2020/06/15 のログ
矢那瀬陽介 > 「ふむ」

視線を反らしても黒瞳はその一挙一動を見守る。
相手の心を読む異能など、ない。
瞳が微かに眇められて『何か』を察したように唇が動く。
動いて綴る言葉は静かな宵の大気に溶けるように静かなもの。

「重いとは俺は感じてない。でも君から悲しそうな感じがする。俺も沢山傷ついてきたから分かるのかな。
 そしてね?俺も実は友達いないんだ。昨日転校してきたばかりでさ。
 だから―― 」

酷くゆっくりと伸ばす掌、彼女が視線を向けるまでそのまま。
此方を見遣るならにっ、と白い歯列を覗かせる嬉々とした面、打って変わって明朗な声で語る。

「だからさ。俺と友達になろうよ。何か力になれるとは思わないけれど。
 一人でいるよりは楽になるんじゃないかな?」

改善策はない。ゆえに彼女を忘れ去るのだろう。共に同じ記憶を紡ぐことは無いのだろうけれど。
この仮初の一時の中でならば、刹那の淡い友情なれど、想いを分かち合うのもありだろう――
そんなことも知る由もない青年は彼女の反応を柔らかく笑いかけて見守る。

北条 御影 > 「―それは」

彼の言葉に、意図的に反らしていた視線がようやく交差する。
明るく、懐っこい笑顔。包み込むような優しい声。

「それは、願ってもないことですよ。
 一人よりは二人、二人よりは三人。友達は…多い方がいいですもんね」

先ほどまで横顔に指していた影の重たさは何処へやら。
電灯と月明りに照らされて、年相応の少女の笑顔で、伸ばされた手を握り返した。

「―はじめまして。私は御影。北条御影です。
 あなたの名前も教えてくれますよね?」

ぎゅ、と願いを込めて相手の手を握る力を少し強くして。
返ってくる言葉を待つ。
この「はじめまして」は他と違うものになってくれますようにと。
最早何度繰り返したか分からない願いが届くかどうかは、
次に会う時まで分からない。
だから、期待はしないようにと、自分に言い聞かせている。
それでも―

矢那瀬陽介 > 「それは、言いたくなければ良いさ。
 人の心に土足で踏み込むのは好きじゃないからね」

伸ばした掌が少女の繊細な指と重なる。節榑立つ皮の厚い掌はその外見に反して優しく手を握りしめ。

「その通りさ。俺も沢山友達を作るつもりだよ。特に女の子は多めにさ。
 俺の名前はヤナセヨウスケ。よろしくね御影ちゃん。
 お、結構力強いね」

握り返してくる細い指達にぶんぶんとシェイクハンドし、あはっ、と明朗な声をあげた。
そしてゆっくりと手を離すが。

「……」

無言の彼女。何を思うか分からねど。少年の笑顔が真顔になる。
ただそれも続く悪戯っぽい笑みにすぐすり替わり。

「何かネガティブなこと考えてるね。
 よくないよ。えいっ!」

握手した右手が素早く動く。避けないならば彼女の胸を触り、握手よりも柔らかな手付きで乳房を五指で揉もうとする。

北条 御影 > 「ふふ、それじゃ私は―あなたがこれから泣かせる沢山の女子の、最初の一人になるわけですか」

「女の子を多めに」の部分に色々と察するものがあった。
楽し気に、悪戯っぽく笑って返したが、やはり胸に去来する暗い想いはすぐには消えてはくれないもので。
目の前の少年が、此方を気遣って明るく振る舞え振る舞うほど―
楽しい時間であればあるほど、「この後」を考えて一人勝手に沈み込んでしまうのだ。

普段であればそんなことはおくびにも出さないのだが。
夜風のせいか、今日はガードが甘くなってしまったようだった。

それは、心だけでなく―


「―っ!?」

躱しきれなかった。
咄嗟に左手で陽介の手をはたき落としたものの、
彼の指先は確かに柔らかな「何か」に触れたことだろう。

「ん、なっ、何をっ!!
 何を、いきなりっっ!!」

此処まで狼狽するのは何時ぶりだろうか?
思わず立ち上がり、後ずさり、己のささやかな胸を隠すように両手で抱いて。
冷え切っていた。諦観に包まれていたと思い込んでいた思考回路に、
久しく味わっていなかった「熱」が満ちていくのが分かる。

