2020/08/13 のログ
ご案内:「常世公園」に水無月 沙羅さんが現れました。
水無月 沙羅 > 「らーらーらー、らーららららー……。」

夜も更け始めた、午後十時頃。
あの嵐のように駆け抜けてきた事件の数々が終わりを迎え、ある種の平穏を取り戻している。
だからといって風紀委員の仕事がなくなるわけではない、それでもここ数日は付近の警邏程度で十分。
目だった問題事は今のところ耳に入ってきてはいない。
風紀委員の仲間内でいろいろ問題が起きているらしいけど、それは当人たちの間で解決するべきことだろう。必要以上に私が介入することでもない。

――幾人か、心配になる人たちが時計塔に顔を見せたこともあったけれど。

私は動くべき時に動けばいい。だから、今はあの保健室の先生が言ったとおりに、平穏を満喫するのも悪くはない。
いつかラジオで耳にした、耳障りの良い音楽を真似してみる。
歌詞は覚えていないけれど、妙に頭に残るメロディーだったのは記憶に新しい。

ご案内:「常世公園」に神樹椎苗さんが現れました。
水無月 沙羅 > 公園の隅にある小さく咲く花を、少しだけ腰を落して眺めている。
白い花、たしか、エーデルワイス、と言ったはず。花言葉は……なんだったかな。
夜風に小さく揺れている野の花に、少しだけ想いを馳せる。
思えばこの学園に来てからというものの、激動の日々の連続だった。

風紀委員に入って、『鉄火の支配者』に出会い、『日ノ岡あかね』、『トゥルーバイツ』に出会い、『時計塔の妖精』に出会い、『特殊領域コキュトス』に飛び込んで、『殺し屋』の事件に走り回り、『悪の秩序』を垣間見て、そして今、つかの間の休息。

そんな暴風雨に、吹けば消えてしまいそうな自分が晒されても尚、この花の様に立っていられるのは、きっとこの学園で出会った様々な人たちのおかげなのだろう。

でも、暴風雨の中心にいたからこそ見えることも、やはりあって。

「どうして、人は傷つけあってばかりなんだろうねぇ……。」

お前たちは、誰を傷つけることもないのに。
誰もが泣いて、誰もが傷ついている。
そんな姿ばかりが、記憶に浮かんでは消える。
もちろん、その中にあるからこそ、綺麗な思い出は輝くのだろうけど。

神樹椎苗 >  
「――ヒトの文明は他者を傷つける事で発展してきましたからね」

 後ろから軽い足音が近づいて、そんな夢のない事を口にする。
 そのまま、隣に屈みこんで、白い花に指先を伸ばすだろう。

「『大切な思い出』だそうですよ。
 エーデルワイスの花言葉」

 しみじみと口にしながら、指先でその花弁に触れた。
 表情は優しげで、ほんのりと微笑んでいる。

「こんな時間に一人で、ナンパ待ちでもしてんですか」

 そんな冗談を口にしながら、花を愛でるように。

水無月 沙羅 > 「あ……、こんばんわ。 しぃな先輩。」

噂をすれば、『時計塔の妖精』さんのご登場だ。
ここ最近の彼女は、最初に出会った頃よりずっと表情が増えた。
此方に向けて微笑んでくれるのは素直に嬉しくて、思わずこちらも笑みが零れる。

「傷つけることで発展してきた……、えっと、戦争による技術発展で、人の文明レベルは急速に向上していった……っていう話は確かによく聞きますけど。」

しかしその毒舌ぶりは相変わらず健在で、可愛い顔をその口の悪さで相殺していると言った感じ。
心根はとても優しい人の筈なのだけれど。

「大切な思い出……ですか。」

それならなるほど、つい今までを振り返ってしまうのも必然だったのかもしれない。
どんなに辛い思い出も、美しく輝いている想い出も、等しく大切なものだから。
私を構成する大事な要素の一つ一つ、『記憶』という名のデータ。

「それこそ、こんな時間にナンパ待ちなんてしませんし。 これでもお付き合いしてる人いるの、知ってるでしょう?
 それとも、しぃな先輩がナンパしてくれるんですか?」

くすくすと冗談を言いながら笑う。
そもそもナンパされた経験もないけれど。

神樹椎苗 >  
「戦争に限らずですよ。
 あらゆることでヒトは傷つけあい、奪い合うのです。
 神代の時代からそうなのですから、生き物としてそういう構造になっているのですよ」

 食べ物も、住居も、価値観や権利――有形のものから無形のものまで。
 何かを得る事は他者を傷つける事と同義だった。
 しかしそれは、人間に限らず、どんな生き物にも共通するものだったが。

「花だって同じですよ。
 地上では穏やかに咲いてるように見えますが。
 複数の種類があれば、土の下では常に淘汰しあっているのですから」

 相変わらず、口にする言葉には夢がない。
 やけに現実的で、冷たくすら感じるだろう。
 けれど悪意はなく、声音も表情も穏やかなのだから、この口の悪さは天然ものなのだ。

「そうですね――娘をナンパする母親もいねーでしょうけど。
 寂しいならデートしてやってもかまいませんよ」

 そんなことを言えば、娘を見上げてやた真面目な顔で返した。

「まあデートはかまわねーですが。
 こんな時間に独り歩きで――なにか思う事でもありましたか」

 そう、娘を気に掛けるように問いかける。

水無月 沙羅 > 「生き物は、生きて居る限り他者を傷つけずには生きられない……。
 生きるために、生存競争を勝ち残るためにその体を変化させる。
 それが進化。 人間は、その手段を知性に変えただけ……。」

