2021/07/05 のログ
神代理央 >  
「……それは……むう。好物を前にして相好を崩さぬ者は少ないだろう。その例えは、如何なものかと思うがね」

彼女の言葉よりも。その内容よりも。
何より、その新作スイーツを頼み損ねた事に不機嫌さと落胆が入り混じった様な表情。
その感情は、光を失った彼女ですら容易に感じさせる程。彼女の異能の特性すら必要無い程…なのかもしれない。

「…普通の学生、ね。それは強く否定はせぬが、肯定もしたくはないな」

これまでの彼女との邂逅を思い出せば、とても"普通"の学生とは言い難いのだが。
『風紀委員会』としての立場から見れば、彼女に素行不良だの違反部活との接点だの、そういった事柄の証拠がある訳でも無い。
結果として。個人的には彼女の言葉に頷けはしないが、立場上は否定も出来ない。
そんな言葉を、呆れた様な声色で投げかけた。

「…髪が重たくなったところで、何かしら不都合があるとは思えぬのだが。まあ、こればかりは男子の感性では分からぬ事だが」

近くの席にいた男子生徒や、ホールに出ていた女子の店員の視線が、艶やかな仕草の彼女に向けられる。
男女問わず魅了する様な色気。それと向かい合う少年は――まあ、概ね彼女も予想するであろう反応。
色気に惑わされる前に警戒心が勝っている。故に、朴念仁な反応を返すだけ。

とはいえ、湿気に対する問い掛けに是とも否とも言い難い様な答えと笑みが向けられれば、警戒心よりも勝る、興味。

「観察眼は人並みだと思うがね。
とはいえ、お前の言う事が分からぬでもないさ。どれだけ保存する術があろうと。姿形を保つ事が出来ようと。
傷み、朽ちていく環境である事そのものが不愉快。その気持ちは、分からなくもないさ」

恐らく、今迄で一番彼女に同意の意を示したかもしれない。
小さく頷きながら、不思議な笑みを浮かべる彼女に……ほんの少しだけ、笑い返してみせた。

シャンティ > 読まずともわかる、それだけの空気感がまだ感覚を残している肌を通して伝わってくる。思った以上の反応があまりに面白く……故に、声には出さずただほくそ笑む。そしてだからこそ――


「ふふ……わけて、あげて、も……いい、わ、よぉ……?」


そうやって提案も出してみる。彼のプライドは耐えることを選ぶのか、同じものを頼むという逃げ道を選ぶのか、はたまた許容範囲とみなすのか…… 実に興味深い。そしてどう転んでも、自分は楽しい。文句なしの展開といえる。


「あ、らぁ……そぉ、んな、に……評価、され、て、る……の、かし、らぁ……ふふ。光栄、と……いって、いい、のかし、ら、ねぇ……?」


自分は舞台に立つ役者ではない。あくまで舞台裏の人間に過ぎない。故に、ただの人、でしかない。そんな自分を評価されるのであれば、自分のしてきたことへの評価、とも言えるだろう。それは少しだけ誇らしいかもしれない。といっても、成果はまだいまいちではある。今後とも精進、といったところだろうか。


「そう、ねぇ……」

少し、考える。確かにあまりオトコノコには縁のない話かもしれない。


「折角……まと、めた……髪、が……ばら、けて……しまう、の、よぉ…… あと、単純、に……重く、なる……こと、も……ある、わ、ねぇ……こっち、は……オマケ、程度……だけ、れ、どぉ……」


そこで……ふと、何かを思い出したように一瞬首を傾ける


「ふふ……女の、子の、こと、はぁ……身近、な……女、の子……を、見て……みる、と……いい、かも……しれ、ない、わ……ねぇ? あと、が……こわ、ぁ、い……か、も……だ、けれ、どぉ……?」


くすくすと意味深に笑った。そういえば、彼女にとってこの邂逅も警戒対象だろうか。まあその時はその時、である。ただ、少しだけ……保険は必要だろうか?


「あ、ら……理央くん、って……そう、いう……思い、を……抱く、こと……ある、の、ぉ……? ふふ。崩れ、いく、もの……滅んで、いく、もの……へ、の……哀悼、と、か……?」

じっと……見えぬ目が見つめてくる

神代理央 >  
「……………………結構だ。今度来た時に頼む」

彼女の提案を拒否する言葉にかかった時間は、普段の態度からすれば随分と長いものだったかもしれない。
正直、食べてみたかった。しかし、相席した女子に分けて貰うというのは、矜持に反する。
これは別に彼女だから、というものではない。自分自身のけじめの問題だ。スイーツ一つに何を、と思われるかもしれないが。

