2022/02/11 のログ
ご案内:「古書店街「瀛洲」」に杉本久遠さんが現れました。
ご案内:「古書店街「瀛洲」」にシャンティさんが現れました。
杉本久遠 >  
 学生街にある、一風変わった区画、古書店街『瀛洲』
 そこは本好きにとっては、ある意味で聖地とすらされる程に無数の書店と、書物が集まる場所だ。
 そんな古書店街の入口となる、通りの角で、久遠は落ち着きなく立っていた。

(時間は――大丈夫。
 格好も――多分大丈夫、永遠が見てくれたしな。
 あとは――)

 そわそわと落ち着きなく、携帯端末を覗いては、左右を見渡し、かと思えば数歩歩いて、今度は腕時計を確認する。
 本当に落ち着きのない様子で、繰り返す事すでに二時間近い。
 なお、まだ待ち合わせには早い時間である。

(早く来すぎてしまったか?
 いや、彼女を待たせるわけにはいかない――ああ、大丈夫だろうか、絡まれたりしてないだろうか)

 なお、心配しているのは、主に待ち合わせ相手の事である。
 本当だったら家まで迎えに行って、片時も離れずにいたいくらいだったのだが。
 妹に相談したところ、初デートでそれは重いからやめておけ、と言われたのだった。

 そんな珍獣めいた久遠の姿は、通る人の視線を集めていたが、本人は気づかないのである。
 待ち合わせ相手が現れるまで、珍奇な光景は道行く人々に目撃されることになるのだろう。
 

シャンティ > こつり こつり こつり
小さな軽い音を立てて女は歩む。必要以上に我を押し出さず。僅かな存在感だけを漂わせ。

道行く人は不自然に女を見ない。意識を向けない。其れは奇妙なほど……


「時間、は……」


そうつぶやく女は、しかし時計に顔を向けることはない。


「……あら、あら。ふふ。そう……せっか、ち……ね、ぇ」

くすくす、と女は笑う。笑いながらゆったりとした歩みを変えることもなく目的の場所へ行く。今日、自分を呼び出した相手が待つ場所へと。


「こぉ、ん、にち、はぁ……? あ、ら……待た、せて、しま、った、かし、らぁ……?」

不審者じみた行動をする珍獣……ではなく。待たせ人に対して、いつもの気だるい調子で声をかける。時間は――

杉本久遠 >  
「む――っ!」

 無意識に異能で拡張していた聴覚に伝わる、小さく軽い、しなやかな足音。
 それをしっかり聞き分けると、すぐに彼女を見つけて、晴れ間が差すような笑顔を浮かべる。

「おお、こんにちはだ!
 大丈夫か?
 来る途中、絡まれたりしなかったか?」

 『さっき来たばかりだぞ!』と、お決まりの――しかし本人的には本当に今さっき来た気持ちである――セリフを返しながら、飼い主を待っていた犬のように駆け寄っていく。
 恐らく尻尾があれば、はち切れんほどに振っている事だろう。
 時間は、本来の待ち合わせよりも早いくらいだった。
 

シャンティ > 『久遠は女の足音を聞き分け、勢い込んで駆け寄っていく。「――」』

くすり、といつものように笑う。


「絡、まれ、る……ね、ぇ? ふふ。私、そん、なに……頼り、なさ、そう、か、しらぁ……ま、ぁ……久遠、と……比べ、たら……そう、ねぇ……多く、の、子が……そう、かも、だ、けれ、どぉ……?」

唇に人差し指を当て、首を傾げるようにして口にする。
鍛え上げた青年の肉体に比べれば、それは確かに女の体など細く、弱く、頼りなくは見えることだろう。
とはいえ、ここは町中。特にそこまで治安の悪い場所でもない。そうそう絡まれる、などという事象は起きないはずである。

