2020/07/02 のログ
■幌川 最中 > 「麻雀……の胴元、かな……」
教師には本当に何の役にも立ちそうにない得意なことだった。
それ以外はない、と堂々を胸を張った。
少しの恥じらいもなく、少しの躊躇いもない。This is me.
「ま、最前線と裏方とじゃ感じ方も違うのやもしらん。
それなら俺は一生、理解はしてやれんでしょうな」
理解しないということを当然のように口にする。
わかりあえる、誰かの考えていることがわかる、なんて幻想は信じない。
理解しようとして足元を掬われるなぞ、たまったものではない。
軽やかというよりは、動くつもりのない大木が近い。天動説のごとく。
「責任を取りたくないんすよ、俺は。
自分一人分の責任しか取る気がないから、こうしてるだけ。
最初から自分一人の手の届く範囲以外に興味がないからこうしてる」
頬を幾らか赤らめたまま、酒気を帯びた息を吐く。
目を細めて、やや首を傾げながら――少しばかり挑戦的に。
フォークにフリットを突き刺したまま、くるくると宙で遊ばせる。
「みんな、優しいんですよ。
そう。ちゃんと他人に興味があるから、誰かを見て行動を変える。
誰かの行動に対して反論を持つ。誰かの行動に賛同する。
……俺は、俺に関係ないからどうだっていい。……アハハハ」
へらへらと笑ったまま、口の中にフォークを放り込む。
酒が回って、いよいよ周りを気にすることはやめたらしい。
フォークをくわえたまま、もごもごと咀嚼しながら喋り始める。
「安心していいですよ。死ぬ予定は当分先。
それに、卒業の予定も未だ目処は立たず。立っても、どうせ居座りますよ。
こんな島に慣れきったら、『外』でなんて暮らせるはずがない」
《大変容》を迎えて、変わってしまった世界の中で。
混沌を飲み込み、詰め込んだかのような超常の楽園に10年も暮らしていたら。
もう、常世以外では生きていけない。変わる世界で暮らせるはずなど、ない。
幌川は気安い調子で笑ってから、なんでもないように。
「死なないために、こんな島にいるんですから」
■ヨキ > 「麻雀と酒か……。………………。ら、落第街で一攫千金かな……?」
顔の広いヨキでも、流石にそれらを教える教職の伝手はなかった。
気安さゆえに、落第街、なんて。委員の前で、ぽろりと口にしてしまう。
「時には無理解なくしては物事が進まないこともある。
大袈裟な遠慮と気遣いは、時に停滞のもとになる」
これはヨキの私見だがね、と。
多くは言わなかったが、異邦人ならではの経験がそこにあった。
「この学園の生徒は、みなどこかしら優しい。
だから君の『責任の取りたくなさ』も、どこかで良いように言い換えられる。
放任主義だとか、ドライだとか。
『こんなことを言うと叱られるかも知れませんが』などという枕詞も多いが――
ヨキは怒らぬ。君のように無責任とて、君が己自身のポリシーに従うならば。
少なくとも己の責任を取るつもりがある以上は、ヨキには変わらず君が好ましい」
それすらしなくなったときには判らないけれど、と。両手を広げてみせる。
眼差しと声は、最中に倣っていくらか緩さを帯びている。
「ふ。それは一安心だな。
……そうだ。外はあまりに目まぐるしく、日々常にその姿を変えてゆく。
『常世』とはよく言ったものだ。常に混沌。常に活況。そういう形の安らぎがある」
フリットが空になる頃、運ばれてくるのは肉とソースを絡めたパスタ。
コース料理らしいこじんまりとした皿ながら、コクのある香りが食欲をそそる。
グラスを片手に、にやりとして。
「そういえば、君の過去の話は聞いたことがなかったな。
『外』で死ぬような思いでも味わったか?」
■幌川 最中 > 「やはり強硬策には強めの反対を……」
自分の進路ごと焼き払われてはたまらない、と言わんばかりに。
大真面目な表情で、ヨキの双眸をじっと見ていた。
まるで進路指導に乗ってもらう子供のように。
「本当は自分の責任も取りたくないですよ。そらね。
俺も同意見ですわ。この肉が何の肉かわからんのと同じで。
美味いと思って食えるなら、それが何の肉であっても構わんでしょう」
好ましい、と言われれば女になってください、と返した。
これが少し年上の色気のある豊満なバストの女性だったら、きっと。
ウェイトレスに預けた赤いバラの花束はきっとヨキのものになっていただろう。
「長いこといる場所じゃあないと思いますよ。
『外』がどうなっているか、恐ろしくて仕方ない。
それに甘い。優しさはときに毒だ。離れられんからこそ毒ですけども、」
と。瞬きを数度。
