2022/03/28 のログ
ご案内:「常世公園」にノアさんが現れました。
ノア >  
「━━また今年も綺麗に咲いたもんだな」

未だ冷たい風の吹く秋の夜、ベンチに凭れて一人呟く男の姿があった。
確か、去年もこうして同じように桜の花越しに空を見上げていた。
使命感に駆られて動かしていた身体に充足感などはなく、あの時そんな心持ちでここに立ち寄ったのは何故だっただろうか。

━━忘れちまったな。

苦笑しながら傾けたプルタブが乾いた音を立てる。
見上げた薄桃色の帳は月光に透かされて、淡く儚い色をしていた。
その明かりは妖しさすら感じる程に綺麗で━━何故だか胸の奥がざわつく。

湧き出た奇妙な違和感をを流し込むようにコーヒーに口をつけて飲み込む。
舌の上を慣れ親しんだ安っぽい苦味が撫でる。
それに安堵のような物を覚えるようになったのもいつからだったか。

ノア >  
刹那、風にあおられた花びらのひとひらが頬に触れそうになって反射的に飛び退く。
ベンチに凭れたままの姿で退く先など、どこにもなかったのだが。
一瞬で心拍数は跳ね上がり、寸前で躱した花びらがベンチの端に落ちるのを思わず睨みつける。

あぁ、これは違う。
ややあってから自分に呆れるようにして頭を振って平静を取り戻す。
額や背中からは嫌な汗が吹き出して、手は無意識にコートの内に秘した鈍色の銃器に向いていた。

心当たりは大いにあった。落第街の一角、閉鎖区画と呼ばれた一件だ。
触れれば死んだも同然の末路を迎える、悪夢のような花と戯れた数日間。

ノア >  
「……嫌ンなるな」

しばらくは花を見るだけで気分が悪くなりそうだった。
暴れた拍子にいくらか零し、中身の軽くなったスチール缶を傍らに置いて煙草に火を灯す。
八つ当たりとばかりに赤く熱した煙草の先を落ちた桜の花に触れさせたが、
燃え上がるようなこともなく表面を少し焦がしただけだった。
もっと容易く燃え尽きてくれれば苦労もしなかったというのに。
植物ってのは存外タフにできてて良くない。

ノア >  
とはいえ、あの汚ぇ花畑の諸々は既に終わった事。
焼き尽くされた果てに、碌に跡すら残らず消えた。

(人も、営みも、何もかも。灰と瓦礫の山ンなって消えちまった)

多少の感傷を乗せて紫煙を肺の奥から細くして吐き出す。
薄い灰色の煙が解けるようにして星空に溶けていく。

あんな街に生きてんだから、あの手の"災害"に巻き込まれる事だってある。
理屈では分かっていても、御し難い怒りのような物は腹の底に未だ残っていた。
不意に、連絡が端末に届いた。

「――あぁ、分かった。変な手間かけさせて悪かったな」

落第街の破落戸連中、そんな中でも怪我せず稼ぐ為に情報を売る奴らや誰かの手駒として小銭稼ぎをする奴もいる。
今回は後者で小銭を払うのは自分だった。

吸いかけの煙草を携帯灰皿に押し付けて、残ったままのコーヒーを一息に飲み干してゴミ箱に放り投げる。
ガラン、と吸い込まれるようにスチール缶が落ちた音を耳に捉えてベンチを後にする。

「おっさんが花火やるってんなら、もう一回くらい花畑踏み荒らすくらいはしに行くか……」

誰の依頼でも無い。最早ただの憂さ晴らしに近い。
ただ、踵を鳴らして向かう落第街への足取りは、久しぶりに軽かった。

ご案内:「常世公園」からノアさんが去りました。