「それ、で……今日、は……まず、どう、するぅ……?」

くすり、と笑いながら目の前の大型犬に問いかける。

杉本久遠 >  
「む、頼りないだなんて思っていないぞ?
 ただな、君はとても美しいものだから、声を掛けられてもおかしくないだろう。
 ナンパに掴まっていたりなどしないかと、少し心配だったんだ」

 たはは、と頭を掻いて笑う。
 唇に指を当てる仕草にすら、ドキドキしてしまうのは、彼女への気持ちを自覚したからだろうか。
 久遠の頬は、寒さ以外の原因で赤くなっていた。

「まず、か。
 そうだな、どうしようか」

 今日まで色々と考えていた久遠だったが。
 さて、なにを隠そう、古書店街の事はもちろん、本の事はまるで知識がないのである。

「――気のままに歩いて、君の好きな本の事を教えてもらえたら嬉しいな。
 古書店街には、いろんな店や、本があるんだろう?」

 そう言いながら、彼女に右手を差し出す。
 エスコートすべきなのだろうかと考えもしたが、そのプランは早々に放棄している。
 なにせ知らない分野なのだから、頑張ろうとしてもから回るだけなのは目に見えている。
 

シャンティ > 「そ、ぉ……? ふふ。今ま、で……そう、いう、の……なか、った、の、だけ、れ、どぉ……」

少し考えるようにして答える。

「そう、ねぇ……そう、いう、こと、も……ある、の、かし、らぁ……?」

まるで、他人事のように。どちらかといえば興味もなさそうに。のんびりと言葉を続ける。


「ま、あ……それは、それ、と、し、てぇ…… そう、ねぇ……私、の……好きな、本……と、いう、とぉ……難、しい、わ、ねぇ……」

少し、真面目に考え込む。

「ん……そう、ねぇ……本を……あえ、て……大き、く……わけ、て、みる、と。『知識』、と『娯楽』、に……わか、れる、わ。もち、ろん――これ、は、極論、だけ、れ、ど。そこ、に……色々、な……分類、が、ある、わ。私、は……ね。本、から……その、どちら、も……手に、入れる、のが、好き……」


そこで、唇に当てた指を外し差し出された手をとる。

「本屋、に、して、も……特、にぃ……こんな、場所、だと、ね? 専門、性、が……出た、り、も、する、わぁ? まず、無難、なの、で……あれ、ばぁ……あっち……真ん中、くら、いの……大き、な……とこ、ろ。 深さ、は……そこ、そこ、だけ、ど……有名、な……分野、は……大体、ある、わ?」

差し出した手と反対の手で、やや先の方を示した。

「迷った、ら……そこ、ね……?」

杉本久遠 >  
「え、なかったのか?
 それは――なんだろうな、不思議な話だな」

 とても意外な話だ。
 久遠のような鈍い人間から見ても、彼女はとても美しい女性だ。
 どうにも、放っておかれるような女性には見えないのだったが。

「ああ、なるほど。
 本が好きと一言で言っても、色々あるんだなぁ」

 知識と娯楽。
 ジャンルというものだろう。
 スポーツにも様々な競技があるように、本にも様々な種別があるのだ。
 久遠が読んだことがあるのは、娯楽で言えば『漫画』であり、知識とすれば『専門書』だろう。

「そうか、ならまずはそこに行ってみよう。
 本に関してはさっぱりだからなぁ、まずは見て見ないとわからん!
 漫画やスポーツの関連書くらいしか読んだ事がないんだ」

 そう言って、しっかりと手を繋いだまま彼女の提案通り、迷ったので迷わず行ってみようと答える。
 

シャンティ > 「そう、ねぇ……だか、ら……そん、な、もの……だと、思って、いた、わ、よぉ? ふふ。女、扱い、じゃ、ない、の、かも……って、ね?」

くすくす、と笑う。


「そう、ねぇ……で、も……大体、は……『娯楽』、の人、が……多い、の、かし、ら……ねぇ。『知識』、の方、は……本が、好き、という、より……知識、が、好き、な……人、が、多い、か、も?」