フォークでパスタを持ち上げてから、くるくると皿の中で巻きつつ。
問われた過去の話には、やはり笑いが返るのだ。
「いやあ、逆ですよ。逆。『外』に出れば、俺は三日の命です」
とっておきの秘密のワインを見せびらかすように。
子供のように笑ってから、内緒にしてくださいよ、と添え。
「異能……っちゅう程度じゃあねえですがね。
体質的に、老化がどうにも早くてね。ヤマカンの上手い副作用。
『この島の医療』があるから生き延びてるだけで、いつ死ぬかもわからない。
それに、それがあったとて治るもんでもなし。ほら、俺老け顔でしょう」
口の中にパスタも一緒に放り込んでから。
様々な思いもまとめて咀嚼して、まるっと一通り飲み込んで、
「特急券、握ってるんでね」
『はや和了り』。約束されたイチ抜け。
麻雀では喜ばれるそれも、人生に置き換えてみれば喜べたものじゃあない。
生まれたのとほぼ同時に『先端治療』のあるこの島へとやってきた男。
過去もなく、約束された終点だけが見え続けている男は楽しげに笑った。
■ヨキ > 「そうだな……。あすこにはヨキの教え子も多いのでな」
真面目な顔には真面目に返す。
存在しないはずの街。けれど、そこには確かに自分の『教え子』たちがいる。
「美味いと思ったとしても――出所と美味さに罪悪感を感じてしまう者も居るのだろうな。
何の肉なのか、構わずにはいられないような。
今日誘った相手がそうと知れたのも、間際になってからのことだった」
それは余談だがね、と付け加えて。
女になってくださいと言われると、黙ってスマートフォンを取り出す。
以前、魔法で女になったときの写真をすっと見せる。
ヨキと変わらぬ顔立ちのまま女性となり、何とも持て余しそうな胸を二つ、寄せて上げている。
ウィンクと上目遣いがどうにも堂に入った自撮りである。
にこ、と笑って、スマートフォンを仕舞う。
「ヨキは最早、この島に骨を埋めるほかにない。
信念は元より――『外』で教鞭を執るには、些か価値観がズレすぎているようでな。
それなら開き直って、この島で君の言う『甘い毒』を振り撒いていた方がいい。
異邦人が『外』に出るには、まだまだ数十年は早いようだ」
パスタを口へ運ぶ。咀嚼する。最中の話に、その動きが止まる。
「…………。そうだったか」
無論、秘密だ。そう笑って。
「君はこの島に救われたか。ここに友が在ることを、島に感謝しなくてはならないな」
額を掻く。
「この怪異だらけの島で、いつ命を奪われるとも判らぬ仕事をして。
そうでなくとも限りある、とはな」
パスタを食べ終われば、肉料理。本土で名品として名高い牛肉のグリルだ。
ナイフとフォークを手に取り、ふっと微笑む。
「ヨキは君との時間を楽しむ。君もまた、そうしてくれ。
ヨキが君の力になれることは、あまりに少ないから」
■幌川 最中 > 「そんなことを言い出したら、何も食えんでしょうに。
まあ、女子はそういうコも少なくないですもんなあ。
タピオカだのクレープだの、そういうのが安牌と学べてよかった」
もし。もし、明日から食用とされていない肉ばかりが並んだら。
もし。もし、明日《大変容》の再来で今日までの食肉種が滅んだら。
もし。もし、明日食べるものすらなくなって、誰かを食らわねばならなかったら。
その全てが、生を諦める理由として足りるのであれば異論はない。
その全てで、今日と変わらず呼吸をするために変化を必要とされたのなら。
無関心というのは、生存本能に最適化された人間の機序の一つなのかもしれない。
「…………。
いやあ~~。安い。安いよミスタヨッキ。
やすい。おっぱいってのは、高嶺の花じゃなけりゃ、……。
ミスタヨッキは男のことをわかっとらん……」
男のヨキに対して、ようやくいつものあだ名が顔を出し。
酔いが回って、顔を真っ赤にしながらあれやこれやと説明をする。
幌川の胸を持ち上げるジェスチャに、ふたつ隣のテーブルの女性が嫌そうな顔をした。
「それがいい。外になんて、出さなくていいんすわ。
出す理由がない。学園は俺みたいな留年生も『いてもいい』なんて言ってるんだから、
独り立ちなんて一生しなくたっていいってのに、ハーまったく」
メインディッシュの味は、もうアルコールでわかっていないかもしれない。
意図的に、わざとらしく普段よりも飲む速度が早かった。
「そういう免罪符」を用意して、ようやく舌を回すことができる。
「変わりませんて。全員生まれて全員死ぬ。
俺は少しも仲間外れじゃないし、それこそ個性の範囲内。
俺ほどこんなに楽しんで生きてるやつ、ミスタヨッキは何人思い当たる?
