2021/02/28 のログ
ご案内:「常世公園」にルリエルさんが現れました。
■ルリエル > 休日の常世公園。池をぐるりと取り巻く遊歩道は普段以上の活気を見せていた。
蚤の市、いわゆるフリーマーケットが開催されているからだ。
家庭で不要になったものを格安で露天に並べ、それを必要とする者に買ってもらう。
部活動とはまた別の商業形態。とはいえ主催は部活動によるものだが。
スケジュール上は朝10時よりスタートとなっており、天気がいいこともあってなかなかの賑わいである。
そして今は11時。道端に色とりどりのレジャーシートと品物を広げる露天の並びの中、1つだけ歯抜けになった区画。
そこに、ひとりの女性が足早に歩いてくる。直径60cmほどの《雲》の塊をキャリーバッグめいて引き連れて。
白く輝く《雲》の塊は地面スレスレを音もなく浮遊し、銀髪緑眼の女の背後をついていく。
「ふあぁ……あ。寝坊しちゃいましたねぇ。でも正午を回ってないなら全然問題なしでしょ?
……あ、おはようございますぅ」
ルリエルは両隣の店主に軽く挨拶をすると、空きスペースの中央に《雲》を駐機させた。
今日のルリエルはフリーマーケットの出店者なのだ。
おもむろに《雲》の中に手を突っ込むと、まずは青無地のレジャーシートを取り出し、広げる。
自身の露天空間を確保し終えると、ふぅ…と一息付きつつ脚を曲げて座り込み、《雲》を払いのけるような仕草を見せる。
すると、《雲》は空気の中にかき消えるように消え失せ、中に包まれていた売り物がドサリとレジャーシートの上に落ちた。
大量の衣類である。赤、黒、青、白、色とりどりの布地が畳まれもせずに塊となっている。
一応洗濯はされているようで、やや過剰ともいえる濃密な柔軟剤の匂いがあたりに漂う。
■ルリエル > ルリエルはシートの上で姿勢を正すと、ぐちゃぐちゃに絡み合った衣類を1つ1つ手に取り、分類し始める。
ぱん、と1つはためかせてシワを伸ばしこそするが、畳み直すことはせずに放り投げるように道側へ。
《雲》のキャリーバッグでひとかたまりに持ってきた売り物は、大小2つの山に分けられていく。
大きい方の山は、Tシャツ。
無地のものも混ざっているが、多くは無地の中に何らかの絵柄がプリントされたものだ。
しかしそのプリント絵のほとんどは抽象的な図柄であったり、全く出自も名も知れない珍妙なキャラクターの絵だったり。
このようなプリントは洗濯を経ることでひび割れていくものだが、そういった劣化はほぼ見られない。
長袖のロングTシャツも混ざって、総計20着ほど。
そして小さい方の山は……下着。女物のショーツである。全部で10枚程度はあるだろうか。
色柄は白7、ベージュ2、黒1といった割合。
いずれもフリルや細いリボンなどでささやかな装飾が施されていて、色気がある。
まるで洗濯物を取り込んだ直後のように、無造作に布地が積まれた山を2つこさえて。
最後にルリエルは、肩から下げたバッグからボール紙の切れ端を取り出す。
ややくたびれた様子のボール紙には、やけに流麗な油性ペン文字で
【古着 どれでも1着 500円】
…と書かれている。それを2つの山の間に置いて、露天設営完了だ。
「よし、と……。さて、今日は売れるでしょうかねぇ?」
一息つくとルリエルは小さく手を翻し、枕サイズの小さな《雲》を作り出す。
それを脇の下に置くようにゴロリと横になり、スマホをいじり始めた。
■ルリエル > 古着露天として最低限の設営を終えた後は、呼び込みもせず、往来にすら目もくれず。
まるで自宅にいるようなだらけ方でマットの上に寝そべり、スマホを弄り続けるルリエル。
……やがて時刻が12時を回ろうという頃。
『……こ、こんにちわ。天使のおねーちゃん』
おずおずとした調子の少年の声がかかる。
ルリエルはスマホから視線を切り、横になったままで来客の方を向いた。
声をかけてきたのは年の頃12、3くらいの男子だ。
「フフッ、こんにちわ。今日もお母さんのお使いかしら?」
ルリエルは柔和な笑み……いわゆるアルカイックスマイルを作って少年に向ける。
少年は図星を突かれたように顔を引きつらせるが、すぐに苦笑いとともに肩をすくめる。
『そ、そそそそうなんだよ!ウチのおかんに言われて来たんだ!
