2022/08/01 のログ
ご案内:「商店街」にカルディアさんが現れました。
■カルディア >
蒸すような暑さに人通りもほぼなくなった商店街の一角、表通りから少しだけ入った所にあるこじんまりとした小さなカフェのオープンテラスに熱心に手元の本に視線を向ける魔女の姿があった。机の上に摘まれた数冊の本は二つに分けられており彼女が長くそこで本を読んでいたであろう事をうかがわせる。その横に置かれたティーカップはすっかり乾いてしまっており、もし誰かがそれを見たなら口を潤すことを忘れて熱中するほど深く没頭していることに気が付く事が出来るかもしれない。
「ん、イタタ。肩がこったわぁ……」
ひと段落ついたのだろう。魔女はパタン、と読んでいた本を閉じると小声でつぶやきながら小さく伸びをした。そのまますっかり暗くなった辺りを見渡す。
このカフェはあまり知名度はないが魔女のお気に入りの場所の一つだ。
閉店時間が決まって居ない(というより閉店しているところを魔女は見たことが無い)この店は深夜にのんびりするにはぴったりで、今もゆったりとしたジャズが店内から漏れ聞こえており、いつの間にか机の上に置かれたカンテラの揺れる光が柔らかな影を路地へと投げかけそれは踊るように揺らめいている。数秒間それを眺めていた魔女はそのまま視線を空へと移した。見上げた空には薄い雲と小さな煌めき。
「んんぅ、もうすっかり”ナツ”じゃなぁぃ?」
明日も暖かくなりそうねぇと内心呟きながら店内のカウンタの奥でグラスを拭いている店長に向かって手をひらひらと振った。
此方に気が付いたそぶりを見せた店長の姿をみとめると両肘を机の上に立て、両手を組んだその上に片頬をのせ少しだけ目を細めながら姿勢よくこちらへと歩いてくるその姿を眺める。
■カルディア >
『御用でしょうか』
「チャイを追加でぇ。」
『承りました』
流石に深夜という事もあり、人の気配も他にないオープンテラスで短く言葉を交わす。一時期店長が透明人間だという理由から話題になったらしいが、この店長、声が大変良い。なんだか脳内に(CV 玄田)と謎の言語が浮かぶ位には低くて渋いお声が良い。そのせいか意外と若い客も多くメニューも豊富。個人的には視線が何処を向いているか分からないというのも案外に過ごしやすく気に入っている理由の一つだ。そんな店長が軽くお辞儀をして店内へと戻っていく後姿を見送ると、別の席に置いていたバッグに手を伸ばす。そこから二つ折りにされている機械を取り出すと電源ボタンをぽちり。軽い起動音と共に果物のロゴが画面へと浮かび上がるのを片目に再び全身で伸びをした。
「ん。ぅー……っぁ」
囁くような声を発しながら伸びをした後ズレた衣服を再び直す。長く同じ姿勢でいること自体は何ら苦痛ではないのだけれど、まだ生身の部分が多かった頃から何故か残り続けている小さな癖のようなもの。一種の名残のようなものかもしれない。
■カルディア >
「さて、とぉ」
暫く手持無沙汰気味に空を眺めていた魔女は立ち上がった機械の画面を確認するとそれに向き直り、ぱちぱちと鍵を叩きはじめた。
時々迷うように動きを止めつつ中指と人差し指だけで撃ち込まれた文章が立ち上がった文章編集システムの画面に綴られていく。
『ダンジョン経営をポイント制にした事で読者に対して分かりやすいシステムとして表現した点は安心できて良い点。けれど中盤以降インフレしたポイントはもはや意味をなしていなかった。やりくりに四苦八苦するという当初のスタンスが失われてしまっていたことは一読者として残念。』
