2020/07/15 のログ
ご案内:「商店街」にマルレーネさんが現れました。
■マルレーネ > 「流石に、商店街の修道院は触らせてもらえないですねー。」
あはは、と苦笑しながら近辺のごみ拾いをする修道服姿の女性。
ゴミ用のトングを手に、背中のカゴにひょい、ひょいとゴミを放り込む。
背中のカゴは人が入れるくらいに巨大ではあるが、特に気にした素振りも無く。
逆に手前には「お話、相談、不安、懺悔、何でも伺います」といった札を首から下げる。
移動式修道院(一人)である。
■マルレーネ > 学生通りや商店街の施設は、流石に異邦人に触れさせるつもりは無いようで。
手伝いに来たところを、遠慮がちに断られた。
まあ、それもさもありなん。
見た目こそ(服を借りているから当たり前だが)同じだが、あくまでも異教徒。
困っているから助けるが、内部に食い込まれたくない。
それは、当然と言えば当然の反応。だから悲しさや寂しさはない。
ただ、ちょっとだけ孤独を感じなくもない。孤独には強いけど。
「しかしまあ、商店街は、ごみが、多いです、ねっ!」
自販機の裏に落ちている缶を必死になって拾いながら、もー、っとぼやく。
ご案内:「商店街」からマルレーネさんが去りました。
ご案内:「商店街」に日ノ岡 あかねさんが現れました。
■日ノ岡 あかね > 真昼の商店街を歩く、ウェーブのセミロングの女。日ノ岡あかね。
相変わらずの常世学園制服で、黒髪を棚引かせながら……人並みの中をゆったりと歩く。
手に持っているのはスマートフォン。
くすりと、あかねは一度だけ微笑み。
「道に迷ったわね」
一人、そう呟いた。
スマートフォンの電源は切れていた。
ご案内:「商店街」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
■紫陽花 剱菊 >
商店街を静かに歩くは公安の男。
今日は珍しく当てられた仕事もなく、ふらり一人当てもなく歩いていた。
さて、理外の暇。如何潰そうか。そう思っていた矢先、忘れるはずも無い黒色が目についた。
「…………。」
なんかいつもと違って茫然としてないか。
不思議そうに首をかしげて、静かにあかねへと近寄っていく。
「……あかね、何か困り事か?」
■日ノ岡 あかね > 「あら! コンギクさんじゃない、丁度いいところに来てくれたわ」
一度、顔のすぐ隣で両手を握り締めて笑ってから、小走りで駆け寄る。
途切れない人並みと、色取り取りの看板が並ぶ街角で、あかねは相変わらずの笑みを向けた。
「道に迷ってたの。公安委員ってことは……コンギクさん街には詳しいわよね? ちょっと付き合ってくれない?」
気安く腕を取りながら、そう小首を傾げる。
■紫陽花 剱菊 >
変わらず其の笑顔は、自分にとっては何時もより柔らかく穏やかに見えた。
思えばこう言う真昼間、日常の幕間で出会う事も少ない気もする。
何時もより其の少女然とした姿に、少しばかり瞬きだ。
「……、……嗚呼……。」
……何か妙な間があったぞ!
そう、此の男が常世島初心者と忘れてはいけない。
確かにある程度把握しているが、ちょっと道を聞かれられると正確に答えれるか怪しいぞ!