なんで男のオレに下着なんて買いに来させるんだよってな!ほんと困るぜ、あはは、はは……』
「ふふふ……大変ですねぇ……」
怪しい素振りの、そして一種の顔なじみでもある少年だが、来客は来客である。
ルリエルは起き上がって姿勢を正すと、少年が女物下着の山を恐る恐る気味に物色する様を目を細めて見守る。
彼とてこんな買い物をしている所を知己に見られたくはないだろう、しきりに周囲を気にしている様子。
やがて、山の端にある白の1枚を指差して。
『……こ、これください』
ルリエルは慣れた手付きで指さされた布切れを拾い上げ、鞄の中に用意しておいたビニール袋に無造作に突っ込む。
そして少年が差し出した500円玉と引き換えに、商品を渡す。
『あ、ありがとな。来月もまた店出すのか?』
「さぁどうでしょうねぇ? ふふふ……お母さんによろしくね?」
後ろ暗さがあるかのように身を丸めてそそくさと去っていく少年を、ルリエルは手を振って見送った。
「……ふふ。親孝行な男の子ですこと。ふふ、ふふふふっ……♪」
少年の真意を見透かしているのか、それとも知らぬまま感心しているのか。
ルリエルは妖しい笑みを顔に貼り付けたまま、再びレジャーシートの上に寝そべってしまう。
ご案内:「常世公園」に毒嶋 楽さんが現れました。
■毒嶋 楽 > 「う~ん、善哉善哉。
こんな長閑な日はうどん食って散歩に限るねえ。」
委員会街での夜勤を終え、早めの昼食を終えたその帰路。
まっすぐ帰るのはいささか惜しい陽気に誘われてか、食後の運動も兼ねて公園にやってきた男が一人。
制服を緩く着崩し、缶コーラ片手にぶらぶらと歩いていたが、ふとフリーマーケットよろしく露店を出している一角に気づく。
「あらぁ、こんちゃ~っす。
フリマの催し物なんてあったんだねぇ、知らんかったわ。」
その割には随分と偏った品ぞろえね、なんて思いながら店主と思しき女性に声を掛ける。
■ルリエル > 「んー?」
近づいてきた気配には気付く様子なく、声をかけられてようやく来客を察した様子の女性。
スマホから目を離して見上げれば、そこには長身痩躯の男性がいた。
着崩した制服に猫背、どこか陰気な雰囲気も感じる。たとえば徹夜で遊び通した後の大学生みたいな……。
「はぁい、フリマですよぉ。お兄さんのお気に召す品物はあるかしら?
といって……古着しかないけどね。そんなに古くはないですけど」
よっ…と気合を入れつつ上体を起こし、《雲》のクッションに手をつきながら座り直す女性。
その髪は銀のウェーブ、瞳は鮮やかな黄緑、肌は真っ白。外国人めいた雰囲気である。
ルリエルは目の前に積んだ古着の山、とくにシャツが雑多に積まれた大きい山の方に目配せしつつ、営業スマイルを作る。
……さすがに下着を購入するような客層ではないだろう、と、小さい山のほうには目をやらない。
「ふふ。休みの日に制服で公園なんて珍しいですね。どこの部活のお方でしょう?」
■毒嶋 楽 > 「ああ、いやあ~別に何か買って帰るつもりは無かったんだけどねえ。
まあ折角だしちょいと見ていこうかな……。」
Tシャツと女性物の下着。
年がら年中カッターシャツに制服のズボンを身に着けている楽にはどちらもあまり馴染みのない物だった。
部屋着や寝間着に至っても今とそう大差ない姿である。
「ふぅん……あ、俺ちゃんは部活は入ってないんだけどね。
さっきまで委員会の夜勤でさ。いやあ参っちゃうよねえ、こんないい天気に部屋に籠って書類仕事なんて。」
へらへらと緩い笑みを顔に張り付けながら衣類の山を見下ろす。
何処の委員会に所属しているか、等は言わない。その必要はないと判断したのと、単純に立場の説明が面倒だから。
「にしても、シャツと……下着?
