2022/08/04 のログ
■シャンティ > 当初は買う気はなかった、が。なんの気まぐれか、衣装を整えてみようという気になった。といっても、色合いなどは女には判断しきれない。そこは結局、店員の手を借りることにした。
「……じゃ、あ……これ、で」
いくつか勧められたものを買う。
「役者、なら……衣装、は……肝心、だけ、れ、どぉ…… 私、は……」
小さくつぶやく。舞台上の演者が着飾ればいい。女の持論はそれだ。そして、自分は決して演者にはなれない。否、ならない。
が
「ま、あ……いい、わ…… これ、も……投資、みた、いな、もの、よ、ねぇ……」
少し考え……そして、女は売り場をあとにした。
ご案内:「扶桑百貨店 ファッションエリア(4~6F)」からシャンティさんが去りました。
ご案内:「扶桑百貨店 商店街支店エリア/催事場エリア(1~3F)」にノアさんが現れました。
■ノア >
賑やかな昼下がりの商店街支店エリア。
思い思いに言葉を交わす雑踏を劈くようにミニベルの音が辺り一帯に響いた。
興味を引かれて吹き抜けから下を見下ろせば、
一階の催事場に設けられた抽選会で何やらアタリが出たらしい。
「二泊三日の宿泊券か……豪勢なこって」
小さく見えるホテルの名には見覚えがあった。
島外からの来賓向けに造られたらしいリゾートホテルのひとつだ。
一泊8万そこら、部屋によっては六桁はしようかという施設を引き当てた男子学生のグループの歓声は
ベルの音にも負けず劣らずフロアを二つ跨いだ此処まで聴こえていた。
(幸せそうだな……)
興奮冷めやらぬといった様子の少年たちの姿が微笑ましくて思わず頬が緩む。
平穏な時間が流れていた。
外で機嫌よく人を焼く太陽も、雨と熱を受けて土から起き出た不快な蝉の音も此処とは無縁。
良く冷房の効いた扶桑百貨店の三階、ミストを噴き出す機械を尻目に目的の物を探して徘徊する。
「わっかんねぇ……」
いや、目的の物自体定まってすらいないんだが。
もうすぐ盆の時期、供えてやるのが仏花だけってのもさもしいかと思ってうろついては見たが、
いざ買いに来てみると妹、それに親父やおふくろが何を喜ぶかなんてのが分からない。
多過ぎる選択肢を前に肩を竦めるばかりだった。
■ノア >
端末を開く。
検索ボックスに触れて見える検索履歴の安っぽさに頭を抱えたくなる。
プレゼント、人気、家族。
検索する度に、言葉を変える度にサジェストのワードが最適化されていく。
ジュエリー、いや重いだろ。
現金、重いってより生々しい。
――旅行。
「旅行、か」
本島で鑑識なんぞをやっていた時分に、知りたかった。
親孝行より、目の前にいる妹よりも、それらを害するかも知れない悪を追う事に躍起になっていた。
金に困っていた訳でも無い。休みも、取ろうと思えば取れたのかも知れねぇ。
それでも、今じゃなくたっていつでも連れて行ってやれる。
そんな事を思っていた。
『本人に聞くのが一番!』
ランキング形式で贈り物をつらつらと並べていたウェブページの末尾、
大いに正しく、生憎叶わない言葉が添えられていた。
身近な奴らに聴くには擦れた奴らしか居やしない。
店員に流行りでも聞いて適当に済ますか?
■ノア >
うろうろとフロアをうろつく事数分。
あるいは数十分か。
不意に目に入った店舗に足が止まる。
一か月ほど前まではどこぞのアイドルのポップアップストアがあった場所。
大きくスペースの外観が変わった事に、喪失感のような物を感じて興味が引かれた。
そこにあったのは商店街の花屋の臨時出店、硝子瓶に収められた植物が揺蕩うハーバリウムの専門店。
ライトに照らされて色鮮やかに踊る植物標本に、綺麗だと素直に感性が動いて――
それでいて怖気が走った。包帯に包まれた腕がザワつく。
あぁ、良いじゃんコレ。
味気ない仏花を添えるだけよりもよっぽどカジュアルで見栄えも良い。
「これ一つ、プレゼント用の包装ってあるかな」
表用の、なるべく無害そうな声色で告げて。
無色の液体の中で踊る白の花。たっぷりと詰められたカスミソウ。
花言葉は――幸福だったかね。
茶色の紙袋片手に帰途に着く。
ご案内:「扶桑百貨店 商店街支店エリア/催事場エリア(1~3F)」からノアさんが去りました。