2020/08/13 のログ
日月 輝 > 「満月よりも三日月を好むようなお話ね。……それにしてもミロのヴィーナス像を引き合いだすなんて面白い人」

歓談するのは規則正しき制服とフリルとリボンにまみれた洋装のシルエット。
並ぶに奇妙で視る者あれば視線を惹いたに違いない光景。
けれども今は静寂だけが見つめている。

「真面目なのね……あたしが監督官かあ。ふふん、ちょっと素敵かも。」

そうした中で、意図する外で持ち上げられたかのような言葉に満足げに鼻を鳴らしてみせたり。

「あら同い年!なぁんだ。それなら尚更わかるでしょ。色々知りたいお年頃なのよ、この島で初めての夏休みともなれば尚更」

そうした中で、同い年であることに些か大仰に言葉を弾ませたり。

「それに風紀委員のお知り合いなんて殆どいないし。前に墓地で見事なアフロヘアの方と会ったくらいだし」
「それにそれに、知っていれば避けられる危険だってあるでしょう。物騒なお話ならなおのこと。」
「ちなみにあたしは違反部活とかとは違うからね。善良な生徒。常世学園の一年生だから」

そうした中で、ハンドバッグから「日月輝」と記された学生証を彼に提示したり。

「あ、今は貴方の監督官って言うべきだったかしら?」

そうした中で、言葉を言い換えて意地の悪い魔女のように唇を歪める。

そうした中──此処は大勢の人が居るべき場所。
話題に上がるのは大勢の人が居ない事になっている場所。

此処は何処よりも空に近い場所。
話題に上がるのは、何処よりも空から遠い場所。

話題の場所で額に汗する誰かをあたしは知っている。
あるべきものが欠けてしまったような誰かを知っている。
彼の言葉で、ああ、そういうことなのかな。なんて思考が俯瞰して、次には落ちて何処かに消えて

「ねえ、その場限りの監督官として聞くのだけど……あなたって修道院とかお好き?」

次には、どうでもいいような言葉が出た。

「ほら、美術品とかお好きそうだから、ああいう所に飾られるイコンに興味もあるのかなって」

神代理央 >  
「欠損を美とするならば、かの像以外に引き合いに出せるものなどあるまい。満ち足りていては、決して感じる事の出来ない空虚への憧憬……というと、随分と恰好をつけているかも知れぬがね?」

秩序を守る少年と、西洋人形の様な少女の歓談。
堅苦しい制服は、華やかな装いの少女を引き立てる要因に成り得ているだろうか。
金色と深緑の二人は、穏やかに嫋やかに、言葉を紡ぎ続ける。

「真面目だけが取り柄…という程真面目でも無いがね。
おや、その肩書がお気に召して頂けたかな?監督官殿」

満足げな様子を見せる少女に、少しだけ揶揄う様な色を乗せた言葉を返して。

「……ああ、成程。確かに、初めて迎える夏休みともなれば、好奇心を抑える事は難しかろう」

「こんな堅苦しい言葉遣いで身を固めていても、私も同じ歳だ。気持ちは、良く分かるとも」

言葉を弾ませる少女。その様を少し眩し気に見つめながら、クスリと小さく笑みを零す。

「……アフロヘア。ああ、うん。分かった。同僚だ。学年的には後輩に当たる男だが、彼は良い男だっただろう?」

「確かにな。無知は罪、と迄は言わぬが、知っていて危機を避けてくれる様な賢い者達ばかりなら、此方も情報をせせこましく秘匿する事も無いのだがね」

「……これは御丁寧に。私は、二年生の神代理央。まあ、見ての通り、しがない風紀委員だよ」

学生証を掲げられれば、それに応える様に此方は風紀委員の端末を翳す。宙に浮かぶホログラムには、己の名前と学年。風紀委員で有る事を表す電子署名等が表示されているだろうか。

「……では私も、その様に御呼びすべきかな?今此の場で、唯一私の行動を縛る、監督官殿と」

少女の戯れに合わせる様に。
魔女に付き従う従者の様に。
或いは、魔女すらも手中に収めようとする強欲な童話の王の様に。
クツリ、と笑い返す。


そして。僅かに思案した様な素振りを見せた少女を静かに眺めて。
一度視線を窓の外に戻そうとした矢先。
再び投げかけられた言葉に、その視線は留め置かれる。

「……修道院、かね。嫌いではないよ。荘厳な造形美は、感嘆に値する。神の姿を地上に降ろそうと懸命に描かれたイコンも、嫌いでは無い」

「唯生憎、私は無神論者でね。私の様な者が修道院の門をくぐるのは、信心深い者達に申し訳ない気もしないでもない」

少女の言葉には、律義に訥々と言葉を返しながら。
何故、修道院なのだろうかと。伺うかの様に少女をじっと見つめているだろうか。

日月 輝 > 「美観も恰好もへったくれも無い言葉にすると、腹八分目が丁度良い。みたいな」

恰好のついた話と恰好のつかない話。穏やかな言葉の端々に緩やかな笑いが混ざる空間。
彼が揶揄うなら尚更。満足そうに空咳だってして、如何にも偉そうな監督のように振舞ってしまうわ。

