2022/05/01 のログ
ご案内:「商店街」に桃田舞子さんが現れました。
桃田舞子 >  
ワガハイはモブ子である。
いや誰がモブ子だ。

夕方、冷蔵庫の中身が心許なかったため買い出し。
買い物を済ませて街並みを歩く。
今日は涼しいけど、気温が安定しないから明日もちゃんと気象予報を見ないと。

ふと、商店街の電器屋のテレビに目が行った。
……斬奪怪盗ダスクスレイの報道をしていた。

買い物カバンを持ったまま足が止まってしまう。
彼は……1月の末にあっちゃんと戦って死んだ。
それが今、適当な情報を付け加えられて公共の電波に出ている。

何が正しかったのか。何が間違っていたのか………

桃田舞子 >  
テレビを眺めれば、彼が起こした惨劇の安っぽいCGでの再現VTR。
そして、殺人鬼である彼の家族の話。

『世間を騒がせた剣鬼ダスクスレイ、佐藤四季人の素顔』
『彼の家族は今、どこにいるのだろう』
『転校を余儀なくされた犯人の妹』

センセーショナル。でも、俗悪。
視線が下がってしまう。

佐藤四季人の妹が、家族が。
何をしたっていうのだろう。
その名前のない罪業は、人が名前を変えて転校するほどの罰を伴うのだろうか。

私みたいな末端の交通部には知り得ない真実。
それを暴こうと躍起のマスコミ。

桃田舞子 >  
確かに“彼”は大勢を殺した。
私の知り合いの風紀委員も“彼”に殺されている。
殺された者の名前は島尾 元気。

決して名前のないモブキャラではない。

元気くんの葬儀で泣き崩れるご両親の顔を今でも鮮明に思い出せる。

でも、ダスクスレイの死後。
尊厳を辱めることは、正義なのだろうか。
ダスクスレイの家族に謝罪会見の場を用意することが正義?
ダスクスレイの人間関係を暴いて報道することが……正義?

わからない。
私だって彼を逮捕するために躍起になっていたことはある。
捕まえていたら、同じ末路が待っていたはずだ。

私……本当に風紀委員やってていいのかな。
ぼんやりと交通整理してるだけの、風紀委員で。

桃田舞子 >  
元気くんは。いつだって笑っていた。
そんな印象の男の子だった。
今、再現VTRでやっているように…
顔のない赤いヒトガタのCGに棒のようなもので斬り殺されたわけではない。

『斬奪怪盗、実はパシリに使われていた!?』
『ダスクスレイの活動初期に彼をいいように使っていた生徒は惨殺されている』
『現代の闇が生んだ悲しい怪物』

そう、ダスクスレイは妖刀を握る前は気弱な男子生徒だった。
らしい。
私も書面でしか知らない。

本当に憎むべきは形のない“現代の闇”なのか。
そんなものに元気くんは殺されて。
そんなものに侵食されてダスクスレイは暴走したのか。

違う。

あっちゃんは……不確かなものを斬るために命がけで戦ったわけじゃない。

ご案内:「商店街」に千草さんが現れました。
千草 >  
見慣れた商店街の一角。
すぐに止まれるようにと道の端を徐行しているとふと、目が留まった。

「……舞子さん?」

風紀委員の桃田舞子さん。
生活委員に混じって掃除していたり、交通整理をしていたり。
特別良く話す間柄でもないけれど、そういった事もあって名前は知っていて。
テレビに興味があって足を留めた、というよりも縫い留められているように見えた彼女の背中は酷く辛そうで。
どこか不安になってつい、声をかけてしまった。

桃田舞子 >  
声をかけられて、思索の渦から引き上げられる。
生活委員の千草くんだ。
人好きのしそうな栗色の髪に、青空のようなブルーの瞳。
郵便課の制服を着ているということは、仕事中かな?