そう考えれば、納得できないこともない、が。

「……その知性を持った人間が、生きるため意外に、誰かを傷つけることもある。
 だから、私たちの様な警察機構もまた必要に。
 だからこそ、余計に悲しく感じるんでしょうね。
 言葉を弄すれば分かり合うことだってできるのに。」

それを諦めてしまう人が、自分の周りにはあまりに多すぎた。
多すぎるから、言葉を届かせるための手段が必要になって、それは時に暴力として相手を傷つける。
そんなジレンマが、酷く悲しく思えるのだ。

「デート……いやいや、この時間にしぃな先輩連れて歩いてたら、わたしが怒られますよ。
 風紀委員なんですから。」

風紀を守るものが風紀を乱してどうするのかと、苦笑して。

「――思う事、ですか。」

なくはない、むしろ、考えるべきことはたくさん増えた。
あの保健室での一幕で、気づいたことも多い。
しかし……。

「たくさん、在りますよ。 ありすぎて困るくらい。」

それを言っても良い物かどうか、それは別の問題だ。
今のところ、助けてほしい、と言うほどの事でもない。

神樹椎苗 >  
「どれだけ言葉を尽くしても、分かり合える事の方がすくねーのです。
 夢を見つづけるよりも、現実として受け入れてしまう方が、誰だって楽ですからね。
 まあしいは使えるものが言葉くらいしかねーので、舌先だけでなんとかしなくちゃいけねーのですが」

 たとえ同じ『人間』同士でも、言葉が通じるとは限らない。
 言葉が通じなければ、話し合いの椅子に座る事すらできないのだ。
 そしてその言葉ですら、ヒトは傷つけあう。

「まあ、ヒトがヒトである以上、仕方のねーことですね」

 そして――椎苗もまた、多くを諦めてしまった。
 いや、諦めざるを得なかった側だ。

「別に子連れで歩いてたって怒られはしねーでしょう。
 年齢だって、この島じゃ飾りみてーなもんですからね」

 風紀とはなんなのか。
 とてもむずかしい。

 娘の様子は、助けてほしいというほど切迫しているものではない。
 けれど。
 一人で考え込むには少しばかり、重たそうに見えた。

「――さて、しいは少し土弄りでもしますかね」

 言いながら、右腕の包帯を解いていく。
 包帯の下は、色も土のようで皮膚も乾いた、木乃伊のような骨と皮。
 それを白い花の手前に、地面の上に垂れ下げる。

 その腕は徐々に、樹皮のように変化し、腕の先からは細かな根のようなものが生えて土の中へ潜っていく。

「しいは、この花とたいして変わらねーもんです。
 多少独り言を聞いても、風に吹かれるのとかわらねーですよ」

 そう、地面の中に自身の根を這わせながら、娘を見ないままに言った。

水無月 沙羅 > 「諦めたくないから、そうしてきたつもりです。
 楽な道を選んでしまわないように、使えるモノは全部使って。
 それが、私の出来るこの学園への恩返し……。」

自分を育んだこの学園への、関わってきた者たちへの、自分なりの礼節の尽くし方。

「仕方ない、ってあきらめたくないから、がんばりますよ。」

それが、沙羅が学んだことから導き出した結論。
できるなら、誰もがそうなってほしいという願い。
他人に押し付けるには、余りに重いきれいごと。

「土いじりって……うわ、しぃ先輩の異能をちゃんと見たの初めてかも。
 何してるんです……? 木でも植えるんですか?」

それをすると花が死んでしまいそうだから、たぶんそういうわけではない。

そして彼女の不死性も、異能と言えばそうなのだろうけど。
それ以外の特殊な力……、あの黒いのは別人っぽいから例外にしておくとして、そういったモノを見るのはこれが初めてだった。

「いやいや……『人間』を植物を同じには見られませんよ……。
 わたし、そんなに何かを聞いてほしそうに視えましたか?」

そう言われれば、そうなのかもしれない。
実際、自分一人で抱え込むには重すぎることがいくつもある、恋人に聞かせるには、余りに残酷な真実も。
隣に居る、自分にとって大切な人にもそれは同じことだ。

神樹椎苗 >  
「健気な事ですね。
 その健気さを否定する気はねーですから。
 精々『死なない』程度にやることですね」

 綺麗ごとは嫌いじゃない。
 それを押し通す事は困難極まるが。
 娘がそれを選ぶというのなら、その前途を祝福してやるのもまた、役目だろう。

「ん、このあたりの土は余り良い土じゃねーですからね。
 地面の下を混ぜ返して、少しばかり栄養を混ぜ込んでやるんですよ。
 せっかく咲いてるもんですからね――まあちょっとした気まぐれです」

 時折、足の下に小さな振動を感じるだろう。
 地下深くまで伸ばした根で、土をかき混ぜながら、神木の力を少しずつ流し込んでいく。
 うっかり加減を間違えれば、あたり一面花畑にでもなりかねないが、その制御の訓練も込みだ。

「異能と言うよりは特性ですが――お前、まだしいの事、調べてもいなかったんですか。
 しいに関する情報は全て一つ残らず、学園のデータベースに記載されていますよ。
 学生どころか外部の人間も確認できる、公開情報として」