「……其れは構わないが……何処に……?」
腕を取られ、同じように小首を傾げた。
■日ノ岡 あかね > 「アンティークのお店を探してるの。ちょっと欲しいものがあるから」
隣を歩きながら、そう笑う。
相変わらず顔を見つめて、目は逸らさない。
日に晒された黒い瞳は、普段よりも幾らか輝いていた。
「スマートフォンで道案内見ながら歩いてたんだけど……全然ダメ、行ってみたら閉店してたり、移転してたり、道が細かすぎて表示されてなかったり……やっぱり最後はアナログに頼らないとまだまだダメねー」
クスクス笑う。手の内にあるスマートフォンを鞄に放り込んであかねは軽く肩を竦める。
入り組んだ常世島の街並みは、確かに過密そのものだった。
東京のそれよりも下手をすれば酷い。
故にこそ、摘発を免れている無許可の露天商も山ほどいたりする。
これもまた、常世島の日常だった。
■紫陽花 剱菊 >
月は太陽の光で輝くという。
其の夜を思わせる瞳を横目で見やり
出来る限り自身の顔をちゃんと見えやすいように、歩調はしっかり、彼女の歩調に合わせていた。
「あんていく。」
絶妙に発音がおかしい。
異邦人一年生、横文字に弱い。
何時もと変わらぬ仏頂面だが、何処となく気の抜けた感じに見える。
「……確か……古物だったか……、…………。」
異邦人、と言うよりも此れは男の性分。
己の世界は乱世の世、即ち此の島の、世界程趣味に打ち込む時間は無く
そう言った趣味程金持ち連中がやる事であり、男にとっては無縁だったのだ。
仏頂面の裏で、さて、と……と内心独り言ちた。
意外にも、彼女の前では相応に見栄を張りたがる。
「……すまあとふぉん。携帯端末か……私も此の手の端末は得意では無い……
私の文化は、此処迄科学は発展していなかった……。」
科学よりも、人の技術、技が昇華された世界。
其の影には魔術が在り、科学の発展は在り得なかった。
ともかく、周囲を見渡せば店、店、店。
男は、此れ程前に店を密集させる意図を理解できていない。
だが、勘には自信が在った。此の島は、大よそ一目見ただけで理解できるような外装で助かる。
「して、如何なる物を所望している?」
■日ノ岡 あかね > 「あはははは!! そういえば、コンギクさんは異邦人だったわね、そうそう、古物古物! 横文字は私も控えるわね?」
笑いながら、二人で並んで歩く。
今日は快晴。蒼天は天高く、浮雲も疎ら。
その恩恵の受けて、人出も多い。
人混みの中、あかねは剱菊の隣にぴったり身を寄せて歩く。
とても楽しそうに。
「控えるって言った傍から申し訳ないんだけど……探し物はポラロイドカメラっていうの」
そういって、両手の人差し指を、もう片手の親指の先にあてて四角形を作って見せて。
「写真を撮る道具よ。中でも古い奴。だから、古物商をあたってるの」
そう、笑った。
満面の笑みで。
■紫陽花 剱菊 >
盛大に笑われた。
其の通りなので返す言葉も無く、ばつが悪そうに軽く首を振った。
「否……意味は通じる。何時も通りで結構……。」
こういう時に言語が似通っている文化で良かったと心底思う。
世には、言語で苦労する異邦人も多いと聞く。
「薄暑……良い晴天だ。日天子の笑顔も健在で何より……。」
剱菊は此の雑踏とした感じを心地よく思っている。
民草を愛する男は、平たく言えば此の生活感とも言える雰囲気が好きだった。
自ら愛するものの中にいる事に、満足感を覚える。
尤も、今は其れと同等か、或いはそれ以上に隣の少女の温もりに満足感を覚えていた。
夏の気温でも相変わらず、其の体温は鉄の様に冷たい。
引っ付く分には返って楽なのかもしれない。
「ぽろろいどかめら。」
なんか微妙に違う!
「写真……写し絵の事か?箱の目から、黒白の景色を映し出すもの……。」
あかねの手ぶりと言葉から自らの知識に近いものを口に出す。
カメラ相応と呼べるものは存在しているようだが、此の世界の文化力と比べれば其れこそ骨董品程の代物だ。
「……私は余りぽろろいど、とやらに詳しくは無い。此の世界は大きく文明力が発展していると見受けるが……最新のかめら、とやらではいけないのか?」