「さて、光栄に思うのかどうかはお前次第だ。
私は別にお前の教師でも採点係でもない。寧ろ、私個人の感想に対してそういう風に思ってくれたのなら、それを光栄だと私も受け止めておくとしよう」

やって来た店員が、彼女と自分の注文の品をそれぞれの前へと置いて立ち去っていく。
夏場に飲むには些か熱すぎるが、空調の効いた店内ならばちょうどよい塩梅のホットココア。
そのカップに口を付けた後、小さく肩を竦めてみせる。

「ふむ……。私も、他の男子よりは幾分長髪の類だとは思うが、気にした事はなかったな。無頓着だと言われると、返す言葉も無いが。
ばらけても、かき上げれば良いだけだし……」

そこで、彼女が続けた言葉と仕草にきょとんとした表情を浮かべた後。

「……はてさて、何の事やら。少なくとも、今一番身近な女子は、目の前にいるお前ではある。さりとて、お前をじろじろと眺めるのも無粋だ。
女というのは、ゴシップが好きらしいでな。妙な勘ぐりを受けるのは、御互い不利益にしかならないだろうし」

同居人の少女の事を、彼女が何処まで知っているのか。
一瞬、探る様な視線を向けるが――それは直ぐに"噂話に辟易している"様なものへと変化する。
生真面目な風紀委員が溜息を吐き出す。それだけ、であるかの様に。

「………個人的な、感情ではあるが」

と、彼女からの問い掛けに対しては、答える言葉を一度区切って。

「哀悼、では無いな。滅び行くもの。朽ち果てるもの。役割を終えて。或いは終わらせられて消えていくもの。そうやって、朽ち果てていく過程を残せる、モノ。
そんなモノたちは、美しい。それに、少しだけ、羨ましい。そう思うよ」

静かに答えて。再び、湯気を立てるカップに口を付けた。

シャンティ > 「……ふふ」

それはほんの一瞬のようでいて――長い長い……そんな逡巡の時。そんな苦悩の瞬間を余さず"味わった"。そこに秘められたものは、濃縮された感情の波。苦味、渋味、それが甘美でたまらなく――とてもとても至福の一瞬であった。
もう、本日の目的は果たしてしまった、といっても過言ではなかったかもしれない。


「あら、あら……お互い、に……光栄、なら……いい、こと……だ、わぁ……」


くすくすと笑い

「ふふ……それに、して……も、ぉ……理央くん、が……先生、だった、ら……ナニ、を……教え、て……くれ、るの……かし、ら……ね、ぇ?」


言葉尻を捉えるように、そんなことを蒸し返して口にした。現実を鑑みれば、つまらない回答はいくらでも思いつく。けれど、そんなことは脇に追いやる。ただただ、相手の反応、それを知りたいだけだ。面白そうに、相手の方を見やる。


「ま、ぁ……男の子、は……そう、よ……ねぇ……た、まぁ、に……伸ば、して、る……子、なん、か、は……気に、する……けれ、どぉ……そう、で……なけ、れば……枝毛、どこ、ろか……髪、質……とか、も……気に、しな、い……もの、ねぇ……ふふ。 髪の、毛の……キューティ、クルを……気に、する……理央、くん、も……見て、みた、ぃ……気、は……する、け、どぉ?」


言ってから、想像してくすくすと笑う。顔は女らしいが立派に男の子なので、そういうところは適当であることを白状した少年の姿と……それをひっくり返してみたときのギャップが如何にも面白い。実際、やってみてはくれないだろうか?

そんな事を考えながら……運ばれてきた桃のケーキを小さくフォークで削る。しっとりとした新鮮な桃の汁気と甘みが舌に踊る。味覚までが死んでないことは幸いと言えるだろう。


「あら、あら……個人的、な……感情、ね。でも――まる、で……自分、に、は……ナニも、残せ、ない……みた、いな……言い方、ねぇ……?」

語られた始終を聞いて……珍しく、笑うでもなく問いかけた。

神代理央 >  
答えにかかった逡巡すら愉しんでいる様な彼女の笑み。
彼女が満足したのならそれでいいか――なんて、殊勝な心を持っている訳でも無い。
彼女に向けられるのは、何が面白いんだと言いたげなムスッとした視線。それだけ。
言葉を続けると、何を言っても負けてしまう気がした。悔しい事ではあるが。

「私が教師だったら?また随分と突拍子もない事を考え付くものだな。
それに、未だ就学中の身だ。誰かに教える、教えられるという程思い上がってもいない。
私が得意なのは、犯罪者共に砲弾を叩きこむ事だけだからな」

別に、彼女の求める答えを出そうとしたわけではない。逆に、敢えてつまらない感想を選んだ訳でも無い。
『今自分が出来る事は、戦う事だけ』と、本気で思っているからこそ、至って真面目な声色と表情で、そう告げる。