『よくあるタイプのダンジョン経営物語。可もなく不可もなくといった所。勇者含め愛人にしていく物語展開はある意味王道で安心して読めた。だが作者は貧乳に恨みでもあるのか見事に巨乳しか出てこない。世界にそういった呪いがかかっているという伏線かもしれないと期待して読み進めたが特にそういう事はなかった。』
『ネコチャン……。機械文明の壊れた世界をネコチャンが歩き回る……。もう面白くない訳がない。スタッフもネコチャンの方が多いとのお話ですし、やっぱり猫は世界を平和にしてくれる存在なんだと思います。』
魔女が書いているのは俗にいう作品レビュー。文字の練習のつもりでこの機械を買ったのだけれど、こういった文章を書くのは嫌いではないため楽しくなって時々書き込んでいる。よく見たなら積まれている本の半数以上はライトノベルといわれる類のもの。
■カルディア >
『女神を代表としてポンコツで癖のあるメンバーしか集まらない主人公の不憫さに泣けてきました。やっぱり女神は何処の世界も駄目ってお話ですね。でも可愛いので許せます。』
『ドラゴンってなんだか舐められてますよね。あいつら図体がでかい上に火は吐くわ空も飛ぶわ知能も高い上に気位も高いわでとんでもねー存在なんですけど、そんな厄介な奴らが機械文明社会にきて給仕をするという発想が自由。しかもしっかり可愛い。ぜひ私の世界にも一匹くらい分けてくれないかな』
『転生でゲーム世界に投げ込まれた不憫な主人公。骨で生活するのって意外と骨が折れますよね。でもゲームで親しんだ世界となるとほぼそちらの住人かもしれませんね。基本的に主人公サイドの登場人物がとんでもなく強い設定ですのでその覇道を見守るタイプのお話です。』
「ん……っと」
微かに鳴る涼やかな音に、魔女はパタパタと動かしていた手をいったん止めそちらへと目を向けた。扉を開け、こちらに歩いてくる店長の姿と、絹の手袋に支えられた盆の上に置かれたティーカップと小皿をみとめるとにっこりと笑みを浮かべて向き直った。
『此方ご注文のチャイと……試作で作ったクッキーをお持ちしました』
「あらぁ、いいんですかぁ?頂いてしまってぇ」
『ええ、多少味に自信はありますが、まだ試作なので。
強いて言えば感想でも頂ければ励みになります。』
「そーぉ?では遠慮なくぅ」
『ええ。また何かあれば店内におりますのでいつでも仰ってください。』
そんな短いやり取りを経て店内へと戻っていく店長の後姿を眺めながらまだ熱々のチャイを口にする。こんなに温かい時期だけれど、それが気にならないほど口の中に広がるスパイスの香りとじんわりと溶けていくような甘く、柔らかな舌触り。これが目下の所魔女の一番のお気に入り。十分に味わったところで小皿に盛られた焼き菓子にも手を伸ばす。そうして口に含んだ後、驚いたように口元に手を当てた。
「あら……
これは後でぇ、美味しかったって伝えておかないとねぇ。」
見るからに機嫌のよい魔女は目を閉じると口の中に残る甘さの残滓をじっくりと味わいながら呟いた。甘さが控えめで素朴な味わいのそれはサクサクとした触感でチャイととてもあう。少量であればあっという間になくなってしまいそう。これは良いものをサービスされてしまった。こんな風に思わぬサービスを受けられるのも深夜営業の良い所かもしれない。勿論、無理にならない程度でやって欲しいけれど。
「ふふ、気合が入りましたぁ
ささっと続きも書いてしまいましょう」
元々軽食をつまむ予定だったけれど、思わぬ甘味に鍵を推す指も幾分か軽やかに。
■カルディア >
「こんなところかしらねぇ……」
パタパタと軽い音を響かせていた魔女は、暫く他の作品のレビューを書き込んだところで電源ボタンを押した。軽い音ともに再び現れた果物のロゴを確認した後パタンとその機械を二つ折りにして再び鞄に仕舞うとそっと別の席へと置く。そうして再び座席へと深く腰掛けると同時に体からふっと力が抜ける。