技術の進歩は使いやすさに在り、と剱菊は思う。
知識のない異邦人ならではの疑問かもしれない。
■日ノ岡 あかね > 「ダメよ、絶対」
あかねは、断言する。
笑いながら。いつも通りに笑いながら。
それでも……その声色には、強い意志が宿っていた。
決して譲らない。
そういう意志が。
「古いのじゃないとダメなの。これは私の拘りだから」
鉄の冷感に、紅い体温が伝わる。
人並みの中、それでも二人の言葉だけは波に散らない。
それ程の距離で……あかねは笑う。
「刀だって……新しければ良い訳じゃあないでしょ?」
小首を傾げながら。
実際、武器は基本的に殺傷力や信頼性のみを目的とするなら最新のものであればあるほど良い。
これはあらゆる武器で共通である。常用する場合は整備の手間がある以上、こればかりはどうしようもない。
だが……それだけを目的としないなら。
それ以外を目的とするなら。何かに拘るのならば。
「それと同じよ」
その何かに拘る女は……柔らかく微笑んだ。
■紫陽花 剱菊 >
「…………一理ある。」
刀と言わず、手に馴染む武器こそ最大の力を発揮する。
同じ武器でも、刀でも、作り手によって重さや間合いに僅かな違いは生じる。
敢えて、自らに分かりやすい説明を選んでくれたようだ。おかげで、腑に落ちる。
「……ともすれば、そうだな……。」
人混みの中、彼女が散らない様にさりげなく其の肩に腕を回した。
鈍色の体温を、紅に染める其の暖かさを求めるかのように柔く、優しく。
太陽の下でも黒く、底に沈んだ黒い瞳が静かに右往左往。
「……あの辺りは、如何だろう?」
僅かに顎で指した先は、丁度飲食店の影
しかも路地裏に差し掛かるような場所で、日陰に隠れた古物商。
木製の古い外装をしており、蚯蚓文字の様な看板と掛け軸が目につく。
"いかにも"な雰囲気を出しているが、遠目から見ても埃臭さが滲み出ている。
「……営んでいるかは、定かでは無いが……。」
■日ノ岡 あかね > くすりと、あかねは微笑む。
それは恐らく、地図にすら載っていない小さな店。
どう頑張っても解読不能な達筆の店名。
営業中かどうかもわからない薄暗い店。
それでも……確かに其処に在る。
「いい勘してるわね? コンギクさん」
小走りで駆け出す。
まるで、玩具を見つけた子供のように。
後ろ髪をハタハタと揺らしながら、店にまで走って行って。
そのまま、あっさりと出てきた。
「あったわ。さっすがコンギクさん!」
手に持っているのは、大きな手提げ袋。
中にはお目当ての品があるらしい。
「フィルムはまだ普通に売ってるみたいだから、ちゃんと長く使えそう」
上機嫌と言った様子で、声を弾ませる。
ニコニコと笑いながら。
■紫陽花 剱菊 >
「…………。」
自らも何故其れに目が付いたかは分からない。
唯、本当に何となく目についた。
古いと理由も在ったかもしれないが……
其れ以上に何かを、感じたのかもしれない。
……得も知れぬ嫌な懐かしさ。
「あかね……余り走ると……全く……。」
こう言う所は年相応と言うべきか、小動物めいた速さだ。
やや呆れ気味に店の前まで行った所で、あっさりと彼女が出てきた。
手提げ袋に元気の良い反応。当たりらしい。
「嗚呼、良かった……。」
思わず、そんな彼女に柔く微笑んでしまった。
「重畳……時に、如何に其れを使う……?」
■日ノ岡 あかね > 「何って……こうだけど?」
そういって、手早く包装から厳ついポラロイドカメラを取り出すと。
「よっと!!」
有無を言わせぬ素早さで剱菊を引き寄せ、お互いに横顔を近付け合い。
片手で作ったピースサインを斜めに自分の顔に寄せながらウィンク。
「はい、できました」
出来立ての写真が、ポラロイドカメラから吐き出される。
それをパタパタと振って乾かすと……現れたのは、不思議とブレていない自撮り風の写真。
写っているのはあかねと剱菊のアップだけ。
「んん、我ながら良く撮れてるわね。はい、これコンギクさんにあげる」
その写真を、笑顔で差し出す。
とても楽しそうに、笑いながら。
■紫陽花 剱菊 >
「ん……。」
本来であれば驚いて抵抗したのかもしれない。