 椎苗の事を『人間』と言う娘に少しだけ意外そうな顔を向けて。
 ただ、全てを知ってもこの娘は、自分を『人間』扱いするのだろうとも思いつつ。

「しいは、『人間』よりは植物に近いんですよ。
 肉体の構成こそ『人間』と相違ありませんが」

 そう答えながら左手で髪先を弄り――娘からそっぽを向くように明後日の方へ顔を向ける。

「話したいけど、話せない。
 そんな顔でしたかね。

 黙っているより、『花』にでも聞かせた方が整理が付くってもんですよ。
 大きなお世話でしょうが。
 母親のお節介とでも思っておけばいいです」

水無月 沙羅 > 「死なない程度に……ですかぁ。」

その言葉に苦笑いする。 死なない、という事自体、今の自分には不可能だと知ってしまった今になっては、なんという皮肉だろう。

「なるほど、じゃぁこの子も私とおんなじですね。
 しぃ先輩に助けられる一つの命。」

毒舌ながらも、そんな小さな花一つにも優しさを見せる少女が、何処か誇らしい。
この人はこんなにも優しいんだよ、と目の前の白い花に教えてあげたいくらいには、そう思っている。

「んー……しぃ先輩がそうしてほしい、っていうなら調べますけど、そう言うわけじゃないんですよね? じゃぁ別にいいです。
 しぃ先輩が知ってほしいと思うことを教えてくれればいいし、見せてくれれば私は十分です。
 どんな存在だって、しぃ先輩はしぃ先輩ですから。
 その情報がないと助けられない、何て事態になったらさすがに考えますけどね。」

不死だろうが、植物だろうが、なんであれ彼女は彼女で、自分の大好きな人に変わりは無いのだ。
なら、そこには異能も特性も関係ない。
その情報も、必要になれば使う程度のことでしかない。
彼女の大切な情報は、きっとそこには載ってない。

「……んー……。」

しばし考える、考える。
考えた結果、だいぶ簡略して伝えよう、という結論に至った。

「しぃ先輩。 私が、今まさに死んでいる、って言ったら驚きますか?」

簡略しても、如何したってそういう話になってしまうから、話すのが難しいのだ。
たぶん、恋人も、兄さんも、その話を聞いては通常の精神ではいられないだろう。
椎苗ならもしかしたら、とは思うが、ここ数日感情が表に出た彼女に聞かせていいものか、本当に悩むのだ。
でも、言わなければひかないんだろうなぁ。

神樹椎苗 >  
「助けた覚えは、ねーんですがね」

 この花も、娘も、偶然に椎苗の前に現れただけ。
 そして椎苗は、求められた役割を果たしただけなのだ。
 だから。

「お前たちが、勝手に助かっただけですよ」

 あくまで、自分で助かったのだと、椎苗は言い続ける。
 誰かを救うだとか、助けるだとか、そこまで傲慢には成れそうにない。

「しいは、聞かれない限りなにも言わねーですよ。
 お前がそれでいいって言うなら、別に構いませんが」

 困った娘だと思う。
 困ったことに、純粋すぎて扱いにくい。
 一々、目の前の相手に真摯すぎるのだ。

 娘が考えている間に、地面からゆっくりと右腕を引き抜く。
 このあたりには十分に力がいきわたっただろう。
 少しばかり、根付く草花が増えるかもしれないが、それを手入れするのは椎苗ではない。

 そして、娘が言い出した事には。
 包帯を巻きなおす手を止めて、左手を顎に添える。

「――異能、再生による副次効果ですね。
 再生系の異能には多くの場合、身体への不具合が生じるもんですが。
 なるほど、お前の場合はそう出ましたか」

 こちらも少しばかり考えて、答えを返す。

「特に驚くほどでもありませんね。
 『死に続けている』だけであるうちは、まだ手の付けようがあるでしょう。
 苦痛が生じてる様子でもねーですし、運がよかったんじゃねーですか」

 ほんの少しだけ、眉をしかめはするものの。
 そのくらいの代償は当然だろうとでも言うように、納得したような表情にもなる。
 それよりも気になるのは――。

(むしろ、再生の方が副次効果ですかね。
 こいつの異能の本質はもっと――)

 ふと、娘の瞳を見上げる。
 その色を眺めながら、『解析』してやるべきだろうか、悩むような戸惑いを見せるだろう。

水無月 沙羅 > 「……苦痛が生じてるわけではない。 って、本当にそう思います?
 そうだとしたら、私は大した詐欺師ですね。」

えへへ、と笑う。
そうだとしたら大成功という風に。

「しぃ先輩には、言ってなかったかな。
 私ね、時間を巻き戻してるだけなんです。
 再生じゃなくて、傷がなかったころに時間を戻す。
 物知りなしぃ先輩なら、それでわかるんじゃないかなぁ。」

死に続けていると言われたときに、初めて気が付いた。
自分が知らない傷は『痛まない』ものなのだ。
事故で足を失ったバイクの運転手が、自分の失った部位を見て初めて痛みを自覚する様に。
『気が付かないようにしていた』自分には、もう戻れない。

しゃがんでいるのではなくて、しゃがみ込むしかなかった。
沙羅が今ここに居るのは、そういう理由だった。
痛みに唸る自分を誰かに知られたくなかっただけ。

神樹椎苗 >  
「なるほど、道理でちぐはぐなわけですね。
 そりゃあ、ぶっ壊れもするわけです」

 蹲る娘に少しばかり同情的な目を向けるが。
 寄り添う事も、抱き寄せる事もしない。
 それは、望まれていない。

「大したもんですよ。
 その壊れ方で『普通』にしていられるんですから。
 痛みに慣れてるだけ、やっぱり運がよかったんでしょうね」

 耐えられてしまうだけ、不運だったのかもしれないが。
 それでも、『普通』の生活ができるだけ、よほどマシなのだろう。

「たしかにそりゃあ、誰かに言える話でもねーですね。
 親しいやつになればなるほど、聞いたら慌てふためいてもおかしくねーでしょう」

 そして、苦痛は伝染する。
 理解できない痛みに、周りは勝手に傷ついていく。

「ただ。
 痛いって言うことも出来ねーのは、結構『痛い』もんです」

 白い花を眺めながら、その左手は行き場を失って迷うように、自分の髪を弄ぶ。

 ――時間の逆行。
 それは、再生よりもよほど上等な力と言えるだろう。
 しかも人為的に開発されている事を考えれば、どれだけ強力な作用になっている事か。

(そんな力が、肉体の修復『程度』で収まるもんですかね)