フリマで古着って言うともっとバリエーション豊富なんだと思ってたけど。
随分偏ってんだねぇ~。」
■ルリエル > 「あら、冷やかしですかぁ?
……ふふ。でもフリマってのは見るだけのつもりでもつい掘り出し物見つけて買っちゃうこともありますよね」
シルクのように白い肌に、ほんのり染まったチークと鮮烈な赤を帯びた唇で微笑んでみせて。
長身の男を細めた目で見つめる。
「……まぁ。夜勤明けですか。それは大変ですねぇ…。じゃあこれから帰ってお休みですかぁ?
この島の…いえ、この時代の若者は昼夜逆転してる人も多いようですけど、あまり健康的ではありませんねぇ。
私は一応生活委員会に所属してますけど、夜勤はめったにしませんよ。夜は寝る時間ですから…ふふ」
なんて、初対面の男の身の上を案じるお世辞を紡ぎつつ。
委員会の仕事はどこでも大体忙しいことを知っているため、生活リズムの崩れを強い言葉で嗜めることはできない。
少し歯切れの悪さを感じつつ、売り物のシャツの山を片手で弄ぶ。
「あら、売り物にもっとバリエーションが欲しかったですか?
でもほら、私は一人暮らしですから。私が着た分の古着しか並べようがありませんもの。
……ふふっ。シャツと下着って、気になるのを見かけたらつい買っちゃうタイプですので。
そしたらすぐ家の収納がいっぱいになっちゃって、飽きた服はすぐ古着に出しちゃうようにしてるんですよ」
売り物のシャツの1つを手に取り、広げてみせる。
やけに印象深い、それでいて好みの分かれる珍妙でサイケなイラストがでかでかとプリントされている。
「あまりファッションとかよくわからないので、ずっとシャツとズボンばっかり着てるんですけど。
もっといろんな服を着て、いろいろココに並べられるようにしたほうがいいんですかねぇ?
……お兄さん、何かアドバイスとかありますぅ?」
柔和な印象だった笑みに、少しの不敵さが交じる。どこか挑発するような声色で、問うてみる。
■毒嶋 楽 > 「冷やかし、と言われると耳が痛いなあ。
フリマをやってるって前以て知ってりゃ、それなりに目的持って来れるんだけどねえ。」
こちらを見つめる視線から逃れる様に半笑いで目を逸らす。
悲しいかな苦学生、委員会での給料も大半は学費と家賃に消えていく運命である。
つまるところ、今は手持ちがだいぶアレだった。
「そーそー、飯食って軽く散歩して寝ようかと思って。
あはは……全くもって仰る通りで。
まあでも健康だけじゃ社会は回せないし、そこはそれ、無理のない様にやってくしか無いんだなあ。」
生活委員でも配属された部署によっては昼夜が逆転することもあるだろう。
そもそも種族柄、昼間は寝る時間とする生徒も居るかもしれない。
豊かに生活するためには多少の犠牲は已む無し、それが自分であってもと楽は考える質である。
「へえ……お姉さんが着たやつなの……。
なるほどねえ、近所で古着集めてーとかじゃないんだ……。
……え?お姉さんが着たやつしかないの此処?本気?」
世間話感覚で相槌を打っていたら予期せぬジャブを食らった。
いやまあ、フリマという形式上そりゃあ店主の物もあるだろうけれど。
であれば、なおさら下着とTシャツというのは冒険が過ぎやしないかと。
広げられたシャツを見て、う~ん独特なセンス、と感想を抱きつつ改めて大小二つの山をそれぞれ見る。
「なるほどな、どうやら自分が着る服に関しては俺ちゃんと同じような部類らしいなあ。
大体同じような服装で統一しちゃう方が、新しいの買う時とかも楽なんだよねえ。
……というわけで、アドバイスらしいアドバイスなんて俺ちゃんにはとてもとても。
ま、お姉さんなら似合うかなーってのくらいなら身繕えなくも無いかもだけど。」
にへらと歪めた口角がやや引き攣る様に笑いながら、楽は頭を掻いた。
■ルリエル > 「健康なだけじゃ社会は回せない……ですか。ふふ。妙に含蓄があるように聞こえますね。
人間はこんなに多くなりましたのに、ひとり当たりの忙しさはむしろ増えてるなんて。
社会というのはこうも複雑になれるのですねぇ……」
毒嶋の嘆きに、ルリエルもどこか遠い目をして嘆息まじりにこぼす。
彼女の知る、この島に来る前の『人間』という生き物は、社会を構成してはいたがここまで煩雑なシステムではなかったはずで。
その有り様の変わり方に興味をひかれてこの島に居着いたものの、面食らっている節も未だにある。
「服だって、清潔感があって大事なところが隠れていれば十分…ではありませんこと?
