2020/11/22 のログ
月夜見 真琴 >  
もしもこの夕晴れが、まだ青さを残した夏空だったなら。
店の前に立った時点で、足が竦んでいたかもしれない。

「あのとき、やつがれはなんでもないような顔をしてココアを味わったが、
 じつのところ、こちらも眠くてしょうがなかった。
 そういうところを見せてたら、おまえが休めないかなと」

きっと逆の時もあったのだろう。
オフィスに戻って雑事を済ませてもまだ休めない、慌ただしい事件だった。
終わった後はずいぶんぐっすりと寝こけてしまった気がする。
確か――そう。

「わたしのデスク、いま誰が使ってるんだろ」

誰に言うでもないひとりごとと共に、ふたりで、と告げると、
店構えに対しては年若い――学生であるから当然だが――店主の男性が、挨拶の後、

――『お久しぶりです』

と、微笑んでくる。
そのまま席に案内された。あの時と同じ、カウンターから離れた奥側のボックス席。

「きょうはプライベートだから。
 うたた寝しても、構わないんじゃないか?」

帽子と上着を脱いで、備え付けのハンガーツリーに預けると。
席に座りながら告げた。実際に寝ろ、というわけではない。
ゆっくり話せるこの店は、抱えている荷物を下ろしてもいい場所だろう。
口にするのはどうせ、公的な機密情報ではない。私的な秘密ではあるかもしれないけど。

「憂い顔もごちそうさま、という感じだけれど」

もともと、自分の気分転換も兼ねての買い物、お誘いだ。
顔を見られて、会えて、随分と救われているところも、ある。
それにこのまえ、彼女の私室ではだいぶ色々受け止めてもらったわけだし。
受け止めてもらっただけではなく、まあ、その――他にもいろいろ。
彼女の気分の助けにもなりたいとは、嘘偽りのないもので。

メニューを開く。視線を落とす。破れたところが修繕されていた。
新しいものに差し替えないのも、ある意味の拘りなのかもしれない。

レイチェル >  
「ほんと昔から気を遣って貰ってばかりだ。ありがとよ」

無論、立場が逆のこともあった。しかしそれを口に出す気はない。
付き合ってくれていたことに、ただただ感謝の念を述べる。

虚空に投げられた言葉はきっと、
自分に問いかけられたものではないのだろう、と。
レイチェルはちゃんと感じていた。
しかしそれでもその言葉を受けて、問いかけたいものはあった。


「……やっぱ、戻りてぇか?」

こう言っても、今のアトリエが落ち着く、だなんて言うのだろうか。
口にしながら、ふとレイチェルはそんなことを思う。

てっきり老人でも出てきそうな雰囲気の店であったし、実際出てきても
驚くことなどなかったであろう。それほどまでにこの空間は幻想的だった。
世俗とはかけ離れた場所に思えた。それは現在から離れた過去の自分たちを
重ねていたからこそ、かもしれなかったが。

「……ちっ、やっぱり顔には出ちまってたか。
 オレは演者じゃねぇからな。舞台にゃ上がれねぇ」

ふと、フェニーチェの面々のことを思い浮かべながら、
首を横に振った。終わった話、だ。

「まぁ……そうだな」

そこから少しばかり間を置いた。
面と向かって、
今の自分のモヤモヤとした気持ちをぶつける気にはならなかったのだ。
今回付き合っているのも、
純粋に真琴自身と向き合って同じ時間を過ごしたかったからであって、
あれこれと自分の悩みを聞いて貰おうだとか、華霧のことをあれこれと
聞いてみようだとか、そんなつもりで承諾したのではなかった。
だからこその、間。

じっくりと、間をもって。

「……あいつ、最近どう?」

レイチェルの胸をかき乱しているそれを、
一番気になっているところを、ぽつりと漏らした。

月夜見 真琴 >  
長い耳につぶやくのは厳禁、というわけでもないけれど。
聞きとがめられた言葉に問われると、視線をうえに向けて少し考え込んで。

「そういう気持ちも、ないわけではない、かな。
 だって、庁舎に行く時も、いままではあえて刑事課を避けていたくらいだ。
 あの頃はほんとうに楽しかった。眩くて、熱くて。
 アルバムとか開くと、自分にもこういう時があったんだなって。
 そこに戻れば、きっと安心できるんだろうって、思ってた」

