2021/11/14 のログ
ノーフェイス >  
「馬ならすぐにでも乗り回せるんだけどねえ…ああいうのもカッコイイよな…」

 馬は馬でも鋼鉄製、ガソリンの血脈が流れる青年の愛馬を横目に見た。
 重たい唸り声をあげる移動手段、メンキョというものを乗れないというわけではないだろうが…

「クルマとかが走ってるトコにもいたよー、フーキイインのヒトたち。
 ああいうひとたちに、『メンキョみせて~』って言われちゃうんだったら…
 しばらくは機関車とかバスで我慢するかな、また余裕ができたら、
そっちでも頼らせてもらっちゃおうかな、カッコイイやつ、乗り回したいし~」

 単車をしげしげと眺めながら、うきうきと声を弾ませている。
 要するに、今は金銭的な…余裕がない。
 何よりも、カレの仕事ぶりをみないままあれこれ任せるのはそれはそれで不義理だと思っていた。

「写真…あとからくっつけるのはできるかな?
 実は忘れてて…いや…そもそもあの娘、写真に映るのか…?
 …ま、まあいいケド…とにかく、施設利用とかそのあたりできれば、
そのへんはコッチでなんとかするサ」

 端末を覗き込んでいると、彼と視線があった。
 ああ、と得心して、コートのポケットに手を突っ込んだ。
 札束…というわけではないけども、提示された金額には足りている。
 ATMから下ろしてきたわけではなく、稼いだ手渡しの金を、
そのまま持ち歩いているのか、札の単位や製造年はまちまちで、くしゃくしゃなのも混ざっていた。

「カンラクガイの隅っこのほうで歌ってるんだ。
 バーとか…いまはね、もう少ししたらいろいろ準備してもちょっと大きいハコでシたい。
 ボクは、ノーフェイス。 よろしく、探偵さん、そう、明後日ね…?
 ケータイも持ってないボクだけど、ちょうどいい連絡手段を思いついたんだよ」

 顔立ちからそうなのか、笑みの獰猛さが深まった。

ノア > 「ま、無くても乗れるがそん時ゃ自己責任だな。
調達するのは代わってやれるけどな」

ルールに縛られた黒色の愛馬を見やり、言う。

「似合いそうだしな、あんた。
線が細いのに肉付きが良い。そういう子がバイク乗り回すってのもなかなか絵になる。
モデルでもやってけるだろうさ」

おだてるような事を言うつもりは無い。
実際仕事探しから始めるなら斡旋できる先も知っていての事だ。
見目さえ良ければ経歴など問わないという所も多い。

「あぁ、それなら適当にこっちで上手い事しておく。
どうとでもバケられそうな写真はっつけておけばオシャレしてますの一言で何とかなるもんだ」

特に女はな、と笑い、剥き出しのまま渡された札を数えて行く。
札の綺麗汚い等気になる物でも無い。
数えてみれば額には足りているどころか少し多いくらいだ。

「……確かに。
あぁ、それでか? どっかで見たような気がしてたんだが。
歌う場所の良し悪しなんてわかんねぇけど、入ってくるもんが違うだろうしな
俺はノア、今更だが個人の探偵業をやってる。
ノーフェイス、ね。オッケ。
明後日またここでも構わねぇけど……連絡手段?」

もう一人の名前は? と言いかけて、顔を上げる。
吊り上がった口の端、白い歯の並んだ笑顔が眼前に迫っていた。

ノーフェイス >  
「ポケットの中身どころか、隠し持ってるものも見抜かれちゃいそうだね…」

 探偵ってやつはこれだから、と、どこか懐かしむように女は笑った。
 とはいえ着の身着のままだ。身だしなみには最大限気を使っているが言わばそれだけ。
 商売道具になりえる部分は完璧といえるくらい整えているのに、煙草の匂いが香る。

「モデル…、肉付き…、へへ、ありがと。
 口説かれてる気分っていうのもやっぱり悪くないモンだ。
 でも、ボクが目指してる路線とはちょっと違うんだなぁ…
 キミは、どぉ?探偵…天職ってカンジ?」

 言われるとあらためて、出来栄えを確かめるように両腕を広げて自分の身体を見下ろしてから、
満悦の笑みで彼に応える。臆面なく言えるのは、慣れているのか、惑う程の興味がないか。
 女にとって、狂いづらい相手は信用できる、あるいは既にそうなっている相手は。

「かも? 歌に夢中で気づかなかった。
 じゃあ、よろしくねノア…ふふ、わかってるんだろ?
 焦らさないでよ…ボクはアレに乗りたいんだって…。
 キミのヤサの近くでいい感じに寝れる店があったら連れてって欲しいな。
 ボクがそこにいるって分かれば、キミだって迷わないだろ?
 