反対の手の指で、再び唇に触れる。

「『娯楽』、も……広い、しぃ……コミック……ノベル……その、中、でも……色々……ね?」

考えながら、少しずつ、言葉にする。そう説明をしている間に、件の店までたどり着く。

「ここ、で、あれ、ば……そ、う……たと、え、ばぁ……1F、は……小説。すこぉ、し……だけ、古い……系統……コミック、寄り、な……作品、が……すく、ない……頃、の……本、が……多い、わ、ねぇ。それ、がぁ……時代、国、で……分類、され、て、る、わぁ……」

言葉がほんのりとだが熱を帯びる。


「逆、に……いえ、ばぁ……どち、ら、か、という、と……読み、辛、い……類、の……本、ね? 久遠、は……こう、いう、の、は……読ん、だ、こと……あ、る? 日本、では……そう。たし、か……純文学、って、分類、した、かし、らぁ」

杉本久遠 >  
「むう、そんなものなのか?」

 わからない話だった。
 彼女ほど魅力的な女性が、果たして放っておかれるものだろうか?
 妙には思うが、久遠には比較できるような情報がないのだった。

「知識が好き――ああ、確かにそうなるのかな。
 オレも運動学の本を読んだが、あれも知識が欲しくて読んだものだった」

 彼女の言葉を考えつつ。
 ついつい、視線は彼女のゆびさきの動きを追って、そのきれいな形の唇に向かってしまう。
 気づけば慌てて目を逸らすのだ。

「ん、ん、たしかにこれは――すごいな。
 こんなに本が並んでいるのは見た事が無いぞ」

 右も左も本、本、本。
 書棚にもびっしりと陳列されている様子は、圧倒されるものだった。

「ふむ、読みづらい――ああ、なるほど、確かに難しそうな本だなぁ。
 純文学、聞いた事はあるが、学園の授業で読んだくらいだ。
 こういうのは、どうやって選ぶものなんだ?
 オレにはどうにも、見分けがつかんぞ」

 言葉に熱が入る彼女の様子に、本当に好きなのだなあと思いながら、おもむろに本を手に取ってみる。
 右と左と、平置きにされている本を手に取って見比べてみるが。
 タイトルと表紙だけでは、なにがなんだかと言った所だ。
 

シャンティ > 「そう。其れ、自体、が……悪い、こと、では。ない、し。むし、ろ……正し、い……こと、だと……思う、わ。で、も……私、は……本、を……この、空気、を……この、感触、を……味わ、う、のが……好き……だった」

それは、人によっては感じられないかもしれない。
そんな、古書店特有の空気感、それそのものを吸い込むかのように、小さく息をする。

「だか、ら……知識、は……おま、け。たま、に……思わ、ない、とこ、ろで……役、に……立つ、こと、も……ある、けれ、ど、ね。基本、的に、は……意味、は、ない、わ、ね」

薬学、医学……そういった知識は、模造品を作るのに約にはたった。
一方で、かつては自らの目も、耳も、失われたままになるだろうことを思い知らせ絶望に追いやるには十分以上であった。
そして、未だに役立ったことのない知識も。

「そう、ねぇ……本、の……選び、方……ね、ぇ……こう、いう……本、だと……あら、すじ……と、かも、あまり、ない、こと……多い、し。むし、ろ……読ん、で……役、に……立た、ない……こと、も……ある、わ、ねぇ……」

少し考え込む


「まず、は……自国、の……作家、が……いい、とは……思う、わ、ねぇ……あと、はぁ……作家、には……色、が……当然、ある、からぁ……どうい、う……タイプ、が……好き、か、とか…… 少し、世の、中を、皮肉、る……だけ、とか……とに、かく……露悪、する、とか……ただ……そう、ね。読み、辛い、のは……多い、と、思う、わ?」

実際、日本の純文学と言われている分野は、ただの小説ではなく「芸術性」を求めようと意図した部分がある。
其れが全てではないが、それにしても「意識が高い」という是とも非とも言えそうな評価を下され得る。

