2021/12/24 のログ
ご案内:「商店街」にフィールさんが現れました。
■フィール > 「やっぱりクリスマスとなると、きらびやかだなぁ」
何度か訪れた事のある商店街の、見違えた姿を見て、溜息をつく。
今日はクリスマス・イブで、商店街も売り出そうとセールをしている。
ご案内:「商店街」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 >
「まあ、世界的に広まったお祭り?みたぃな。
そーゆーもんだから毎年賑やかになんのよな。
あーしも派手にお祝いとかはしたことねーけぉ、
実家ではクリスマスが終わってからケーキとか
買って食べてたし。
クリスマスはケーキが良く売れるから大量に
在庫があって、翌日以降余ったヤツがお得に
買えんだわ」
黛薫、華のJC。この年齢にして既に夢がない。
■フィール > 「今はお金あるんですから、一杯贅沢しましょう?
せっかくのイベントなんですから」
そう言ってケーキ屋に目移りしていく。
フィールは悪食であり美味いだとか不味いだとかは気にしない質だが、きらびやかなものを見て、興味が沸いたようだ。
■黛 薫 >
「収入が安定する前に使い込むの、少し怖くね?
いぁ、今の貯蓄ならちょっと贅沢したトコで
問題ねーのは、頭じゃ分かってんだけぉ……」
未だ抜けない貧乏人の金銭感覚。しかし明確な
反対を口にしないのはフィールが学ぶ『基準』を
自分がいたような底辺に合わせたくないからだ。
付け加えるなら、彼女にしては珍しくそれなりに
値段がする服飾──新しいマフラーを身に着けて
いるから、相手にだけ節約しろというのは道理に
反すると考えているからでもある。マフラー自体
頂き物だからお金はかかっていないのだが。
「ケーキ屋、色々売ってっから目移りすんのよな。
一旦眺め始めっと、どれもこれも美味しそーに
見ぇてくるし」
■フィール > 「ヒトらしく生きるなら、こういうイベントも楽しまないとな、と思ったまでですよ。映画でも楽しそうでしたし。もしかしたらこういうところから商売に関する知見も得られるかもしれませんしね」
新しいマフラーをした薫を横目に、フィールはケーキの陳列を見ている。
新しいマフラーをしているのは知っているし、薫がそういうものにお金を掛けないというのは知っている。
でも、フィールは薫が幸せで居てくれればそれでいい。詮索するつもりはない。
「こういう、見た目で美味しそうに見せるのも、技術なんでしょうねぇ」
美味しいだけのペーストは好んで食べられない。
人間の食事は、見て楽しんで、味わって楽しんで、腹を満たすものだ。
スライムは腹を満たすだけの食事で、価値観の相違がある。
それでも人間に寄ろうと、その価値観を見て学ぼうとしている。
■黛 薫 >
「どうあれ、クリスマスはフィールにとっても
楽しぃイベントになるとは思ってるよ」
微妙に含みのある言い方。ショーウィンドウに
並べられた宝石のように煌びやかなケーキの
陳列を端から順番に眺めていく。
雪のような純白のクリームの上に赤く艶やかな
イチゴが乗ったショートケーキ。シロップ漬けの
彩豊かなフルーツがきらきら光るフルーツタルト。
しっとりした質感のチョコクリームにアーモンド
スライスと板チョコを添えたチョコレートケーキ。
パリパリの生地とふわとろのクリームが層を成し
アクセントに苺を加えたミルフィーユ。
ケーキとは別に、食欲をそそる焼き目の生地に
溢れそうなクリームを蓄えたシュークリームや
色とりどりの生地に異なるフレーバーを挟んだ
マカロンも売っている。
「見た目や味は心の栄養だもんな。生きるために
必要な栄養を摂るだけの食事は心が痩せてくから」
餓死しないために砂糖水でカロリーだけを摂って
過ごした日々を思い出す。その虚しさを良く知る
黛薫としては、折角ならフィールに日々の食事を
楽しんでもらいたいところ。
もっとも、料理は出来ないので外で買ったご飯に
頼るしかないのだが。コンビニ飯も存外美味しい。
■フィール > 「こういうの作る人って本当にすごいですよね…。
原材料からは想像もつかないです」
ケーキの原材料を考えてみると、その完成形であるケーキは原材料と似ても似つかない代物だ。
小麦粉に卵、牛乳に砂糖。そしてフルーツ。
とくに小麦粉と卵の変化は凄まじく、原材料そのままで食べることしか知らなかったフィーナには晴天の霹靂といったところだ。
「本当、まるで魔法みたいですよね…」
自分の知り得ない物が魔法のように見える。
それはフィールにとっても同じで、理屈では解っていても、実際に目にするとそう感じてしまう。
「こういうの、作れるようになってみたいですね。流石にレシピは門外不出でしょうけど」
■黛 薫 >
「大変容の前、この世界に異能や魔法が普及する
ずっと前から『料理』って文化があったって、
知ってても驚くくらぃだよな。
ケーキに使われるバターや生クリームなんか、
誰がどうやって最初に見つけたんだろーな?