ほんとうは。華霧が刑事課に行くといったとき、心がぞっと冷えた。
短い青春を過ごした場所。そして、レイチェルのとなり。

――とられちゃう。

輝かしかった思い出すら。熱は飲み込めず、腹の底で荒れ狂っていた。
だから、あいたいと、切実な哀訴を目の前の女性にむけたのだ。
助けを求めた。華霧からなにも奪わない方法で。

「でも――いまは、ここに居られるから」

微笑んだ。
自分にとっての"特別な居場所"。
弱さを醜さを、余さず伝えて、血を捧げた時から。
同じ委員会でなくても、"ここ"に置いていてくれているから。
刑事課の月夜見真琴は、"嗤う妖精"とは違う名は、"歴史"になった。

「清算できない"罪(もの)"もあるし、な。
 それに――やつがれが前線に復帰してみろ。
 後輩たちの活躍の機会を根こそぎ奪ってしまいかねないだろう?
 "ここ"からでもできることを、やつがれはやる。
 おまえの花道を飾るためにも協力は惜しまないとも」

指を立て、得意満面、愉快そうに語ってみせる。
いずれ雪が降る。そして、溶けるころ、また桜が咲くのだ。
時間は進み続ける。うかうかしていたら置いていかれる。待ってはくれない。
――めのまえの彼女に、追いつけただろうか?

「ふふ」

問われた言葉には、思わず肩を震わせて。

「離婚した夫婦みたいな切り出し方をするな」

どうやらこっちが親権を持っているようだ。
楽しそうに笑いながら、そうだな、と考える。

「今生の我々は、どうあがいても"主役(ヒーロー)"にはなれないさ。
 おまえのだめなところだって、受け止めてやるとも。
 まあ、その後にはしっかり、こっち側も受け止めてもらうから――そうさな。
 元気にやっているけど、外側にひとつ不安なことはあるかな」

園刃華霧が刑事課に行った理由。
彼女の友人。水無月沙羅を取り囲む事情。
事態が動いた時、彼女の精神にどう作用するかわからない。
そしてその不安定な状態に、不安定なレイチェルをぶつけたら……?

ココアと、ガトーショコラを注文する。
おまえは?と問い返しながら。

「人になんでもかんでもぽいぽいあげてしまうところには、
 とりあえずあげられなさそうなものを沢山くれてやってみた。
 在り方を"否定"してみたら、なんとも面白い顔をしてくれたよ」

自分から見た華霧は、になる。可愛らしく面白い同居人。
目の前の彼女には、果たしてどれほど眩しく見えているのか。
頬杖をついて、じっと見つめる。
今見つめるものは、彼女だ。彼女しか見ていない。

「――――――――すこし無茶なことを言ってもいい?」

レイチェル >  
「はっ、確かに。活躍は奪っちまうかもな。
 ……でも、そっか。それなら良い。
 ただな。必要な時はこれからも遠慮なく声をかけてくれよ。
 買い物だろうがなんだろうがさ」

ここに居られるから、と。
そう言ってくれる彼女に対してレイチェルは目を閉じてそう口にした。

そうして。


「離婚した夫婦だぁっ?」

思わず、大きめの声を出してしまう。
あまりにも突拍子もない言葉に感じて、耳もびくんと跳ねた。

そして、無意識の内に椅子から腰をあげていた。

「……あ」

右、左。
ふるふると左右を確認し、少し困惑した店員の顔から目を逸らしながら、
こほんと小さく息を吐いて椅子に座り直した。
レイチェルの頬は、ほんのりと赤みがさしていた。

「外側、ね……」

彼女の『家族』のことだとか、頭を悩ませることは沢山あるだろう。
本当なら、自分はそんな彼女を支えてあげたいと思っているのだ。
しかし彼女を安心させる言葉を送る為のこの口からは、
鋭い牙が覗いている。

店員に、同じものでと一言寄越した後に、
レイチェルは語を継いだ。

「……オレは、そうだな。
 まぁ、うん。お察しの通り、悩んでばっかりだ」

華霧のことばかりではない。後輩のこと、理央のこと、沙羅のこと。
他にも色々だ。問題は、毎日山のように積み重なってくるのだから。
それでも、分けられる仕事は周りと分かち合っている。
無理をしないことは華霧と約束をしたことだったし、
分かち合うということは、貴家とも話をしたことだ。