 その時、ココがちゃんと入学した生徒サンたちで賑わってたら、やりづらいしね?」

 身体を起こし、視線は相変わらず鋼鉄の馬に。
 あれこれ言うが、要するにバイクに乗りたいだけだ。
 彼がデートの約束をしていないことは確認済みだし、
珈琲から始まってのアフターサービスを要求してもバチは当たるまい。 

ノア > 「見たくないもんまで見えちまうくらいには、ね。
お気に召したならそりゃよかった。
あの手の業界に斡旋するだけで金が貰えるんだが、まぁ褒めた言葉に嘘はねぇよ
天職、ね。モグリでも成果さえ出してりゃツテと金が手に入るって点では天職なのかもな」

仕事の道具くらいにしか、既に見れなくなっているというのが本当の所だった。
審美眼自体に狂いこそないが、それを愛でるのは自分では無いという意思が下世話な発想をシャットアウトさせている。
女に狂える程に、心に隙間がないだけにも見えるだろう。

「ま、俺も聴き入ったわけでもねぇし、人違いかもしれんがね。
一日二日の宿くらいならいくらでも都合してやれっから、まぁ良いか。
……ヘルメットが一個しかねぇから、バレねぇようにトばすぞ?」

時折バイクに向けられていた視線には気づいていた。
一人で乗りたいなどと言われなかっただけマシだろう。

「そんじゃ、仕事は決まりだ。
明後日までに白札二枚。
お客様は後部座席におかけくださいっと」

飲み切った缶コーヒーをゴミ箱に放り投げる。
器用に吸い込まれていった事を目視してから、指の先でバイクの鍵を遊ばせてヘルメットを投げ渡す。

ノーフェイス >  
「アテにしてるよ、ディテクティブ。
 その見え過ぎてしまう眼を捨てていないキミは、とても信用できるヒトだ。
 これからもキミがキミとして在れるように、またお仕事をもってきてあげよう」

 あとはこちらに対価があるなら、契約は正式に成立する。
 契約成立…いい。この言葉にはとても馴染みがあった。
 渡した紙幣の分、余裕のできたポケットに、アタリを引いた手応えがしまい込まれる。
 女には、妙な気を起こさなさそうなさそうな硬さ…仕事に色を持ち込まない男に見えた。

(…ま、単にボクが好みじゃないってだけかもな~)

 そんな自意識過剰はここまでだ。
 受け取ったメットを当たり前のように被ると後部座席にまたがり、彼の腰に両腕を回し身体を寄せる。
 振り落とされるほど軟な身体ではないことが、体軸の頑強さから伝わるはず。

「公共のコウツウキカンじゃ出さないくらいトばすのー?」

 うきうきと弾んだ声。
 わかりやすく、楽しいことに女は積極的だった。
 正規の入学手続きを踏まないことも、スピード違反も、落第街にいることも、
それらの理由をそこまで深く考えていないことが伺えそうな…
 女はどこまでも軽薄だった。
 今回は金銭での契約が、かろうじてピンで留めるように女をここに縫い止めていた。

「じゃ、色々とヨロシク、ノア。
 とりあえず…安全じゃなくてもできれば無事故で!」

ご案内:「常世公園」からノーフェイスさんが去りました。
ノア > 「あいよ、任されましたよディーヴァ様。
本命が見つかるまでは捨てるつもりも無くてな。
忙しいくらいの方が気が楽だし、便利に使ってくれ」

仕事があって、解決できる範囲内であれば拒む理由など無い。
相手の素性が知れないからと断るようなら、あの街で探偵などしていない。
鮮血のような赤の髪、焔のような橙色の瞳。怖いくらいに通った目鼻立ちは一度見れば忘れる事は無さそうだ。
だからこそ、脳裏に張り付く既視感は異能や魔術の類なのだろう。
その美貌がヘルメットに隠されたのを確認するとエンジンを起こす。

「しっかり掴まってろ……って言うまでも無さそうか」

腰に回された腕と、密着した背に僅かに伝わる温度に人間らしさを感じながら。

「電車以上を道路でか? ……ま、せっかくだしな。
振り落されんなよ――」

ヘルメットを渡してしまったので、気休め程度にスポーツ用のサングラスをかけながら、言う。
黒色の大型バイクが鈍い音を立てて、その内の血を暖めていく。
通りを選べば見通しも良く、よく整備された常世の交通機関はかなり走りやすい。
速度こそ出るが、酷く揺れたりはしないだろう。

ゆったりと走りだし、大通りに出るとジワジワとスピードを上げていく。
搬入用の自動車専用の道路に乗り込み、60、70と上がり始めたメーターが100を示す辺りで維持する。
無論、違法だ。この道を私用のバイクが通過する事も、速度も含めて何もかも。次々にトラックを抜き去り、歓楽街の奥へと抜けて行く。

暴力的な程に吹き付ける風に髪を乱しながら、ふわふわとどこか掴みどころのない軽薄な少女を運ぶ。
風を切る音でもはや何も聞こえないが、背後の彼女はこのドライブを楽しんでいるだろうか。

振り向く事もしないまま、黒い馬車は夜を駆けていく。

ご案内:「常世公園」からノアさんが去りました。