偶然で作れるよーなもんなのかな」
今では工業の分野に魔力炉が導入されたりと
魔法関連の技術を取り入れた製法も存在する。
しかしその土台にあるのは大変容前から世界を
支え続けた『科学』。料理は先日の積み重ねと
技術革新に育まれた分野でもある。
「真似すれば作れるレシピと、そーじゃなくて
職人のカン?みたぃな経験が必要なレシピは
ありそーだよな。アレとかレシピ知ってても
作れる気ぃしねーもん、あーし」
指差して示したのは職人が手を凝らして作った
デコレーションケーキ。クリームの形状ひとつ
取っても並々ならぬ技術と情熱が注がれていると
素人目に見ても分かる品。その分お値段も他の
ケーキより一段上になっている。
■フィール > 「この辺り、怪異と人間の差を感じますねぇ。
長年培われた文化っていう土台と、ぽっと出の差、といいますか。
今でさえ私も先人の知恵に頼る側ですけど。怪異が人間に勝てないのも頷けますよね」
人間は欲求に対して危険を犯してでも追求する質だ。
様々な分野で希求したが故の、文化という社会が出来上がっている。
偶然にしろ何にしろ、『未知』に対する挑戦、そして記録。その積み重ねこそが、人間の強さだ。
長い、長い歴史の『記録』があるが故の、強さ。
「でも、突き詰めて作り方を伝授されたからこそ、こういうモノが当たり前のように買えるんでしょうね。」
財布を取り出して、薫の指差したデコレーションケーキを買おうとする。
やはり買うのなら、自分たちでは作り得ない、特別なものが良いだろうと思って。
■黛 薫 >
「機械技術とか魔術とかに関しちゃ人間以外にも
優れた種族はいるけぉ……こと食事と娯楽では
人間以上の存在ってそうそういねーよな……」
事実、黛薫の故郷では単体で食べられない種類の
芋を手間暇かけてほぼ栄養にならない食品として
食べたり、致死級の毒を持つ魚を安全に調理する
免許が存在したりする。食への探究心は恐ろしい。
「いやホントにな……こーゆー技術の結晶が
買ぇるって、当たり前じゃねーよなぁ。
でもフィール待った、買う前に考えてくれ」
その『当たり前』さえ力がなければ手に入らない
環境を知っているから、ありがたさを噛み締めて
頷いた。
それはそれとして、自然な流れでフィールが
デコレーションケーキを買おうとしているのを
見て一旦待ったをかける。理由は値段もあるが、
その手のケーキは1ピース単位でなくホールで
売っている場合が多いからだ。
「こーゆーデコレーションが施されたケーキって
見て楽しんだ後に食べて楽しむ用途だからさ、
お店で切り分けて買ぅタイプじゃねーのよな。
だから買うなら丸ごと1ホール……いぁ、別に
フィールなら食べ切れるからイィ……のか?」
ひとまず静止の理由を説明してはみたものの、
考えてみればフィールがいれば食べきれずに
腐らせる心配はない。ホールケーキを2人で
1ホール買うという発想自体がまず無かったが、
意外と心配ない……かもしれない。
■フィール > 「人間の余裕の現れですよねぇ。余裕がなきゃ探求なんて出来ないですから」
人間が知恵を絞り生きる余裕を作ったからこそ、『生きるため以外』の探求も進んだのだろう。
「…あぁ、普通なら二人じゃ食べ切れないですよね。えぇ、私なら1ホール余裕です」
薫の考えは当たりで、事実フィールは悪食であり大食らいでもある。
しかしその性質は消化効率に影響しており…自らの身を脅かすような毒でもなければ食べられるその消化器官は、多大なエネルギーを消耗しての事だ。
1日に成人男性の2倍は食べるので、それもあって薫の心配がのしかかっているのかもしれない。
■黛 薫 >
「生き物の探究心って『生きるため』を満たせば
そこでストップするコトが多ぃけぉ……人間は
より安全に、確実に生きられるように飽くなき
探求を続けて、余裕が生まれても進歩を止めず
続けてきた生き物だかんな」
元来、人間は『単体では弱い』生命体である。