「ぽいぽいあげてしまう、ね。
 あいつのそういうとこは、ほんと……」

続く言葉は飲み込むレイチェル。
自分が言えたものではないからだ。


「……無茶なこと? 何だよ?
 言ってみな」

自分のことをまっすぐ見つめてくる真琴に対して、
レイチェルもまたまっすぐに彼女の方に視線をやる。
眼差しを、与える。

月夜見 真琴 >  
「遠慮はしないつもりだが。
 …………緊張はするの。わかって」

わかるでしょ、と少し拗ねたように言う。
きっと彼女が同居人に感じるハードルの高さと、似たようなもの。
でも、こうして考えるもどかしさで、自分の想いを確かめるのかもしれない。
いっしょにいられると、それもそれで嬉しい。そわそわしながら落ち着く。

「あの子はわたしの子よ」

頬杖をついてにやつきながら、座り直す彼女にそんな揶揄を向けた。

「そうやって色々抱え込んで、首の回らなくなってるあなたに。
 あの子のことは任せられないかな。
 ――だいじょうぶ、あなたにもちゃんと、できることはある。
 ただ、なぜ悩むのか、はきちんと明確にしておかなきゃだめだよ。
 悩むことから始まって、その理由を見失うと、ずっと出られなくなっちゃうし。
 そして悩んでくれると、わたしが聞いてあげられるし?」

悩むことが目的になることが、ままある。
解決方法が目の前にあるのに。

たとえば、そう。

「選ばなかった道、過ぎ去った時間。
 それらにしがみついて、現在を見ようとしないことは、
 わたしたちが分かち合う理念からすれば――良くないことかもしれない。
 でもこうして、思い出や原点に立ち返ってみて。
 あらためて整理をつけたり、拾い忘れたものに気づくこととか。
 そういうこともあるだろう? 行き詰まったら現場にもどれ、というやつ」

目線を変える必要があった。
そもそも彼女がいま、悩んでいること。
変貌してしまった距離感。牙の呪い。押しつぶしてしまうほどの想い。
けれども、だからこそ。


「……いっかい、恐がらずに"親友"に帰ってみたら?」


彼女からすれば、逆戻りに感じるかもしれない選択肢。
せっかく進みかけた関係を、針を戻すかのように思える提案。
なれど、恋を忘れろというのではない。
抱いた想いを諦めろというのではない。

けれどそこに拾い忘れたものがあるかもしれないなら。
うまくいかなくなったなら、うまくいっていた時に還ればいい。
答えは案外、そこに転がっているのかもしれないし。

「あの子はあなたを待ってるよ。たぶん」

レイチェル >  
「親友に帰ってみたら、か」

当然、考えていない選択肢ではなかった。
ベッドの上で星空を眺めながらあれこれと思い悩む日々。
その中で、思いつかない筈もなかった。


何度も何度も頭に浮かび、何度も何度も否定した考えだった。

進みかけた関係に後ろ髪を引かれているのではない。
否定する言葉はただ一つ、何を今更――

あれだけ、我儘を言ってしまって。
あれだけ、想いを伝えてしまって。
あれだけ、心を傷つけてしまって。
あれだけ、置いていってしまって。
あれだけ、無理をさせてしまって。


「何を今更――どの面下げて、そんな」

今の関係に浮かれている気持ちなど、微塵もなかった。
親友に帰る。口にするのなら、簡単だ。
自分の気持ちも、華霧の気持ちも、
もう『元通り』になんてならないのではないか。

「いや」

自分の思考を、声と共に否定する。

――結局のところは真琴の言うように、恐いんだ。

『恐がらず』に。その言葉がレイチェルの思考に、一石を投じた。
いくら理由を並べ立てたとて、その感情は否定しようがなかった。
無論、信条のこともある。

いつだって前を向いて歩いていくことは、一番大切にしていることだ。
面倒なことも恐いことも、自責も後悔も、山程経験してきた上で勝ち取り、
自分のものにした信条だ。


しかし、それだけではなかった。信条だけが原因ではない。
積み重ねた感情を失うことが恐かったのだ。


「ああ。そうか、そうだな」

親友に帰ったところで、全てが元通りになる訳じゃない。
無理をさせてしまったことも、傷つけてしまったことも。
何もかもが無に帰す訳じゃない。

しかし、同時に。

彼女と過ごした時間も、交わした言葉も、
何もかもが無に帰す訳じゃない。


二人で積み重ねてきたものは、なくならない。



「そうだろうな」

真琴と出会った日に、自らの口で紡いだ詩があった。


『――だとしたら、悲しみに見えるそれは。』

『――前に進む為の飛翔なのだろう。』


頭の中で、あの日の桜の花びらを思い起こした。
それらは地に還るようでいて、とても前向きで、美しかった。

レイチェル >   

「前に進む為の飛翔は、必要かもしれねぇな」


そうしてレイチェルは自嘲気味に笑みをこぼすと、
後頭部に手をやって椅子に深く背を預けたのだった。
穏やかで、美しい笑みだった。

月夜見 真琴 >  
「肩を寄せ合って、些細なことでたくさん笑って。
 "親友(あなたたち)"が、羨ましくてしょうがなかった」

――まあ、きっと。
風紀の先輩と後輩として、此処に来た時の自分は、
似たようなことをできていたのかもしれない。
他人から、今の自分たちはどう見えるのだろう――とか。
益体もないことを考える。