其れは行住坐臥を武に置くものとしての反射行動だ。
だが、自然と彼女だけには抵抗をしなかった。
幸いとても身長差があるわけでもなく、お互い簡単に顔を寄せれるだろう。
ポラロイドカメラから吐き出される写真。
成る程、己のいた世界のものとよく似ていると思い写真に目を落とした。
「此れは……あかねと私の写し絵……。」
楽しそうなあかねの姿。
対照的に、なんとも不愛想な、己の顔。
思わず、噴き出すようにはにかんだ。
「私は……此処迄愛想の無い男だったんだな……。」
写真を大事に受け取って、あかねの目を見た。
太陽光を乱反射する、夜の瞳。
「……欠かれた男、余りにも不釣り合いだろうか……?」
なんて、思わず口から漏れてしまった。
自信の喪失ともとれるが、"人"として彼女と約束した事。
"人"として此の様に楽しき日常を体験した、してしまった。
そう、彼女との此の日常を、温もりを惜しんでいる。
"約束"は勿論覚えているが、だからこそ、惜しんでしまっている。
初めて口にした甘味の様に酷く、其の喪失感を恐れたが故の
恐らく、此の島に来て初めて人間らしい"弱音"を口にしてしまった。
■日ノ岡 あかね > 「釣り合うとか釣り合わないとか考えるのは無駄よ」
きっぱりと、あかねは言い切った。
いつものように笑いながら。
ただ、いつもより……ちょっとだけ呆れた顔で。
「釣り合わなきゃ諦めるわけ? 釣り合わなきゃ身を引くわけ?」
両手を腰に当てて、大袈裟に溜息を吐く。
そして、少し……普段よりも眉を下げて半目になりながら、下から顔を覗き込み。
「『あんな真似』しといて、今更『その程度の気持ちでした』とか抜かしたら平手くれるわよ?」
しっかり目を見てから、あかねは言い放った。
日の光も少し翳る路地裏。
それは……日頃、剱菊とあかねが会う夜半に少しだけ似ていた。
人混みから離れた路地裏で……あかねは微笑む。
「ま、女は少なくとも……男の良いところよりダメなところに惚れるから安心なさい。少なくとも私はそうだから」
そういって、一歩後ろに下がる。
顔を近付け過ぎた。
今更そう思ったらしい。
「何に落ち込んでるかは知らないけれど……それも含めて、コンギクさんはコンギクさんでしょ? 胸を張ってほしいわ」
■紫陽花 剱菊 >
「私は、……済まない……。私は君と『約束』をし、『選んだ』……"刃"を捨て、"人"の身で待つ、と。」
「君への想いを、"其の程度"と言わせる気は無い。私は何時だって本気のつもりだ。」
だが、彼女の言う通りでもある。
呆れた顔に、自分にとっては身に余るほどの正論。
不器用な男で、大衆を愛してもまともに個人を愛した事は初めてだ。
其れを言い訳にするつもりは無い。後ろめたい気持ちを抑え込むように、覗き込んできた顔を、瞳を見つめ返す。
…何時もよりも、眉を下げた弱気な表情で。
「──────……。」
"……日に日に堆く成る気持ちを、如何様にしたものか……私は『待つ』と約束した手前……
君の喪失を恐れている。……笑われて然るべきの、破廉恥な男だ……。"
出かかった言葉は、寸前で溜飲の如く喉から下がる。
剱菊はあかねのすべきことを全て知った上で今の状態を選択した。
そう、彼女が自分に教えてくれたのは、"少女の全て"と言い換えてもいいかもしれない。
其れを今一度、反芻した。された事により、言わなかった。言えなかった。
きっと、彼女が"そう言う扱い"を嫌うと思ったからだ。
あかねの顔が少し離れるが、逆に此方が一歩迫り、距離を詰めた。
少し上から、あかねの顔を覗き込むように、目を合わせる。
そしてゆっくり、ゆっくりと口を動かす。
「……嗚呼、そうだ。"其の程度"で終わるはずも無い。私は君の隣に居たいと願い、待つと『選択』した。」
「私は、……私にとっても初めての経験だ。あの日、出会った時から其の宵闇が瞳に焼き付いている……。
私自身が惑ってしまいたいと思ったほどに深い君の目に……そして今、君の事を……個人を此処迄愛した事が初めてだ。」
「傾慕に傾き、何を考えてもあかねの事が忘れられない。看取の先、何時も其処に君がいる。」
もう一歩、踏み込んだ。
半ば夜の此の暗がりで、拒絶しなければ覆いかぶさるように