獣のような爪や牙、膂力もないし、エルフや
妖精のように本能や体質レベルで魔法を扱える
能力もない。当然そのままでは弱肉強食が掟の
自然の中で『余裕』など持てるはずがなかった。
それが今や『必要性』ではなく『娯楽』のために
あらゆる分野を進歩させるだけの余裕を得ており、
『文化』という積み重ねまで生まれている。
「うーん……食べ切れるなら買っても大丈夫、かも?」
食べ切れるかどうかの心配を除いた場合、問題に
なるのは値段。だがケーキに限らず大抵の商品は
まとめて買うと安い。ケーキならピース単位で
1ホール分買うよりホールで買った方が安いのは
自明である。
それを考慮すると他より値が張るデコレーション
ケーキも、色々な味のケーキを欲張って購入して
1ホール分に届いた場合と値段はそう変わらない。
「ん、じゃあ買ってみっか。何だろ、割引じゃなぃ
ケーキを丸ごと買ぅのって、入学前まで含めても
初めてだから、ちょっと緊張すんな?」
勿論、自分より量を食べるフィールがお腹いっぱい
食べられれば尚良いという考えもある。何だかんだ
言いつつ、黛薫も同居人にはそれなりに甘い。
■フィール > 「自然淘汰でもなく。遺伝子の悪戯でもなく。自らの知恵だけで進歩する生物って他にないですよね…ほんと恐ろしい」
通常、動物は遺伝子交配によって多様性を作り、自然淘汰によって進化する。
しかし人間はその知恵によって力を手にした、異質な動物なのだ。
その知恵を伸ばすのは、人間にとっての命題と言っても良い。
「そういえばケーキ食べるの初めてなんですよね。どんな味なんでしょう?」
落第街では食事を気にしたことはなく、こちらに来てからもケーキなんて言うものは食べたことがなかった。
クリスマスというイベントのお陰で、フィールはまた一つ知見を得る。
慣れない様子で、デコレーションケーキを購入した。
「楽しみですね」
■黛 薫 >
「クリスマスって元々は……宗教的に偉大な人?が
生まれた日を祝ぅイベントだったらしぃんだけぉ。
ケーキはそーゆー大事な日の主役をプレゼントと
並んで掻っ攫ってくくらぃだから、人間にとって
とびきり美味しぃ味、なんだろーな。
食べる機会があんま無かっただけで、あーしも
ケーキは好き。極端に甘ぃ物が苦手な人以外は
大体ケーキ好きなんじゃなぃかな。どの種類が
1番好きかは人によるかもだけぉ」
店の窓から外を眺めると、ちらちらと降り始めた
雪がアスファルトに落ちて溶けていくのが見えた。
陽が落ちて気温が下がれば薄く積もるだろうか。
「もう冬だもんな、冷え込んでくるのも当然か。
フィールは寒さとか大丈夫な方?」
■フィール > 「確か、キリストの生誕祭でしたっけ。薫の出自を調べる時にちらっと見ました。
へぇ、薫も好きなんですね。それは、また楽しみです」
買ったケーキを腕に下げて、外に出る。
ちらつく雪を見て、映画を思い出す。
クリスマスで雪は定番と言えるぐらい、よく見た。
しかし自分の体質とは話が別で。
「正直言えば、温度変化はかなり苦手なんですよね…寒っ」
着ているジャケットのボタンを留めて、冷たい空気が入らないようにする。
たわわに実った胸がとても窮屈そうだ。
■黛 薫 >
「んー、やっぱそっか。んじゃ、予定前倒しに
なるけぉ、先に渡しとくコトにする」
環境に適応した個体こそ多く存在するとはいえ、
スライムという生命体の組成自体は寒い環境に
適していない。ゲル状の身体にはダイレクトに
外気温が浸透するのだし。
ジャケットのボタンを留めて寒気から身を守る
フィールの様子を見て、ショルダーバッグの中を
漁り始める。
不器用な手付きで貴女の首に巻いたのはお揃いの
マフラー。常世渋谷の有名店の品物でそれなりに
値段はしたが……貴女に何か贈るなら1番喜んで
もらえるのは揃いの品だろうと確信があったから。
「まだイブだけぉ、クリスマスプレゼントな。
