2020/07/19 のログ
ご案内:「カフェテラス「橘」」に追影切人さんが現れました。
追影切人 > カフェテラスの2階、その窓際の隅っこのテーブル席にて。
中途半端に広げられたノートと参考書の上で突っ伏している。

「クソが…何で期末考査なんて面倒な事しなきゃならねーんだっつぅの」

小さなぼやきは周囲の学生や常連客の他愛も無いお喋りの中に掻き消える。
現在の所、赤点や補習はギリギリ回避できそうだが正直安心は全く出来ないライン上。

(そもそも、こういうのが将来何の役に立つっつーんだよ……俺にゃその”将来”すら見通し立たねぇっつぅのに)

気だるそうに顔だけ上げて窓の外を見遣る。眼下の学生通りを歩く往来をぼんやりと隻眼で眺めて。
第一級監視対象――監視が必要な問題児達にして、いざという時の非常時戦力にして生贄の羊(スケープゴート)。
現在”表向きには”3人が風紀と公安の一部に公表されているが、知名度が高いかと言えばそうでもない。

(女狐は――まぁ、アイツ変に世渡り上手そうだし、性悪女は確かアイツ実家とかそういう”まともなモン”あった筈だよな)

つまり、”何も無い”のは自分だけだ。そもそも刃には斬る事が求められる…それ以外は何も無い。

追影切人 > 「つーか、勉強なんてしたくねーー…数字とか見たくねーー…ややこしい漢字とか英語の文章も見たくねーー…。」

再びテーブルに突っ伏す。得意科目?ねぇよそんなモン。
ただずっとこうしていてもしょうがないので、直ぐに顔を挙げて参考書を見下ろす。

「……よし、諦めるか」

決断は早い。傍らに置いていたアイスコーヒーのグラスを手に取りゴクリ、と飲みつつついでに頼んでいたドーナツを頬張る。ウマー。

追影切人 > そして、夕方までダラダラしつつ無駄に時間を過ごしてから男はカフェテラスをフェードアウトするのであった。
ご案内:「カフェテラス「橘」」から追影切人さんが去りました。
ご案内:「カフェテラス「橘」」に五百森 伽怜さんが現れました。
五百森 伽怜 >  
「のわ~~! 何でもう夜なんスか……っ!」

頭に乗せた鹿撃ち帽を押さえながら、少女は一人、絶望の声を漏らす。
彼女の手元に置かれているのは問題集とノート。
明日で終わりを迎える試験の追い込みをしているのだった。

「最後は……うーん、英語ッスか~……」

言語学、読解の問題だって難しくていい点数は取れないのだ。
海の外の言葉など知ったこっちゃないのである。

というかそもそも。

「何なんスかこの、面白問題は……」

じっとりとした目で目の前の教科書に載っている図を見る。
そこに描かれているのは、
羽を生やした冷蔵庫。
同じく、電子レンジ。テレビ。オーブントースター。
皆、人間の腕と足を生やしているものだから、そのセンスには……
伽怜は静かに、鹿撃ち帽を脱いでテーブルの横へ置いた。

「か、可愛くね~……ッス」

五百森 伽怜 >  
「あー……もう、全然集中できねーッス!」

シャーペンをテキストの間に置いて、そんなことを口に
する伽怜。
集中力を途切れさせるような問題を前にして、無意識の内ではあったが、ここぞとばかりに休憩モードに入る。

後頭部に両手をやり、足を伸ばせば背もたれに
ぐっと身体を預ける。ずず、と椅子が後ろへずれる音
が重々しく響いた。

「勉強って、何でしなきゃならないッスかねぇ……」

試験最終日前日に頭に思い浮かべるような疑問ではないの
だが、今の彼女にはちょっぴりの現実逃避が必要だったのだ。

『こちら、ショートケーキになります~』

店員が持ってきてくれた甘味。
彼女にとっては、まさに神の助け舟であった。
目の前にことりと静かに置かれたそのケーキは、
皿の上で照明を受けて白の海にぽつんと置かれた赤を
輝かせている。

「おおおっ……美味しそうッス!」

皿の上に乗せられた小さな銀のスプーンを手にとれば、
掬って一口。また、一口。

「ああ……幸せッス……明日がテストじゃなければ、
 本当に最高の時間ッス……」

彼女にとってこの甘味は、悲しみの月曜日の到来が近づいていることを拭い去るだけの効果は無かったようだった。
甘いものでも食べれば少しは気も晴れるだろうと思って注文したのであるが、計算は外れた。
そんなに簡単に人の悩みは消え去らないものである。