この『シャツ』ってのはとても軽くて着やすいですし、重ね着はむしろ煩わしさを感じてしまいますし。
下着は……この島に来る前には着ける習慣がないものでしたから、珍しさを感じてつい集めちゃってるのもあります。
……あ、一応私異邦人ですよ。《天使》のルリエルって言います。よろしく♪」
だらけ気味の姿勢を改めて正し、座ったままで軽く会釈をしながら名乗る。
《天使》と名乗ってはいるが、外見から天使と看破できるような特徴は見えないだろう。
「お兄さんは、その制服が普段の装い…ファッションって感じなのでしょうか?
でしたら……むぅ。私のこの品揃えだと、お眼鏡にかなうものはありませんですかねぇ……」
朗らかな印象を残しつつほんのり目を伏せて表情に影を落とし、ふぅ、とため息をひとつ。
■毒嶋 楽 > 「ホントにねえ。もう少し単純で気楽な方が良いのに。
ま、なっちゃったもんはしょうがないから、大人しく殉じてくしかないんだけどねえ。」
どこか達観した様なルリエルの言葉に、楽は苦笑いを浮かべるくらいしか出来ず。
そんな社会の歯車の一つであるという自覚がある身にとっては何ともやりきれない心境ではあるけれど。
「うんまあ、そりゃあまあ、そうだけど。そう言われてしまうと身も蓋もないというか……
ははあ、なるほど。異邦人……天使サマなのか。なるほど道理で。
あ、俺ちゃんは楽っていいます。毒嶋、楽。宜しくねえ。」
たとえ見た目の特徴がなくとも、会話の端々に感じる違和の様なものが彼女が異邦人であるという証と受け取れた。
なので疑うこともなく、ルリエルの名乗りを素直に受け入れる。
別に偽られたところで困ることもない、というのが本音だが。
「ファッションというか、どうせ学校と家の往復くらいしかしないし、それなら同じ格好してるのが一番かなって。
……まあ、家にいるときくらいはこういうラフなのも良いかもしんないけど……。」
うーん、と衣類の山を再度見下ろす。
良いかも、とは思う物の。目の前の女性が一度袖を通した、と考えると手に取るどころかこうして眺めるのも何だか畏れ多い。
「……てか、あれ?下着って普通、上下セットなんじゃ……?」
■ルリエル > 「ブスジマ・ラク……まぁ、なんて力強い響きの名前なんでしょう!
名前に負けないようにもっと背筋を伸ばして肩を張ったほうが……なんて、フフ。余計なお世話ですよね。
肩肘張らず無理せずに過ごしたい、って話をした後ですのに。ごめんなさいねぇ」
ルリエルにとってはこの島こそが異邦。
この島のマジョリティとなっている『ニッポンジン』の名前の響きはどれもルリエルにとって耳珍しいもの。
つい響きからイメージを考えてしまうが、それが悪しき習慣であることはさすがに悟りつつある。
「でも…さすがに学校以外に行かないというのは寂しい話ですねぇ。
私はこの島に来てまだ1年も経ってないので、まだまだ行けてない、行ってみたい場所が多いですよ。
もしかしてブスジマさんはこの島で長くお過ごしなので?」
悩ましげに古着の山に視線をおとす毒嶋を見て、ルリエルもちらちらと商品を見やりながら問いかける。
彼がこの古着について複雑な心境に陥っていることをルリエルは察することができない。
「……ん、下着が上下セット? ああ、ブラジャーのことですかぁ? 私あれ使ってませんので。
さすがに窮屈すぎて、着けてて苦しかったですので。なくても大丈夫ですしー」
毒嶋が投げかけてきた疑問については、事も無げにそう言い放つルリエル。
臆面もなく下着事情について語らう女に、さすがにこの瞬間は周囲の温度が少し下がったような雰囲気が駆け抜けた。
「……あ。もしかして上下セットで置いてないから売れ行きが悪かったんでしょうか?