 違和感を覚えながらも、言葉にはせず。

水無月 沙羅 > 「体の内側の年齢がちぐはぐだから、普通の生命活動も困難?
 なんだって、ずっと巻き戻しを繰り返してきたきた弊害らしいですよ?
 うん、痛みは慣れてるし、痛み止めは飲んでるから、もうすぐ治まるよ。
 だから、えっと……うん、まだ大丈夫。
 辛いけど、大丈夫。」

もう、助けの手は差し伸ばされたから、助けを求めようとは思わない。
十分に助けられている、あとは、それを必要以上にばらまかない、それだけ。

「……ね、ほら。 聞いてるだけでやっぱり傷ついちゃう。
 だから、誰にも言いたくないの。
 しぃ先輩は……、聞きたそうにしてたから、特別。」

椎苗がどんなにそうでないと言ったとしても、沙羅にとってみればそうとしか見れない。
助けようと手を伸ばすことが義務かのようにふるまわれれば、邪険にするのも苦しい。
なら、いっそ喋ったほうが良い。

「……ねぇしぃ先輩。 私一つだけ怖い事があるんだけど、聞いてもらっていいかな。」

沙羅が一つだけ、考えている大きな懸念。
彼女なら、その知恵を貸してくれるだろうか

神樹椎苗 >  
「聞きたそうに――してたんでしょうね。
 親しい相手を、勝手にむき身にしたくはねーですか、ら」

 と、言ってから。
 口が滑ったとばかりに、眉を顰めて口元を抑えた。

「――痛み止めが効くなら、しばらくはごまかせますね。
 ここの医療は高水準ですから、薬もよく効きます。
 その口ぶりなら、治す手立ても見つかってはいるんでしょう。
 本当に、運がよかったじゃねーですか」

 言いながら、自分の態度が無理に話させたのだと思うと、複雑な心境にもなった。
 『運がいい』などと、勝手極まる言い方ができてしまう事にも苛立つ。
 薬や医療でどうにもならない『傷』が幾らでもあると、自分の身体で知っているのに気休めを言うのも不愉快だった。

 だからと言って、出来る事があるでもない。
 なら――たかが『その程度』と振舞って見せる方が、よほど気休めになる。
 少なくとも、自分の時はそうだったと。

「――怖い事ですか。
 聞いてやるだけならタダですから、言ってみりゃあいいですよ。
 答えをやれるとは限りませんが」

 自分を省みるのをやめ、瞳を閉じ、娘の言葉を待つ。

水無月 沙羅 > 「私ね、しぃせんぱいが、『自分』を傷つけるのが一番怖いよ。
 出来ないことを積み上げて、自分を責めるのが一番怖い。
 みんな、そうやって傷ついていくから。
 私もそうだったから。」

出来ないことを、出来なかったことを嘆くことは、とても苦しいと知っている。
無力な自分が憎かった時間を知っている。

「だから。 笑って、しぃ先輩。 いつもみたいに、頭を撫でてくれるだけで、うれしいから。」

誰かが近くに居てくれることが、何よりもうれしいから。
そんな風に受け止めないでほしい。


そう思ってしまうことは、おかしな事だろうか。

神樹椎苗 >  
 転がり出てきた言葉に、目を見開いて娘を見る。
 そして、少しの間言葉を失い。
 それからすぐに、声を上げて笑った。

「ふ、ふふ――何かと思えば。
 お前は、本当に馬鹿ですね」

 可笑しそうに笑いながら、蹲っていた娘に、左手を伸ばす。
 困ったように笑いながら、いつものように手を伸ばす。

「まったく、バカで――可愛い娘ですね」

 こんな娘だから――放っておけないのだ。
 抱きしめてやりたいほどに、愛おしく感じてしまう。
 きっと、バカなのは。

(バカなのは、しいの方ですね)

 世の中ではきっと、親バカとか言うのだろう。
 娘が可愛くて仕方がないなどと言えば、きっとそう言われるに違いない。

「しいの事を気にするような状態じゃねーでしょうに。
 お前はどうしてそうやって、自分は我慢して誰かの事ばかり考えるのですか」

水無月 沙羅 > 「あぁ、やっと笑ってくれた。」

その顔を見て、へにゃっと頬を緩ませて自分も笑う。
やっと、彼女が心から笑ってくれた気がして、それを視れたことが嬉しくて。

「う、うぅ? バカバカ言い過ぎだよぉ……理央さんもしぃ先輩も。
 私馬鹿じゃないよ、頭いいもん。」

撫でられながら、馬鹿と繰り返されることへの不平を洩らす。
どうしてこう、私のことをみんなバカっていうのだろう。
それなりに頭の回転は速いし、洞察力にも優れているつもりだ。
なのにどうして? たぶん私の今の顔はうれしいのと、ちょっと拗ね気味なのとで少し可笑しなことになっているかもしれない。

「ん。 んー……どうして、どうしてって言われても、そんなこと考えたことないし。
 強いて言うなら……。」

水無月 沙羅 >  
 

「そう言う顔が視ることが、一番心があったかくなる、から?」
 
 
 

神樹椎苗 >  
「――そうですか。
 それなら、あまり見せてしまったら有難味が減っちまいそうですね」

 なんて意地の悪い事を言いながらも、その表情は緩んでいる。
 そして、一つ、余計な事もわかってしまった。

(しいも、お前のそういう顔が見ていたいようですよ)

