2019/02/06 のログ
■人見瞳 > 「私自身が必要としているわけではないんです。もともと異邦人の皆さんのお世話をしていまして」
国際NGO《Blue book Immigrant Division》。
右も左もわからずにたった一人で放り出された人々の孤立を防ぎ、居場所を得るまでの手助けをする。
未知なる世界からの来訪者がこの世界にも馴染めるように、当局と連携して生活支援にあたっています。
「ある異邦人の方がこちらに飛ばされることになった原因……元凶そのものだと言っていました」
「転移直後に紛失されたそうで、人手に渡っていれば回収してほしいと……」
東海堂書店の看板が遠目に見えて、落ち着きなくあたりを見回す私がそこにいた。
「あ、いましたアレです。おーい!! お待たせー!」
大きく手を振れば向こうも気づいて、十年ぶりの再会みたいな熱い抱擁を交わす。
「わーー!! 来てくれたんだ……よくわかったねー。やるじゃん私!」
「ヨキ先生のおかげだよ。こちらはもう一人の私……ご紹介はいりませんよね」
同じ声、同じ顔をして同じ背丈で同じパーカーを羽織った女子生徒を剥がして先生の方に向ける。
■ヨキ > 「『ブルーブック』!」
その名を聞いて、ヨキの顔が明るむ。
「君はあすこの所属だったのか。もう二十年近くも前になるが、かつてヨキも同じような組織の世話になった。
それからというもの、異邦人の支援活動は大いに応援しているのだよ」
久々に命の恩人の顔でも見たかのように、幸せそうに笑う。
「その本が元凶そのものだということは、余程強大な力を秘めた書物なのだろうな。
この瀛洲に流れたとしたら、どこへ失せてしまうか判ったものではない」
やがて辿り着いた東海堂書店の前で、姉妹のようにそっくりな少女たちの再会をにこにこと見守る。
まるで姉妹のような――……、
「……えっ?」
大きなつくりの目を丸くする。忙しなく瞬きをして二人の人見瞳を見比べたのち、噴き出して笑い出した。
「――ふ、あはは! これは驚いた、まさか人見くんが『二人組』だったとは思わなんだ。
学園で美術を教えているヨキだよ、もう一人の人見くんもどうぞ宜しく……ははは、いやはや。驚いた」
■人見瞳 > 「こういう活動をしている団体はいくつかあるみたいですね。うちは小さな所帯ですけれど」
《ブルーブック》のお名刺も渡しておきましょう。いつか何かの形でお礼ができる様に。
「すみません先生。実はあと二人いまして……」
とても言いづらいけれど、ここは土地勘のある先生の厚意に甘えてみるより他にない。
端末のロックを解除して、二番目にかけてきた私の番号を選ぶ。あまり遠くに行っていないといいのだけれど。
「………いや、それには及ばない」
すぐ近くから呼び出し音が聞こえて、振り向けば私が二人そこにいた。
「あれ? 私じゃん。今までどこほっつき歩いてたのさー」
「迷子になっていたんじゃ……」
「どこかの誰かさんみたいにか?」
私が呆れたようにため息をついて空を見上げる。視線の先にはドローンが滞空していた。
「あー……そっか。なるほどその手があったか……」
「君も頼りになる案内人を見つけたみたいだな。はじめまして、僕の名前は人見瞳。見ての通りのご同類だ」
「右に同じく。お世話になりました、先生」
四人の私がばらばらにお礼を言って頭を下げる。
■ヨキ > 「ああ。それらの団体の、数も規模も大きくなってゆくのは良いことだ。
地球に迷い込んで、心細い思いをする異邦人が居なくならない限りはね」
名刺を受け取って、懐から取り出した自分のそれと交換し合う。
電話番号やメール、金工ゼミのウェブサイトのアドレスが書いてある。
探すべき「人見瞳」があと二人居ると聞いて、思わずぽかんとした。
この常世島ならどんな異能があっても不思議ではないが、実際に遭遇するとなかなか愉快なところがある。
ややあって、四人の少女が合流する。
「これはこれは……、壮観だな。うっかり目を逸らすと、最初に会った人見くんがどれだか判らなくなってしまいそうだ。
もしかすると、全員が人見くんということなら、誰とどう接しても変わらないのかも知れないが」
もう二人の瞳にも、丁重に自己紹介する。
「ふふ、慣れてきた。もう何人増えても驚かんぞ」
■人見瞳 > 「すべてを奪われて、残ったのは自分の命ひとつだけ」
「愛した人たちとの再会は絶望的……境遇の理不尽を責める相手すらいない」
「そういう方々がたくさんいる事を忘れてはいけないと思うんです。悲しい選択をさせてはいけないと……」
もしも自分がそんな立場に置かれたら、どれくらい正気を保っていられるだろう。
