2021/04/03 のログ
ご案内:「常世公園」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
落第街。公的には放棄され、存在しないものとして
扱われる区域。学園の管理下にある区域とは比較に
ならないくらい貧しいが……その傘下で生きるしか
ない生徒も確かにいる。

言葉にすれば簡単だし、己の目で確認したとしても
此処は辛うじて生きられる街なんだなと思われるが
関の山。実際に暮らす者の苦労は理解されにくい。
ともすれば、同じ落第街で暮らす者からの理解すら
得られるか怪しい。

大抵の場合、生き延びられているのは強い者の下に
上手く居場所を作れたか、弱い者同士での扶助に
助けられているかのどちらか。決まった所属もなく
出来る限り1人で生きる者は少数派だ。何せ志しても
その大半はあっさり闇に呑まれてしまうから。

閑話休題。

とにかく、落第街で暮らす身分の者……2級学生や
違反学生にとっては、普通の生徒が享受できる筈の
『当たり前』すら得難いのだ。

(……まあ、そんでもあーしはヌルぃ方だよな)

公園のトイレの手洗い場でハンカチを洗いながら
黛薫は溜息を溢す。落第街ではちゃんと水が出る
水道すら把握しておかないとそう見つからないし、
温水が出る場所を探そうと思えば尚更だ。

黛 薫 >  
ある意味、自分は手に触れている温水よりも微温い
環境で生きているのではないか、と考えてしまう。

違反学生の身分でありながら落第街の外まで足を
伸ばすのは余程面の皮が厚いか、落第街に馴染めて
いない半端者かのどちらか。自分は後者であると
信じたいが、本当は前者なのではないかと不安を
覚えたのも今日が初めてではない。

「……これ、落ちなぃな?」

元々は白かったはずのハンカチ……泥と黄ばみの
上から赤い染みがついた布地を見て嘆息する。
わざわざ血の染みを落とすために落第街から出て
きたが、遅きに失したらしい。

今更清潔感など気にしていられる立場ではないが、
傷を押さえることもあるから、清潔な布地くらいは
持っておきたい。特にこのハンカチは端に縫われた
肉球型の刺繍が好みでずっと手放せずにいたが……
流石に潮時だろうか。

黛 薫 >  
ふと顔を上げれば、目の前にはよく磨かれた鏡。
角の辺りには多少の水垢が残っているものの……
顔が映るくらいに綺麗だし、何より割れていない。
落第街ではまともに使える鏡すら滅多にないのに。

手元に視線を落とす。陶器の洗面台にもヒビはなく
手指の消毒液はきちんと補充されている。固まった
汚れがこびり付いてもいないし、パイプから悪臭が
昇ってきたりもしない。

(……コレが『当たり前』なんだよな、本当は)

人間が享受できる健康で文化的な最低限度の生活。
所謂生存権というモノを……自分は手放している。
奪われた、などと被害者ぶるつもりはないけれど、
好きで放棄したつもりもない。

それでも、周りから見たら自業自得なのだろう。

たかだかハンカチひとつ洗うだけに、何を勝手に
落ち込んでいるのか。自嘲気味に大きく息を吐き、
布地を絞る。はっきり赤く染みが残っているのに
絞っても滴るのは透明な水ばかり。

黛 薫 >  
見上げれば、人を感知して自動で点灯する照明。
床と壁のタイルには目立った汚れもヒビも無く、
呼吸をしても洗剤と消毒薬の匂いがするばかりで
汚臭はほとんど感じられない。

落第街に点在する、放置された公衆トイレでは
息をするだけで吐きそうになるというのに。

(……あぁクソ。ヤなコト、思ぃ出しちまった)

急に居心地が悪くなり、トイレを後にする。

誰もいない、いたとしても自分なんかをわざわざ
見ていないはずなのに、ぞわぞわと身体中の肌に
這い回る『視線』の感触が蘇る。

パーカーの上から、手首につけられた傷を親指で
押さえる。幻触の感覚は切っても掻きむしっても
消えはしないが、痛みで意識を逸らせば少しだけ
マシになる……気がする。

息を吸って、吐く。それだけに意識を集中する。
過ぎ去るまで待つしか方法はないのだから。

ご案内:「常世公園」に藤白 真夜さんが現れました。
黛 薫 >  
「……はぁ」

過ぎ去ったわけではないけれど、辛うじて我慢が
出来るまでは耐え切った。首筋に汗が滲んでいる。

幻触は何の前触れなくやってくる場合もあるし、
切っ掛けがあって呼び起こされる場合もある。
いずれにせよ、パニックを起こさず乗り切るのは
そう簡単ではなくて、上手く抑え込めたとしても
酷く消耗してしまう。

ぐったりと足を引きずりながらベンチに向かう。
落第街の外にいると、罪悪感染みた感情が常に
追い立てて来るようで落ち着かないけれど……
今はまず、休まなければ帰るに帰れない。

藤白 真夜 >  
「……う~ん。確かこの辺にいたはずなんですけど……」

何かを探すようにきょろきょろとしながら、公園をゆらゆらと歩く、私。
以前に子猫さんと遭遇した場所であり、あわよくばもう一度会えないかな、なんて虫の良いことを考えているのですが。

(……結局、逃げられちゃうんですよね。
 う~ん……野良の方にはよくない気がするのですが、猫缶を差し上げなくては私では一生無理なのでは……)