 バカと言われることに拗ねる娘を、宥めるように撫でてやり。
 自分がすっかり絆されている事を自覚して、苦笑を浮かべた。

「お前は頭は良いけど本当に馬鹿ですよ。
 だけどまあ、良い娘です」

 苦笑しながら、大事なものに触れるよう、優しく撫で続ける。
 この大事な娘を少しでも楽にしてやるには、何ができるかと考えながら。

「今のお前の苦しさや痛みは、きっと、しいなら少しはわかってやれます。
 だから、苦しいのも痛いのも、しいの前では我慢しなくていいです。
 不安だって、吐き出していいのです」

 そうして、少しだけ言葉にするのを躊躇いながら、手を止めて、視線を逸らす。

「なにせ『お母さん』ですからね。
 可愛い娘のことくらい、受け止めさせやがれってもんです」

 と、口にしてから、ほんのりと頬を染める。

「ああもう――てれくせーです」

水無月 沙羅 > 「……さ、流石に、しぃなおかあさんって呼ぶのはちょっと恥ずかしすぎるかな。」

『お母さん』であることをそう強調されると、いかに自分が子供っぽいのかという事を見せつけられている気がして、だいぶ恥ずかしい。
自分より年下で、ずっと小さい女の子ならなおさらだ。
でもどういうわけか、嫌ではないから自分はやっぱりどこかおかしんだろう。

そっと『お母さん』の裾を握って、恐る恐る抱き寄せた。
痛みと、傍に居る彼女の体温に、自分が生きて居る事を確認して。
何処か安心する。

「うん……痛いし、苦しいし、やっぱりちょっと辛いな。」

貴方が笑ってくれるなら、それを望むというなら。
私も言葉に甘えよう。
あぁ、お母さんって、こういうものなのかな。

「あ……しぃせんぱいすっごい可愛い……。」

いつも不愛想な少女が、照れ臭いと言いながら頬を赤らめる。
あ、なんかいまきゅんってした。

神樹椎苗 >  
 抱きよせて――やるにはどうにも体格が違い過ぎる。
 仕方なく抱き寄せられて、胸に抱いてやれるわけでもないけれど、左手でしっかり抱き返す。

「そりゃあ、可愛いのなんて当然ですね。
 しいは、超絶可愛い美少女ロリですから」

 などと、いつも通りに口にして。
 口にして、間が空いて。

 ――小さく震え始めた。

(ああもう、無茶苦茶てれくせーです!)

 非常に動揺していた。

「そ、そうです。
 そうやって、素直に甘えてればいいのです。
 ――どうせ、ちゃんと誰かに甘えた事だって、お前にもないのでしょう」

 赤くなっているのを自覚しながらも。
 自分がそうだったように、娘もまた甘えられる相手に出会えて来なかったのだと。
 だから、甘える事も下手糞なのだ。

「お前は、えらいですよ。
 痛くて苦しくて、辛くても――生きるのをやめようとしないのですから。
 投げ出してしまえば楽になれるのに、投げ出さない事を選んでるのですから」

 そう言いながら、安心させるようにゆっくりと優しく、背中を叩いて。

「それは、しいにはできなかった――選べなかった選択です。
 お前にしか選べない、お前が選んだ『生き方』です。
 しいは、そんな娘を、誇りに思いますよ」

 しっかりと言い聞かせるように。
 お前には素晴らしく価値があって、尊いのだと教えるように。
 

水無月 沙羅 > 「ふ、ふふ……しぃせんぱいすっごい震えてるの可愛い。」

不器用な母親が、恥ずかしがっているのが手にとるように分かる。
抱き返してくれる手がわずかに震えている、きっとこの人も。
甘える事も甘えられることも、私と同じように経験不足なんだろう。
だからやっぱり、似た者同士。

「ううん、しぃ先輩だってこれからだよ。
 これから、生きて行くんだよ。
 だって、しぃ先輩はこんなに、こんなにあったかいんだもの。」

「こんなに、優しいんだもの。」

目を瞑り、優しく抱え込む。
彼女がそうしてくれるように、自分もまたそう感じてもらえるように。

「私が偉いなら、しい先輩ももっと偉い。
 投げださないで、こうしてくれているから。
 私を救ってくれるから。」

どんなに勝手に助かっただけだと言われても。

「だって私のお母さんだもん。」

そういったのならば責任を取ってもらおうじゃないか。

「わたしに、私のお母さんは立派に生きてるって誇らせて。」

ちょっとだけ離れて、少女の顔を見てへにゃりと笑うのだ。
子供がするように、感情をそのまま表に出して。
うれしそうに、はずかしそうに笑うのだ。

神樹椎苗 >  
 娘の我儘に、困った顔で苦笑を浮かべる。
 まったく、この娘は本当に困った娘で、とてもずるい。
 母が子に勝てないのは、道理なのかもしれない。

「まったく、無茶を言う娘じゃねーですか」

 『生きている』と椎苗には自分を肯定する事が出来ない。
 正しく『人間』としてみる事は、どうしたってできない。
 けれど、『生きる』ために――ずっと『死』を求めているのだ。

「そうですね――お前の身体は、まだずっと治るまでかかるでしょう。
 これからも、長く治療を続けて、その辛さと戦わなくちゃいけない。
 でも」

 娘の向ける笑顔に、不器用でけれど慈しむ微笑みを返す。

「その戦いをお前が『生き抜いた』なら。
 しいもちゃんと『生きていた』と、お前が誇れるようになって見せますよ」

 まだ『友達』の残した命題も、『死』を見つける事も出来ていない。
 けれど――娘に情けない姿を見せないよう、歩んで見せよう。
 まだ幼い身なれど、娘に恥じない『母親』になれるように。

