2021/07/18 のログ
ご案内:「常世公園」に藤白 真夜さんが現れました。
■藤白 真夜 >
「ふう……、すっかり暗くなっちゃった」
仄暗い路地。
ぱちゃり。路に溜まった水たまりを、避けたつもりで踏み抜いた音が響く。
幸い、近頃は異常な雨季も少し落ち着いていて、靴が濡れるほどの深さは無かったけれど。
昼頃、急に降ってすぐあがった雨が、いよいよ強まる夏の日差しに撃たれた名残り。
沈みゆく陽にうだるような暑さは感じないけれど、蒸し暑くて、じとじとと粘るような……嫌な空気。
そんな時間になるまで何をしていたかというと、結局バイトだったりするんです、けど。
(……このところ、こういうのばっかり。
ううん、暇しているよりかは、良いと思うんですけど。
……結局、七夕にも何もできなかったな……)
別に、そんなに時節柄のイベントを気にする性質ではなかったつもり、だけれど。
願い事、というと、少し考えてしまっていたから。
歩きながら、自販機の前で立ち止まる。
しとどに濡れたそれの放つ光に、夏の虫たちがぱたぱたと集っていた。
……どこに行けるわけでもなく、プラスチック越しの光源に向かって飛ぶ、蛾。
……結局のところ、私の中では……学業にバイトに、忙しくて忙殺してしまう程度の、優先順位。
ただそれだけだと言えば、そうなのだけれど。
どこか、気怠さを感じた。
きっとそれは、夏バテでも、バイト疲れでもない、なにか。
■藤白 真夜 >
……私の願いなんて、決まっている。
せめて、真っ当に。
ただ、それだけ。
今、こうして自販機の前で足を止める私は、何を買おうか迷っているくらいに傍目には見えるのだろうか。
けれど、自らが無為な時間を過ごしていると自覚するだけで、私の背筋に、暗く……重苦しいなにかがのしかかるのを感じる。
この感覚から逃れられるのは、私が行動している時だけ。
誰かのために、なにかのために。
少しでも、自分が"良いもの"であるための、行動。
私の中では、少々無理をしてでも、労働は"良いこと"らしい。
豪雨で詰まった水路の整理、水で溢れた店内の掃除、いつもどおりの怪異の囮……。
誰かのためになるのならば、どうせ異能で恒常性を保たれる私の体力なんて、安いものだと。
……事実、働き詰めでも、私はさして疲れていなかった。……はず。
……でも、考えて……やっぱり、一度止まった脚は重かった。
七夕に願うのも忘れるほどに乞い願うそれは、……本当の願いなのでしょうか?と。
(……ただの、イベントでしょう?
織姫さまと彦星さまが、出会うだけの……そういう、"決まり"なだけ。
本当に、信じているわけなんかじゃない。本当に、叶うわけじゃない。
何より、私はその間、頑張ってたんだから……、)
自分を説得するような、言い訳をするような、内心。
昔から、イベントなんて気にしてはいなかった。そんな暇も、なかったから。
そんな暇があるなら、目標に向かうべきだ――そう、思っていた、けれど。
■藤白 真夜 >
(……いやいや。
だって、恥ずかしい、ですよね。
『嫌なコトを忘れて生きたい』
……そんな願い事飾るひと、いませんよ?)
自分の中で生まれた疑惑を晴らすように、必死に理論を組み立てる。
そうだ。
七夕なんて、自他に対するポージングにほかならない。
――私はこういう願いを持っているの、すごいでしょう?
そんな、自らを曝け出して歓べるひとがすること。
私のような後ろめたい考えのニンゲンがすることじゃないんだ。
自販機の前に立ったまま、お気に入りの紅茶の飲料のラベルを眺めていた。
……喉は全く乾いていないのに、体が汗ばむ気が、した。
自分に、真っ当に願う資格なんてない。
そんなことわかっている。
けれどそれは、七夕なんてただの催しごと、そう軽んじる私と食い違った。
ただのイベント、絵空事だと言うのならば、気楽に願えばいいのだから。
恥ずべきことというのならば、願いを秘めればいい。
ただ、『うまくいきますように』と。
(……)
心の声は、ようやく静かになった。
それでいて、手遅れの喪失感と、もはや擦り切れた恥辱を感じる。
……そうなのです。
私はきっと、ただ逃げていただけ。
願いを、カタチにすることに。
■藤白 真夜 >
織姫さまと、彦星さまが、出会うのだと言う。
年に一度だけの、逢瀬。
……だから願いも叶う?
あんまり詳しいわけでもないけれど、それはちょっと都合がよすぎる気がしますよね?
……想い人との逢瀬に憧れはするけれど、実感は全くわかりませんし。
願いは、自分のちからで叶えるもの。わかっている。私は嫌というほど。
誰かの力を借りることは、もう無いだろう。それは贖罪ではないから。
なのに、私は他人に依存している。誰かに"良い"と思われること、思われる自分であることが、私の目的だったから。
矛盾した挙げ句、弱々しく独りで立たなければならない。
……だからこそ。
私の願いだけは、曲げてはならなかった。
おまじないなんかに逃げずに、弛まず努力すること。
それだけが、正解だと思っていた。
根拠も無い願いを祈るだなんて、現実的な努力への稚拙な冒涜だとさえ。
……でも、違う。
(……私に使えるものは、全て使おう)
恥ずかしげも、惜しみもしない。
願ってどうにかなるものじゃない、現実的じゃない、そんなことわかってる。
でも、明らかにしたかった。
自分の願いの場所を、標を。
夜闇のただ中を走り続けるような想いに、たとえ届かぬとしても……輝く星空を目指せるように。……天の川を、越えられるように。
■藤白 真夜 >
時期なんて思いっきりハズレているし、とんでもない遅刻だ。
けど、それこそ願うだけ、だから。
元から、七夕なんて信じるわけじゃない。
……私の願いを、信じたいだけだから。
明るい自販機から目をそむけて、夜空を見上げる。
もうすっかり真っ暗だ。……だからこそ、星が見えた。
願いをこめるように、瞳を閉じて、手を握った。
どこに届くこともない、願い。
私にだけ、届けば良い。
……出来ることなら、今頃ひとりぼっちの織姫さまへ。
「……どうか。
人が善いものでありますように」
……私に。
罪を雪げる余地が、残っていますように。
ご案内:「常世公園」から藤白 真夜さんが去りました。