「私、は……乱読、だ、から……なんと、なく、で……選ん、で、しまう、し……そう、ねぇ……久遠、は……どんな、話、が、好き?暗い、の?明るい、の? 重い、の? 軽い、の? 色々、ある、と……思う、けれ、ど」

杉本久遠 >  
「そうか、君は本当に本が好きなんだな――、ん?」

 彼女は本から得られる副産物――知識や娯楽よりも、本そのもの、本と触れ合う事自体に喜びを得ているのだろう。
 純粋に本が好きであるのだと、語り口からも感じ取れる。
 だからこそ。
 彼女の瞳が光を失ってしまった事は、とても悲しい事のように思えた。

「――なる、ほどなあ。
 そうして、知識をおまけって言えてしまうのは、君の凄いところだな」

 彼女は久遠よりも遥かに多くの知識を得て、見識を持っている事だろう。
 彼女は意味がないと言うが、きっと読み貯えて来たものは、彼女の世界を広げているにちがいない。
 個人の世界観を広げてくれる――本がとても偉大なものに思えてきた久遠だった。

「自国の作家――それこそ教科書に載っていたようなヒトしかわからんなぁ。
 それにその、なんだ?
 オレはその皮肉だとか揶揄だとか――そういうの、どうにもわからんのだ」

 性根が素直すぎるのもあって、文面をそのまま受け取ってしまうのである。
 そういう意味で、文学的表現、詩的表現などはいまいち久遠には噛み合わないかもしれない。

「どんな話かぁ。
 そうだな、過程に紆余曲折はあって良いと思うが、最期はやっぱり、笑って終われる方がうれしいな。
 お話の中でも、誰かが悲しんだまま終わるのは、その、苦手だ」

 手に取った本を置いて、照れ臭そうに答える。
 どうせならみんな笑っている方がいい。
 それはお話でも、現実であってもそう思う。
 というのは、いささか青臭いだろうかと、ほんのり恥ずかしさを感じるのだ。
 

シャンティ > 「ええ、そう。今、は……電子、で……好き、に……読め、る……もの、も、多い、けれ、ど。やっぱ、り……本物……いい、え。紙、が……好き、ね。あの、手、触り……匂い……装て……」

そこまでいいかけて、口を閉じる


「ふふ。少し、喋り、すぎ、たわ、ね…… 別、に……凄い、こと、で、は……ない、わぁ? むし、ろ……変わ、り、もの……扱い、だった、わ、よ?」

言葉とは裏腹に、面白げに笑う。そこに卑屈さのようなものはない。ただ、いつも通りの気だるさで。


「笑って、ね……ふふ。久遠、は……優しい、の、ねぇ? 世界、には……どう、にも、なら、ない……人、たち、が……溢れ、て、いる、の、に……ね。」


くすり、と笑う


「それ、なら……娯楽、寄り……の、方、が……いい、かも、しれな、い……わ、ねぇ。ハッピーエンド、が……ない、わけ、でも……ない、けれ、どぉ……古来、悲劇、の……方、が……人を、楽し、ませ、る……ところ、が、ある、もの」

そこで、ふと思いついたように


「ああ――とこ、ろで……シンプル、な、例……で。勧善、懲悪、もの……とか、は……どう、なの、かし、らぁ? 悪、は……倒さ、れ、善、が……勝ち。救、われ、た……人、たちは……幸せ、に。もち、ろん――悪、は……滅、んで……不幸、だけ、れど。」


くすくすと

杉本久遠 >  
「はは、なにかを一途に好きになれる人は、多くが変わり者というらしいぞ。
 しかし君が夢中になって話しているのは――うん、なんだか可愛らしいな」

 普段がどこかつかみどころのない美女という印象が強いだけに、好きなものを語る様子は、年相応の少女らしい、可愛らしさを感じられた。
 とはいえ、それを率直にいうのは久遠のような人間くらいかもしれないが。