「さ、さいっ、サイッテーですよ!!」

ひどくらしくない声色で、ただそれだけ言うのが精いっぱいだった

矢那瀬陽介 > 「泣かせる?それって女泣かせってこと?
 それはないんじゃないかな?
 多分泣くのは俺。こんな風に悪戯して。叩かれてさ」

叩かれた手をひらひらとこれみよがしに振る。
しかし満足気に胸の軟みに埋めた指先を撫でて。

「初めておっぱい触っちゃった。
 ご馳走様、御影ちゃん」

手を合唱させてはんなりと笑う。
罵られ立ち上がられてもその笑みは変わらず。

「よっと」

ぽ、 ん。  脚の反動の利を借りてしなやかに腰を持ち上げれば真っ赤に染まった顔に近づいて。

「怒った顔も可愛いよ。心が泣いてるよりずっといい。
 御影ちゃん、ちょっとは元気が出たかな?」

セクハラで訴えられることも意識の外。そんな楽観的な詞が零れ、晴れ晴れしく笑った息を吐き出した。

北条 御影 > 何て言いぐさだろうか。
乙女の胸に手を伸ばしておいて、あまつさえ触れておきながら、
泣くのは自分だなんて。それはもう自業自得というものであって、それを可哀そうだなんて―

「―っ、そういうの、ズルくないです…?」

喉元まで出かかった抗議の言葉は、陽介の言葉に飲み込まれてどこかへ行ってしまった。

「…ごほん。まぁ、確かに?暗い気持ちはどこかへ行ったの事実です」

自分の気持ちと赤くなった顔を誤魔化すためにわざとらしい咳払いを一つ。

常識的に考えれば、ただのセクハラ野郎だし、そんなことで誤魔化される程、自分の胸は安くはない。
だから。

「だからって、セクハラは犯罪ですから!
 次に会ったら…ぜーったい、私の胸触った分、奢ってもらいますからね?」

約束をする。
たくさん、初めましてを言ってきた。
「また会えたね」を言えた人は、数える程。
こんなことをする相手に、「はじめまして」なんてもう言いたくはない。
「はじめまして」を言うたびに胸を触られたのでは割に会わないから。

だから、約束をする。
次に会う時、この約束が記憶を引き戻す楔になればとの願いを込めて。

「約束、しましたからね。忘れないでくださいよ!」

念押しし、赤い顔のまま逃げるようにその場を去っていく。
この約束が効果を発揮するとは思ってはいないけれど。

そうであれ、と願うことぐらいは許されるだろう。
胸を触られたくはないと、そういう理由であれば、願うこともきっと不自然ではないのだから。

ご案内:「常世公園」から北条 御影さんが去りました。
矢那瀬陽介 > 「俺はズルい友達。そういう風に覚えておいてよ」

思ったより怒り心頭な少女に汗粒が額から垂れる。
先ほどまでの穏やかさは何処に言ったのか激しさすら感じる語気にわざとらしく目を多い。

「えーん、御影ちゃんがこわいよー。なかされるー」

泣かされるのは己、だと白々しい演技と棒読みで訴えてから。
ちらりと見て。

「え?奢れって?それっておごったらセクハラじゃなくて売買成立ってこと。
 やった。言質取ったからねぇ」

目元を離した少年は涙一つ流しておらず笑ってる。
歪んだ解釈をわざとした少年は揶揄った相手の反応を伺うまでもなく。
すぐに剣幕迫る約束の念押しをみて、迫力に気圧される。

「う、うん!奢った分だけおっぱい触っていい……じゃなくて!
 触った分だけ奢るってことだね。

 ……あ、暗いから帰りは気をつけなよ」

別れを告げるまもなく背を翻す姿に手を振って……そしてもう一度ベンチに腰を下ろした。

「ゃ、スキンシップのつもりだけれど、時と場合と相手を選ぶべきだった。
 反省」

矢那瀬陽介 > 「……… うん、 ちょっと反省ー……」

人の気配、完全に深夜の公園の何処にも感じられなくなって、から。 ……がくー。頭を下げて反省姿勢。うっかりと、調子にノリすぎたことに自己嫌悪さえ感じてしまった。 
反省するかは別だが。それとは別にポケットから取り出したスマホの電源を入れ。

