2020/08/19 のログ
羽月 柊 >  
生徒と朗らかに笑っていたことは見ていた。
裏の街で対面した時の得体の知れなさも見た。
己の背を押してくれた時の頼もしさも見た。

ただ、こうして彼が気を抜いている姿を見たのは初めてだった。

柊も自然と、普段の顰め面に近い表情は無い。

「…君は俺の知らないことをたくさん知っていそうだ。
 まぁ、俺もそうなんだろうがな。

 ……あぁ、生徒の頃の俺は卒業するまで"無能力"だった。
 学園のデータベースにあるだろうし、間違いは無い。
 こんな三十路にもなって発現したのかとも…思うんだが、
 関わったモノを見てもそうとしか思え無くてな…とはいえ、俺は専門外の事には明るくない。」

湯の中で片膝を立て、そこに両手を乗せる。
水面には揺らめく二人の顔が映し出されている。

「…二回ほどな。正直なところ、不随意な状態らしく情けないんだが。
 一度目は山本英治という風紀委員のモノと、黄泉の穴に出現した光の柱の中で、共に戦った時だ。」


光の柱――特殊領域《コキュトス》。

ヨキにとっても苦い思い出のある場所だろう。
最早彼のヒトの面影はヨキから消えてしまっただろうか。
それでも、起こったことは覚えているのだろうか?


「認識や記憶が同じだと同じ場所に出るだとかは聞いたがな、
 そこで俺は、彼の異能である身体強化の異能を……"そのまま使って見せた"。

 それだけなら、その場の不可思議な出来事だったのやもしれんが、
 この間日下部と入院した時に、今度は…彼の異能の"翼が背に生えた"。
 ……双方同じ異能と言われたよ。だが、彼らには全く身に覚えが無い。

 なら、俺自身のモノなのだろう、とな。」

ヨキ > 「ふむ。確かにこの学園を見れば若いうちから異能が出ることが多いが……
年齢を問わず発現するものだからな。君に突然力が現れたとて、不思議はない」

そう話し込むヨキは、再び“教師”の顔をしていた。

「光の柱――ああ、ヨキも混乱を聞き付けて足を運んだよ。何とも不可思議な場所だった。
……ほう。そこを皮切りに、か。……」

顎を指先で撫でて、考え込む。

「強い共感や同調――何らかの強い感情によって起こり得る力やも知れんな。
山本君とは、共闘という状況で。
日下部君とは、事故という状況で。

ヨキの魔力は、ヨキ自身の感情の発露によって加減が左右される。
それに似て非なる性質があるのではないか、と思った。

もしそうなら、再現性を求めることは難しそうだな。
強力なことに間違いはなさそうだが」

羽月 柊 >  
「年齢問わずか……正直、人間30にもなると、大方軸が固まった後だというのに厄介だな。

 …君に過去を見たと話しただろう。
 あの光の柱の中で見た訳でな。過去で混乱している所に、
 異形相手に彼との共闘になった。
 
 後に逢った山本も、精神的負荷や危機的状況での覚醒とは言っていた。
 まぁ、どちらも一時的なモノなのか、少しすれば消えて跡形も無いんだが…医者にも不思議がられたよ。」

そう言って少し身体をずらしてヨキに背を見せる。
髪を上げている故に、魔術師の細身の背は何の痕も無く綺麗に見えるだろう。

今までの振舞いにも、身体強化されたような動きは無く、
ただの人間の振舞いにしか見えない。

「元来、魔力すら持たないままに、
 近代魔術や精霊魔術の応用で小竜や周囲の魔力を操って来たが、
 まさか相手の能力を丸ごとというのはな…。

 ……身近になったモノに対して発露しているような気はするんだが、
 息子に今までそういう事は無かったし、
 今『彼らと同じぐらいと認識している』君とは起こらないしな…。そうなると、強い感情か…?」