其の両手を裏路地の壁へと添える。
「────"其の程度"ではない。ずっと帳の暗がりにいる君に手を伸ばしている。現の『日ノ岡 あかね』も先の『日ノ岡 あかね』も」
「……私は君の『全て』が欲しい……。」
瓦解させたように、不安を全て拭うかのように、赤裸々に、物怖じすることなく赤心を語る。
余りにも愚直な言葉に視線。胸を張ると言う所の話ではない。
其れこそ、夜に暗れ惑っている愚か者だと誹るなら、其れでも構わない。
其れほど迄に"喪失"を恐れている程に、彼女の事を考えていた。
其の笑顔の奥にさえ手を伸ばすかの如く、じっと、瞬きもせずに見つめている。
きっと、『今の』彼女の言っても致し方ない、と思っている。
其れでも溢れる此の気持ちを、愚かにも抑える事が出来なかった。
らしくないと言えば、そうだ。不器用な故に、それしか伝え方を知らなかったのだ。
■日ノ岡 あかね > 「……」
あかねは、剱菊の目を見て……言葉を聞く。
どこか、懺悔にも似た述懐を。
日ノ岡あかねは、紫陽花剱菊についてほとんど知らない。
確かに何度も顔は合わせてきた。互いの髪の香を覚えるほどに身も寄せた。
それでも……知ってることはそれだけ。
過去はしらない。聞いてもいない。彼は語らないから。
弱さも知らない。聞いてもいない。彼の見栄は愛おしいから。
彼の言葉は良くわかる。喪失は恐ろしい。
あかねもそれは良く分かる。一度は喪失した身であるから。
だから、あかねは……剱菊の言葉を遮らなかった。
全部顔を見て、目を見て、しっかりと……最後まで言葉を受け取り、反芻する。
黒い瞳が絡み合う。底の黒と夜の黒。
黒の色も……互いに会うほどに変わっていった。
お互いの黒はもう、出会ったばかりの黒ではない。
何度も出会いを重ねて……少しずつ変わった黒。
きっと、傍目にはわからない。
それでも……顔を寄せ、目を凝らせば……きっとわかるくらいには、変じた黒。
だからこそ……あかねは。
「それ、恋に恋してるっていうのよ」
小さく……まるで、年下の少年に言うようにそう呟いて……剱菊の頭を撫でた。
柔らかく、微笑みながら。
「一度は殺すといった相手に言う事じゃあないわ。アレ、脅迫だって自覚あった?」
全部話すかここで死ぬか。
そういう話だった。
そこで、あかねは全てを話した。死を恐れなかったといえば嘘になる。
だが、それ以上に……紫陽花剱菊という男に『真っ当に女扱いすらされていなかった事』が悲しかったからでもあった。
少なくとも、怪物の類いであると疑われていたことだけは事実で。
それを払拭できなかったからこそ……彼はあかねに尋ねてきたのだろうから。
まぁ、狂ってるだのなんだのはもう言われ慣れているので、あかねからしても半分は諦めている事だが。
「だけど、私はコンギクさんが好きだから甘やかすわ。『全て』ってどこまで?」
あかねは小首を傾げる。
その目をみて、その顔を見て。
小首を傾げる。
「まさか、『身体』のこと? それとも『私の気持ち』まで全部? もっともっと『それ以上』の何か?」
日が翳る。
路地裏に日は差し込まない。
日ノ岡あかねは紫陽花剱菊の顔しか見ない。それしか見ない。
そこだけを見て……問いかける。
「此処で私が快諾して、頬を紅潮させて胸に飛び込んで……そのままホテルにでもシケ込んだら満足? あの時しなかった口付けも許して、この制服も恥じらいながら全部脱いで、下着にアナタが手を掛けて……そう言う事したいのはまぁわかるわ。男の子だもんね。だけど」
……日ノ岡あかねは、目を細める。
「……私の感性からすると『早い』わね。何もかもが」
■紫陽花 剱菊 >
撫でられる彼女の手が、温かく、愛おしく感じる。
自分にはない、暖かな感触を。
「恋に、恋をしている……。」
彼女の言葉を繰り返す。
彼女の言葉を遮らず、最期まで全て聞いていた。
何時もとは違う、少しだけ弱気な表情。
全部、全部聞いたうえで、彼が選んだ言葉は……─────。
「────……分からない。」
何も、わからない、だ。
かくも、紫陽花 剱菊と言う男は不器用な男だ。
言葉を語らずとも、語る言葉に偽りは無い。