あーしだけ先に貰っちまぅ機会あったから、
おんなじヤツならフィールも喜ぶと思って」
■フィール > 「…………」
無言のまま、マフラーを眺める。
寒さで赤くなった頬が、更に赤く染まっていく。
そのマフラーを手にとって。顔を隠すように、巻いていく。
「……ありがと。嬉しい」
目線を逸したまま。感謝の意を告げる。とても恥ずかしそうだ。
■黛 薫 >
「ん、喜んでもらぇたなら良かった」
言葉は短く、しかし恥じらう仕草と声音は雄弁。
名前が表す通り感情豊かに育っていくフィールを
支えるのは存外楽しいものだ。
有名店の商品だけあってマフラーは巻きやすく
暖かく、それでいて呼吸も苦しくならない逸品。
強いて欠点を挙げるならお揃い故に紛れやすく、
どちらかがマフラーを取り違えて外出した場合、
その日の間中『薫り』に悩まされることくらい。
「ケーキ持って帰らなぃとだからあんまし長くは
寄り道出来ないけぉ、他に行きたい場所ある?」
淡雪も相まってクリスマスムード1色に染まった
街並みを眺めつつ、後の予定を聞いてみる。
■フィール > 「んん、そうですね………ケーキ買った後で何なんですけど、実は食事の予約してるんですよね。百貨店の景色のいいレストランで。
なんで、一旦帰ってから、そこに行きたい…とは考えてます。
あ、でもそれらしく見えるような服は買っていきたいかも…?」
自分と薫の服装を見て、流石にみすぼらしい格好で百貨店のレストランに行くのは気が引けた。
自分は買ったばかりだからまだ良いものの、薫は長い間落第街で駆けずり回った頃の服のままで、お世辞にも綺麗とは言い難い。
ついでに言えば、薫にちゃんとした服を買って着てもらいたいという理由付けでもある。
「薫のドレス姿とかも見てみたいんですよね」
■黛 薫 >
「れすとらん」
単語に縁が無さすぎて、思わず鸚鵡返し。
ファミレスくらいなら行った経験もあるけれど、
『それらしく見える服』が必要なレストランは
当然ながら未経験である。
黛薫の服装がふさわしくないのは言うまでもなく、
1番まともな服でもフィールと一緒に買った新品の
白シャツくらい。それさえ時々襟元を引っ張って
いるお陰で微妙に首周りの生地が伸びている。
それ以外になると色褪せが目立ち始めたパーカー、
擦り切れ過ぎて引っ張ると生地の向こうが透けて
見えそうになるシャツ、履き古してデニム地とは
思えない柔らかさになっているハーフパンツなど、
相応しくないを通り越して問題外になる。
「いぁ、あーしは……ドレスは似合わなぃだろ」
自信ゼロ。化粧もお洒落も無縁だっただけで、
顔立ちだけ見れば別に悪くはないのだが……。
■フィール > 「着る前から諦めちゃ駄目ですよ」
自分の恋人を貶されてちょっとだけムスッとする。
自分の恋人に自分の容姿を自覚してほしくて、車椅子を動かして服屋へと向かおうとする。
「そうそう、フィーナから良い店教えてもらったんですよ。魔導衣?というのを扱っている所らしくて。フィーナが着てるドレスも魔導衣らしいんですよ。
実益も兼ねますし、買いましょうよ」
少しでも薫の気が引ければと思い、その店へと足を運ぶ。
値は張るがどれも魔力の通った衣装であり、如何にもな刻印が入ったもの、普通の服に見えるもの、ドレスやスーツにしか見えない物もある。
「どれが良いかな…?」
薫に着せる妄想をしつつ、服を見繕っていく。
■黛 薫 >
「あぁ、うん……魔力伝導性の高い繊維使ったり、
編み込み自体が陣を成してて特定の魔術の発動
媒体になったり、大気中のマナを集積する機能
付いてたり……そーゆーの、だよな」
黛薫が魔術関連の品を目の前に並べられているにも
関わらず、こんなにも逃げ腰なのは多分初めてでは
なかろうか。一応技術的な面への興味は隠し切れず
視線は彼方へ此方へと動いているのだが。
彼女にとって服とは肌を隠すための物でしかなく、
普段は安さと目立たなさくらいしか気にしていない。
