2023/02/16 のログ
ご案内:「商店街」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
鶏もも肉、100gあたり114円。
特売の鶏胸肉、100gあたり64円。

「胸肉のが安ぃ、よなぁ」

商店街のスーパー、精肉コーナー。動物モチーフの
古ぼけたパーカーを着た少女はお使いと言われても
自炊目的と言われても違和感がない半端なお年頃。

「レシピだともも肉なのよな……」

買い物カゴの中身は日持ちする根菜とカット野菜、
1箱で1品料理が作れるタイプの合わせ調味料類。
まごつく様子からも料理に慣れている風ではない。

「んん……」

立ち止まって悩むと他の客の迷惑になりそうなので、
ぐるぐると同じ場所を巡りながら考えている。

黛 薫 >  
実のところ "悩んでいる" という表現は正確でない。
彼女、黛薫はレシピ通りの調理しか出来ないからだ。

どの材料を何で代用出来るかならまだしも、それが
仕上がりにどの程度影響を与えるか、どう変わるか。
そこまで判断出来る域にはまだ達していない。

つまりレシピ通り鶏もも肉を買うのは決定事項。
それはそれとして値段の差に二の足を踏んでいる
というのが現状である。

「2倍……いや1.8倍か。おんなじ鶏肉なのに……」

委員会の仕事で多少お給料がもらえるようになり、
倹約を気にせずとも家計はそこそこ安定しつつある。
どうしても気になるなら、今回の出費に目を瞑って
今度鶏胸肉を使うレシピを調べておけば良い。

理性的な思考は出来る。出来るのだが、やっぱり
安い方に惹かれてしまう。染み付いた貧乏性。

黛 薫 >  
「……よーし、買ぅぞ買ぅぞ」

しばらくうだうだと悩み、やっとこさ鶏もも肉の
パックをカゴに入れる。根菜類に比べればさして
重い品でもないが、値段を意識してしまうお陰か
ずっしりと腕に来る。

「あとはー、今日の分は買っとかなきゃか」

次いで訪れるのは出来合いのお惣菜が並ぶ区画。

家計的、栄養的にはきちんと献立を考えた上で
作るのが理想だが、それは専業主婦でもかなり
ハードルが高い。まして料理に不慣れな学生の
2人暮らしともなればなおさら。

とはいえ全て出来合いで、と楽な方に流れると
出費は嵩むしそのうち栄養バランスも崩れるのが
目に見えている。

1品だけ、出来れば野菜中心で作りつつ隙間を
お惣菜で埋める。分かりやすい落とし所だ。

黛 薫 >  
「今日は買ぅなら野菜がイィのかな、っと」

予定している献立のメインはさっき買った鶏もも肉。
先日、揚げ油を使わずに唐揚げを作れるらしい粉が
安売りしていたため、それのお試し。

主菜が肉オンリーになる都合上、副菜は野菜類で
固めたい。ポテトサラダに値引きシールが貼って
あるものの、じゃがいもの主成分はデンプン質。
栄養的には野菜より穀物寄りであると学んだので
今日はスルー。

そこそこの値段で食物繊維が取れそうなゴボウと
ニンジンのきんぴら手に取り、それだけでは彩りに
乏しいため、プチトマト付きのグリーンサラダを
追加でカゴに入れる。

黛 薫 >  
一通り必要な品を揃えて、セルフレジへと向かう。
店員とのやり取りさえ敬遠しがちな彼女からすれば
自然な行動だが、気楽さで言えば正直大差ない。

(そりゃ見張んなきゃなんねーもんな)

セルフレジ付近には監視役の店員が2名。
稼働中のレジ1台に店員1名が必要なシステムより
安く上がるのは見ての通り。真面目な店員ほど
品より人を見るため "視線" がよく刺さる。

(でも、ココじゃ刺さんねーのも問題だっての)

今日は視線が刺さらない。それはつまり2名いる
店員の双方が「もう1人が見てくれている筈だから
適当でも良いだろう」と考えている証拠。

目視チェック以外の万引き対策もあるはずだが、
"視線" が読めてしまうだけにはらはらする。

幸い邪な感情を込めて周囲を観察する不埒者と
遭遇した経験はない。周りと同じように自分も
良い客で在ろうとすれば良いだけだ。

黛 薫 >  
また、黛薫はセルフレジの扱い自体も上手でない。

そも彼女は普段から魔導タブレットを弄っている。
設計からレイアウトまで手掛けた自作タブレット、
それも自身の体組織を媒体に親和性を高めた代物に
慣れてしまっているのだから、他のタッチパネルが
使いにくく思えるのも無理のない話。

「バーコード無ぃ品は……こーだったっけ?」

ヒトならざる半怪異と化したお陰で、人間用に
最適化された機械は若干反応が悪くなるかもと
医者に言われたこともあるが、扱いが拙いので
まず比較が出来ない。良いやら悪いやら。

悪戦苦闘しつつ決済を済ませ、購入した商品を
エコバッグに詰める。さして重い袋ではないが、
非力な彼女には持ち帰りもなかなかの重労働。

黛 薫 >  
「こーゆー "当たり前" って存外キツぃのな……」

ただ生きるだけ、日々の暮らしを送るだけ。
意気込むほどのタスクではなく、しかし気付かず
時間も気力も消費して、急ぎでないことは後回し。
そうしてふっと正気に返ると数日過ぎている。

振り返る余裕もないほど必死で生きていた頃に
比べれば恵まれて、安閑としているからこその
時間の早さに時々危機感を覚えてしまう。

「立ち止まってらんねーもんな、ガンバレあーし」

ほどほどの忙しさに不慣れな少女が、帰路に着く。

ご案内:「商店街」から黛 薫さんが去りました。