この静寂に似合う声音もまた、事実。
「……私は、私の世界は……乱世の世だ。誰も彼もが、覇を競い、民草は散っていく……
何時しか、戦う理由さえ忘れかけ、天下の事を誰しもが考えていた……。」
「私は、其の群雄割拠の草分けに過ぎない。ただ、同じくして、物心ついた時から父には人では無く、"刃"として育てられた。」
「人を斬り、跳梁跋扈を斬り、縁を斬る。会うもの全てを、斬り捨てる……─────。」
「そう、育てられた。女性を抱く時ですら、私には暗殺の技術の一つに過ぎない。」
神も仏も、閻魔も獄卒も、ただ其処に在れば斬り続ける修羅の一人。
刃とは、触れるもの全てを断つもので在れば其れは必定。
あの時、日ノ岡 あかねと出会い、邂逅し、刃を向けた。
そう、"刃"として生きているので在れば当然の事だった。
其処に男も女も、人も魍魎も関係なく、『斬れば死ぬ』。其れだけだ。
其処に何の感情も無い。死ねば誰であれば悲しむ心持つ穏やかな心を持つ剱菊でさえ
『斬る』こと自体に躊躇いは無い。其れは、あの時、彼女さえ例外では無い。
其れが戦人、彼の世界の常識。命を命と思うが、其の割り切りこそ異邦人たる価値観のズレ。
「…………。」
「……嗚呼、在った……。」
そしてあれは、間違いのない脅迫でもあった。
事実、彼女が本当に魍魎の心を持っていたか、何も言わないと言うので在れば
『迷いも無く、殺していた』自覚はある。
ただ、彼女が、日ノ岡 あかねは『ただの少女』だったから分かったからこそ
刃では無く、手を差し伸べたのだ。同時に、其の儚さに惹かれてしまったのも事実。
其れでも尚、夜の瞳から背ける事は無く、忽然と目を逸らすことなく目を合わせた。
「…………上手く、言葉に出来ない。君の『早い』と言った其れも大変魅力的だと私は思う。」
刃が己を語る事は無い。
日ノ岡あかねが見ていた"剱"として菊花。
強きとあり続ける鋼の花弁。
「……舞蛾の如く、恋慕に誘われているのだろうか……情けない男だと、君は誹るべきだろう……。」
そう、本当に情けない男だ。
そして、嘘も吐けない。
「"早い"と言われているので在れば、きっと満足には至らないのだろう……あかね。」
「……初めてだからと、言い訳にしか成らないのは百も承知。……どうか、教えてはくれまいか?」
「私は、如何すれば良い?時が来るまで、『待て』ばいいのか……?私があの時『選んだ』事をずっと、此処でも……。」
其処に咲くのは、"人"として紺菊。
淡く咲く紺の幕間。
其れは刃が斬り捨てた、男の弱さの全て。
揺れてしまったが故の、弱音の吐露。
人で在る事をほとんど経験しなかったが故に、少年と言うのも強ち間違いではない。
刃として生きるが故に、其れは"必要ではなかった"のだから。
■日ノ岡 あかね > 弾けるような音が響いた。
それは、あかねの平手。
珍しく笑っていない。
完全に呆れ顔。普通に怒っている。
だが、それは……紛れもなく、日ノ岡あかねの表情で。
「殺すつったり愛するつったり教えてつったり、そういうのが掌返しに見えないようにして」
あかねはちゃんと言葉にした。
あかねはちゃんと相手に告げた。
何も言わないなんてのは嘘、全部察しろなんていうのも無茶。
だから、あかねは何とか伝えようとする。
剱菊と生きた世界が違う事はわかる。きっと常識も思考も何もかも違う。
少なくとも、あかねの常識からすれば……殺すと言った直後に口付けを強請ったのは『都合の良い掌返し』にしか見えなかった。
だが、それでも。
「……それでも、『嬉しい』って思うくらいにはちゃんと好きよ」
それでも……それこそ、あかねからしても貴重な体験だった。
不器用は剱菊だけじゃない。あかねもそうだ。
好きでこうなったわけじゃない。
好きでこう生まれたわけじゃない。
好きでこうしてるわけじゃない。
それでも、そうしなきゃ『好きに生きることも出来ない』から……『楽しむ』ために『楽しむ努力』をしている。
それも含めてあかねは『楽しい』と思える感性を培ってきた。
面倒事も苦痛も全部『高難易度なゲーム』と思えば『楽しい』と思える。
……思わなきゃ、やってられない。