「俺もね、あんまり時間がないから、出会いは大切にしたいんだ」

帰る間も惜しみて、光る液晶板に指を這わせてゆく。忙しく、それでいて強く。
液晶画面に映し出されたどの言語ともつかぬ文字。黒瞳は丹念に上下に流れ。
頷きと共に立ち上がった。その後は冷えた躰を温め直すように軽く走りながら男子寮へとその姿は消えていった。

ご案内:「常世公園」から矢那瀬陽介さんが去りました。
ご案内:「常世公園」に杜槻 菖蒲さんが現れました。
杜槻 菖蒲 > 朝早い時間、異邦人街から学園に向かうまでの道のりにある公園。

のんびりと散歩を兼ねて歩いていた女は、片隅に存在する低木を目に留めると。そちらの方に歩いていく。


「紫陽花…雨の日が増えてきたと思ったら、もう6月なんですねー」


咲き誇る紫や青に小さく微笑みかける。どの植物も愛しているが、季節の花となればまた感慨もひとしおだった。

杜槻 菖蒲 > 「今年は、気温や天気が例年よりも不安定だったので、咲かない子が多いかなと思っていたんですけれどー」


思ったよりは、予定通りに花開いたようで何よりだ。
それでも、やはり蕾のままでいる房もあるようで。彼女はきょろりと辺りに視線を向けてから、紫陽花の蕾に向き直ると "しい"と口の前に人差し指を立て、内緒話のようにささやきかける。


「これは、ほんのお節介…でも、許してもらえますよねー?」


手をかざすと、温かな光が低木の蕾を包み込む。
ほどけるように、蕾が緩んでいき そのまま待っていれば、
ふわりと小さな花が開く。

紫、桃、青の花が低木を満開にするだろう。

憂鬱になりやすい季節の、一つのアクセントとなるように。そんな願いを込めて咲かせた、満開の紫陽花から手を離す。


「…もう少し時間がありますしー。寄り道しながら向かいましょうかー」


また来ますね、と手を振って。
彼女は軽い足取りで、公園を後にするだろう。

ご案内:「常世公園」から杜槻 菖蒲さんが去りました。
ご案内:「常世公園」にルリエルさんが現れました。
ルリエル > 雨のそぼ降る、昼下がりの常世公園。
土砂降りというほどではないが、傘をささずに出歩けば1分と保たずに衣服はびしょ濡れとなるだろう。
そんな雨の具合は朝から続いており、予報では夜半まで止まないとのこと。
当然、道行く人々は皆その手に色とりどりの傘を握り、それでも飛沫で服や靴が濡れるのを嫌って足取りは早い。
そしてこれまた当然ながら、晴れの日よりも往来は少ない。

そんな閑散とした公園の広場、その只中にひとりの女性が立ち尽くしていた。傘もささず、雨に打たれるがままに。

「…………ん~、これが『つゆ』の『あめ』ですかぁ………フフッ、春先のよりずっと暖かいのですね……」

そう独りごちる声はまるで歌っているかのように抑揚強く。
すでに衣服はずっしりと水を吸って体に重く張り付いているが、不快感などまるで感じていないよう。

その髪は、まるで金属の糸のごとく艷やかな銀。
その瞳は、まるで削り出した宝石のごとく透き通った黄緑色。
その肌は、まるで上質なシルクのごとく白色。
いわゆる外国人……白人女性の特徴を多く有しているが、調和の取れた肢体の造りは古代の彫刻をも想起させるかもしれない。

「《お空》では、雨なんて一度も降りませんでしたから……。
 ええ、雲のカーペットの下ではずーっとこのように水が降り注いでいたことは知っていましたけれど。
 ……フフッ、天から滴るお水……なんと心地よいのでしょう?」