嫉妬。羨望。強烈な情念に妬かれ、愛欲を育てた鬱屈の日々。
暗い廊下から遠巻きに覗いた仲睦まじい風景。まだ三つ揃っていた時。
そうして二人置いていかれた親友たちの肖像が、もし。
あの夏に起こった事件から、落ち着くことなく曖昧になった関係性が、
このまま解れていくとすれば。

「それが、恋によって失われてしまうとなると。
 わたしのみたものはなんだったんだろうって。
 陶犬瓦鶏――真に尊い時はどちらだったろう。
 あなたがこのまま苦しいよ、って顔をしていたら、
 あの子は恋というものを、知らないまま嫌いになってしまうかもしれない。
 自分から奪っていくばかりの想いだ、と――ありがとう」

甘いココアとほろ苦いガトーショコラが届く。
お構いなく、と店員を見送った。ココアを一口。

「……"親友"って、他人にあげたりできないでしょう?
 いまこの島で、あなただけが、
 そう名乗ることを許された、特別な居場所。
 まず、そこからあの子にあげてみたらどうかな。
 ばかなことをして、遠慮なくものを言って……楽しんで。
 "親友"でいながらでも、恋をすること、探すことはできるよ。

 恐いのなんて、当たり前だよ……だって、わたしもそうだった。
 変わってしまったことを確かめるのも、終わってしまうことも。

 当然、胸の痛みや苦しみが消えるわけではないだろうし。
 おまえもあの子もすこしずつ変わって、昔と同じは難しい。
 けれど、そこは、それ。
 そのときのための、わたし、やつがれ――
 いくらでも頼って、甘えてどうぞ。 溺れるほどに甘くしてあげる」

挑戦的に見つめながらも、吟じられたその詩篇。
眼を伏せて、そういえば夢に見たといっていたっけ。
闇の底に潜んで、散った筈の花弁は、そこで終わりではなかった。
バッグを漁ると、携帯デバイスを取り出して。

「ここに名作の全文が残っています」

そう微笑んだ。
前向きで、まっすぐで、とても"らしい"。
そこに至る苦悩を知っていればなおのことそう思う。
飾らない言葉。深淵で偉大なる文化。

月夜見 真琴 >  
   
「――はい、というわけで」

届いたガトーショコラ。
ふたりとも同じものだ。同じものだが。
彼女の手元のフォークを指差して。

「いいこのわたしに、ご褒美をくれる?」

その指をみずからの唇に。
なんとも安上がりな女だが、些細なことでも満たされる。
些細なことからでいいのだ。

まずひとつ、自分だけをまっすぐ見てもらうことから。
おいてきた過去から、大事なものを拾い上げて、
時計の針に追い立てられながら進んでいくために。

レイチェル >  
「……オレの願いは一度だってぶれねぇさ」

落第街を走り回っていたあの日から、柱は何も変わっていない。

華霧と一緒に未来を生きたい。
そして。
何もかも投げ捨てようとするあいつを繋ぎ止めて、
この手で幸せにしたい。

ただ、それだけだ。

それを真琴の前で今一度口にすることはないが。

「だから、きっとやれる。やってやろうじゃねぇか。
 親友、特別な居場所をもう一度与えるために……
 全力で、前向きに後退《ひしょう》してやろうじゃねぇか」

華霧には、穏やかで居てほしいのだ。
急ぎすぎてしまったのなら、歩調を合わせれば良い。

虫が良すぎる。
自分勝手過ぎる。
そんな風に、行動する前に理由をつけて躊躇うのは馬鹿のすることだ。
だぁらレイチェルはそれらを、否定する。

「……お前、消しとけっつったろうが」

はぁ、と呆れた顔で口にする。まぁ、自分だって引用したのだ。
強くは言えまい。

だから口にして、それから笑った。
自嘲気味な笑みというよりも、
言葉を吹き飛ばすような、からっとした笑みだ。
レイチェル『らしい』笑みだ。

「ま、でも……そういうところはお前『らしい』、ほんとにな」

自分らしさを失って、取り戻して、見失って、また思い出した。
思えば忙しない日々だった。

そんな中でも柱《ねがい》だけはずっと、抱えてきた。
変わらず、抱えてきた。
だからこそ。支えもあって、何度だって自分を取り戻せた。思い出せた。
そして、今度こそはきっと。

