2019/02/05 のログ
ご案内:「古書店街「瀛洲」」に人見瞳さんが現れました。
■人見瞳 > 試験期間も間近に迫る今日この頃。古書店街を行き交う人の姿は、普段にも増してまばらになっている。
ここ「瀛洲」はさながら、本の迷宮のような場所。街そのものが図書館みたいな顔をしている。
物珍しさが人気を呼んで、古書店街は学園都市の観光名所にもなっている。
限られたエリアに数えきれないほどの書店がひしめいているのだ。
どのお店も道行く学生たちを好事家の道に引きずりこもうと手ぐすねを引いているようで、いつもは敬遠してしまうのだけれど。
「いえいえ、助かりました。ありがとうございましたー」
四件目の書店を後にして、途方に暮れてため息をつく。
見つからない本などないと囁かれているこの街で、たった一冊の本が見つけられない。
そんなバカなと思うかもしれないけれど、本当に影も形もないんです。
地下と二階と中二階まで、足元から手の届かないほどの高さまで、あらゆる本棚を探したのに。
お店の人も一緒になって探してくれたのに。
「そう簡単には見つからないか……」
■人見瞳 > 通信端末がぶるりと震えて、SNSの通話機能に着信があったことを告げる。
何でもできるすごい板を耳に当てると、私と同じ声がした。
「おつかれーっすー。そっちはどんな感じ?」
「データがなくて、出版社もわからないんじゃ探しようがないって」
「だよねえ」
本屋さんはどれも似ているようで、それぞれに専門分野を持っている。
演劇関係の本や映画のパンフレットに強いお店。自然科学の学術書ばかり扱うお店。
児童文学とか英語の絵本をたくさん揃えているお店。東洋思想とか占いの本ばかりのお店。
時代劇に出てくるような和綴じの本しか置いていないお店もあったりする。
「お店の人がね、時間をくれたらこっちでも調べてみるって言ってくれたんだけど」
「言ってた言ってた!」
「一応お願いしておいたから、そろそろ一度集まっとく?」
「そうしよっか。もうへとへとだよー」
「だね。じゃあ、ええっと……」
足を止めて辺りを見回す。飲食店は一軒もない。
まさかとは思うけれど、本当に本屋さんしかないのかも。
ご案内:「古書店街「瀛洲」」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > 仕事の合間、休憩がてらこの古書店街を眺めるのが好きだった。
地球人離れした様相に不似合いなコンビニのビニル袋を提げて、軒先のワゴンや棚を横目に歩いてくる男の姿がある。
ちょうど周囲を見渡していた少女と行き会って、その様子に何気なく足を止めた。
「――やあ、こんにちは。探し物かね?」
盗み聞きをするつもりはないが、彼女が何かを探している最中であることは察せられた。
……はて、先程奥の通りの店でも彼女と同じ顔を見かけた気がしたが、他人の空似だろうか?
■人見瞳 > 「あ、ごめん私。こっちにかかってきてるから、一旦切るね」
「えー。やだやだ一人にしないでよぉ!!」
「はいはいまた後でね」
通話を切って別の私からの呼び出しに応じる。
「かれこれ一時間半くらい経ったところだ。状況は?」
「収穫なしであります」
「手がかりのひとつも無かったと? さすがに何かあったんじゃないか」
「いや、これが本当にさっぱりなんですわ。ごめんね私。そう言うそっちはどうだったのさ」
「…………………………ああ。結果から言えば」
「うん。まあそうだよね。仕方ないよ。元々フワッとした話しか聞かされてないわけだし……」
呼び止められて、声の主の方を向く。
もじゃもじゃヘアーの男の人が不思議な目をしてこちらを見ていた。
「ん。ちょっと待って」
「どうした僕。藪から棒に」
「ごめん! 後でかけ直すから」
通話終了の赤いボタンをタップして端末を仕舞う。
「えーっと……本を探してまして。ここに来る人はだいたいそうなのでしょうけど。あなたもですか?」
■ヨキ > 「済まなかったな、通話中に。困っているように見受けられたものだから……ヨキというよ。教師をやっている」
ごく小さく頷くような、日本人らしい会釈。学園の方を顎で指して名乗る。
「いや。ヨキの方は、ただの冷やかしだ。ここいらは一たび何かを探しはじめると、キリがなくなってしまうでなあ。本当は、日がな一日過ごしてみたいものなのだが」
笑って、本を探しているという相手の答えに首を傾ぐ。
「ふむ、君の方はどうやら難航しているらしい。何か話していたところを見るに、人と一緒に捜していたのだろう?