着心地の良さもあればありがたい程度で、例外は
いつも着ているお気に入りのパーカーだけだ。
■フィール > 「そうそう、そういうのらしいです。
あ、これとかどうです?」
手にとったのは、漆黒のブラウスとベージュのコルセットスカートだ。
ブラウスには金糸の刻印が張り巡らされており、スカートには裏地に刻印が張り巡らされている。
スカートにはスリットが入っており、動きやすいよう工夫されている。
「これなら普段使いできそうですし、良くないです?」
■黛 薫 >
「ふ、普段使ぃには、ちょっと……高級すぎなぃ?」
黛薫の感性は落第街由来なのでアテにならない。
彼女の納得する『普段使い』にランクを落とせば
それこそまた白シャツ数枚になりかねない。
「うぅ、でも今日行くトコって、そーゆー……
イィ感じの服?じゃなぃとマズぃ、のかな。
あーし、ドレスコードとか全然知らなぃ……」
そういう意味では先にレストランを予約して
退路を絶っておいたのは良い判断だと言える。
「試着?とか、した方がイィのかな、てかしても
大丈夫なのか?何か、何か……汚れるみたぃな、
高ぃ服ってそーゆーの気にしなくてイィの?」
(普段着が安過ぎるからだが)桁が2つ3つ多い服を
前にしてビビりまくっている。もしも試着するなら
高い服に傷を付けるのが怖いのでフィールに頼って
着せてもらうことになるだろう。
■フィール > 「正直いえば身だしなみについては今着てるのもキツイですよ、逆の意味で」
例え私服といえど周囲の目は気にしなくてはならない。
洗って多少清潔にはしていても、ヨレヨレの服やボロボロの靴のままでは逆に目立ってしまう。
「少なくとも今着てる服だと目立ちますよ。逆の意味で」
ドレスコードは身だしなみだ。下手な注意を引いたり不快に思わせないための最低限のもの。
フィールもドレスコードは知らないが、映画でそういった『場違い』に対する印象が良くないというのは知っている。
「本来ならこういうのってオーダーメイドらしいんですけど、ここは既製品を加工して作ってるみたいなんで、試着とかOKらしいです。あぁ、でもサイズとかは先に測ってもらう方が良いかも?」
そう言って、取り敢えず店員を呼ぶことにした。
サイズを測るにしても試着するにしても、聞いておいたほうが良いと思ったからだ。
■黛 薫 >
「……はぃ」
まともな衣服さえ手に入らない人も珍しくない
落第街とは違い、表の街では見窄らしい服の方が
却って目立つ。至極真っ当な指摘を突きつけられ、
黛薫は車椅子の上で萎んでいる。
服については先だって確認した通り。靴に至っては
底が抜けた物を接着剤で補強している始末。こうも
ボロボロな靴を履いている人など表の街ではまず
お目にかからないだろう。
店員に測ってもらったところ、見た通りではあるが
黛薫は極度の痩せ型だった。辛うじて虚無ではない
胸も腰回りも(当初よりはマシだが)骨の形が見えて、
仮にこれ以上脂肪を落としたとしても服のサイズが
下がらない有様。
ウエストは肉の薄さ込みでも意外と引き締まって、
もう少し胸とお尻周りに脂肪があればスレンダーな
美人体型と呼べたかもしれない。
■フィール > 「サイズも大丈夫そうですし、試着してみましょうか。」
そう言って、店員さんに目配せして、薫と共に試着室へと向かう。
車椅子の上で、なんとか服を着せていく。
フィール自身の力は弱いので、魔術で補助を入れながら。
幸い、フィーナのドレスを着ていた頃の知識が役に立ったのか、思っていたほど手こずらなかった。
「さて、ご対面です」
車椅子を動かして、薫に自身の姿が見えるように、鏡を見せる。
■黛 薫 >
黛薫も身体操作の魔術はあるのだが、精密性は
未だに難が残る。高い服をダメにするリスクを
考えると下手に動けず、結果として着脱作業は
全部フィールにお願いする羽目になった。
苦労しながらも服を着せてもらい、鏡とご対面。