レイチェル >  
「……ったく、しょうがねぇな」

言葉とは裏腹に、優しい笑みを見せていた。
今度は、レイチェルが彼女の心を支える番だ。

「ほらよ」

手元にあるガトーショコラをフォークで丁寧に切り分けて、
顔の前へずい、と突き出す。

突き出しながら少しばかり視線は逸らしていたが。
それも何とか修正、修正。

彼女の想いから、目を逸らす訳にはいくまい。いや、逸らしたくない。

そうしてレイチェルはフォークを手にしたまま、じっと真琴を見据えるのだった。

月夜見 真琴 >  
また、羨むくらいの二人に戻って、なんていうのは。
いろいろと複雑な想いもあるから言うはずもないのだけれども。
憂い悩む顔がなくなってしまうとなると、少し惜しむものもある。
ああ、否――きっとその後は、自分が困らせるのかもしれない。

「ちゃんと見ているから。
 ころんだ先の杖があるものと思って、どうぞ羽ばたいてみて」

暗夜行路を照らす月。
それは太陽あってこその夜明かり。
柔らかく、暖かくはなく。うまくいってもいかなくてもそこにある酷薄な月。
それくらい透明な光だが、すこしでも照らしてあげたいというのは本当。

なにせあちこちに手を差し伸べてしまう相手だ。
これくらいは、させてほしい。

「消さないよ。 やつがれの大事な宝物さ」

いつ、なにが人の助けになるかはわからない。
だったら、思い出はしまっておく価値があるはずだ。
きっとこの店にまた訪れたことも、いつか。

「また、きょうみたいに声かけるよ。
 ちょっとずつ、ちょっとずつでいいから――」

取り戻していきながら、埋めていきながら。
跪いて祈っても、どうせ時間は戻ってこないから。
新しい時間を重ねていきたい。

月夜見 真琴 >  
「―――――」

微笑のまま、突き出されたそれ――ではなく。
顔を見つめた。そらされた視線。
それがかち合ってようやく、にっこりと満面の笑みを浮かべて。

「あーん」

一口。
ご機嫌にほろ苦さを含んだ。

「よくできました。 ふふふ、嬉しい。
 こうしておねだりすると、あなたはわたしを見てくれるんだな」

わがままになってもいいのかも。
お互いに。

そう考えながら、こちらもフォークを手に取る。
何をしようとしたか。何をしたかなんて、あえて語るまでもない。
しっかり"お返し"をしただけだ。

ご案内:「商店街」からレイチェルさんが去りました。
ご案内:「商店街」から月夜見 真琴さんが去りました。
ご案内:「商店街」に幣美奈穂さんが現れました。
幣美奈穂 >  
今日のお役目は午前中早め。
お役目を終えましたら、次は先日から追い続けている商店街に現れる、
連続窃盗犯の捜査です。
とても風紀委員っぽいお仕事です。

犯人はこの数日、何度も盗みを働いているそうです。
ただ脚が速くいまだ捕まえられず。
美奈穂も昨日に、盗まれた直後でしたが「泥棒!」という声が商店街に響いたのを聞きました。
残念ながら、美奈穂が駆けつけた時には既に逃げた後だったようです。

教派奉仕部での常世祭の屋台のお手伝いも断りまして。
捜査に集中です。
商店街でも祭りの出店を多く出しており、大変に賑やか。
人も多い中で、犯人さんは犯行をするのか・・。
もうすぐお昼になりますが、美奈穂は商店街にある赤いポストに身体を隠して。
そして、次はここが狙われると思われるお店を見張ります。

幣美奈穂 >  
途中、お買い物をしていかないのかとか。
今日も頑張ってるね、などなど。
顔見知りでもある商店街の人達にお声をかけられたりしています。
窃盗犯の捜査中なのだと説明しますと、
頭を撫でられたりするのです。

そう、風紀委員会の制服を着ておらず。そして腕章も付けていない美奈穂。
美奈穂が気付いていないだけで、結構な数の人が風紀委員だと思っていないのが現実。
風紀委員ごっこをしている子供だと思われたりもしてるのです。