「そういう君を隣で見れるのは、なんだろうな、嬉しいよ」

 気の利いた言葉が出てこない。
 きっとこういう時に、それらしい言葉を選べるようになるにも、文学的な表現を知るのは大事なのかもしれないと、思う久遠だった。

「優しい――んん、どうなんだろうな。
 自分ではそこそこ、現実主義だと思ってるんだが」

 実力主義の競技スポーツの世界に生きているだけあって、どうにもならない現実というのも思い知ってきた。
 それこそ、誰もが笑える結末というのが、夢物語に近いのも理解はしているのだ。

「悲劇の方が楽しい、ものなのか?
 ううん、よくわからんな」

 ピンとこず、首を傾げる。
 救われない現実が多いからこそ、物語の中では幸せでいたいと思うのではないだろうか。
 久遠には悲劇を楽しむ、という感覚がいまいち理解できなかった。

「んお、勧善懲悪、時代劇やヒーローもののようなお話か?
 嫌いじゃないが――正義と悪で二分化されてしまうのは、どうも釈然としないかな。
 正義も悪も、見方の違いでしかないだろう?
 ――って、お話しの事だったな。
 うむ、今も特撮ヒーロー番組を見る程度には、そういうお話しも好きだぞ」

 なんだかんだと、しっかり男の子なのである。
 現実での善悪には思う所があるとしても――お話としてみれば、やはり勧善懲悪の痛快さは面白いのだった。
 

シャンティ > 「あま、り……こう、いう……こと、話す、機会、も……ない、し、ねぇ……前、は……そう、ね。作品、その、もの……の、オハナシ、は、した、くらい、かし、ら……ね、え。」

思い返してみれば、概ね自分のことよりも他人のこと、である。本について語ること自体が少ない。


「簡単、よ? だって、他人事、だ、もの。どん、なに……つら、くて、も……苦し、く、ても……他人。自分、じゃ、ない。それ、を……みて、愉悦、して、も。悲し、ん、でも……ふふ。どちら、でも。ええ。少な、く、とも……そう、思って、いら、れる、うち……は。他人、の……彼、ら、より、は……自分、は……マシ、だ、もの……ね?」

可哀想だと悲しむ者も。哀れだと愉快に思うものも。どちらも、自らが「彼らではない」からこその余裕を以てそれに臨める。他人の不幸は蜜の味、とはよく言ったものである。

「ふふ。本当、の……現実、主義者、は。夢、を……完全、に……振り、捨て、て……現実、に……生きる、もの、よ?久遠」

くすくすと笑う。現実に打ちのめされ、苦しみ、先がないと思い知ってなお。先を歩もうとする。それはもう、現実を直視できない愚か者か、さもなくば――


「そう。やっぱ、り……オトコノコ、ねぇ……それ、と――いい、え。そっちは、まあ……おい、おい、か、しら……ふふ。ああ、それで――本、だった、わ、ねぇ……そう、ね……いっそ、児童、文学……なん、かも、いいかも、しれ、ない、わ、ねぇ……?」

杉本久遠 >  
「そうなのか?
 同じような本好きの友達とか――いないのか?」

 それはとても勿体ないような気がした。
 久遠も、自分でいいのならいくらでも彼女が楽しそうに話すのを聞いていたいところだが。
 久遠では聞くばかりで、同じ土俵での話はどうにも難しい。
 どうせなら、やはり、同じ世界で話せる友人など、居てほしいと思ってしまう。

「ふーむ、そうか、他人事だから、楽しめると。
 そんな楽しみ方もあるのか、こういうのを目から鱗って言うんだな」

 まったく思いつきもしなかった視点だった。
 すっかり感心してしまう。

「んー、しかし、オレにはその楽しみ方は難しそうだなあ」

 自分が苦しかったり哀しかったりは、いくらでも向き合えるが。
 他人のソレを見るのはどうにも辛い。
 やはり、みんな幸せであって欲しいと思ってしまうのは――やはり理想主義的なのだろうか。

