2021/12/01 のログ
ご案内:「カフェテラス「橘」」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
一般に、喫茶店の飲食物の価格は安くない。
コップ1杯分の飲料の値段はまず3桁を下回らず、
それどころか容量で勝る500mlのボトル飲料より
高価な場合が多い。

その値段の差は何処から来るか。人件費に手間賃、
提供する品物の質に拘る店なら仕入れ値も大きい。
何より喫茶店のメニューは『場所の提供』込みで
値段が付けられている。

概して客の回転率は飲食店の売り上げに直結する。
だが喫茶店は寛げる空間を客に提供する目的から
回転率を犠牲にせざるを得ない。長く居座っても
咎められない場所代込みと思えば高値が付くのも
妥当であると言える。

つまり、何が言いたいかというと。

「あの、これ……ひとつ、お願ぃしま、す。
 はぃ……はぃ、えと、ホットの方、で……」

貧乏性の人間は、そういう事情を鑑みて妥当な
値段であると自分を納得させねば注文するにも
うじうじ悩みがちである、という話である。

黛 薫 >  
拙く不慣れな様子で注文を終えたのは車椅子に
乗った女の子。長い前髪とパーカーのフードで
隠れた顔色は青く見えるほど生白い。

「……はぁ」

溢れた吐息には重い気怠さと震えが入り混じる。
有り体に言えば……体調不良、風邪である。

季節は12月初頭、地域によっては初雪が見られる頃。
単に冷え込みで風邪を引いただけなら仕方がないと
割り切れたのだが、今回に限っては原因がはっきり
分かってしまう。

(湯上がりのまんま寝ちまったんだもんなぁ……)

つまり概ね自業自得。どうしようもない要因が
あったとはいえ、冬場にお風呂上がりで身体も
拭かず服も着ず眠ればどうなるかは自明。

黛 薫 >  
しかも風邪を引いたのは退院した翌日。
来院するのが気まずくて市販の風邪薬を買った
帰り道、寒さと怠さに負けて喫茶店での休憩を
余儀なくされた、というのが大まかなあらまし。

(……あ、頼めば良かったのか……)

消耗しないように車椅子の上で縮こまっている最中、
今更当たり前のことに気付く。誰にも頼れなかった
期間が長すぎて、未だに人に頼る発想が浮かばない。

お店の中は暖房が効いているのに寒気がする。
ただでさえ弱くなった身体は予想以上に衰弱して、
魔術による継続的な補強がなければ保たないのが
現状だ。

隅の席でじっと待つ間、店内は賑わいを増してきた。
そろそろ学生たちは期末テストの準備を始める時期。
喫茶店で集まって勉強する人も多いのだろう。

ぼんやりと、行き交う人の流れを眺めている。

ご案内:「カフェテラス「橘」」にさんが現れました。
カフェ店員 >  
「お待たせしました。
 はちみつレモネードのホットになります」

黛 薫 >  
注文の品が運ばれてきて、軽い会釈で感謝を示す。
ぶかぶかの袖から指だけ出して、陶器製のカップ
越しに温もりを感じ取る。じりじりと指先が熱で
痺れるような感触があった。

(……あったかぃ飲み物、ストローで飲む人って
あんまいなぃのかな。見たコトねーだけか?)

正直なところ、今の体調でカップを持ち上げて
飲む自信はない。ただでさえ力が入らないのに
手が震えている現状では溢してしまいそうだ。

> 「ん〜、ちょっと喉が渇いたような...」
いくら人を辞めて食事の必要がなくなったとはいえ口の中が寂しい、という感覚は未だに残っている。

近場に何かいい場所がないか、と探しつつ通りを歩いていると今まで嗅いだことのない芳香がした。
本能に訴えかけてくるような、誘うような甘い香だ。

「(どっからだ...?)」
それまで気だるげな様子でとぼとぼと歩いていたのが、急に活力が漲ってくる。
この匂いにはそんな力があるのだろうか。

香りの発生元を辿っていくと、少し大きな店に着く。
看板の「橘」という文字だけ理解できる、少し大きいカフェテリア。
男は迷わず入店し、すぐ近くの座席に座り込み紅茶を1つ注文する。
対応した店員の顔は何処か引き攣っていた。

注文した品が届くまで、香の発生源とみられる人間を探す。その目はまるで獲物を探す毒蜘蛛のようである。

黛 薫 >  
備え付けのストローを手に取り、紙袋を破くのに
四苦八苦しつつもどうにか取り出すことに成功。
カップの中にストローを挿し、ほかほかと湯気を
立てるレモネードを一口。

……ホットドリンクをストローで飲む人は少ない。
理由は色々あるが大きいのは冷ましにくさだろう。
外気に直接触れる水面が1番冷めやすいのは自明で、
保温のため厚いカップで供されやすいのもあって
ストローで中から飲むと思いの外熱かったりする。

「あ゛っ?!……っ゛ぅ……」

幸いカップはひっくり返さずに済んだものの、
悲鳴を上げた少女は否応にも視線を集めてしまう。
恥じらうように、怯えるようにぴたりと固まって。
集まった視線が散るまで、微動だにしなかった。

甘い薫りの発生源は、そこにある。

> 「さァ〜て、こんないい匂い漂わせてんのはどこのどいつかなっと...」
学園生徒の数が大多数を占めるこの島で出店してるだけあって収容人数は多く、店内は案外広い。

辺りを舐め回すように眺めてみても、お目当てのものは見つからない...すると少し向こうの席で悲鳴のような声が響く。
条件反射のように首を動かす。
獲物を見つけた獣のように。
悲鳴の先を見据えるとパーカーを目深に被った少女がいた。

視線をそちらに向けた瞬間、理解する。
『コイツが獲物である』ということを。
怪異かその類、或いは神性に捧げるべくしてその香りを辺りに撒き散らしているということも。

「ヘェ、案外警戒心無さそォだな」
少し嗤いながら男は紅茶を啜る。
溢れ出る悪意と嗜虐心と好奇心を抑えつつ、少し観察することにした。