悩まずに、苦しまずに、酒飲んで麻雀打って後輩と戯れて」
もっもと勢いよく口に牛肉を放り込む。
柔らかい肉質に、僅かに感じる溶けるような甘やかさ。滲む肉汁。
「ほら、俺なら本庁の奥に洗牌の音と一緒に地縛霊になれそうでしょ。
生きてるも死んでるも、多分変わりゃしませんよ。俺はね」
にかっと笑って、ナイフをくるくると回した。
なんせここは、常世島であると言わんばかりに、得意げに。
■ヨキ > 「異邦の戒律は何とも難しいものでな。
清貧で在れ、命を奪うなかれ。ヨキはそれらの信仰を軽んじることは出来ん」
つまり、今夜の約束を阻んだのは『信仰心』であったと。
相手がそのルールに従った以上、ヨキもそれに倣ったのだ。
「……………………。それは済まなかった……。
次に撮るときは、もう少し考えよう……」
“安いおっぱい”に対する真面目な説明ぶりに、つい頭を下げてしまった。
果たして、女性になるなどという経験に“次”なんてものがあるのかどうか。
何とも神妙に聞き入るあまり、女性の嫌そうな顔には気付けなかった。
「ヨキもまた、それを見越しては居るのだがな。
みな巣立っていく。この島を忘れてしまうかのような者も多い。
本当に住むべき場所へ帰れたとばかりに。
斯様に優しい『善き先生』が居るというになあ」
肉を食べ進める。
美味とアルコールが綯い交ぜになって、とろりとした眼差し。
「く、ふは。
安心したよ。君の言葉にヨキはいつも励まされてしまうな。
ああ、君ほど楽しみ――そして楽しみ方を知っている人間は、そう居ない。
君の“楽しみ方”が、時に不真面目と一蹴されようともな。
ヨキはだからこそ、君を貴重な人材と見ているのやも知れん。
ヨキもまた、美術室の地縛霊となれればいい。
およそ大往生で安らかに成仏、なんてことは出来そうにないから」
メインディッシュのあとには、さっぱりとした柑橘のシャーベットが供される。
すっきりとした甘味が口中の脂を落とし、満腹の胃にもするりと入る。
■幌川 最中 > 「郷に入っては郷に従え、なんて諺が不適切だと言われ始めたのはいつだったか。
今やもう、恐ろしいくらいにごちゃごちゃしてますからなあ。
郷なんて言われ方は時代遅れだ」
婉曲的な肯定の言葉を示してから、軽やかに笑う。
きちんと冷えたガラスの器に手をつける。夏場にはこの温度がどうにも心地よい。
「俺たちが化けて出たら悪霊でしかない。常世島から追い出されるかもしらん。
『帰る場所』がなくなっちまえば、帰らないでいてくれるのか、とかね。
『善き先生』が必要なくなるのなら、『善い子』ばかりなんでしょうよ。
『悪い子』には『善き先生』が必要でも、『善い子』は自分で学んで巣立っていく」
先よりも、少しばかりシャーベットのように冷ややかな声色。
そして、どうとも取れるだろう曖昧な表情。
「『悪い子』ばかりなら、よかったものを」
肩を竦めてから、口の中でシャーベットを溶かす。
熱の入った語らいも、食事と同様にゆっくりと温度を下げていき。
「ほら、俺の適当が全部“ヨキ先生”のためと言ったら?」
冗談は冷えていた。
何も面白くないし、女生徒が言えば可愛げもあったろう。
どこからどう見たって、幌川最中は男で28歳の成人男性である。
「いやはや、ご馳走様です。
はー食った食った。忘年会毎年ここにならんかな……」
両手を合わせて、ヨキに軽く頭を下げた。
■ヨキ > 「その手本のようなこの島だ。
ヨキは異邦人に寄り添ってきたつもりで居たが、いつの間にか“郷”に染まっていたのかもな」
氷菓を口へ。
酔いが醒めるかのような冷たさ。
「君の言うとおりだ。
ヨキは紛れもなく、この島に囚われた悪霊だとも。
悪霊は悪い子を好き好み、悪い子ほどヨキの傍に居てくれる。
まるで君のような、ね」
最中の冗談には、何てことのない風に笑みを深めて。
「さあ?