「――はは、それを言われると、な。
 君から見たら、やっぱり愚かに見えるのかな。
 いや、自分でもわかってるんだ、オレが選手に向いていないっていうのは」

 伸びしろの問題だけではなく、おそらく本来は勝負ごとに向いていないのだろう。
 それでも、競技を諦められず、限界に挑み続けるこの男は――やはり愚か者なのかもしれない。

「ん、うん?」

 含みありげな言葉に首を傾げるが、もちろん、久遠にその意図は読み取れない。

「児童文学かぁ。
 絵本とか、昔はよく読んだし、妹に読み聞かせたりもしたっけな」

 そう、懐かしそうに頬を緩める。
 なるほど確かに、いっそのことそちらの方が馴染みが深いかもしれない。
 

シャンティ > 「ええ、いない、わ……ね。必要、と、しな、かった、し」

本さえあれば……ただ、それだけで幸せな毎日だった。ある一件があるまでは。
そして気づけば、話せる友などは居なかった。
だから以前に少々話をした少女との邂逅は色濃い思い出ではあった。
しかし、今更そういう友達を積極的に持とうという気にもあまりならない。

「知って、いる、かも……しれ、ない、けれど。人は、ね、久遠。案外、利己、的で……他人、なん、て……自分、を、測る、道具。だか、ら……優し、くも……冷た、く、も……なれ、る。その、死……さえ。エンター、テイメン、トに、でき、る。」

くすり、と、静かに笑う

「そう、ね……言葉、に……すれ、ば。愚か、なの、かも――しれ、ない、わ、ね。あぁ、とい、って、も……児童、文学、という、のは……バカに、して、いる、わけ、では……ない、の、よ? あれ、は、あれで……深い、し。なん、なら……わざ、わざ、作家が、アレンジ、して、いる、もの、も、ある、のよ?」

あえて既存のものを作り変えることによって独自の解釈と、表現を生み出す。双方をあえて比べてみるのも一つの楽しみ方である。そこまでくれば、大人の読み方と言ってもいいだろう。


「それで。そう、ね……もう、一つ。愚か、とは……いった、けれ、ど。たと、えば――」

人差し指を唇に当て


「もし、仮、に……ここ、に……貴方、を、変える……そう。強化、する……魔法、が、あった、として……貴方、は……手を、出す?」

静かに――笑いを消して、聞いた。

杉本久遠 >  
「そうかぁ、勿体ないな」

 こんなに楽しそうに話してくれるのに。
 彼女の素晴らしい一面を、もっと知られてほしいと思うのは我儘だろうか。

「はは、知っているが――知っていて、割り切れるのなら、オレはこういう性格はしてないだろうさ」

 彼女の言葉は一つの真理だと思う。
 けれど、それをそのまま受け入れるには、久遠は成熟できていない。
 そういう意味ではやはり、現実的ではないのかもしれなかった。

「馬鹿にされてるなんて思わんさ。
 児童文学が素晴らしいっていうのは、オレも読んできたからわかる。
 そうだなぁ、たしか悪戯をするウサギの話とか、二匹のネズミがカステラを作る話とか。
 好きで何度も読んだ覚えがあるぞ」

 妹に読み聞かせたのはもう少し難しい話だったが、久遠が自分で読んで、繰り返し読んで記憶に残っている作品だった。
 たしかに、いきなり難しい話を読んでもついていけない気がする。
 児童文学から本に触れてみるというのは、いい提案な気が――