「だけど、私もアナタもまだ『始まって』もいないの。私は『始めるため』に挑む……それだけ。だから、アナタも……コンギクさんも」
あかねは踵を返す。
顔は見せない。
顔を伏せたまま、歩き出して。
「自分で考えて『選び』なさい。時間はまだあるわ。私が全部言ったっていいけど、それで唯々諾々と私の言う事だけ聞いてたんじゃ……」
去り際に、言葉を残す。
普段よりたどたどしい言葉。
少しだけ、発音と声色が揺れた言葉で。
「――"刃"として、そだてられ、いかされてたころと、いっしょ、でしょ」
それだけ言い残して、去っていく。
どこへなりと、相変わらず音もなく。
野良猫のように……あかねは、路地裏に消えていった。
ご案内:「商店街」から日ノ岡 あかねさんが去りました。
■紫陽花 剱菊 >
剱菊にとっての行住坐臥とは武にある。
其処に微塵も油断も無い。如何なる時も何が来ても対応するための心構え。
そんな男が、たった一人の少女の平手を受けた。
自分でも驚いて、目を見開いた。
避けれもしなかった。見えも、しなかった。
否、本当に見えなかったのかもしれない。
────彼女の顔から、初めて笑顔が消えた。
「掌返し…………。」
そうだ、自分の都合だ。
自分の都合一つとって、彼女に迫った、殺すとも、愛するとも、教えを乞うのも。
……何一つ、自分で『選んだ』のか……?
……刃を捨て、選ぶほど上等な能でも在ったか……?
……己は、彼女に何を、言ってしまったんだ……?
そうだ、何も『選んで』ない。
あの時からずっと、刃として育てられた時からずっと、何も『自分自身で選んでなどいない』
父の言われるがままに、天下を取る刃として育てられ、立ち塞がる悉くを斬り捨てた。
太平の世の為に、一切合切を斬り捨てた。己が宿す、紫電を宿る特異体質も、身も全て、全て────。
全てを捧げ、護るべき民草に"天災"と恐れられて尚も、戦い続け、結局は『門』を通じて島流し。
好きでこうなったわけじゃない。
好きでこう生まれたわけじゃない。
好きでこうしてるわけじゃない。
───────違う、お前は『選ばなかった』だけだ。大局に流されて生きてきただけだ。
其れに、気づいてしまった。
「……あか、ね……!」
嗚呼、自分でも思う程酷い声だと思う。
酷く、悲痛に歪んでいたと思う。
少女の名を、搾り上げるような声で呼んだ。
────けど、手は伸ばさなかった。背中が向けられる意味を、知っているから。
何より、自覚してしまった。今の自分にそんな資格は無い。
「…………。」
追えない。追えるはずも無い。
鉛の様に重い脚が、動いてもくれない。
かつて、"雷神"とまで言われた男が、何と無様だ。
そも、天災とはあの刃。"人"であるただの菊に何が出来ようものか。
そんな事さえ、一時忘れてしまった。
「私は……───────。」
≪――"刃"として、そだてられ、いかされてたころと、いっしょ、でしょ≫
最期に、言い残された言葉が耳朶に沁みて離れない。
言葉自体もそうだが、何よりその声音が、伏せた顔が、何を意味するか知っているから。
図らずして、"やってしまった事の重大さ"を知る。
知っていた、知っていたはずなのに。
彼女が"ただの少女"だと知っていたはずなのに。
……傷をつけた。其の、笑顔<かめん>を砕いた。
刃は悉く、触れたものを両断する。
刃を捨てたと宣った今の己が、最初に傷をつけたのとは彼女とは、飛んだお笑い草だ。
「……なら、私は……。」
日の陰った、夜空を見上げた。
「──────どうすれば、良かったのだ……?」
何も、分からない。何を『選ぶ』べきだったのか。
初めて自覚してしまった。己の驕りを、甘えを、刃として生きてきたという傲慢さに隠れていた欠如を。
初めてだ、此処迄思考が乱れるのも。如何なる刃より、剛拳より、鉄火の鉄弾より。
────ただの少女の放ったあの言葉が、あの掌が。頬に、胸に、何よりも強い痛みとして残っている。
目前に広がるのは、星空さえ見えなく黒。
暗れ惑う、今際瞳は。
手中に収めた笑顔さえ、目につく事は無い───────……。
ご案内:「商店街」から紫陽花 剱菊さんが去りました。