ヨキ > 柊が話す経緯を聞きながら、相手の背を見遣った。
彼の顔へと視線を引き戻して、言葉を続ける。

「異能というものは、理不尽で容赦がない。
回数を重ねなければ発動するトリガーも判らぬことが多く、統御に苦心している者も大勢居る。

……君自身の心境や立場の変化のみならず、異能まで現れてくるとは、さぞや気苦労が多かったろう。
倒れるのもやむなしという他にない」

苦笑いして、首を振る。

「病院暮らしが続いても不思議はなかろうに、誘いに乗ってくれてありがとう、羽月。
君のその力が、君自身や他人を蝕むものではないように願うばかりだ。

何しろ君には、紛れもなく休息が必要だよ。
今しばらくは、異能が発現するほど強い感情の揺れ動きがなければいいと……そう思う」

友人を襲った怒涛を労わる顔は、優しい。

羽月 柊 >  
「何年と魔術師をやっているが、改めて自分が…ただの人間だと思い知ったよ。

 そうだな、異能の理不尽さは…我々が良く知る所だ。
 それで『真理』に手を伸ばすほど、恐ろしさをよくわかっている。」

異能"疾患"。
理不尽にも夢を奪い去られ、なにもかも。
己の心臓の音すらも容赦なく消え去った日ノ岡あかねの異能がそうだったように。

山本英治も、日下部理沙も、程度は違えど異能に苦しむ事もあっただろう。
己と話したことのある、すれ違う誰かも、また。

「……消えたから時折の通院だけで済んでいる。無理をおしては来たりしないさ。
 ……おかげで、君とも友人になれた訳だからな。………感謝しているよ、ヨキ。」

そう言う男の表情はやはり真っすぐにとは行かなかった。
どうにも素直になれないのだ。これは性分なのだろう。

「まぁ、しばらくは過労の軽減に努めるさ。
 幸い夏季休暇中というのもあるしな。」

膝上の手を組み、前方向に筋を伸ばした。

ヨキ > 「ヨキでよければ、こうしてまた相談に乗ろう。
役には立たずとも、君の心が緩む助けとなりたいからな。

ふふ……、君を誘ってよかった。
友人だと、そう言ってもらえることが何よりの幸せだ」

不器用な柊の様子に、くすくすと笑う。

「温泉から上がったら……ここのマッサージでも受けに行くか。
休むと決まれば、どこまでも休むのがこのヨキだ。
君にも存分に、休暇を味わってもらうぞ」

悪巧みでもしているかのように、にんまりと笑みを深めて。
さて、と大きく伸びをする。

「よく温まった頃合いであるし、そろそろ出るか。
マッサージが終わったら、ここのレストラン街で夕食に出るのもよいな。
ふふ、君はどうだ? 買い物でも娯楽でも、何でも付き合うぞ」

いそいそと声を弾ませる。

羽月 柊 >  
ヨキの笑みに、ふっと柊も笑う。
困ったような下手な笑みを浮かべて。喉を鳴らして。

「人間、聞いてもらえるだけでありがたいモノだ。それだけで役に立つ。

 ……ただ、出来れば俺の一方ではなく、
 相互で在れるなら友人として言うことは無いかもな。」

悩みはきっと柊の方が多いのかもしれない。


だからこれは、何年かぶりの自分の"我儘"だ。


「生憎と最近の娯楽には疎くてな。
 …だから、君のお勧めに付き合うとも。

 本当に、久しぶりの休暇だよ。
 ……君の前だと、どうも安心してしまうな。」

以前に釣りで笑ってしまった時もそうだった。
裏の街で今更と慟哭した時もそうだった。

彼の前ではどうにも取り繕いがしきれない。

けれど、それが心地よかった。

得体の知れなさはあっても、真摯に向き合ってくれるのだから。
教師として、これからは同僚として、友人として。

ヨキ > 柊の笑顔に、迷いなく、大きく頷く。

「勿論さ。ヨキも困ったときには、君を大いに頼らせてもらうよ。
――“相談事”がないのは、それだけヨキが順調で、恵まれている証拠だ。
その代わりにこうして、君にはヨキの“楽しみ”に付き合ってもらうのさ。
今のところは、な。

だから君も。
楽しみや悩みの分け隔てなく、ヨキと分かち合ってくれると嬉しい」

歯を見せて、気楽に笑う。

「それなら今日は、この涼しい屋内で大いに楽しもう。
夜になって外が涼しくなるまで、贅沢に過ごしてやろうではないか」

そうと決まれば、と立ち上がって。

浴槽から出て、タオルで身体を拭く。
着替えの間も、マッサージ施設へ向かった後も、そうしてその後も。
目に入るものみな話題にしながら、明るく、気さくに。
友人同士の会話は、夜になって別れる間際まで続いたことだろう。

ご案内:「扶桑百貨店 展望温泉「少名の湯」(13F)」からヨキさんが去りました。
ご案内:「扶桑百貨店 展望温泉「少名の湯」(13F)」から羽月 柊さんが去りました。