だとしたら……ふふ。ブスジマさんに言われるまで気づきませんでしたね。ありがとうございます♪」
――シャツはともかく下着が『古着』として売れるはずもないことについても、ルリエルは気づいてない様子。
それでも毎回数点ずつ売れていっているのは……なぜだろう?
■毒嶋 楽 > 「あはは……強そう、ねえ。
強そうどころか物騒とまで言われる事もあるから、あんまり名字で呼ばれるのは好きじゃあないんだけどねえ。
案外名前に逆らうようにこんな風にゆるゆるで生きてるのかもしんない。」
ヘラヘラ。笑いながらも少しばかり背筋をしゃんとしてみる。
が、長年染みついた猫背はすぐに馴染んだ姿勢へと矯正していった。
「あー、こう見えて一度卒業してまた入学し直してるから、長さだけはぼちぼちかな。
とはいえ何年も留年してる生徒も居るって話だし、中くらいの長さ、かねえ?
の割には俺ちゃんも行ったことない場所、わんさかあるけど。」
シャツを物色する視線を止め、少しだけ考える様に虚空を見上げる。
それなりな日数をこの島で過ごしているが、思い返してみれば昔からあまり出歩くことはしなかった気がする。
知っている場所と言えば学生街と、校舎の一部と、まあ歓楽街の一角くらい。
「そうそう、上の方の……ああ、そうなんだ。
まあ苦しいんじゃしょうがな……はい?え、いや、ちょっとちょっと。」
あまりにも自然に下着事情を語られて、普通に相槌を返してしまう二敗目。
咄嗟に周囲の人目を気にした後、少しだけ居心地悪そうに縮こまる。
「いやいや、ちゃんと自分に合ったの選んで着けないと困るでしょう……って言っても異邦人じゃ感覚が違うんかな?
つーか、そもそも人が身に着けた下着を買いたがる人はそう居ないしな?ルリエルさんが買う方の身になってみなよ、他人が一度以上穿いた下着、欲しくなる?」
ならないという事は無いのかもしれない、と若干不安に思いつつも訊ねてみる。
心の準備だけしておこう、と深呼吸をしつつ。
■ルリエル > 「名前に逆らうようにゆるく……フフッ。素敵ですね、そういう生き方! 私みたい。
ええ。生きるなら気楽に生きるほうが絶対良いですもの。お仕事の方ももう少し楽になると良いですねぇ」
毒嶋のような人間とは違い、厄介な仕事はすすんで拒否して過ごしているルリエル。
ゆえに生活委員会の中でも大した役割は与えられず、従事しても他の委員と比べて収入は少ない。
その分お金を使うことも少ないのでトントンではあるが、その中で数少ない趣味といっていいのが服の衝動買いなのだ。
「まぁ。ブスジマさん…あ、下の名前のほうがいいです? ラクさん、一度卒業してまた戻って来られたのです?
ということは、この島がよほど気に入られたってことなのでしょうか?
私、この島以外のことはあまり存じ上げないのですが……もしかして、ここより住みにくかったりするのでしょうか」
その割には大変な生活を送っているなぁ、と訝しみつつ。
ルリエルとしては大変容後の地球の有り様に興味を抱いて来訪している身の上のため、この島に留まる強い理由はない。
ただ『怠惰』ゆえに現状に浸かっているだけなのだが、島の外がどんな状態なのかは少しは興味があるのだ。
そして、下着について率直な疑問を投げかけられると。
ルリエルは赤裸々な話題にもやはり躊躇することはなく、毒嶋にむけて答える。
「んー…。私のサイズに合うものも見繕ってもらったんですけど、やっぱり胸を締め上げられるのが慣れなくてぇ。
形を保ったり肩の負担を軽減する効果もあるって言われましたけど、私の場合は《翼》で代用できますからね。
ほら……背中から前へ、こう。見えますぅ?」
言いながらルリエルは両腕を上げ、己の腋の下から胸の膨らみの下部へと指を回す。
指さす先を直視するなら、厚手のシャツにほんのりと鳥の翼のような輪郭が浮き出ているのが見えるだろう。
「それに私は別に、ちゃんと洗ってあれば別の方の下着でも構いませんよぉ?