それにしても、犯人さっが狙うであろう出店を見ておりますと。
香ばしい匂いが漂ってきます。
醤油ベースのタレで、炭火で焼いた鳥の薫りです。
まだ午前中なのに、既にお酒と一緒に召しあがっている方もおられるのです。

少し休憩でもしたらどうだい?
と顔見知りの方がお菓子とお飲み物を持ってきてくださいましたけど。
美奈穂はぎゅっと我慢です。
今、お仕事中ですからおやつを貰ったりしている暇はないのです。

・・すると、次は牛乳の紙パックとたいやき。
そう、捜査ならこれでしょう!、と。
美奈穂は家にテレビとかないので見る事はないのですが、刑事(どらま)の基本。
それを教えてくださった方なのです。
捜査の差し入れ、というので渡されます。
あそこのベンチが空いてるよ、と近くにあるベンチの隙間を教えてくださいます。
――立ったままとか歩いての飲食がまだ難易度が高い美奈穂の事を知っている、商店街の方なのです。

幣美奈穂 >  
捜査の指し入れでしたら、断る理由はありません!。
ぱぁあっとお顔を輝かせた美奈穂は、タイ焼きと牛乳を持って。
ベンチにお座り。
膝の上にハンカチを敷いて、タイ焼きを置きます。
きちんと頂きますをしてから頂くのです。
アンパンではないですが、とても刑事らしいと思うのです。

――!。こ、これは!?
尻尾の先まできちんと餡が入ってます!
まずはと、タイ焼きを半分に割りましてから尻尾の先を小さくぱくりっ。
そこにある、甘い粒あん。
手を抜いていない、いいお仕事なのです。
きちんと練られており、舌触りも滑らか。
目を閉じてもっきゅもっきゅとして飲み込んでから、目を輝かせてタイ焼きを見るのです。
二口目をもぎゅっとしてから、牛乳の紙パックを持ってストローを刺すのです。
粒あんの味が舌に残るのが、牛乳で洗い流されていく刺激が甘美です。

とても美味しそうにちまちまと食べます美奈穂の姿。
なんか周囲がほっこり。
もう3口で半分の尻尾側を食べきるのです。

なるほどなのです。
風紀委員会の刑事課の人達は、毎日こんな感じなのですね・・。
そう美奈穂は思うのです。

幣美奈穂 >  
さて、残りは頭側です。
お腹から頭までみっちりと餡が入っている感じがするそれ。
手に取ってから、タイ焼きと目が合ってしまいました。
じっと見つめてから、くるり。
割ったお腹側からにします。
アタママルカジリはちょっと勇気がいりますので。

かぷりっ。
小さく口にすると、かっ!と美奈穂は目を開きます。
お口はもぎゅもぐ・・。
なんていうことでしょう・・頭側はクリームも入ってます!
美奈穂的には、神道の世界に仏教が来たようにも感じられ若干邪道にも感じられます・・が。
神仏融合、これもアリなのです。
受け入れることこそ、在り方なのです。
と、モグモグしながら趣深くうむうむと頷きます。

幣美奈穂 >  
・・お昼前だというのに、タイ焼きを1尾食べてしまいました・・。
牛乳パックを両手で持ちながら、ストローで飲み。
少し遠い目になってしまいます。
――罪深き味わいでした。

ほぉっとしてますと。
商店街の方が「ほら、アイツが来たよ」と教えてくださいます。
はっ!、そうでした。
美奈穂は今、捜査中なのです。
どこどこ?ときょろきょろしてますと、指さして教えてくださいます。
今、連続窃盗犯が看板の後ろに入って身を隠しているそうです。
・・確かに、脚の先などが看板の下に見えます。

お礼を言いまして、美奈穂もそろりそろりと近づくのです。
看板の下からは・・推定3歳のトラ猫。通称、寅太郎が現れます。
昨日はメンチカツを強奪したそうですが、それ以外にも被害が色々あると。
この刑事なお仕事を回してくださった、風紀委員会の方からも話を聞いています。

あともう少し・・というところで。
寅次郎、身を低くしてテーブル席に近づいて。
伸びあがりますとテーブルに手を付いて、上にあるお皿から焼き鳥をテーブルの下に!
それを咥えると、たったかと走り出します。
「あっ!?」と思うような素早さで、見事な手際なのです。

「ま、待ちなさい!」

美奈穂は犯人さんを追いかけに、とてとてっと走り出すのでした。

ご案内:「商店街」から幣美奈穂さんが去りました。