「んー、やっぱり文字を読むより数倍目が疲れるわぁ。これぇ」
間延びした口調で呟くと空を見上げながら眉間を揉んだ。機械自体は元々いた場所になかったわけではない。似たような機械もあった。何なら炎上する程度には使いこなしていた。此方で言うSNSみたいなものは滅茶苦茶発展していたといえる。けれど、似たような機械でもやはり別の世界のものなのだなと時々ふと思い知る瞬間がある。今のように。
「良い物を買ったら少しは違うのかしらねぇ」
元々口語では自動で翻訳されるこの世界。喋る分には困らないが原文で文字が読めないというのはやはり不便なのでその練習も兼ねてレビューを始めた。別に手段もないわけではないのでこの機械に頼る必要は全くないのだけれどやはり初めてというのは記憶に残ると同時に特別な想いがあるもので……ある程度新しくてよいものを買えるお金がたまっても買い替えずにいる。
■カルディア >
正直なところ、この疲労にそこまで困っている訳でもない。何なら少し困る事を楽しんでいる節すらある。なんだかんだ言ってこんな風に夜中にお店が開いていて、そこで女一人が武器も持たずに飲食しながら薄着で過ごしていられる程度には治安が良い。平和な楽園とまでは言うつもりもないけれど、こんな風に不便に過ごせるというそれだけで沢山の事を楽しめる余裕があると魔女には思える。
「それにこんなに過ごしやすいだなんてねぇ……」
気候一つとっても同じことが言える。はじめ、四季の豊かなこの島においてナツとは暑くて過ごし難い季節の一つだと聞いていた。それこそ木々が萎れ、水は枯れ、僅かな湿りを求めて砂の海を流離う……そんな光景で育った魔女は同じようになるものと予想していた。街の様子や整ったインフラを見ればそうならないと頭では理解していたけれど、やはり永く住んでいた場所の基準というのは中々頭からはぬぐい切れないものらしい。実際のところ、人の体温程度まで上がる程度。それに場所を選んだり、普段働いているような屋内に居れば驚くほど快適に過ごせる。魔女にとっては魔法で温度調整するまでもない範囲の気温だった。
「もしかしてあの時私死んで転生とかしてないかしらねぇ」
実に快適すぎて実は先程読んだような異世界物のように邪法でも授けられていないかしらと時々疑いたくもなろうというもの。此方に着て一年近くたつけれど今の所それっぽいものは見つかっていない。強いて言うなら生娘に戻った気分というくらい。ついでに言うと似たような経歴の人物が沢山いるというのもいい。異邦人に優しい世界。お陰でのんびり占い師の真似事のような事でご飯を食べていける。
「……眼鏡?でも買おうかしらぁ。でも老眼鏡とやらを勧められたら私泣いちゃうかもしれないわねぇ。」
それっぽい感じになるじゃなぁぃ?と一人呟く。椅子に腰かけたままぼぅっと見上げる空に星ははっきりと見えている。そのずっと手前を僅かに光を放つ小さなものがすぅっと飛んでいく。あれは蝶だろうか。
「こんな時間がずーっと続けば幸せねぇ」
誰に聞かせるまでもなく呟きながら視線を落とす。手元には温かいチャイ。お茶請けに美味しい焼き菓子と焚火の明かりのように揺れるカンテラの明かり、そして僅かに聞こえてくるゆったりとした音楽。それだけでこんなに安心する時間が過ごせる。なんてすばらしいのだろうと魔女は何度目かわからない笑みを浮かべる。ここには望んだものの大半がある。強いて言うならば強いお薬になる葉っぱが欲しい所だけれど……別にそれが無くても生計は立てられる。最悪お金が無ければ水でも生きていける。
■カルディア >