「こんにちは、千草くん」

できるだけ平静を装って挨拶をした。
電器屋のテレビの前でぼんやりしていた。

「日曜日でも郵便物は待ってくれないもんね、お疲れ様」

ふと、自分の声の大小に不安になる。
自分が声の出し方を忘れるくらい、事件を深く考えていた事実に。
ちょっと傷つく。

千草 >  
驚かせてしまったでしょうか。
少し普段と違う声のトーンに不思議に思いながらも、
挨拶は普段通りの調子。

「郵便もお手紙も減ってしまったので、お仕事があるだけでも嬉しいくらいです」

労いの言葉に笑みを浮かべて、会釈をして。
視線を上げるとその姿の向こうの報道が、嫌でも目に入った。
煌々と輝くテレビ画面、上辺だけをなぞりセンシティブな煽りで語られる事件の外郭。

「怪盗事件ですか……なんだか、嫌ですね。
 不幸な事件や、酷い事故ほどあげつらわれて」

忘れて良い物では無いけれど、嬉々として槍玉にあげ続ける報道が少し見ていて辛かった。
彼女も風紀委員だから気になったのだろうか。
そんな事を思いながら口にして、風紀委員はその渦中—―現場にいた人達なのだと思い至って、
少しバツが悪そうにする。

桃田舞子 >  
郵便。手紙。
思えば、全部携帯デバイスで済ませてしまっている。
たまには誰かに手紙を出してみるのも良いのかも知れない。

「うん……ちょっとだけ関わったから、フクザツでさ」
「記者会見で風紀本庁が発表した通り……」

「佐藤四季人は死んで、閃刀・虚空はS級封印措置がされた」

「それが事実…でもそれ以上の文脈をどうしても世間は求めちゃうのかな」

報道全部が悪いわけじゃない。
スノビズムで衆目を集める一部のやり方に問題があるだけ。
だと思う。

「私みたいな木っ端でもこうなんだから」
「逮捕のために動いてたたくさんの人が……いや」

たくさんの人、とか。
大きなくくりで世間を見たような口を聞いてはいけない。

「……私が辛い。です。今…」

たどたどしく本音を言った。
気まずさが喉の乾きを誘発し、夕日が天体のペースで動くのを恨めしそうに見た。

千草 >  
「……僕はこの事件、ニュースで流れる事くらいしか知らないんです。
 あとは危ないから帰る時には気を付けろって、家の人が」
「解決したって聞かされて安心できたけれど、家族の事にフォーカスされていくと辛くって」

封をされたその奥の事柄。
覗きたくなる気持ちは、僕にも少しだけ分かります。
だけれど、知ったとしてもそれが誰かを幸せにする訳じゃなくて。

「……」

絞り出されるように呟かれた声に、言葉を失って。
彼女が、彼女たちがどれだけ心と身体を砕いて何かを守っても、
翌日の朝にはゴシップにされておしまい。
そんなの、あんまりだ。

「……ごめんなさい。僕、当たり前だと思ってしまってました。
 道路が安全で、違反が無くて、怪我をせずにお仕事をして家に帰れる事が」

その裏でどれだけの人が傷ついているのかを知らずに。
言っている間に報道は切り替わり、天気予報が流れていた。
明日は晴れですね、なんてよそよそしくてとても言い出せずに。

桃田舞子 >  
「それが千草くんにとっての真実で」
「全部終わった後に書類で知ったのが私にとっての真実」

「それで良いんじゃないかなって………思ったりもするんだけど…」

自信はない。
私のようなモブ子に断定口調は似合わないのかもしれない。

「ああ、いや、待って待って」

気遣いを求めたような喋り方をしてしまった。
こんな情けない先輩がいていいはずがない。

「よし、ちょっと歩こう」

無闇矢鱈に元気そうな足取りで商店街を歩き出す。

「道路が安全で、違反する車がなくて、人が怪我をせずに帰れるために私たちは働いてはいるけど」
「当たり前だと思ってくれてるほうが一番いいんだよ」

「私は……仮に薄氷の上であっても、平和だって実感できる世界が良い」

言葉にすれば、ストンと落ちる。
裏で暗躍するテルミナスセブンだのなんだの。
そんなのが表にいる人が『ニュースでしか知らない』ほうがいいんだ。私は。

千草 >  
「そう、ですね」
「事件は終わって、もう誰も傷つかなくて良いんだって」

それは傷ついたままの人と、今もずっと傷つけられている人から目を背ける事なのかもしれないけれど。
皆が一緒になって背負うよりも、明日の天気の話でも能天気にできる人がいた方が救われる人も居るのかもしれないから。