このフリマでは他にも古着売ってる人いますし。確かに私みたいに下着を扱ってる人はあまり見ませんが。
シャツやセーターは良くて下着はダメって感覚こそよくわからないです。どちらも同じ布地でしょう?
何なら、ラクさんの下着でも着なくなった物があれば買いますよ? もちろん洗った後でですが。フフッ」
毒嶋の疑義にも、こともなく答えて見せて。だがそもそも現代を生きる若者にこういう疑義を呈されることがすでに異常なわけで。
「………ん。あれ。もしかして私、変なこと言ってます?」
さすがのルリエルも不安げな顔をつくる。
■毒嶋 楽 > 「委員ではもっとしゃんとしてろって怒られたりするんだけどもねえ。
まあのらりくらりと上手い事無理のない様にはやれてるし。
それにこれ以上楽になったらお給料も減っちゃうし。」
家賃を浮かせるために落第街の端で安アパートの一室を借りている程なのだから、流石に減給は文字通りの死活問題になり得る。
給料が減らずに仕事が楽になれば御の字だが、生憎そううまくはいかないらしい。入る委員会を間違ったと思わなくもない。
「ああうん、楽くんとか楽さんとか楽ちゃんとか、下の名前で呼ばれる方が慣れてる。
別にこの島が気に入ってるとか、外が生きづらいとか、そういう事じゃ無いんだけどさ。
なーんか、気付いたら戻って来てたんだよねえ。不思議だよね。」
楽自身が解せないものが他人に解せる筈もないだろう。
ましてや異邦人なら猶更だ、と苦笑いを浮かべる下で考える。
我ながら難儀な生き方をしてることは否定出来ない。
気楽に生きたいと言いながら、明らかに厄介そうな道を選ぶ。どう見ても矛盾している。
「いや、その、はあ……さいですか……。
見えますぅ?って言われても、あんまりまじまじと見るのはちょっと、気が引けると言うか。
翼ってそういう風に使えるものなのか?」
もしかしてからかわれてるのだろうか、と視線を彷徨わせながら悩む。
あんまりあからさまに逸らすのも、と思い視線をチラチラと向けてはみるが、シャツの厚さのせいか言うほど翼の存在は窺えなかった。
「まあうん、そうなんだろうねえ。ルリエルさんからすれば。
同じ布地ではあれど、やっぱり素肌や大事なところに直接触れるものというのは別物として扱いたいわけで。
俺の下着なんて、まあ、たぶんスースーして着心地悪いと思うんだけども!」
他人の下着以上に男性用と女性用の壁は高い気がするが、実際のところは分からない楽である。
分かってる方がおかしいのだけども。
「いや、変……という程では、種族間のギャップというか、そういうのの範疇だと思うし……。」
インパクトはあるけどね、と一つ大きく息を吐いた。
■ルリエル > 「ふぅん……まぁ、ラクさんにとって大事なものがこの島にあるんでしょうかねぇ。
生きた年月は確実に私のほうが上でしょうけど、この島についてはラクさんのほうがずっと先輩ってわけですね。
じゃあ『ラク先輩』とでも呼んでしまおうかしら? ふふふっ♪」
気難しい話に仏頂面を浮かべていたルリエルが、無邪気で悪戯な笑顔を取り戻す。
口紅なしでも薔薇のように赤い唇を釣り上げ、にっこりと花の笑みで男を見上げる。
「なるほど、なるほど。素肌に直接触れる布地は共有したくない……。
あら。そうするとこのシャツもほとんど素肌に触れてしまってますね。シャツを古着に出すのもイケてないのでしょうか。
むむぅ……お古を販売するというのは難しいものですねぇ……」