……けれど、ふと。
ベンチで休む人影を見れば。
子猫とは別の、探しびと。

「……薫さん……!」

以前も見た、あの可愛いパーカー。見間違うことは、無いはず。
思わず、恩人の元に嬉しそうに駆け寄ろうとするものの、様子がおかしい。

「あ、あのっ、薫さん、ですよね?
 い、以前勝手なお願いをしてしまった藤白ですっ。
 ……あの、大丈夫……ですか?」

おどろかせないように、ベンチに駆け寄って。
……どうしても、心配そうな瞳で彼女を見つめてしまう。
どこか、以前に見たときにもまして、辛そうな彼女を。

黛 薫 >  
ひゅ、と小さく息を飲む音が聞こえた。

意識の外から飛んできた視線に、反射で警戒する。
パニックを起こさずに済んだのはその視線に悪意も
害意もなく……寧ろ普段向けられるモノと比較して
好意的にすら感じられたから。

「あ、ぁ……えと、祭祀局の……真夜、でしたっけ。
お久しぶり……って言うほど経ってない、すかね?」

大丈夫か、という問いには敢えて答えなかった。

長い前髪に半ば隠れた瞳は前回にも増して不安定に
揺れていた。汗で濡れた頰にも髪が張り付いている。
近頃、春の訪れと共に温かくなってはいるものの、
此処まで汗をかくほど暑くはないはずだが。

藤白 真夜 >  
「……! はいっ。」

……お、覚えててもらえたっ……!
それだけでちょっぴり上機嫌になって綻ぶような笑顔を。

……で、でも、それどころではないのでした。
ほんの少しだけ、医療を学んだ私ですら、わかります。
異常な発汗に、何より苦しそうなその振る舞い。
……これで瞳孔が開いていたら――、いや。
何よりも、私の願いを聞いてくれた恩人が、弱っている。

……私の問いに答えなかったことに、理由はあるのだろう。
きっと、触れずとも良いはずだ。むしろ、彼女はそう望んでいるのかも、と。
……でも、今だけは、できない。

「……ちょっと、失礼します……!」

懐からハンカチを取り出して、彼女の額の汗を……許されるなら拭おうと手を伸ばして。
許されたならば、乱れた髪を優しく整える、つもり。
仮に、その手が届かなくとも。

「す、すみません、でも。
 ……あの、私、困っている方を見ると、放っておけなくて。
 ……お水とか、持ってきましょうか?」

……本当は、困っている人を見ても何もできないことも、多いのだけれど。
せめて、この方だけは。

黛 薫 >  
貴女の手を拒絶はしなかった。しかし気を許して
いるというよりは抵抗の余力が無いように見えた。
汗に濡れた肌は血の気が引いて生白く、暑さより
体調か精神の不良に起因するのが見て取れる。

「水は……いぁ、今は……いらねーです」

喉が渇いている自覚はあるが、今は何か口にしても
飲み込める気がしなくて断る。見て分かるほどに
状態が悪かったか、それとも相手が敏感だったか。

恐らくは前者だろうと自覚してしまえば、問いを
流すことに拘泥する理由もない。細く長く吐息を
漏らして、軽く居住まいを正した。

「放っといてもイィんすよ、あーしのコトなんて。
いぁ、あーたの心掛け?とかを否定するワケじゃ
なぃすけど。良くあるコトなんで、気にしてたら
キリがねーんですよ」

藤白 真夜 >  
「……は、はい。……」

やはり、心配してしまう。
余計なお世話かもしれないけれど、ハンカチを水に濡らして冷やせば……そんな、場当たり的な対処をしようと、して。
せめて、彼女の邪魔をしないように、壊れ物に触れるように、汗を拭って髪を整える。

……私は、薫さんのことを、知らない。
それこそ、名前と瞳の色とパーカーの趣味くらいしか知るものはないだろう。
彼女は、私の問いに最初は答えなかった。
初めて会ったときも、私のお礼は受け取らなかった。
この言葉も、そうだ。
助けとすら言えないだろうけど、私を前に、一歩引く。
それが、彼女の処世術であって、人となりなのかも、しれないけれど。

「――いいえ。放っておけません」

「……あなたは、本当に、私の恩人なのです。
 こ、こんなことを言われても、困ってしまうと、思いますが。
 ……すごく、身勝手な願いを、あなたにしてしまったのですから。
 ……何より、」

「あのとき。
 あなたも、明らかに怪しい私のお願いを、放っておかなかったでしょう?」

心配する瞳から、……信じる瞳を、彼女に向けて。
……私は、このひとを、知らない。
今も、どこか逃げるような、面倒事に巻き込まれないようにしているだけかも、しれないけれど。
私にとって、このひとは、"良い人"だったから。

黛 薫 >  
「……困りはしなぃすけど、理解もできねーです。
まーそれに関してはあーしが聞いてない、ってか
聞く気がないだけなんで?イィんすけどね」

例えば会話を切り上げようとするとか、その場を
離れようとするとか。彼女は露骨な逃避の行動を
試みたりはしない。しかし貴女が感じ取った通り
言葉の端々には踏み込まず踏み込ませないための
意識が滲んでいた。今の答えにしてもそう。

「はぁ、でも……そーっすね。あーしもあーたを
放っておかなかったのは事実か。それ言われると
変に断るのも意地悪ぃな。……じゃあ、この間の
一件と今日のコレでおあいこ、でどうすかね?」

心配と信頼、純粋な『視線』に毒気を抜かれて諦める。

しかし、差し伸べられた手を取ると決めたからと
いって平常心を保てるかと言われれば別問題だ。

(……真夜は『こっち側』の人だもんな)

例えば、違反学生と話しているのを誰かに見られて
咎められないか、後で自分の内情を知られてしまい
嫌な気持ちにさせないか。不安や心配の種は尽きず
……むしろ優しさを感じてしまったから、余計に
傷付けたくなくて、触れるのが怖い。