《常世島》に来て3ヶ月ほどのルリエル。
雨を体験するのも今日が初めてというわけではないけれど……しかし未だに雨という天候が新鮮に感じる様子。

ご案内:「常世公園」に九十八 幽さんが現れました。
九十八 幽 > ぱらぱらと、朝から降り続く雨が心地良い
小さな鼻歌を刻みながら歩いて、公園へとやって来る影一つ
先客と同様に傘も差さず、髪も服も濡れるが儘に任せて歩を進める

「やや、こんな天気に酔狂な人も居たものだね」

公園に備えられた彫像かと思わせるような姿に目を細め
濡れて額に貼り付く髪を一度手で払ってから
雨音の中を静かにそちらへと歩み寄っていく

「こんにちは あなたも雨が好きかい?」

ルリエル > 「あら、こんにちわ~」

鈍色の雲立ち込める薄暗い空をじっと見上げ続けていたルリエル。
近づいてくる気配は察せず、声を掛けられてはじめて接近者に気がついた模様。
しかし突然声を掛けられてもとくにびっくりしたような様子はなく、くるりと振り返って微笑みを向ける。

「……んー、雨が好きかと言われればぁ…………どうでしょう?
 よく考えてみると………あまり好きではないかもしれませんね。お風呂でシャワー浴びるほうが好きです。
 服がビチョビチョになりませんしねー……ふふふっ」

にっこりと細めた両目。奥に宝石めいて輝く鮮緑の瞳を隠すように、そのまつげは長く、水滴を小さく纏っている。
露出した肌は総じて白いが、頬は桜色に染まり、唇は薔薇のように紅い。
これほどしとどに雨を受けてもまったく崩れた様子がないのは、化粧をしていない証拠ととれる。
雨は好きじゃない、ととぼけた口調で返答する女性は、それでも柔和な笑みを崩さない。

「アナタは雨、好きなのですか?
 私は……うん、ちょっとだけ珍しかったのでこうしてるだけなのです。変……でしたでしょうか?」

やってきた少年……少女? どちらともつかぬ不思議な雰囲気を纏った青年のほうへと向き直ると、
伏せ気味のうっとりとした瞳のままで見つめる。

九十八 幽 > 「そうか、あまり好きじゃないんだね
 それは残念 あまりにも楽しそうに浴びていたものだから」

あまり残念そうでない声音で、微かな笑みを口元に残して
静かに足を止めると、こちらへ向いた先客へと小さく首を振る
止みそうにも無い雨は、二人を濡らし続けるけれどそれを厭う素振すら見せず
こちらへと向けられた笑みが眩しいかのように、一度静かに目を閉じて

「いいや ちっとも変ではないと思う
 服がぬれる、風邪を引く、外で遊べない──
 好きにならない理由はたくさんあるからね 雨は
 それでもたまに、稀に、浴びてみたくなることだってあるものだから
 だから、ちっとも変ではないと思う」

目を閉じて、胸に手を当てて、どこかぼんやりとした語調で
男とも女とも取れる、影法師のような青年は再び目を開ける
微かに首を傾けて、目元を綻ばせながら続けて曰く

「雨は好き
 でも熱いシャワーを浴びるのも好きさ
 だから、この時期は、雨を浴びてからシャワーを浴びる事にしてる」

気持ちが良いからね、と結ぶように付け加えてそのまま口を閉じた

ルリエル > 「フフッ、そうですね……。服が濡れるのを気持ちいいと感じる人はあまりいないと思います。
 ヒトがケモノであれば、裸でも気にせず外を飛び回り、皆と遊べるのでしょうけれど。
 でも……ケモノでなくなって久しいですからね。その過程で得た不自由であれば、甘受すべきなのでしょう。
 ……ヒトの中に降りてきた私も。フフッ……」

妙齢の女性らしい、おっとりとしつつもその芯に力強い抑揚を秘めた声で紡ぐ。
そして先ほどの九十八を真似て、そっとサイドの髪をかきあげてみる。銀糸の髪を伝って何十もの雫が散った。

「でもまぁ、変に見られなければ別に私は気にしません。
 通りすがりの人に変と思われるくらいならいいですが、面と向かって変と言われればさすがにヘコみますから。
 私、その……この島の人が言うところの『異邦人』ですので。ここの常識にはまだまだ疎いです。
 ……フフッ、でも熱いシャワーはいいですよねっ♪ ぐっすり眠れるようになりますから」