毒嶋が語る21世紀の被服と衛生に関する常識については、ルリエルとて説明されれば納得がいく内容ではある。
だからといって、いまのルリエルには他にこのフリマで売るような余り物はなく。ちょっと寂しい気持ちにもなる。
それに……。
「でも、結構買ってくださる方もいらっしゃるのですよねぇ。シャツも下着も。
下着はそうそう売れないですけど、たまに男性の方が買っていってらっしゃるのですよ。
親族か恋人の方のために買っていってるものと思ってましたが……ふふ、違うのでしょうか…?」
ユニセクシャルなシャツはもとより、下着もたまには売れているのだ。
だからこうしてわざわざ、ほぼ毎月フリマに出店しているのだ。休日他にすることがないとも言えるが。
「……ああ、そうでしたね。この世界、男性と女性で結構服飾が違うのですよねぇ。
ラク先輩の下着だとスースーする……ああ……フフッ。そうでしたそうでした。『からだのつくり』も微妙に違いますね。
そうすると、ラクさんが私の下着を履いたらピッチリしすぎちゃいますね……ん、うん。さすがに言い過ぎました」
白昼の屋外で話すには若干きわどい線に入りつつあることを(今更)自覚したルリエル。
ふざけた笑みも抑え、咳払いとともに話題を止める。
「………でも。さすがに長話になっちゃいましたし。
せっかくだからシャツの一枚くらい、買っていきません? ね? ね? ラクせんぱぁい…?」
おずおずと、どこかぶりっ子ぶるような視線で毒嶋を見上げる。やっぱりモノは売れてほしいし、お金もほしい。
■毒嶋 楽 > 「あー、楽先輩。昔を思い出すねえ。
今は一年生だから、なかなかそう呼ばれる事もないし、そもそも俺ちゃんが居たときに後輩だった奴らはぼちぼち卒業してるだろうし。」
悪い気はしないが、少し気恥ずかしい。
相手の方が年上そうに見えるからという部分が大きいが、この島での先輩後輩の関係なんてのは年齢に左右されないことも多い。
「あー、ええと……何て言うか。
素肌というよりは、ええと、排泄……に関わってくるから、かね。
ほら、そもそも下着って絶対に内側に重ね着するもんでしょ。」
だからまあ、シャツはセーフ、と説明を重ねていく。
正直真昼間に、公共の場でしたい説明ではない。とても恥ずかしい。
しかし寂しそうな気配を感じ取れば、説明せざるを得なく感じてしまい。
「……………ふ、ふぅん。
まあ、いろんな人が、居るカラネ。
衣類として使わなくも、急に布地が必要になったのかもしれないし。」
ルリエルの顔を直視出来ず首ごとぐるりと逸らす。
買っていった客の事も解らなくも無いが、解ったら負けだと思った。実際負けだ。
「まあ、そういうこと。
肉体的な違いはどうしてもあるから。特に下着周りはその辺顕著だし。
……うん、恐ろしいこと言いださないでくれるかなあ。」
自分自身とは言え女物下着を身に着けた男を想像するのはしんどい。かなりしんどい。
「急に商売っ気出してきたあ……
まあ、シャツくらいなら……幾らだっけ。500円かあ、晩飯どうすっかなあ……」
ルリエルの言う事は尤もで、流石に立ち話を長々と続けて帰るだけは非道だとは思う。
根負けする様にその場にしゃがむと、本腰入れてシャツの山を漁り始めた。
金銭的余裕は……まあ、帰ったら寝るし夕飯はいらないか、と。
■ルリエル > 「まぁ。そんな若いのに『昔を思い出す』とか、ジジくさいですよぉ?