五百森 伽怜 >  
ややあって。

至福の紅白は、一瞬の内に皿の上から溶けてなくなってしまった。
お腹をさすりながら、彼女はふぅ、と満足げに息をつく。

「あ、そうだ……忘れちゃいけないッス」

足元に置いていた通学用の鞄をごそごそと漁ると、
そこから取り出したのはプラスチック製の小さな容器だ。
そこに入れられているのは、幾つかの種類の錠剤。

彼女はそれを手に取れば、店員がケーキと共に置いていって
くれたコップを見やる。

そこには、ただただ透明な水が入っていた。

『あの子には近づいちゃいけません! あの子の血はね――』

一瞬、そんな女性の声と共に、小さな男の子の手を取る母親の姿が、脳裏を過る。

『なーなー、お前の母ちゃんってさ――』

コップの上を滑る雫と共に。
教室の端で、話しかけてくる男子たちの姿が彼女の脳裏に揺らめく。

『……そうやって、お前は僕たちを誑かしてきた訳だ――』

屋上で、冷たく言い放つ男子の姿がありありと彼女の
心の目に映る。

そうして、複数の記憶は一つに重なり、彼女の内で
共鳴するように音を響き渡らせる。

『――汚い血なのよ』

母親が。

『――いんま、なんだろ~!?』

クラスの男子たちが。

『――化け物め……』

大切だと想っていたあの人が。

口にする。
自分に対して。
蔑むように、見下すように、忌避するように。
記憶の中の彼らの言葉は時が経っても、
伽怜の心を抉るだけの鋭さを持っていて。

五百森 伽怜 >  
そして、誘発されるようにフラッシュバックしかける
彼女にとっての『最悪の記憶』は――

『なぁ、お前さ……好きなんだろ? そういうこと――』


――静止。頭を小さく振る。


そうすれば、何のことはない。
目に映るのはゆるいキャラクターが描かれた
英語のテキスト。
少しの生クリームとスポンジの欠片を残した皿、
そして掌の中の錠剤だけだ。

「……あたし、負けないッスから」

小さく、しかし力強くそう口にする。
一頻り奥歯を強く噛んでから、錠剤を口に放り込む。
すぐに水を注ぎ込めば、静かに一息。
少し揺れる肩を押さえて、彼女は目を閉じる。

目の前を見やれば、天外が見える硝子に自分の顔。
そして、紫色の瞳が映っていた。

心魂堕落、チャームパッシブ。
それは、淫魔の血を流す彼女の瞳に宿された呪いである。

望んでなんかないのに、相手を惹きつけてしまう呪いの瞳。
この錠剤を読めば、その効果を弱めることができるのだ。

五百森 伽怜 >  
『このように、この常世島には、様々な問題があります。
あって当然です。
この島にはあまりにも多くの者が存在しているのですから。
今回扱った異能の有無問題に加え、貧富の連鎖……
加えて、世界へと転移してきた来訪者――異邦人たち。
だからこそ、「私達」は、みんなで過ごしやすい社会作りをしましょう』

授業で行われたディベート。
その締めに教師が発していた言葉を脳裏に思い浮かべた。
教室の隅で縮こまっていた彼女は、その言葉を聞いから、
胸の内のもやもやと時折対峙していた。

「……そんな社会、ほんとに来てくれるんスかね~」

はぁふぅ、と、二度テキストのページを息が揺らせば、
テキストの上に居る家電天使たちが、ぱたぱたと
上下に揺れ動く。

それを見て、少し微笑む伽怜。
なんだか、考えるのも馬鹿らしくなってしまった。
自他ともに認める明るさが売りの筈なのだが、
テストで落ち込んでいる心は簡単に、憂鬱の横にある
目覚まし時計を鳴らしてしまったようだ。

「……ま、考えすぎもよくないッスよね」

笑う。伽怜は笑う。
なんて自分らしくない考え事をしてしまったのだろう。
何があっても挫けず前に進むのが、自分ではなかったか、と。


シャーペンを手に取る。
何があっても、頑張らなくてはいけない。
明日は試験だ。
そう思い直し、頑張ろうという意志を新たに持つ。

さぁ、目の前の英語長文の羅列を紐解く時が来た。

「やあってやるぜッス……!」

シャーペンを握る手に力を込める。
するとどうだ、何だかやる気が出てきたではないか。
時計を見る。このペースなら、徹夜すればきっと
明日のテストだって。


不敵に笑う伽怜に、呆れた店員が遠くから苦笑するが、
今やる気に満ち溢れている彼女には、そんなものは聞こえない。
今や捩り不動の如く、闘志の炎がメラメラと目に見える勢いだ。




そうして。




「って、全然分かんねーッス~~!!!?」

悲しきかな。意志を持つだけでは障害は乗り越えられない。
30秒の後、響いたのはそんな悲鳴だった。