それでも見つからないとなると、なかなか大変そうだな。もしヨキでよければ、タイトルを訊いても?」
■人見瞳 > 「先生でしたか。二年生の人見瞳といいます。用もなくぶらぶらする分にはすごく楽しそうですよね」
「そのままずぶずぶとはまり込んでしまいそうな怖さもありますけれど……」
ほとんど間を置かずに端末が震えだす。番号は最初に電話をかけてきた方の私だった。
すみません、と一言断って呼び出しに応える。
常世島広しといえども個人で12台持ちの多重契約をしている学生は私くらいなものでしょう。
「待って待って。お話中なんだってば。かけ直すって言ったでしょ?」
「どこにいるのさ私ーーーー! どうしよう迷子になったっぽい」
「迷子って。さすがにそれはどうかと思うよ……」
「ひどい! 探しに来てくれないの?」
「私もこの辺よくわかんないからさ。わかるでしょ?」
「私だって迷子になってんじゃんさー!」
「えっいや私は」
そういえば。ここはどこだろう。
どちらを向いても本屋さんしかなくて、たどってきた道さえわからなくなる。
通話口に手を当てて、先生に申し訳なさそうな顔をする。
「一緒に来た子たちが迷子になっちゃったみたいで……」
今ごろ他の私も迷子になっているはず。確信めいたものがある。だって私は私。同じ私ですから。
■ヨキ > 「人見……ヒトミ? ほう、素敵な名前だな。
ここは全く、時間と金がいくらあっても足りんよ。実に怖い場所だ」
怖い、と言いつつも楽しげに。相手が着信に応えると、ヨキは口を引き結んで黙った。
そのまま辞去しようとした矢先、迷子、という言葉が耳に入る。
「……おや、それは大変だ。この辺りは入り組んでいるからな。
今、その『友だち』はどこの店に居るか分かるかね?
店の名が判らずとも、並んでいる本のジャンルや、近くの建物で思い当たる店があるやも知れん」
“一緒に来た子たち”と聞いて、初っ端から「複数の彼女自身」だと判る人間はほぼ皆無だろう。
通りを見渡し、協力するよ、と告げる。
■人見瞳 > ナイスアイデア。住所はわからなくてもお店の名前くらいはわかるはず。
頷いて通話を再開する。
「今どこにいるの? うん、そう。お店の名前……」
おろおろしている私をなだめて、現在地の場所を聞き出した。
「わかった。迎えにいくから動かないでね。うん、絶対の絶対だよ。約束してくれる?」
泣きそうな声が返ってくる。心細いのはよくわかるけど。
「大丈夫。すぐ行くから!」
通話を切って、先生にお店の名前を告げる。
二人目の私は東海堂書店の前にいる。歴史関係の本がたくさんある店だと言っていた。
「巻き込んでしまってごめんなさい。ありがとうございます、ヨキ先生」
「ところで本の名前、『悪魔の辞典』っていうんです。あの『悪魔の辞典』ではなく、同じ名前の魔導書があるとかで……」
続きは歩きながら話しましょう。
■ヨキ > 通話先の相手を優しく慰める様子を見ながら、告げられた店の名を反芻する。
「……トウカイドウ、東海堂……、ああ、あすこか。そこの近くに、美術書を多く扱う店があってな。
贔屓にしていていつも通る道だから、よく知っているよ」
心当たりのある店にほっとして、にこやかに頷く。
彼女の隣を歩き出し、道案内をしながら話を続ける。
「『悪魔の辞典』か。なかなか剣呑な書名だな。
人見くんは魔術学の勉強か何かで、その本を探しているのか。それとも別の目的があって?」