「ええ、とっても。あたしの目は厳しいのだから、精々頑張って頂戴?……こんな感じかしら」

恰も夏休みの高揚が齎したものかもしれないし、
恰も現実感の乏しい貸切の展望台が眺望する何かであるのかもしれない。
真夏の入道雲のような彼の人柄にだって首肯して──けれども示される名前に落とされたように動きが止まる。
歴史で見知ったサモトラケのニケのように落ちはしないけれど、そこで記憶が合致する。

──鉄火の支配者。
噂に語られる、犯罪者を誅する為ならば周囲諸共瓦礫に変える誰か。
様々な噂が飛び交うひと。
そうであるなら、あっけらと血腥いと謳うその内容はきっと真実恐ろしきもの。
物語に語られるような騎士様は居ない。現実は白馬に跨るヒーローが全てを解決してくれる世界ではない。
それは……一応、解っているつもり。ええ、そのつもり。

「……あたしも好きよ。平和で、落ち着くところだから」
「特定の宗教を~って意味だとあたしも無神論者だけれど……」

言葉を一度切って、探るような視線を切るように窓外を観る。
目隠しが視線を通していると、誰にでも判ろう動き。

「いえ、ただ……壊したら罰が当たってしまうかもしれないでしょう」
「だから、貴方がもしそういう所でお仕事をする時に……と、言っても其処に悪い人達がいたら無理よね」
「監督官だもの。仕事に手を抜いてなんて言えないわ。ふふ、やっぱり監督官、あたしには不向きみたい」

視線を彼に戻す。
美しい顔だと思う。
とても噂に上がる魔王が如き振舞いをする人物とは思えない。
そういう所が気にもなったけれど──それは些か訊ねるに不躾が過ぎるもの。
ほら、BGMも閉店を告げるアナウンス交じりになってしまった。

「変な事を聞いて御免なさいね。あたしの悪い癖。知り合いにも探偵にでもなれば、なんて言われる悪癖で」
「ただちょっと気になっただけよ。……それじゃあね、神代君」

だから、あたしは凭れた手摺から身体を起こして、謝辞を伝えるように言葉を鳴らして展望台を後にするの。

ご案内:「扶桑百貨店 展望台(20F)」から日月 輝さんが去りました。
神代理央 >  
「…本当に、短く端的に表す事が良い事、とは限らぬ例えだな。いや、悪いとは言わぬが…」

腹八分目か、と随分俗な言葉で纏められれば思わず苦笑い。
しかして、世の中とは案外そんなものなのだろう。
どんなに飾り立てた言葉も、蓋を開ければそんなもの。

その流れで。コホンと咳払いして己の『上司』の様に振る舞う彼女を、クスクスと笑いながら見つめて――

「仰せの儘に。麗しき監督官殿。――…良いんじゃないか?中々、様になっていると思うぞ」

冗談を交え、笑みを交わし。
少年少女は語り合う。されどその交わりは、己の名を視界に捉えた少女が、その動きを止めた事によって――文字通り、止まる。

流石に、其処で察し得ない程鈍感な訳では無い。
寧ろ、少女が見せる反応は慣れたものだ。己の異名がそのまま二つ名となり、行った行動が血煙の様な評価となって纏わりつく。
即ち、砲火と破壊を振るう風紀委員なのだと。
この少女も噂くらいは知っていたのだろう、と。
其処に抱く感情は――特には、無い。慣れたものだ。今更な、事だ。

「元より、宗教とは人の縋るもの。心に平穏を齎す為の精神的な薬物」

「であれば、平和で落ち着くから、という感情は正しく修道院が意義を果たしている事になる。建立した者達も、喜んでいるだろうよ」

彼女の視界を、恐らく目隠しは塞いでいないのだろう。
さりとて、決して他者へ瞳を見せぬ少女が、一体どんな世界を見ているのか。暗幕の様な目隠しの先から見る世界は、どの様なものなのか。少女が視界に映す窓の外の世界は、どの様に見えているのか。
伺い知る事は、出来ない。

「……まあ、言わんとする事は伝わったよ。それに、君の意見は決して間違えてはいない」

「人々が縋る場所を焼き払うのは簡単な事だ。焼き払わなければならない場面で、それを守り抜く事は難しい事だ。
……けれど『監督官殿』がそう望むなら…まあ、善処しようじゃないか」

視線が、再び此方に向けられる。
装いは人形めいていても、浮かべる感情は間違いなく『人間』のもの。風紀委員として、己が守るべき無辜の少女。
であれば、今宵此の場限りの『監督官』の言葉を。胸に刻んで、此れから任務に当たっても、良いだろう。

「構わぬさ。好奇心に従うのは良い事だ。知識を求める事にも繋がる。決して悪い事だとは言わぬ。
されど、好奇心は猫をも殺す。それだけは、覚えておいて欲しいものだ」

鳴り響く閉店のBGM。穏やかな音楽ではあるが、機械的に流れる退店を促す音声が、その余韻を引き裂く様。
手摺から身を起こし、謝辞の様な言葉と共に立ち去る少女。

「ああ、またな。日月。良い夏休みを」

と、短い言葉で見送った後。
小さく溜息を吐き出して、再び窓の外へ。灯の少なくなった学生街を、ぼんやりと見下ろして。
出会った少女に投げかけられた言葉を反芻し続けて。巡回の風紀委員が訪れるまで、ずっとそうしていたのだろうか。

ご案内:「扶桑百貨店 展望台(20F)」から神代理央さんが去りました。