「…キューティクル?何だか良く分からんが……いや、分からないままだが…。
枝毛の類は、確かに面倒ではあるな。櫛で梳かすくらいは、私も偶にするが…」

疑問符を浮かべた儘、無意識に己の指先は自らの毛先を弄ぶ。
肩まで伸びた髪の毛を、くるくると指で巻いてみたり。
そんなに髪質とか気にする事なのかな、なんて不思議そうな声色と口調。
――全くの余談ではあるのだが、少年の髪質は同年代の男子の中では無駄に整っている方だったりする。
別に髪の毛の手入れをきちんとしているとか、そういう訳では無い。使っているシャンプー、リンス、トリートメント。湯上りのヘアオイルまで。無駄に高価で無駄に高品質な物を使っているから。それだけ。
資本主義社会というものは、金さえ出せば雑な手入れでも髪質を整えていたりする。


「……何も残せない、とは決して言わない。それは、私の矜持に反する事だ。それが世の人々に知らしめる事なのか。それとも自分の中にだけ確固として存在するものなのか。
どんなものになるかはさておいて。私はきっと、何かを残してみせる。……だけど」

「……私は所詮、壊す側だ。役目を終わらせる側に立つ事が多い。
であれば。満足していようがしていまいが。少なくとも此の世界から役目を終えたと判断されて、退場出来たのなら。
そして、退場して尚、朽ち果てていく様すらも残せるのなら」

「それはとても美しく、羨ましい事だとは思わないか。シャンティ?」

シャンティ > 「ふふ……」


返されるのは言葉ではなく、ただムスッとした視線のみ。それすらも……とても、愛おしい。すべからく、生きて物語を紡ぐ人間は、その死の瞬間まで全てが愛おしい。特に、彼のような紡ぎ手なら尚更である。
だから、まるで愛し子を見つめる母のように……慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。


「あら、あら……教導、とか、は……やって、いるん、じゃ、ない……の、ぉ……? 部下、とか……いる、の、でしょう?」


彼女自身は、彼の持つ一大部隊のことを知ってはいるが……流石にそこまでは言及せず。ただ、一定の位置にいれば当然の帰結、といえる範囲で口にする。彼の"慈愛"に満ちた教育も、よく知っている故に。


「いい、わよ、ねえ……男の子、は。他の、女の子、に……聞い、て……みた、らぁ……? お悩み……色々、でて、くる、わ、よぉ」


彼女とて外聞は気にする。そんな悩みと無縁な相手に、少しだけ本音のような小さなため息をつく。


「あぁ――そう、そ、ぅ……女の子、と……いえ、ば、ぁ……さっき…妙な、勘ぐり……なん、て……言った、けれ、どぉ……じゃ、あ……ふふ。理央くん、の……カノジョ――なん、て……名乗る、子に……会った、ら……ふふ。嘘って、思って……いい、の……かし、らぁ…?」


一転、気を取り直したように……冗談めかすように、しかしどこか真面目に問うた。


そこまでは


「――」


一瞬。
ほんの一瞬だが。彼女は言葉を失った。


「役、目を……」


ぽつり、と口から言葉が溢れた。それも、ほんの一瞬。すぐに、言葉が継がれる。


「ええ……で、も――貴方は。貴方にも……役目、は……ある、わぁ……? たとえ、それ、が……壊す、だけ……だと、して、も……」

神代理央 >  
「……必要だから訓練を施しているだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。
部下や後輩に指導するのも仕事の一つだ。やれ、と言われればやる。それだけだ」

ぶっきらぼうな口調。返す言葉も、そんな色合い。
けれど、その佇まいは少し居心地が悪そうな。自分の態度も言葉も、揶揄うでも笑うでもなく――微笑ましいものを見る様に、彼女が笑うものだから。
いっそ、揶揄ってくれた方が気が楽ではある。そんな笑みを浮かべられると、どう反応すればいいのか…少年には、分からなかった。

「…流石に、女子の美容面について聞く事が出来る程私も肝は据わっていないぞ。というよりも、聞いたところで有用な答えを返してやれない」

悩みを聞くくらいなら出来るかもしれないが。
聞いて終ってしまうかもしれない。小さな溜息を吐き出す彼女を見れば、女の子は大変なんだなとは思うが…アドバイスは、出来ない。気にするな、とも言えないし。

「……私だって健全な男子学生ではある。故に、そういった関係になることも有り得なくは無いだろう。
だから、お前に対して私の恋人だと告げる女子がいれば、最初から疑ってかかっても良いし、物好きな女子もいるものだと思っても良い。好きにしろ」