ご案内:「常世公園」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「常世公園」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「常世公園」に227番さんが現れました。
227番 > 日が傾いた頃。一人ゆっくりと公園にやって来る。
行く先はとりあえず……いつものベンチ。定位置だ。

まだ空は明るい。星は……あまり見えない。

227番 > この時間でも光って見える星がある。
空に指差し、一人呟く。

「土星……木星……」

光って見えるのだが……光っているわけではないとのこと。
なんでも、昼の明かり……太陽の光を反射しているだけ、らしい。
月の光も同じ原理のようだ。

227番 > 自販機で買ってきたフルーツミックスを手に、空をじっと見ている。
下の方に有ってよかった。上は押すのが大変なので。

星が見える様になるのをじっと待つ。
こればかりは急いても何も変わらないのだ。

227番 > 「ふあぁ……」

空は段々と暗くなってきたが……なんだか、ね…む……

「すぅ……すぅ……」

ベンチに丸くなって眠ってしまった。

ご案内:「常世公園」に芥芽あるさんが現れました。
芥芽ある > 【「はい、皆さんこんばんは! 芥芽あるです!
  今日の私は……見回りの先生です……」】

芥芽ある > 「って、なんでこんな夜中まで!?」

思わず悲鳴を上げてしまった。
先生だってもうちょっと自由とかあっていいと思いまーす。学園は横暴だと思いまーす。
はい、心のなかでしかいいません。

「……あら?」

ふとみれば、ベンチで眠っている女の子が見える。
はてな? 周りには誰も居ない。
いくら夏とはいえ……うーん。

「……あの、あなた? 大丈夫?」

ひとまず声をかける。
お仕事でもあるしね。

227番 > もともと路地裏で生きていたためか、
寝ても安全な場所という判断は無意識にできるようになっている。
その結果、どこでも寝れてしまうという問題もあるのだが。

少女の傍らにはフルーツミックスの空き缶。近くの自販機にあるものだ。
そして、声を掛けられた少女は……薄目を開けて起き上がった。
それから、大きなあくび、背伸びを2回。

「……大丈、夫」

目をこすりながら、声をかけた人の方を向く。

芥芽ある > 大丈夫ーって、そりゃそうだよね!考えてみれば寝てるだけだし。
いやいや、でもそういう問題じゃない。こんなところでこんな時間に一人で寝ている。
そんなのだめに決まってる。

「大丈夫なら良かった。私は、芥芽ある。先生よ。
 あなたの、お名前は? 」

よく見れば、小さな女の子。もしかしたら異邦人でとんでもないお年、なんてこともありそうだけれど。
でもなんか雰囲気的にはちっちゃい子のはず! だから、そんなつもりで声をかけよう。
まずはコミュニケーションよ、ある。

……かわいいわね、この子。

227番 > 「……ある……せんせい?」

知る限りでは、3人めの先生。
名前を聞かれてようやく意識がはっきりしてくる。

「……今の名前、数字で、にーにーなな。呼び方、任せる」

今度はちゃんと開いた目で、相手の姿をじっと見る。
ベンチにいるので、見上げる形になるだろう。

芥芽ある > 「にーにーなな……」

数字? つまり、227。ニニ七。 ににな、にな、にーな、ににひ、ひひせ……うん? なんかだんだん変な方にいくわね。
数字っていう辺りにちょっと引っかかりがあるけれど、今此処で話してもしょうがないか。

「わかった、にーなちゃん、にする。
 えっと、それで。にーなちゃんは、どうしてこんなところで寝ちゃってるのかな?
 お外だし、あんまり良くないわよ?」

とりあえずいろんなコトはすっ飛ばして聞いてみよう。
ご両親は……とかは、居ない可能性もあるからこの際、無視。

227番 > 「にーな。わかった」

小さく頷いた。

「……えっと」

何をしていたんだっけ。
ここは、公園の池の近くのいつものベンチ。……そうか。

「星、見るのに、暗くなるの、待ってた」

夜出歩くのもあまりよくないとは聞いているが、星は夜じゃないと見れない。
保護者にも仕方ないな、といった感じの了解は得ている。

芥芽ある > 「星」

星、すなわち、スター。いや、なんで言い換えたし。まあつまり話をまとめれば。
ちょっと早くきたから日暮れを待ってたけれど、待ちきれなくて眠っちゃった、と。
あー……こどもっぽいなあ。サンタさんまってて眠っちゃった昔を思い出す。

「お星さま、見たかったのね。 ふふ、それならよかった。
 そろそろ頃合いだけれど、どうかしら?」

薄暗くなり、星が輝き出した空を眺める。
なるほど、意外と見えるものなんだなあ。
星とかちゃんと見るの久しぶりよね。

「にーなちゃんは、お星さま好きなの? どんなところがいいのかな?」

空から顔を戻して、目の前の少女に聞いてみよう。

227番 > 「おほしさま」

おほしさま?そういう呼び方もあるのか……。
言われてみれば、すっかり暗くなっている。
夏の大三角を初めとした数え切れない数の星。

「うん……見えた」

小さく呟いた声色は嬉しそうに。

「星、見るの、好き。
 どんなところ……きらきら、綺麗で、毎日、すこし違って。
 あと、なんか、なつかしい?感じがする」

言葉を多く知らないので、説明が上手く出来ない。
この説明で大丈夫かわからないので、不安そうに見上げる。

芥芽ある > 「そう、おほしさま」

あれ、星っていい方しか知らなかったのかな。まあ、車をぶーぶー、みたいに言う言い方はどうかと思うけれど。
おほしさまは、素敵な呼び方。知っておいて損はないと思うんだけどなあ。