「……似合、ぅ?」
対面したは良いが、自信なさそうに貴女の顔を
見上げるだけの反応。ファッション関連の知識の
無さと自信の無さが合わさって、自力での評価が
上手く出来ない様子。
実際のところ、黒の上衣とベージュ寄りの下衣の
組み合わせは(下衣が色褪せていた点に目を瞑れば)
今までの服装に近い。貴女から見れば馴染み深い
カラーリングに目新しい服装の新鮮さが加わった
形になるだろう。本人の低い自己評価を無視して
見るなら決して悪くはない。
■フィール > 「買いましょう」
返事としては適切ではないが、これ以上無くフィールの気持ちを代弁するような答えだった。
「他にも靴とかも見繕いましょう。どんな靴がいいとかありますか?」
店員にお金を渡して会計しながら、聞く。
■黛 薫 >
「靴……は、うーん。手ぇ使わずに履けるヤツが
好きなのよな。だからコレ、柔らかくなるまで
履いた靴から乗り換えらんなくて。
最初っから柔らかぃローファーとかあんのかな。
サンダルや長靴は汎用性?低そーな気ぃするし
パンプスはいざってとき走れな……あー、んー、
でもあーしそもそもしばらく走れそーになぃか。
じゃあそんでも問題ねーのかな……」
靴に関して黛薫が求めるのは履きやすく動きやすい、
要求としてはシンプル。需要としても少なくない為
探せば見つかりそうではある。
■フィール > 「じゃあ、ちょっと探してみますね」
そう言って、試着室に薫を置いて、靴を探しに行く。
数分後、一つの靴を手に戻ってきた。
「良さそうなのありました」
持ってきたのは、スニーカータイプのクロックス。
靴の中に刻印が刻まれており、脚の増強を行ってくれるもののようだ。
人気の既製品であるが故に履きやすさと履き心地はお墨付き。
■黛 薫 >
「ああ、うん。コレならイィかも」
服に関しては自信の無さから相当悩んでいたが、
機能性がメインの靴については悩まずに決めた。
「そいえば、さっきの服に刻まれてた魔術刻印、
どーゆー効果だったんだろ?この靴は接触面
基準で上に向けて働く軽めの身体強化だから
足の増強だよな」
魔法、魔術に関わる品なら所構わず齧り付いて
識りたがる彼女が見逃してしまったという辺り、
どれだけ服屋に慣れていないかがよく分かる。
■フィール > 「服の方は魔力伝達効率化の刻印で、スカートの方は魔力出力適正化の刻印が刻まれてるんだって。どっちも魔術行使の負担をへらすものみたい」
つまりは、魔術を使う時に考えることが少なく済むものと考えると良いだろう。
魔力伝達の効率化により魔力消費が抑えられ、出力の適正化により魔力量の調整をする必要がなくなる。
考える事が少なくなれば、それだけ複雑な術式にも手が出しやすくなるのだ。
「うん、これだけ身だしなみが整ってれば目立つことはないでしょ」
■黛 薫 >
「負担が減るのは素直にありがたぃな?適正が
低めだから、軽減できるトコは少しでも軽く
……いぁ、待てよ。そーゆー補助輪を幾つも
用意してやれば、素質自体が伸びるワケじゃ
なぃにせよ、ハンデを軽くするコトは出来る。
いずれ考ぇると役に立つかも……」
やはり黛薫の根幹は魔術への探究心で出来ていて、
きっかけがあれば思考は容易く其方に傾くらしい。
さっきの話ではないが、食や娯楽に関わらずとも
人間の好奇心、探究心は深いようだ。
「目立つ目立たなぃで言ぇば、1番目立つのが
車椅子だよなぁ。消費も持続も気にせず自立
歩行が出来るよーになって、場違ぃじゃなぃ
服着てたら視線も少しマシになんのかな……」
本人は理解も想定していないが、黛薫がきちんと
身なりを整えても向けられる視線は特に減らない。
ただ見窄らしくて目を引くか人並み以上に整った
容姿が目を惹くかの差はあるため、見下すような
視線が減って好意的な視線が増えるのは確かだ。
■フィール > 「少なくとも身体操作の補助にはなると思います。あのフィーナでさえ全身の刺青で同じようなことをしているのですから」