それともそれだけ生き急いで…いえ、人生経験が豊富な方なんでしょうかね、ラク先輩は。
いまの人間の平均寿命はすごく長いんですから、昔とかあまり思い出さずに気楽に生きましょう?」
そう述べるルリエルの姿勢はいまにも再び寝そべってしまいそうなほどに崩れている。
ウン千年と続けてきた怠惰生活はそう簡単に抜けるものではない。
「……ん、排泄? ああ、下の下着のほうの話ですねぇ。別にぃ、しっかり洗えばそんなに気にならないとは思うのですが。
というか、私は《天使》なのでそういう汚れとは無縁なのですけど。ええホントに。
……いえ、きっとこれは実際に綺麗か汚いかではなく感じ方の問題なのでしょうね。ええ。その感覚は私にも覚えはあります」
一応は保健課のはしくれであるルリエル。衛生に関する現代人の感覚というのも、肌感で理解はしつつある。
自分の感覚との乖離に、未だ馴染めずにはいるのだけれど。
だから、故郷の世界ではめったにやらなかった『洗濯』という作業にも日々しぶしぶ従事していたりする。
そして、長いこと自分のスペースに居座った男に対し商売っ気を見せつけたルリエル。
だが無念、どうやら彼は余計な衣服1枚の購入すらも渋るほどにお財布事情が芳しくない様子。
夜勤までしてお金を稼ぐ理由が彼にはあるのだろう。それを察すれば、さすがにそれ以上ルリエルも強く出るわけには行かず。
「……フフッ、しょうがないですねぇ。いいですよ、ラク先輩。無理して買われなくても。
いろいろと興味深いお話も伺えましたし、私のタメにもなりましたから。
むしろ……ええ、お眠いところを長く話し込んでしまってこちらこそ恐縮ですね。ふふ」
妙齢の女性らしい、包み込むような笑みを向けつつ、座る姿勢を正し直して。
ルリエルは肩から下げたままのバッグからビニール袋を取り出すと、シャツの山から適当に1着抜き取り、無造作に詰め込む。
「お話していただけたお礼ですよ。これ、お持ちください。要らなければ切って雑巾にでもするといいですよ。
どうせ長く売れ残ったら捨ててしまうものですし。でもそれじゃ勿体ないですからねぇ。
ちなみに袋の下の方にはクッキーもおまけで入ってますので、お腹が空いたら召し上がってくださいな」
猫背の男に向けて押し付けるように袋を差し出すルリエル。
もし受け取るなら、中に個包装のバタークッキーが1枚入ってるのも感触でわかるだろう。あらかじめ入れてあったのだ。
■毒嶋 楽 > 「うっ……今の同級生は年下ばかりだし余計に老け込んでるのかねえ。
人生経験とかより、単純にこういう性分なだけ、だなあ。
思い出したくなくても、周りが年下ばかりだと嫌でも意識させられてねえ……。」
いやあ参った参った、と笑いながら頭を掻く楽。
少しはルリエルを見習うべきか、と冗談交じりに呟いて。
「そういうこと。まあ、この理屈だと上の下着はセーフなのでは?って話になるけど。
そこはそのそれ、基本上下セットって考え方だから。」
感覚の問題だから、異邦人には理解が難しい面もあるかもしれない。
それでも理解しようとすることは出来る。楽からしても、なるべくルリエルの感覚を理解しようとは思う次第であるからして。
「いやいやいや、流石に。流石にそこまでは。
なんだか据わりが悪いし、ここは支払う。支払わせて。」
流石にあまり公言するのは憚られる類の立ち話をした挙句無料で商品を持っていくのはルリエルが良くても楽は良くない。
それに周囲の店の視線もある。慌てて財布を引っ張り出し、押し付けられた袋と交換するように500円玉を差し出した。
差し出した、というよりはむしろ突き出したに近い。
■ルリエル > 「フフッ。まぁ、下着は普通共用しない・売り買いしないって覚えておけばいいってことですね?
わかりましたよぉ、ラク先輩♪
……でも勿体ないですし、いま並べてる分を引っ込めたりはしませんけどぉ」
ルリエル自身が恥ずかしくなく、そして一定の需要が見受けられる以上は、引っ込める理由もない。
……風紀や公安に『破廉恥だ』『不適切だ』と強く言われないかぎりは。
現代地球の感覚を学びつつあるルリエルではあるが、禁忌でもない決め事は適度に守り適度に崩すのが怠惰な天使のスタイルだ。
そして、そんな大雑把さで適当に見繕い適当に袋に詰めて押し付けた古着であるが。
毒嶋があわてて500円を取り出せば、ルリエルは意地悪な笑みを浮かべて、躊躇なくその小銭を受取る。
「はい、まいどあり♪
ええ。お金をもらっちゃった以上は、適当に選んだ服じゃなくてラク先輩の好きなのを持っていってくださいね。
……ふふ。小さい山の方から持っていっても構いませんよぉ?」
ちらり、下着の山の方へと目配せ。いままで話していたことをすっかり忘れてしまったような物言い。
もちろん冗談、からかいの範疇のつもりではある。エンジェリックジョーク。
「……身体を損ねない程度に頑張ってくださいね、ラク先輩。くれぐれも保健課のお世話にはならないように。
もし今後、どこかで働いてるラク先輩を見かけたら、その時は何か奢ってあげちゃおうかしら。
今日のお話のお礼、もしくはお話の続きってことでね……フフッ♪」
そう言うとルリエルは再び姿勢を崩し、《雲》のクッションにもたれかかるように寝そべってしまう。