――ホントは自分ももともと『地球』の存在だったのだけれど。数十世紀も隔絶されてしまえば異邦に等しい。
そして、そう語りかける相手ははたして『地球の人』なのか、『異邦人』なのか。興味深い。

「私、保健課……ってところで先生……?をやってます、ルリエルと申します。
 アナタは……生徒さん? 教師? それとも……それ以外?」

自己紹介しつつもその口調にぎこちなさがあるのは、未だ自分の立場というものが慣れないせいか。

九十八 幽 > 「どうして服が濡れるのは不快なんだろうね
 ケモノではなくなった事の証明なのかもしれない
 それでも たまには、時には、ケモノであったことを思い出すのも悪くないのかもだ」

しとどに濡れた、自分の服を見下ろして
小さな溜息を、薄く開いた唇から落として
ルリエルと名乗った女生徒対照的な、抑揚のない、どこか夢現のような声で

「イ ホ ウ ジ ン───

 ──よく知らないけれど、あなたは異邦人なんだね
 そしてセンセイでもある ルリエル 綺麗な響き」

異邦人、という言葉を初めて聞いたかのように、クマの濃い目を一度だけ見開いて
しかし、すぐに、穏やかな笑みを浮かべると思ったままに言葉を唇に載せ

「九十八 幽 きゅうじゅうはちって書いて、にたらず
 かすかは幽霊の幽 生徒──という事になると思う
 まだ学校には行っていないんだ ケイカカンサツ、というものをされていて」

自分の事で分かるのはそれくらい そう最後に呟いて
答えになっているだろうかと、再び首を斜めに傾ける

皐月の終わりに『救助』された幽は──いわゆる記憶喪失である

ルリエル > 「はい、ここは地球の常世島で、私は異邦人です。
 私は――ええ、地球とは違う、でもかなりよく似た……いいえ、でも空の上ですから、島とは全然違いますね。
 ――そういうところから、ここに『流れ着いた』外客ですゆえ」

抑揚を保ちつつも淡々と、どこか自分に対して言い含めるかのように語る。
数千年ぶりに帰還した、と言うのが正しいはずの『地球』。
だけどそんな昔の記憶なんて自分も、仲間の天使も持ち合わせてなどおらず……。

「フフッ、私の名前、いい響きですか? であればもっと口に出して良いのですよ。
 ……アナタの名前は、ニタラズ・カスカ……。ふむ、ふむ。きゅうじゅうはち、ゆうれい………。
 ………来た時からずっと思っていましたけど、この島の言語は随分と複雑ですのね?
 グリフめいた図形を描いて、しかも読み方が複数あるなど……。
 コトバを覚えるのに自信があると思ってたのですが、これだけは未だに慣れません……」

女人像のごときアルカイックスマイルを保っていたルリエルの顔が、つかの間だが苦々しく歪む。
視線がちょっとだけ斜め下に滑って……だがすぐ幽のほうを向き直り、元通りの笑みを作り直す。

「ニタラズ。カスカ。……カスカのほうが呼びやすいですから、そう呼んでよろしいですか?
 ケイカカンサツというのもよくわかりませんが……ええ。この島の若者はすべからく生徒か先生になると伺っています。
 カスカがどちらになるにせよ……フフッ。
 自然を愛し、多様性を認めるその心持ちがあればきっと、この島の良い『仲間』になれると思います。
 よろしくお願いしますね、カスカ」

にっこり。両のほほに深々とえくぼを作り、首を軽く傾げながら会釈をして青年を受け入れる。
そして、幽の目の前でそっと両腕を広げる。シャツが豊満な胸に張り付き、あまりにも女性的な膨らみを見せつける。
ハグをしたがっている、とわかるだろうか?
実のところルリエルもこの島で一般的な『はじめましてのあいさつ』のやり方がまだよく飲み込めていない。

九十八 幽 > 「チキュウ、ソラノウエ、イホウジン──
 ルリエルは ……空の上から来たんだね
 そうか、そうか それは遠いところから遥々お疲れ様」

よく分からない よく分からないがよく分からないなりに
ルリエルの境遇を理解しようと試みて、少しおかしなところに着地した
そして少しおかしなところに居る事を、幽本人はちっとも気にしてはいない