椅子に深く体を預けたままカップを片手に魔女は再び空を見上げる。切り取られた夜空には何時しか月が煌々と輝き、生ぬるい風が頬を撫でていく。吹き抜ける風に微かに香るローズマリーの、魔よけの匂い。遠くから聞こえる鈍い轟のような音はどこかで花火をしているのかもしれない。その合間に吠える犬と、それに応える別の生き物の遠吠え。ゆっくりと、確かに、捻子仕掛けのオルゴールのように時間は過ぎていく。
「どれくらい読んでいたのかしらねぇ。さっきついでに確認しておけばよかったわぁ」
そういえば本を読み始めてどれくらいの時間が経ったのだろう。読み始めたころはまだわずかに明るかった。そう思いつつ視線を巡らせるも店内の時計は魔女が座っている位置からでは丁度死角になってしまっていてみえそうもない。手元にあるもので時間を表示してくれる機械は電源を落としてしまった。別にそれを起動しなおしても良いのだけれど程よく怠惰に支配された体を動かしてまで小さな表示を眺めたいとは思わない。それなら体を動かして店内を覗き込む方が余程楽。そうしたほうが良いかしら。なら少しだけ椅子か体を動かさないといけないわね。そう思い僅かに体をずらそうとして、くるぶしが椅子の足に触れ硬質な音を立てる。
「やーめたぁ……別に今が何時でも関係ないわねぇ」
折よく飲み終えたティーカップを机の上に優しく戻しながら魔女は呟いた。体の中で膨らんでいた動こうという気力がまるで穴の開いた風船になってしまったかのように吐き出され、時計を見るために僅かに力を入れかけた体は再び力を失う。別に朝早い用事がある訳でもない。朝早くから出勤している同僚もいるけれど、魔女の朝の弱さと言ったらそれはもう大変なものだ。色々な意味で。その被害に何名かあった結果もあり、数か月もたてば誰も魔女にそんなことを期待しなくなった。なのでいつでも出勤はお昼か夕方。このお店も別にラストオーダーが決まっている訳でもなし。つまり誰も困らない。
■カルディア >
半ば微睡むように力の抜けた体はまるで泥の中にしっかりと根を下ろした木のようだ。地面という境めをも超えて沈んでいくような感覚とまるで暑さに蕩けてしまったような空気は世界と自分の境界線を曖昧にしてくれる。そんな空気にかまけて夜に溶けるのも、悪くない。
「……さてとぉ、これ以上は眠ってしまうわねぇ」
目を閉じ微睡むような時間を暫く楽しんでいた魔女は小さく呟くとゆっくりと目を開いた。その瞳の奥に僅かに宿った光は夏の夜に溶けるように消えていく。こんな空気は大好きだけれど、店先で眠ってしまうのは流石に宜しくない。机の上に積まれた本を一つにまとめ、とんとんと揃えると同時に店内へ小さく合図を送る。
「(お か い け い、オ ネ カ ゙ イ シ マ ス)
ゆっくりと口にした言葉が伝わったのか店長は会計機に向かい、数秒後鈴が鳴るような音を立てると同時に引き出しが引き出されるような音が鳴る。その音に耳を澄ませながら荷物を鞄に詰め込んで肩にかけなおそうとして、シャツがまた少しずれていたのでそれを直しながら店内へ。硬貨と紙幣を渡すという、お茶を楽しんだ後の慣れた一幕で……
「嗚呼、店長そういえばぁ」
軽やかな音を立てるドアの鈴の音に思い出したように足を止める。まるで恋人でも思い出したような柔らかな笑みを浮かべた魔女は半身で店内を振り返ると
「ごちそうさまでした。あの焼き菓子とっても美味しかったです。
また、のんびりしに来ますねぇ」
そう告げるとくるりと向き直り今度こそ路地の裏、その暗がりへ溶けるように姿を消した。その言葉に礼をした透明な店長はその背中をじっと見送ると何処か嬉し気に再びグラスを拭き始める。
『そうか、あのクッキーはメニューに入れられそうだな』
暫く後、そう呟いた彼は次の客を待つべくグラスを磨き続けていた。
ご案内:「商店街」からカルディアさんが去りました。