フィーナ程の実力者であればこういった補助は必要ないように思えるが、実際には逆なのだ。
術式が複雑であればあるほどその補助は必要になるし、魔力量が莫大になればその制御の補助が必要になる。
その身に宿す才能を遺憾なく発揮するためには、そういう『道具』の選定は非常に大事なのだ。
弘法にも筆の誤り、という言葉があるように。達人でもミスは起こり得る。
そして、その才能に比例してそのミスは取り返しがつかなくなってしまうのだ。
「一番目立たない方法は、『堂々とする』ことだと、私は思いますね。
怯えとか不安があると目に付きますから。落第街でもそうでしょう?」
事実として、落第街に於いても弱者は悪目立ちするものだった。
搾取され諦めによって放心している者よりも、怯える者のほうが目立ち、襲われる確率は高い。
■黛 薫 >
「この刻印ひとつ取っても完成度が恐ろしぃもんな。
動かすだけならこの部分だけでイィのを一見重く
複雑な術式を重ねて、結果的に消費も負担も軽く
なってんだかんな。あーしの場合は必要ねーけぉ、
フィーナみたぃに莫大な魔力抱ぇてっと、ココが
セーフティの役割にもなる。無駄に見ぇる部分が
キレイに噛み合ってんの、いっそ芸術品みたぃだ」
譲ってもらった魔術刻印のタトゥーシールに
指で触れながら呟いた。フィーナにとっては
責任として渡しただけの刻印かもしれないが、
魔術の深奥を端的に示す刻印は黛薫が前を向く
モチベーションのひとつにもやっている。
「ゔ……それは、ごもっともとしか言ぇねーけぉ、
意識して変ぇられるモノじゃねーんだもん……。
落第街の……緊張?と違って、表の街にいると
そわそわするってーか、腹括れなぃ、みたぃな。
虚勢張り続けんのも難しぃんだわ、あーしには」
危険な交渉に於いても一定の信頼を勝ち得ていた
彼女が、日常生活になると内心も非常に読み易く
隙だらけになるのはどうもそういう理由らしい。
■フィール > 「私達にとって当たり前でなくても、フィーナにとっては当たり前なのかもしれないですね」
自分たちがフィーナの魔術を芸術品のように思えるように、フィーナにとってはこの世界の科学が芸術に思えるのかもしれない。
残念ながらフィーナは魔力干渉によってまともに機械が使えないのだが。
「まぁ、ちょっとづつ慣れれば良いんですよ。ほら、服装も整いましたし…一度戻って、レストランに行きましょう?」
買い物を済ませて、薫が元々着ていた服は袋に入れてもらって。
これ以上特に何もなければ、一度帰路につくだろう。
■黛 薫 >
「あーしの理解が足んなぃだけで、きっと科学も
見る人が見たら美しく整って見ぇるんだろーな。
数式とか機械とかの複雑さって組み上げられた
魔術のキレイさにちょっと似てる気ぃする」
もしかしたら、自分が知らないだけで世界は
『整合性』という美しさに満ちているのかも。
ふとそんなことを考えた。購入した服の布地、
糸を織り上げて1枚の布に仕上げた編み目も、
履き心地や足への負担、デザインまで考えて
作られた靴もきっと見る人が見れば美しい。
さっき買ったケーキも、今から口にする予定の
レストランの料理だってそう。作る人が思索を
巡らせ、技術を凝らして作り上げたもの。
その前に先人が織り成した文化という土台があり、
それらは自然法則、物理現象の上に成り立っている。
「……もし、あーしがマナー的に変なコトとか
してたら、教えてくれな……レストランとか
テーブルマナーとかマジで分かんなぃから」
そんな、果てしなく遠くを見たような思考は
立ちはだかる現実的な問題の前に淡く消えた。
自分以上に世間知らずなフィールに縋っても
何か解決したりはしないのだが。
一度帰宅してケーキを冷蔵庫に収めてから、
改めて百貨店のレストランに向かう。
ご案内:「商店街」からフィールさんが去りました。
ご案内:「商店街」から黛 薫さんが去りました。