「ルリエル、ルリエル 幾らでも呼べそうだね
 素敵な名前、素敵な髪、素敵な人だね あなたは
 ああ、そうか。言葉は通じても、文字は通じないんだね──
 複雑かな そうかも。それでも、困るような事はないよ。
 言の葉だけでも、気持は伝えられる きっとね」

思うままにぽつぽつと、降り注ぐ雨の様に真っ直ぐに心を言の葉へと換えていく
表情は穏やかな笑みを崩さず、言葉も柔らかさを失わせず
両の腕を広げるルリエルを見て、少しだけ躊躇うように目を閉じて、開けて
一歩、一歩と確かめるように近づいて、濡れている事も厭わずにその体を抱き締めるだろう

「ルリエルがカスカと呼んでくれるとなんだか暖かいな、と思った
 でも、こうしてみるとルリエルが暖かいからだって
 フフ、これでもう『仲間』なのかな? よろしく、ルリエル」

ぎゅぅ、と壊さない様に、それでいてなるべく強く
ルリエルを抱き締める体は男の様な角張りはなく、
それでも女の様な柔らかさも無い不思議な体だった

ルリエル > 「ええ、ええ。遠い遠いところ。空の上からこんにちわ、カスカ。
 カスカがどこから来たのかは分からないけれど……そんなこと、関係なくなる世界を目指して。
 この島はそういうところらしいから……ぜひ、良い『仲間』になってね?」

びしょ濡れの妙齢女性と、びしょ濡れの性別不詳の青年。そっと身を寄せ合い、挨拶のハグ。
幽が触れるルリエルの肉体はどこもかしこも柔らかく、筋肉の存在なんて微塵も感じさせない。
過激なまでに女性的なフォルムを有していることが、濡れそぼった布地越しでもわかるだろう。
それでいて芯にはしっかり骨が通っており、か弱いだけの女性でないことも感じさせるはずだ。

そして背にまで手を回すなら……肩甲骨の下あたりに、ふわり、とした異物感が感じられるだろう。
ブラジャーのホックにしては存在感がある。まるで一対の薄い翼でも背負っているかのような……。

他方でルリエルも儀礼めいたハグを交わしつつ最低限の接触で相手の体格を吟味する。
……ここまで触れ合ってもまだ、この青年の性別がわからない。どちらでもあるし、どちらでもないような。
これまた不思議な体験である。性徴を強く持たないというのはむしろ、遥か昔の私達のような有り様みたいで――。

「……ありがとう、カスカ。でもやっぱり、濡れた布地越しだと触れ合っても変な熱の伝わり方をしますね。
 また今度、乾いた服のときにハグしあいましょう。ね?」

抱き合って、二、三度背を軽く叩いてから、ルリエルはそっと身を離す。

「そうですね、この島――正確には、過去にこの島が属していた国家――のコトバは、私が知る限りで一番複雑です。
 でもだからこそ……ニュアンスを深く知るごとに、伝わり方の色も変わるのだと思います。
 伝えるだけでなく、いろんな伝わり方を楽しむ……そういう機微って私、好きですよ。
 ……正直、まだほとんど学べてませんけれど。他にも学ぶことが一杯で。
 だから、一応先生にはなってますけど、私もここで勉強しなくちゃいけませんね。
 ――カスカ、一緒にお勉強、しましょうね♪ よろしく、カスカ……フフッ」

雨でずぶ濡れになった服でハグしあったものだから、ルリエルの服はより一層肌に張り付いてしまっている。
そんな痴態ともいえる己の様をほとんど顧みることなく、ルリエルは柔和な笑みを湛えながら幽に語り続ける。

「……さて、さすがに私も濡れすぎてちょっと気持ち悪くなってきました……シャワー、浴びたいですね。
 カスカはどこに住んでるんですか? 私は異邦人が多く住んでいる地区に部屋を借りてます。
 一緒に行けるとこまで一緒に帰りましょう? その間、すこし勉強させてくださいません?
 ――さっきカスカが名前のカンジの話をしてたときに言ってた『ユウレイ』って、なんです?」