恋人である少女の存在は、少しばかりデリケートな――風紀委員会内部において、ではあるが――ものだ。
自分はまあ兎も角、要らぬ勘ぐりや下世話な話題が恋人に向けられるのは、好まない。
故に、否定はしなかった。と、言うよりも彼女は恋人の存在を知っている様な雰囲気では、あるのだが。
人目があるから、その程度の答えに留めた、という具合だろうか。
吐き出した溜息が、僅かな葛藤を物語るかの様な。


「……私は、運命論などは信じない。流石に今の時代に無神論を貫くつもりはないが、神の加護だの神託だの、そういった事は信頼も信用もしていない」

一瞬。ほんの一瞬ではあるが言葉を失った彼女。
そんな彼女が発した言葉と問い掛けに対して繋げるのは、答えではなく自分の信条。

「役目を終えるということはその者が。物が。モノが。世界という舞台でその役割を終えたから。
しかし私は、その舞台に台本があるとは思わない。居残りたければ居続ければいい。終わりたくなければ、終わらせなければいい。
だからこそ、きちんと終わりを迎えたモノは美しい。
朽ち果てる大木の様に。苔生す遺跡の様に。役目を終えた事を伝え続けていられるのは、より美しいと思う」

「けれど、私が与える終わりはそうではない。
言うなれば、舞台から蹴落とすだけだ。強引に、力尽くで。
後世に存在を伝える事すら許さず、吹き飛ばして、焼き尽くす終わりだ」

「お前は、そうやって与えられる終わりが美しいと思うか?
何も残せず。情緒も感慨も無く。語り継がれる事もなく、忘却されるだけの、粉微塵に吹き飛ばされる終わり。
それをお前は、受け入れる事が出来るか?」

其処まで言い切って、カップに口をつけて――テーブルに置く。
中身は、もう空っぽだ。

「私は、闘争の果てに全て壊して終わりにする。
戦い続ける事もまた、一つの役目であり、それを尊いものだと賛美する者もいるかもしれない。少なくとも私は、闘争を好ましいと思う」

「けれど、永劫の闘争は何も残さない。記録も記憶も、何も残さない。残させない。
其処にあるのは、勝者だけだ。勝ったものだけが、荒廃の大地に立つ」

それは、まるでそうなった様を『見てしまった』かの様な。
勿論、そんな事は無い、のだが。

「……だから、お前とは戦いたくないよ。シャンティ。
お前に、そんな終わりは"相応しくない"」

「微睡む様に朽ち果てる手の中に、全ての記録を残して"終わって"欲しいものだ。お前にはな」

カタリ、と椅子を引いて立ち上がる。
手に持っているのは、二人分の伝票。
店員が無駄に気を利かせて一枚に纏めた、小さな紙切れ。

「……ではな、シャンティ。
お前のやりたい事も、成し遂げたい事も私は知らない。
だから今の話は戯言だ。妄想癖の過ぎる風紀委員の妄言を、嗤ってくれて構わないよ」

クスリ、と小さく微笑んで。
彼女の返事を待たず、かつり、こつり、と、少年は革靴の足音を響かせてその場を後にする。
新作のスイーツ、今度は注文しないとな…なんて、ぼんやりと思案しながら。

シャンティ > 「……わた、し、は……」


ようやく絞り出した言葉は、しかし虚しく空に消えていく。


「………………」


一人、女はその場に取り残されていた。目の前に座っていた少年は既に言いたいことを言って立ち去っていった。それは、いい。潮時、というものはある。楽しい話し合いも、苦い語り合いも……過ぎれば冗長な、駄文へと成り下がる。

けれど


「……どこ、まで……知って、いるの……かし、ら……ね、ぇ……いい、え……識る、はず、も……ない、わぁ……」


ぽつり、と……小さく確認するかのように口にする。自分の中身は、まだ未だ、自分しか識らないはず。この胸にしまい込んだ、後悔と諦観とは。



「あぁ……でも……貴方、は……相変わ、らず……思い込み、の……強い、人……よ、ねぇ……いい、ぇ……きっと、それ、が……矜持、だった、り……自縄、だった、り……する、の、でしょう、ね……そう、いう……意味、では……飽きない、わ、ねぇ……」


ようやく 笑みをこぼす


「破壊、は……再生、の……元……たとえ、それ、が……"デウスエクスマキナ"、だと……して、も……役目、は……役目……残る、もの、は……ある、もの……よぉ……? ほん、とう……おばか、さぁん……」

くすくすと笑う


「……私、の……終わり、は……それ、こそ……きっと……何事、も……なせ、ない……まま……そう。"微睡むように"、只……終わる、の……か、も……しれ、ない……わ、ねぇ……」


そんな呟きは、どこへともなく消えていった。

ご案内:「カフェテラス「橘」」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「カフェテラス「橘」」からシャンティさんが去りました。