「――なにかと思ったら」

 静かに訊ねる彼女を、じっと見つめ返す。
 その問いかけは、ほんの少し以外でもあり。
 彼女らしい、少し意地悪な問いかけだとも思う。

「そんなもの、いらないさ。
 それでたとえ強くなれたとしても――それはオレじゃない。
 そういうものに縋る気持ちを否定はしないが、オレには必要ないな」

 そう答えて、何の迷いもなく笑う。
 わずかな葛藤も躊躇もない、真っすぐな笑みだった。
 

シャンティ > 「……」

勿体ない――その言葉を聞いて……しばし、間を置く。
もともと気だるいがゆえに、単なる間延びか、無言か、読み取りづらいものだったが。

「童話、も……教訓、深い、もの、も……ある、し……ね。まず、は……アレンジ、とか、そういう、の、も……いい、わ、ね。ああ、それ、と……海外、もの、も。ふふ。と、いって、も……こっち、だって、不幸、は、それ、なり、に、あるけれ、ど。あと、は……少し、近し、い……文学、もの、も……いい、わ、ね。賢治、あたり、は……まだ、いい、か、しら……ね」

真面目に答える。これで好みのものを選出してしまうと、偏るのであえて色は消していく。

「……」

見返し、答えを迷うこともなく返す青年。
それに、くすりと、笑いを返す。


「さっき、の、答え、と……今、の……答え。ふふ。割り、切れ、ず。挫折、を、知って……なお、自分、の……足、だけ、で……歩も、うと……する。ええ。それ、を……愚か、と。言う、人も、いる、でしょう、ね。」

先にも口にしたことを、改めて口にする。
まるで、再確認をするように。

「けれ、ど。愚か、とい、う、こと、と。それ、を……厭う、こと、は……別。私、は……その、愚か、さ、を……いい、と……思う、わ。だって――」

くすくすと笑う

「そう、で、なけれ、ば……つま、らない、もの」

杉本久遠 >  
「そうか――なら、オレは、愚かでよかったと思うよ」

 彼女の笑みに、胸が温かくなる。
 この温かさがあれば、まだまだ、どこまでも愚直でいられる――そう思えた。

「――ふーむ。
 とんと、本に触れてこなかったからなぁ。
 オレにはないが良いかわからんが――そんなオレが触れるなら、児童文学というのは丁度いいのかもしれんな」

 まずは物語を楽しむための情緒を養わねばなるまい。
 そして文字や表現にもなれる必要があるだろう。
 何事も、経験を積んでいかなければ、本当の楽しさには辿り着けないものだ。

「なあ、君のオススメで、何冊か選んでくれないか?
 君がオレの好きなものに触れてくれたように、オレも君が好きなものに触れてみたい。
 君と『好き』という気持ちを分かち合いたいな、と思うんだ」

 そう、首を傾げて少し窺うように彼女の表情を覗きながら。
 

シャンティ > 「そ、ぅ? それ、なら……よかった、わ。ああ――それ、と。愚か、と……便宜、上……いった、けれど。私、は……それ、を……強さ、だと。そう、思って、いる、わ。だって、それ、は……」

いいかけたところで、口を閉ざす。
しばし流れる、間

「……いえ、それ、より、も……本、だった、わ、ね。おすすめ、ね。そう、ねぇ……日本、の……作家、で……その、路線、な、ら……」

迷うことなく足を進めていく。構造を覚えているのか、はたまた超常の目から齎される情報故か。いずれにしても何かを確認することもなく、動いていく。

「この辺、ね。」

一つの棚の前に立つ。


「……これ、と……これ。あと……これ、なら……後ろ、の……これ、を……合わせ、て……読み、たい、わ、ね」

探すこともなく、てきぱきと本を選び取っていく


「ね、え……久遠。本当、な、ら……本、は……古本、では、な、く。普通、の……本屋、で……買う、もの、だ、わ。けれ、ど……なぜ、こう、いう……お店、がある、の、か。ええ、単な、る……ディスカウント、ショッ、プ?貴方、は……どう、思って、る?」

そんなことを聞いた

「それ、は……私、が……この、界隈、を……愛す、る……理由、でも、ある、わ? もし、わから、な、けれ、ば……ふふ」

みなまで言わず、くすり、と笑った