2022/02/12 のログ
杉本久遠 >  
(――強さ、か)

 口を閉ざした彼女が、なにを言いかけたのかはわからないが。
 彼女がその愚かさを強さだと読んでくれる事が、とても嬉しく感じられた。

「ん、すごいな、案内が無くてもわかるのか」

 素直に感心してしまう。
 自分だったら迷いそうな本の海を、気ままに泳ぐ姿は、あまりにも自然な姿に映る。
 とても、絵になる姿だった。

「お、おお――」

 淀みなく本を選んでいく姿が、どこか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。

「はは、君が図書室の司書をしていたら、本を読む学生が増えそうだな」

 きっととても良い司書になるだろうと思う。
 自分のために本を選んでくれている姿を見て、そう感じたのだった。

 しかし、再びの問いには首を傾げざるをえなかった。
 たしかに、ただ本が欲しいのなら、ショッピングセンターの大きな書店にでも行けばいいはず。
 だとすれば、こうして古書店があり、それらが愛されている理由はなんだろうか。

「うーむ、難しい事をきくなあ。
 たしかにディスカウントショップとして、読みたい本を中古でもいいから安く集めたい、という人もいるんだろうが。
 こうして足を運んでみると、うん」

 ゆっくり息を吸う。
 鼻腔を抜けていくのは、様々な紙の匂い。
 少し古びた紙や、皮脂が染みた紙、日に焼けた紙――

「なんだか、歴史を感じさせるな」

 そう、似ているのは博物館の雰囲気だろうか。
 一冊、無造作に手に取ってみて、ページを捲ってみる。
 それにはクセが付いていて、開きやすいページがあった。

「この本は、紙は綺麗だが、このページがなぜかとても開きやすくクセが付いてる。
 きっとかつてこの本の持ち主は、この本が好きで、何度もこのページを読み返したんだろうな。
 そしてそれが今も綺麗なままここにあるという事は、これを後に手にした人たちにも、大事に読まれて来たんだろう。
 一体どれだけの人の手に渡ったのかはわからんが」

 また捲ってみれば、今度は別のページにも癖がついている。
 また別のページにも、また他にも。

「まるで、本一冊一冊、ページの一つ一つに、手にして来た人の想いが残っているようだ。
 うん、ああ、そうだな。
 これは人の歴史、みたいなものか。
 この沢山の古書には、いずれにも、歴史があるんだな」

 それはきっと、新品の本にはない――どころか、唯一無二同じ物のない魅力なのかもしれない。
 そう思うと、古びた本たちが、途端に彩豊な宝石のように思えてくる。
 ここに並ぶ古書たちは、読んできた人々の様々な感情を宿して、こうしてまた新たな読み手を迎えようとしてくれているのだろう。
 

シャンティ > 「あら……これ、でも……図書、委員、よぉ……?『元』、が、つく……けれ、ど……ね?」

元、になってしまったきっかけは。今の自分を作り上げてしまった一件から。
それさえなければ、今もまだ続けていただろうか。

そんなIFを考えることに意味はない、と女は思う。
かつての自分と、今の自分。
明らかに異質なものになってしまったことは確かだが、そこにはなんの感慨もない。

そんなことを考えて――

「あ、は」

続く青年の言葉に、思わずいつもと別種の笑いが溢れる。


「ふふ、あは、あはは……も、う……本当、久遠、は……面白、い、わ、ねぇ……不正、解、で……正解、する、なん、て……あは。どん、な……裏技、なの、かし、らぁ……」


くすくすくすくすと、楽しそうに笑う

「そ、う……『歴史』。ここ、には、ね。失わ、れ……かけ、た……本、す、ら……忘れ、られ、かけ、た……本、すら……眠って、いる……可能性、まで、ある、の。そん、な……出会い、の……場。ただの、ディスカウント、なん、て……認め、ない……」

謳うように、演じるように。少々大仰な身振りを示す


「け、ど……そう、ね。ふふ。想い、が、残る、と、言うの、は……あ、は。いい、わ。とて、も……いい。好き、だ、わぁ……そう、いう、の……ふふ。だか、ら……正解。」

身振りを止め。青年に向けて手を伸ばし――

「ハズレ、たら……縁、が、なか、った、わ、ね……て、いおう、かと……思った、の、に……ふふ。よか、った、わ、ねぇ……?」

一瞬、指で形どったハサミで何かを斬る、そんなジェスチャーを示して……笑った

杉本久遠 >  
「え、そうだったのか。
 うーむ、まだまだ知らない事ばかりだなぁ」

 などと唸ってみながらも、彼女の新しい事が知れた嬉しさが大きい。
 どうして辞めてしまったんだろうと聞きたい気持ちもあったが、これだけ本が好きな人が辞めるのだから、相応の理由があったのだろうと呑み込んだ。

