2020/08/24 のログ
ご案内:「商店街」に神樹椎苗さんが現れました。
■神樹椎苗 >
常世島の居住区にあるドラッグストア『杉本ドラッグ』。
ここ杉本ドラッグにおいて、要注意客としてマークされている常連客がいる。
その常連客が現れるとき、スタッフたちは一様に緊張した面持ちになるのだ。
そしてこの日。
月に数度のポイント還元デー。
前回から数えておよそ一ヶ月弱が経過している。
『──店長、本当にそんなお客さんくるんですか?』
今月、夏季休暇だからと入ったばかりのアルバイトが何も知らない様子で聞いた。
『ああ、間違っても見た目で判断するんじゃないぞ。
万が一にも失礼があったらならないからね』
店長の声音には緊張があった。
本来メインレジにはこのアルバイトの少年だけで良いはずなのだが、この日は店長がサポートとして付きっきりだ。
少年としては溜まったものではないのだが。
■神樹椎苗 >
『それにしたって──あの量ですよ?
台車何台分あるんですかあれ』
『今回は特別に多いね。
普段の三倍くらいかな──きっと何かあるにちがいない』
店長は覚悟を決めていた。
どんな要望であれ、可能な限り全力で対応させて頂こうと。
そして緊張に汗ばんだ額をハンカチで拭っていたとき──その客が現れた。
『いらっしゃいませ!』
バイトの少年が口を開くより早く、店長が最高の笑顔と渾身の声音で挨拶する。
『らっしゃっせー』
それに遅れて、少年が普段通りに気の抜けた挨拶をするが、その瞬間、店長の背中には冷や汗が吹き出していた。
■神樹椎苗 >
入店してきた客は、齢い10にも満たないだろう黒い服の少女。
少年はお使いかなにかかと思っている。
店長は緊張で喉が渇ききっている。
この二人の凄まじい温度差など意に介さず。
少女はまっすぐにレジカウンターへとやってくる。
そして、当たり前のように二人へ声をかけるのだ。
「商品を頼んでいた神樹ですが。
連絡がありましたが、届いていますか」
『客注?
ちょっとまってね、今確認するから』
少女の問いかけに、軽く答える少年。
それは少年からすれば自然な対応であった。
『はい届いています、間違いありません!
大変お待たせすることになってしまい申し訳ありませんでした!』
と、少年が動き出すよりも早く。
店長は勢い良く頭を下げて謝りはじめる。
少年はぽかん、と目を丸くして棒立ちだ。
■神樹椎苗 >
「いえ、かまわねーですよ。
無理な発注頼んでんのはこっちですからね。
いつも対応してくれてありがてーもんです」
少女はさして気にした様子なく、むしろ感謝を告げた。
そんな少女にカウンター裏から店長はファイルを取り出して、開く。
『数はコチラで数えて納品書と間違いがない事を確認しています。
なので、納品自体が間違っていないか確認よろしいですか?』
「ええ、今回はいつもより数も頼んでますしね」
『ええではまず合計ですが、弾性包帯が140、伸縮包帯が150、特殊繊維バンテージが指用腕用脚用の各サイズ100、医療用保護フィルムが400、滅菌ガーゼが100、外傷用消毒液が500、医療用ステイプラーが4、抜糸不要替え芯が600。
これでお間違いありませんか?』
店長が確認するたび、少女は一つずつ頷いていく。
なお、少年は目を白黒させている。
■神樹椎苗 >
「ん、まちがいねーです。
それで、先日伝えた通りですが」
『はい、承ってます。
例月通りの分は女子寮に、残りは『向こうの』修道施療院への配送ですよね』
「そうです、手間をかけさせちまいますが。
本当なら業者から直接卸したほうがいいんでしょーけど、伝手がねーですからね。
『向こう』までの配送は問題ねーですか?」
『ええ、業者に確認したところ、可能だそうですので。
その分少々、配送料が別途かかってしまいますが――」
「ああ、それは当然ですね。
入荷の輸送費はどれくらいになりましたか?」
『そちらの方はこれまでと変わらずで大丈夫ですよ。
ギリギリ一つの便で頼めましたので。
では、お支払金額ですが――』
店長が納品書のJANコードを読み取り、レジに入力していく。