ヨキがいちばん好きなのは、『ヨキのため』だ。
そう言われるだけで、ない尻尾をぶんぶん振り回すさ」
小さく鼻を鳴らす。
それを気にしないほどには、幌川最中はヨキの教え子で、友で、貴重な話相手だった。
食べ終わったあとには、さて、と腹を擦って。
「気に入ってくれたようで何より。
ヨキも君に馳走をした甲斐があるというものだ」
テーブルの上に両手を載せて、で、と言葉を続ける。
「あの薔薇の花束、ヨキが貰っても?
誰ぞ他の女性へやるのは、どうにも惜しくなった」
■幌川 最中 > 「この島にいる時間が増えれば増えるほど、
きっとその“郷”に身体が慣れていくんでしょうよ。
それこそ、最初は猛毒でも少しずつ飲み続ければそれは毒ではなくなる」
逆説、その少しの猛毒に馴染めなかったとしたら。
その猛毒で死んでしまったのならば、そこに人は残らない。
ある種、現状我々が「見えている」世界は生存バイアスの結果でしかないのかもしれない。
人知れず死に、人知れず朽ちる。
そういったものは、本当に「目につかない」からこそ表に上がらない。
それがたまに顔を覗かせているだけで、それは氷山の一角だ。
きっと、その顔を出す氷山の下にはいくつもの目につかなかった死が横たわっていよう。
「取り憑かれる! 助けてくださーい!!
悪霊に、かつて犬だった悪霊に取り憑かれまーーーす!」
冗談交じりにそう笑ってから、奇妙な距離感の相手を見る。
そして、その提案には気さくな笑みを浮かべ。
「赤いバラは、あんたのほうがよく似合う」
「愛情」「美」「情熱」「熱烈な恋」。
そのどれもが、幌川最中からは程遠い。どうぞ、とジェスチャをしてから。
「花束一つで“エンピレオ”のフルコースなら、安いもんだ」
至高天に、常世の悪霊ふたり。冗談のような会合は、しめやかに幕を下ろした。
ご案内:「扶桑百貨店 展望レストラン「エンピレオ」」から幌川 最中さんが去りました。
■ヨキ > 「常世の毒に染まって、生き永らえて。
取り込んだ者たちを歓迎しながらに――
それでもなお、子どもたちの巣立ちを歓迎せずには居られない。
悪霊で教師とは、何とも難儀で素直でないものだ」
苦笑する。
知られることのない死。それを限りなく減らしたいと思うのがこのヨキだ。
生存を。そうでなければ、己の手の内における死を。
それで“善き先生”を名乗るのだから、外へ出られぬのも道理というもの。
「あははは! ヨキはしぶといぞ。取り憑かれたら最後だ!
身が惜しくば逃げるがいい、島の果てまで追いかけてやるがのう!」
明るく大笑い。
花束の求めが了承されると、嬉しげに微笑んで。
「有難う。
これしきのこと、ヨキにとっては安いものだ。
君からかけがえのない時間を貰ったからにはな」
受け取った薔薇の花束を、いかにも格好つけて高々と掲げて。
夜景を見下ろす高所から、あの光の中へ帰ろう。
ご案内:「扶桑百貨店 展望レストラン「エンピレオ」」からヨキさんが去りました。