どんなに自分を律していても、きっと自暴自棄になってしまう。誰かに助けを求める考えすら持てないままに。
「中身は同じ私です。それぞれ記憶を保持していますけれど、考えることもそう大きくは変わりません」
「僕自身あまり見分けがつかないから、あえて言葉遣いを変えているようなもので」
「キャラ作ってるってこと? 僕っ子ってちょっと痛くないかなぁ……」
「………やめろ、それは言わない約束だろ!?」
思ってても言ってはいけないことってありますよね。ええ。
「まあまあ。ここにいる私たちのほかに、あと8人くらいいるんですよ。今は別のお仕事をしてます!……だったよね?」
「お仕事っていうか、試験勉強とバイトかな。『悪魔の辞典』探しは……」
「瀛州古書会館で週末に即売会をやっているらしい。業者が集まるそうだから、その時に情報を集めてみよう」
「先生はどう思われますか?」
識者の見解を聞いてみましょう。
■ヨキ > 「ヨキもかつては大変だった。地球の常識も理屈も判らないまま、流されるように過ごしていたな。
支援組織や学園に救われるまで、生きた心地がしなかったよ。
だからこそ今、ヨキはこの常世島や、学園とその学生たちに恩返しをしている最中なのだ。
生涯を懸けてでも、尽くしてゆくつもりでな」
照れ臭そうに、小さく頬を掻く。
「ふふ。みな朗らかな人見くんか。あと八人ということは……全部で十二人?」
…………。『二十四の瞳』ってことか?」
頭上で大勢集まった彼女をふわふわと想像して、ふっと笑い出す。
ヨキ本人としては、ささやかな洒落のつもりだった。
「全員が同一人物なら、勉強もバイトもこなせるのか……それは便利だな。
『自分があともう一人居たらいいのに』を地で行く能力だ」
即売会について問われて、ふむ、と一考。
「会館での催しなら、新しく入ってきた稀覯書が目玉として売り出される可能性がある。
そうでなくとも、人一人を異世界に飛ばすほどの代物なら、誰か知っている人間が居てもおかしくない……。
ヨキは賛成だ。足を運んでみる価値はある」
一拍置いて、
「……あとは、ここをそれだけ駆け回っても見つからないのなら、図書委員会に回収されている可能性も捨てがたいな。
彼らの魔術書の管理はほとんど極秘であるから、いつどんな書物が収蔵されたとも知れん」
■人見瞳 > 「あれ。学園のデータベースか何かでご存知でしたか?」
「ビンゴ! 大正解だよヨキ先生。花丸をあげよう」
「失礼なことを言うんじゃない」
「そのうちもっと増えたりしてねー」
常世財団には届け出てあるので、しかるべき権限さえあれば調査結果のレポートまで確認できるはず。
ヨキ先生、気さくそうに見えてけっこうエラい人かもしれませんね。
「何か情報がありましたら教えていただけませんか?」
「これだけ歩き回ってわかったのは、力ある魔導書が出てきた噂なんて立ってないってことくらいで」
「それはそれで価値ある情報だよ。どの店主も心当たりがまるでない様子だった」
「じゃあ先生の言うとおり、もう回収されてる説が濃厚かな。危険がないならそれでいいんだけど」
もう二度と脅威にならないのなら、私たちの仕事はそこでおしまい。でもそれでいいのかな。
「いいのか? 魔導書はミスター・ビアスが帰還する唯一の手段かもしれないんだぞ」
「そのへんは私らにはわかんないよ。おじさまが自分で決めるっしょ」
「今日は一旦解散しよっか。先生もお付き合い下さって、ありがとうございました」
「この件のお礼はいずれどこかで」
「またねー!」
口々に挨拶をして、ドローンの空撮映像と地図アプリをアリアドネの糸にして迷宮を後にしました。
ご案内:「古書店街「瀛洲」」から人見瞳さんが去りました。
■ヨキ > 「やあ、まさか正解だったとはな? 知っていたなんてとんでもない。古い映画の話だよ」
普段花丸をあげる側の自分が、真っ向から褒められるとこそばゆいものがある。
「ああ。ヨキの方でも、注意はしておこう。人見くんらも、大勢だからといってくれぐれも油断するでないぞ。
話を聞く限りは、喫緊の危険はなさそうだが……解決はしていない以上、警戒はしておくべきだ。
礼など気にするな。次は気楽な機会に、十二人揃って会えるのを楽しみにしているよ」
四人の少女たちの賑やかな挨拶に、手を振り返して見送る。
自分もまた学園へ戻ろうと踵を返しながら――はて、と眉を顰める。
「ビアス……? まさかな」
往年の箴言集に名前も著者も瓜二つの魔導書だなんて、何とも性質の悪い冗談だ。
ご案内:「古書店街「瀛洲」」からヨキさんが去りました。