一つ読み込むたびに、レジに表示される金額が跳ね上がっていき、少年は眩暈を覚えた。
■神樹椎苗 >
『えー、総額で********ですね』
少年は見た事もない金額に卒倒しそうになった。
現代金銭価値に例えるのなら、およそ3000万弱と言ったところだ。
「ああ、そんなもんですか。
思ったより安く済みましたね」
そんな事をあっさりと言いながら、少女は奇妙なデフォルメされた猫のポシェットから、黒いカードを取り出す。
少年はもちろん目にしたことがない、正真正銘のブラックなカードだった。
『はいでは、こちらにお願いします。
お支払回数はいかがされますか?』
「一括でかまわねーですよ」
『わ、わかりました。
では暗証番号をお願いします』
さらりと、一括支払いと言う少女にさすがの店長も動揺しかけるが、そこはなんとか持ち直す。
少女が番号を入力すると、カード会社との通信が行われ――無事、支払いが完了する。
『はい、ではこちらがお支払のお客様控えとなります。
今回は領収証は如何されますか?』
「ああ、そうですね。
いつもどおり、神樹椎苗で書いといてください」
店長は多額の領収証に震える手で印鑑を押し、決して間違える事が無いように練習した少女の名前を記入した。
■神樹椎苗 >
『はい、では、こちらが領収証になります』
「ん、助かります。
ああそれと、施療院への配送に関してですが」
『はい、差出人は匿名でとのことでしたね。
業者にはそのように手配しておきますので、ご安心ください』
「よろしく頼みます。
じゃあ、ちょっと他の買い物もさせてもらいますね」
そう言って、少女はレジを離れていく。
売り場の棚向こうへ姿が消えたのを見て、店長はとても大きな息を吐いて、へなへなとカウンターの裏にへたりこんだ。
『て、店長、今の子が、その』
『ああ、うん、そうだよ。
いいかい、常連でうちの店一番のお客様だからね。
間違っても、子ども扱いしないように、丁重に対応するんだよ』
『う、うっす』
アルバイトの少年は、生きた心地がしなかった。
それはきっと店長のストレスの数分の一程度ではあるのだろうが。
この少年は、店長の知らないことを知っているのだ。
(あの子、この前コンドーム何箱も買っていったんだよな)
少年は見た目で判断しなかった事に、今更ながら本気で安堵していた。
■神樹椎苗 >
などと、そんな店長と店員のやり取りなど、椎苗はまったくもって気にしていない。
カートを転がしながら、のんびりと買い物をしていく。
「ああ、そういえば湿気取りも買わないといけねーですね。
防虫剤は――今年は暑すぎていらなそうですね」
暑すぎると虫すら出ない。
寮の自室は一度徹底的に殺虫防虫してあるので、大丈夫だろう。
「シャンプーとコンディショナーはいつものが――ああ、残ってますね。
この前の特売日は売り切れちまってたんですよね」
と、椿油配合のお高い商品を籠の中に放り込んでいく。
日用品を一通り買い足そうとすると、中々大変だったりするのだ。
■神樹椎苗 >
減っていた愛用の液体歯磨きと、電動歯ブラシの替えブラシを買い足し、ついでに娘用にも電動歯ブラシを一つ。
デンタルフロスも入れると、今度はスキンケアコーナーに。
UVカットハンドクリームと、日焼け止め、ボディクリームにケアローションと。
化粧品コーナーに行けば、化粧水にメイク落とし。
娘に施すための化粧品を下地から一式。
さらに機能性食品のコーナーに行けば、娘が好みそうな栄養食やサプリメントを一通りカゴに入れた。
「ああそうだ、ついでですしね」
女性用品のコーナーで、娘が使っているものを確保。
もっていなさそうなので、婦人用体温計も一つ。
ティッシュとトイレットペーパー、キッチンペーパーを追加し、ラップとアルミホイル、クッキングペーパーと増やしていく。
そしてまたぐるりと売り場を回って、レジに戻ってくる。
ついでの買い物と言いつつも、その金額は現代価値にして数万していた事は言うまでもない。
ご案内:「商店街」から神樹椎苗さんが去りました。