「……はい!」

歳の変わらない、1つだけ先輩の隣を自転車を押して並び歩く。

「当たり前……ですか」
「それじゃあ、そんな当たり前をいつも守ってくれてありがとうございます」

「――いつもお疲れ様です、舞子さん」

彼女だけじゃなくて、僕の知らない所で誰かがきっと頑張っている。
平和な日々を齎してくれる彼女たちの為にも、僕らはきっと平和な日常を謳歌するべきなのかもしれない。

「明日は、良い天気になりそうですね」

少し残っていた雲が晴れていく様を見上げて。
呑気に、楽しい明日の話をしよう。

桃田舞子 >  
「そう、事件は終わり」
「歩くような速さで世間は忘れていく」
「そんなことが……良い、のかなぁ…」

自信はない。
やっぱり断定はできない。
私にはこの事件を噛み砕いて飲み下すにはもう少し時間が必要みたいで。
今はちょっと胃もたれ気味。

「いえ、お互いにお仕事頑張っていきましょー」

空いた手でビシッと敬礼をして笑う。

「うん、暑くなるかもね」
「こういう時、防暑グッズを使ってまで春コーデを続けるか」
「素直に夏コーデを出すか悩むんだよねー」

いや、仕事中は脚甲つけてるんだけど。
とか言いながら笑う。

「千草くんってドラマ見る?」
「刑事×探偵(デカタン)の新シーズンが面白くてさー」
「昨日は遅くまで感想漁ってて寝不足気味なんだよね」

千草 >  
忘れていく。
風化して、幾人かの心の中に棘を残して。
それでも時間の中で、少しずつ誰もが消化していくのかも知れない。

「ふへへっ、行きましょー」

風紀委員の制服じゃないからか、可愛らしいブルーのワンピースの敬礼は少しアンバランスで。
陰を残す話題を振るい落とすように、笑顔で真似して敬礼を。

「お昼間は良いんですけど、夜になるとまだ冷えたりしますからね」
「夏は……重ね着できないから私服に困りそうですね」

制服ばかり着ているので見た目に変わる事はあまりないんですけど。

「ドラマですか?」
「デカタンって確かシリーズ物の今3……あれ、4?」
「……えへへ……テレビあんまり見れて無くて」

郵便課の朝は早い。
寝不足はともかく寝坊なんてしたら大目玉ですから、夜更かしはほどほどの毎日。

桃田舞子 >  
「うんうん、若いものは元気が一番じゃあ」

年寄りみたいな口調で冗談を言って。
今は笑っていよう。
そのことが後でまとめて私を傷つけても。
今、この瞬間の笑顔に罪はないのだから。

「それなんだよねー」
「防暑アミュレットとかあるからいいかなーって思ってたらあっという間に真夏が来るし…」

暑さに弱い種族用のあの手の道具は。
今ではすっかり夏場の定番になっている。

「これは布教のチャンスかな…」

ニヤリと笑って身振り手振り。

それから彼が仕事に戻るまでの間、なんてことはない雑談を楽しんだ。
今、思えば。

楽しかった。だから、それでいいんだ。

千草 > 空元気かも知れない。
自然に見える笑顔も作り物で、その奥には漏れ零れた本音が渦を巻いていたとしても。
それでも笑っていてくれる舞子さんの姿に、心底安心してしまった。

「ふ、布教……!?」

不穏な言葉と裏腹と笑み。
他愛無い事を話しながら何の事件も起きない道を歩いて、
通りの端でお別れを。

平和な日常。
大切な、大切な平和な日々。

「さようなら、舞子さん」

行ってきますと笑顔で手を振って。
また会う日にも、僕は笑顔でいよう。

ご案内:「商店街」から桃田舞子さんが去りました。
ご案内:「商店街」から千草さんが去りました。