 ――しかし、彼女が笑いだすと、呆気にとられてしまった。

 またトンチキな返答でもしてしまったのかと思えば、一先ず正解だったらしい事はわかったのだが。

「えっ、そんなに重大な質問だったのか!?
 よ、よかった――変な汗出て来たぞ」

 もし今の問答で『さようなら』と言われていたら、凹むどころの話じゃなかった。
 まるで世間話のように試してくるのだから――こういう所は意地悪に想う。
 とはいえ、この男は、そんな意地悪な所にも惹かれてしまってるのだから手に負えないのだ。

「でもそうか――君にとってここは、大切な出会いの場なんだな。
 むう。
 君にそれだけ熱望されていると思うと、ここの本たちが羨ましく思えて来たな」

 と、手に持っていた本を眺めて、少し複雑そうな表情で棚に戻す。
 戻して、彼女の活き活きとした様子に、やはり嬉しさがこみあげてきた。
 

シャンティ > 「ふふ。女、には……秘密が、ある、もの……よ。なぁ、ん、て……使い、古、され、た……言葉、ね? ただ……お互い、そん、な……知っ、て、いるこ、と……多く、ない、で、しょう? それ、とも……なぁ、に? 丸、裸、に、でも……す、る?」

面白がるように、くすくすと笑う。。実際、面白がっていた。

「あ、ら……冗談、よぉ……じょ、う、だ、ん……ふふ……多分、ね?」

今度は……意味深な笑みを浮かべる。


「『知識』、を……求め、る……人、には……叡智、の、集う……『娯楽』、を、求、める、人、には……かつて、の……名作、を、忍……そん、な、場……よぉ? ふふ……あ、ら……不満……?」


複雑な表情の青年にくすくすと笑いかける


「私、は……人、を……読む、の、も……好き、よ。人生、は……一つ、の……壮大、な……物語、だ、もの……ね。ふふ。『貴方の人生の物語』、は……どう、かし、ら……ね、え?悲劇? 喜劇? 群像劇? SF? ファンタジー? それ、とも……なに、か、しら、ねぇ」

くすくすくすくす、と。笑った。


「さ、て……本、選び、は……こんな、とこ、ろ……か、しら……ど、う、久遠? 楽し、めて、る?」

杉本久遠 >  
「丸裸――んっん゛っ!」

 遊ばれてるのはわかっていても、反応してしまう。
 男の子だもの、好きな女性に思わせぶりな事を言われて、無心ではいられないのだ。

「君の冗談は、冗談に聞こえないから時々怖いぞ」

 袖で額に浮かんだ冷や汗を拭う。
 まあまあ、とにかく幻滅される事はなかったようでほっとするのだった。

「不満ではないが、うん、やっぱり羨ましいな。
 やっぱり、オレは君が好きだからな」

 嫉妬、というほどのものでもない。
 『いいなぁ』と言う、ささやかに羨む程度の気持ちではあったが。

「オレの物語かぁ。
 どうなるんだろうな」

 悲劇になるか、喜劇になるか――望めるなら、関わった人たちが笑顔になれる物語であってほしいと思うが。
 それは久遠のこれから次第なのだろう。

「自分じゃ読めないからな。
 どうせなら、君に隣で読んでいてもらえたら幸せなんだが」

 と、またさらりとプロポーズめいた言葉を無自覚に溢す。
 今みたいに笑いながら、『杉本久遠の物語』を読んでもらえるなら、それはとても幸せな事に思えるのだ。

「ん、そうだそうだ。
 もちろん、楽しめてるが――結局どんな本を選んでくれたんだ?」

 本を選んでいる間は、手際が良すぎてわからなかったのだ。
 彼女が手に取ってくれた本をのぞき込む。
 

シャンティ > 「あら、あら……どう、した、のぉ……?」

むせる青年に笑いかける。
青年の心情をわかっているのか、いないのか。

「そう、ねぇ……だって……そこ、に……刺激、が、ない、と……私、は……私、で……いられ、なく、なって、しまう、もの」

思わせぶりな言動。人を惑わすような行動。怪しげな闇の活動。
すべて、かつては成し得なかったこと。

「ふふ。聞いた、わ、それ。前、も……」

好き、という告白めいた言葉。それをさらりと流す

「そう、ね……自分、の……物語、は……自分、では、読め、ない……それ、は……私、も。でも……そう。他人、の、なら……読め、る。貴方、のも……誰、の、も……私、なら……」

ゆっくりと。手を伸ばしかけて


「……まあ、それは……おい、おい……」

伸ばした手を引っ込める。

「……ああ。古典、の……物語。『御伽草子』、の……有名作家アレンジ、と。中国の、古典……『杜子春』。その、アレンジ、と……原点。あと、は……日本、の……寒い、地域に、生きて、そこ、を……モチーフ、にした、作品、を……中心に、描いた、作家の、作品、ね」