「そっか! そうだよね。
 きらきらして、とっても綺麗!うん、私も好きだよ。
 だからね、昔の人は星にいろいろな気持ちをのせたの。
 だから、"お"ほし"さま"」

敬う言葉。それが「様」。
色々な思いをのせた「星」は昔から、敬われている。

「毎日ちょっと違ってる、か。よく気がついたね! それとも、教わったのかな?
 どっちでもいいか。それが好きなのはいいことね。
 それに、懐かしい、かあ……」

なんだかこの子、言葉は拙いけれど物知り、というか……感性が鋭い感じする。
あ、ちょっと教育者の血がうずくかも。

「なんにしても、にーなちゃんにとっては大事で好きなものだっていうのはよく分かったわ。」

思わずにこにこしてしまう。
ああもう、この子かわいいっっっ

227番 > 「お、ほし、さま」

なるほど。人を呼ぶ時につける"さま"。
227がそういう呼び方をする相手は今のところ居ないが、
人が使っているのは聞いたことがある。
"お"については自分でも付ける事があるので、区切って教えてもらればすぐに理解できた。
途方も無い存在だから、特別な扱いをしている、そういうことだろう、恐らく。

「……見てて、気付いた」

目立つものはおおよそ記憶している。
名前を覚えた星をすぐに見つけられる程度には。

「うん。毎日、見てる」

そう言って、星空を見上げた。
よく見たいからたまに時計塔に登る……とは流石に言わなかった。
悪いことなので。

芥芽ある > 「見てて、気づいた……毎日見てる……ふわぁ……」

何この子賢い。それに毎日見てるとか。素養あるなあ……やっぱり血がうずいてしまう……
いまの先生は……やっぱり、理科の先生、とかがいいんだろうか。

「そうねえ……にーなちゃんは、おほしさまについて他に知っていること……ある?
 知りたいこと、とか。勿論、先生に答えられないこともあるとは思うけれど。
 ちょっと、お星さま見ながらお話しましょうか」

ベンチの隣、あいてるかな。座れそうなら座っちゃおう。
そして、一緒にお空を見ながら、お話お話。

227番 > 「……?」

不思議そうに見上げる。なにか変だったのかな?

「知ってること……えっと……」

隣は空いているし、もちろん座ろうとするのを拒んだりはしない。

「ほんとは、太陽みたいに、大きい、とか……。
 星、つないで、星座、っていう、とか……。
 知りたいこと……星のこと、なんでも、知りたい」

星の知識については、貪欲なまでに意欲を見せる。

芥芽ある > 「わお、真面目ぇ……」

おお、これは良い生徒だ。ある先生も思わず張り切ってしまおう。
とはいえ……さて。太陽みたいに大きい。星座。其の辺は知っているらしい。
じゃあ私はどこを教えようかしら。
天体の基本知識って持ってそうだよねえ……

「んー……そうねー。じゃあ、まず。星ってほんとは大きい。其の通りね。
 大きさも色々だけれどね。知ってる?
 私達がいる、ここ。ここの地面も、実は星の一部なの。」

さて、これは結構当たり前かもしれないけれど、どうかな。知ってるかな?
知っていたらまた別の方向で攻めてみよう。
いっそ、天体と宗教、みたいな方向性もいいかもしれない。

227番 > 「まじめ?」

よく分からなかったようだ。
驚かれたということは、勉強は普通は嫌がるものなのだろうか?
こんなに楽しいのに。少女はもう一度首を傾げた。

「地面も、星……?」

思わず下を見て、次にきょろきょろと周りを見渡す。
星が大きいということは知っていたが、そのスケール感はよく分かっておらず。
本当……?と言いたげに、相手の顔を見上げた。

芥芽ある > 「ふふ、その顔は知らなかったなー?」

思わず楽しくなってしまう。そうそう。わからない、知らないことをこれからいーっぱい、知ろう。
それはとても楽しいことだから。

「もちろん本当よ、にーなちゃん。星って、本当はとーっても、大きいの。
 私たちが全部見きれないくらいにとーってもね?
 この地面もさ。端っこって全然見えないし、どこまで続いているかわからないでしょ?」

といっても、これは確かにピンとこないかもしれない。
だから、次のお話。

「といってもイメージわかないわよね……そうねえ。例えば、あの自動販売機。
 そのジュース、買ったのよね? 今見えてるアレと、買った時のアレ。
 見えている大きさ、違うわよね?」

距離による大きさの見え方の違い。
それは実体験でもよく分かる話のはずだ。
まずは身近なところから、が肝心。

「それと同じように。あのお星さまは、すごーく、遠くにあるから
 あんなに小さく見えているだけ。
 本当はとっても、大きいの」

227番 > 「地面が…星……名前、ある?月より、大きい?」

そうだったのか。
この普段踏みしめている地面も、空に浮かぶ星の一つなのか。
もともとどれくらいの大きさ、というイメージはついていなかったが……
もっととてつも無い大きさなのかもしれない。

「うん。遠くにあるの、小さくなるのは、わかる。
 高いとこで、見たら、ここも、小さく見える」

だけど。

「近く、行かないと、ほんとの大きさ、わからない……」

もちろん、それがとてつもなく遠いことも、無理な話なのも、わかっている。

芥芽ある > 「おお、良い質問ね! 名前は……そうね、色々な呼び方が有るわ。
 でも、月と並べるなら"地球"。"地球"が、この星の名前。
 大きさは……月を三個と半分ちょっと並べたくらいね。」

体積とか言い出すとまた違ったお話になるけれど、此処は割愛します。
だって、そんなややこしいお話したらもっとわけがわからくなっちゃうでしょ。
だから、まずは初等科理科くらいの範疇で。

