらくのお散歩に誘い。

――相手が頷くのなら、うきうきと一緒にお店を出て通りへと。
何か都合が悪ければ、残念そうに了解するだろう。どちらにせよ、別れ際には今日はありがと!と笑って大きく手を振るもので――

玖弥瑞 > 「すごい魔法、かぇ。それは……くふ、くふふっ」

いつか玖弥瑞のおしゃれ拒絶症を治す、と言ってのけるジャムに、玖弥瑞は素直な笑みで答える。
まるで蕩けそうに目尻を下げ、上ずった笑い声はなんとも楽しげに。

「……うむ、うむ。ぜひお願いするよ、ジャム。そのためにたくさん勉強しておくれ。
 そしてもちろん、たくさんのおしゃれもな。妾が本気を見せられるようになっても負けないくらいの美人になるのじゃ」

抱きついてくる獣耳少女を玖弥瑞からも軽くハグし、背中をぽんぽんと叩いて激励する。
玖弥瑞の身体は普通の人間と変わりなく、柔らかくて温かい。先程見せた異常事態が嘘のように。

「妾も調べ物くらいは手伝ってやろう、じゃが、この島にはお主を助けてくれる者が大勢おる。ここの店員さんのようにな。
 よい女子はよい環境で育つ。せいぜいグレずに、勉強に青春に励んでおくれよ。
 ……ん、散歩かぇ? いいともいいとも、暇なババァじゃ、幾らでも付き合ってやろう。
 お前さんのおニューの召し物、妾ももう少し見ておきたいからの。くふふっ」

調整済みのワンピを召し直したジャムに誘われると、玖弥瑞は二つ返事で乗り、そのまま連れ立って外に出る。
喧騒へ、公園へ、もしかすると浜辺にも行っただろうか。
おしゃれを覚えた異邦人ジャムの愛らしい姿を、しっかりと記憶するために。
玖弥瑞はジャムを自宅へと送り届けるまで、笑顔を絶やさず引率した。


……若者は可能性の塊である。それは異邦人とて例外ではない。
しかし、玖弥瑞は失われた過去の残滓だ。『そうあれかし』という定義がわずか崩れただけで存在が揺らぐ、儚い亡霊。
はたして、ジャムの宣言したとおり『新たな自分』を手に入れることが叶うかどうか。

………諦めていた、もはや想像すらしない夢だったが、少しくらい希望を抱いて見てもいいか?
ジャムの纏う桃色のワンピースが花開く姿を見ながら、そう思う玖弥瑞であった。

ご案内:「商店街」から玖弥瑞さんが去りました。
ご案内:「商店街」からジャムさんが去りました。