選出した本に、一つ一つ、解説を加えていく

杉本久遠 >  
「君にとってその『刺激』が必要なのはわかったんだが、なんだかそのうち、オレの心臓が持たなくなりそうでヒヤヒヤするぞ」

 まあそれでも、彼女がそれで楽しそうにしてくれるのなら、なにも構う事はないのだけれども。

 伸ばされた手が引っ込んでしまって、少し残念に思わなかったと言えば嘘になる。
 しかし、彼女の言うようにこの先は、また『おいおい』であるべきなんだろう。
 まだ久遠は、彼女を知ることを始めたばかりなのだから。

「『御伽草子』は聞いたことがあるな。
 『とししゅん』? は知らないな。
 これも――うん、オレにも読めそうだ」

 彼女の手で選ばれた本を受け取りながら、ぱらりとページを捲ってみたら、久遠でも読めそうなわかりやすい文体だ。
 それに。

「――なんだか、温かさを感じるな。
 まるで、人の体温が残ってるみたいだ」

 一冊一冊に、違った個性がある。
 表紙が汚れていたり、ページがよれていたり。
 そこに、これまで本を手に取ってきた人の息遣いを感じられるようで、面白いと思うのだった。
 

シャンティ > 「ふふ。気に、入って、もら、えれば……選、んだ、意味、も……でて、くる、わ、ねぇ。でも、無理、だった、ら……いい、から、ね」

本を大事そうに捲る青年に微笑んで……

「ふふ。面白、い、こと……いう、わ、ねぇ……本は、本。温もり、なん、て……残る、わけ、は……ない、の、に」


くすくすと笑う


「ああ――でも、ええ。そう、いう……感性、は……悪く、ない、わ、ねぇ……」

そこで、ふと気づいたように


「とこ、ろで……久遠。貴方、は? 貴方、は……どんな、本……読んで、いる、の? ふふ。だって――ここ、は、一階。まだ……序盤、だ、し……ね? それ、に……私、だけ……剥かれ、るのは……不公平、だ、わ?」


くすくすと笑いかけた

杉本久遠 >  
「え、オレが読んでるものか?
 となると、うん、漫画か専門書だな。
 漫画も最近のは読んでないから少し古くなるが――ああ、そう考えるとこの場所はベストかもしれないな」

 漫画を暇つぶしに読んでいたのは、まだ久遠がスポーツに目覚める前の頃の話だ。
 何年も前の漫画となると、書店に新品が置いてあるとも限らない。
 そしてそのころ読んでいた漫画というのも――思い出すと少し、いやかなり恥ずかしい気がしてくるものだ。

「うん、いや、たしかにオレが教えないのも不公平だよな。
 漫画が置いてあるのは何階だっけか――ああ、その前にこの本を買ってこないとか」

 と、本を抱えたままあたふたと。
 案内板を探して視線を彷徨わせるのだ。
 

シャンティ > 「コミック、に……専門書、ね。ふふ。いい、わ……わかり、やす、い。」

いかにも、という感じがある。
とはいえ、どうだろうと別に引く理由もない。
それが仮に、おおっぴらに言えないような内容だとしても。

「ふふ……おち、つい、て?会計、は……あっち。コミック、は、四階。そっち、の……階段、か、エレベーター、から。」

あたふたとする青年の腕を捕まえ、指差し示す。
あたふたとする青年を確保するためか、腕をややしっかりと捕まえている

杉本久遠 >  
「う、おお、あっちか」

 腕を捕まえられると、ぴたっと停止するが。
 今度はちょっと違う理由で慌てそうになる。
 なにせ、腕をしっかり捕まえられれば、当然、彼女のしなやかな感触も伝わってしまうのだ。

「よ、よし。
 それじゃあ会計したら四階に行こう!
 とは言え、オレもあまり沢山読んでたわけじゃないから――新鮮味があると良いんだが」

 そんな話をしながら、彼女の案内で会計を済ませれば四階へと向かうだろう。
 そこで久遠が紹介する漫画は、今の久遠からすると少々意外なものかもしれない。
 

シャンティ > 「ほら……落ち、ついて……本、は……逃げ、ない、わぁ……?」

ぎゅ、と。だが、平均的男性からすればそれほど強いとはいえない力で腕を捕まえながらそう笑う


「ふふ。コミック、は……専門、外……よぉ。ライト、ノベル、という、のは……最近、すこ、ぉし、だけ……読ん、で、みた、けれ、どぉ……」


聞いてみれば本当に専門外のようで。おそらく幼年期に触れる可能性があったであろうコミックのこともろくに知らなかった。
話をすれば、どれもこれも興味深く聞き……待た、逆に詳しく聞こうとしたことだろう。

ご案内:「古書店街「瀛洲」」から杉本久遠さんが去りました。
ご案内:「古書店街「瀛洲」」からシャンティさんが去りました。