「そうね……でも、本当の大きさになると……近くによってしまえば。
 いま、にーなちゃんが"地球"の大きさがよくわからないみたいに結局よくわからなくなっちゃうのよね。」

うーん。でもそうよねえ、これくらいの子だと実際に大きさを体感したくなるわよねえ。
ああ、純粋さと勤勉さが眩しいっ

「だから。昔の人もいろいろ考えて、長さに決まりをつくったのね。
 それで、決まりの数字でだいたいこれくらいになるって予想を着けたんだけど……
 でもそれも、わかりづらいわよね……」

自分だって、地球一周4万kmや!とか言われても実感なんてわかない。
せいぜいが1Kmは走ると辛い、とかそういうくらい?
これを変に丸め込んで教えるのも嘘っぽい気がする。

「にーなちゃんを並べて……ああ、でもこれもだめね。
 にーなちゃんを1000万人くらいならべないとダメだわ……」

地球の直径が1.3万kmくらい。だとするとざっくり計算してもそんな感じになる。
1000万人て。というか、なにその天国。私が行ってみたいわ!!

227番 > 「ちきゅう……」

聞いたことはあるかも知れない。星の名前だったのか。

「月が、3個と、半分」

島全体が見える大時計塔に登って見渡しても、海の向こう側までは見えない、大きな星。
それが、月3個半分でしかない。これはつまり、月もかなり大きいということだ。
それですら、拾ったビー玉よりも小さく見える。
つまり……月でさえかなり遠くにある。十数秒の思考の末に、理解する。

「大体の数字……けいさん?っていうの?」

足し算引き算の概念は最近わかるようになった。
おかげで自販機が使えるようになったのだ。

「いっせんまんにん……?」

大きな数字は、まだわからない。

芥芽ある > 「んんー……気づくのはやぁーい!!」

思わず抱きしめそうになって自重。教師、犯罪者になる、ダメ、ゼッタイ。
それにしても、知識レベルが見た目相応にしては少し足りない気もする。
其の割に、吸収、理解力は高い。最近勉強を始めた感じかな、と予想を立てる。

「そう、計算ね。でもとっても大きな数字になっちゃうから、やっぱりピンと来ないかもしれないわね。
 んー……むしろ、そうね。にーなちゃん、数字ってどのくらいまで知ってる?」

ちょっと其の辺を見てみよう。どうにもアンバランスな気がして、教えるにも結構考察が要る。
まあ、そこが楽しいんだけれど!ああ……やっぱり教師体質なのかしら……

「あとは……足し算、引き算、掛け算、割り算。どこまで知ってる?」

これも捕捉しないと。知らないのにいきなり掛け算とか話してもぽかーん、だ。
……掛け算を、教える?
……いやいやいやいやいや、違う違う、今何考えた私。やめろ捨てろ、今その思考は!!

227番 > 「……??」

相手の考えていることは読めない。
口元に手を添えて、また不思議そうに見上げる。

「数字、どこまで?……どこまで……。
 いつも持ってる、お金じゃ、数字が4つのもの、買えない」

生活に紐付いている範囲しかまだ分かっていない。

「たしざん、ひきざんは、わかる。かけざん?」

当然"別の意味"も知らないので、不思議そうに、覗き込むように見上げるだろう。

芥芽ある > 「ふむふむ、数字が4つ。4桁はなし。ああ、適正のお小遣いかもしれないわね……
 ということは、つまり……いち、じゅう、ひゃく……まで、かな? 使っているお金。
 千って知らない? 数字だけれど。」

おお、買い物で数字を覚えるとは実践的な! あれ、これ下手に大きな数字教えると怒られるやつかしら?
保護者のクレーム怖い……ああ、やめてやめてやめて!? 電話口でペコペコ頭下げる作業本当に辛いから!?
……おっと、落ち着こう。

これは実践的、というか生活に結びついていると言うか……すごく限定的にしか学習していない、感じ?
うーん、これだけ優秀なのに勿体ない!とは思うものの無理強いも出来ない。

「うんうん、たしざん、ひきざん、までね。
 かけざんは……そうね。もう一つ上の計算のことかな。
 今無理に覚えなくてもいいけれど、ね。結構使いみちが多いからそのうち覚えると便利よ。」

んー、と。ちょっと考える。とはいえ、これは脱線話。
慌てて教えるものでもない。というか、そもそも何の話だっけ……ああ、そうだ。
星の話と、大きな数字の話だ。

今のところ、百、くらいは分かるらしい、とわかった。
でも、星に話戻してもいいかな…… ちょっと長くなりすぎた気もするし。
あんまり遅いと保護者のクレ―ム……いやああああ!!

「例えば、お菓子が十個入った袋が十個あったら、お菓子は全部で何個?
 なんてことを簡単に計算できるのが、掛け算ね。」

でも何も教えないのも沽券に関わるので、触りだけ教えておく。

227番 > 「うん、500。飲み物とか、お菓子とか、買える。バスも、乗れる」

まぁコンビニはまだ一人で入るの怖いので入らないのだが。
少女の普段の買い物といえば、行動範囲の都合もあってせいぜい自販機だけだ。

「せん……数字、4つだったら、せん……だっけ……」

初等教育もまだ始まっていないので、使わないものはまだわからない。
使うようになったら、あっという間に覚えるのだろう。

「もう一つ、上……」

知りたい。知りたいが、あんまり無理を言っても仕方がない。
先生とは言え、通りがかって、心配して声をかけてくれた人なので。

「10個が、10個……?十円が10個で、100円、だから……100?
 これが、掛け算……?」

相変わらず、理解と言うか、落とし込みが早い。