2021/12/02 のログ
黛 薫 >  
「……はぁ」

再びのため息。羞恥と緊張、恐怖と泣きそうな
気持ちが入り混じって、震えはさっきより酷く
なっていた。

カップを持つ力がないのは変わらないので、
ストローで飲めるようになるまで待つ構え。
温かい飲み物を温かいうちに飲めないのは
損した気分になるが、火傷するよりはマシ。

……そう、ゆっくり待つ予定だった。
『悪意』に満ちた視線が突き刺さるまでは。

備え付けられたボタンを押し、店員を呼び出す。

……

…………

少女の声が小さいのもあり、離れた席からでは
会話を聞き取るのは難しい。だが鞄から財布を
取り出し、不自由な動きで小銭を手渡したのは
見えたはずだ。

支払いを先に済ませたのは、不自由な身体故に
レジ前で手間取るのを申し訳なく思ったのかも
しれない。

支払いを済ませると鞄の中からスマホを取り出す。
何やら操作しているようだが、やはりその動きは
拙い。足だけでなく全身に障害があるようだ。

少女は未だ貴方の方に視線を向けない。
捕食者の存在に気付いていないのだろうか。

> 「.....!....ああ、そういうことね...」
少女がボタンを押し、店員を呼んだ瞬間、こっそり見ていたのがバレたのかとヒヤヒヤする。
しかし、その後の展開はただ少女が店員にぎこちない様子で小銭を渡すだけのあっけないもの。
内容は聞き取れないが、恐らく先に会計を済ませてしまおうという考えか。

なんとも拍子抜けな杞憂に終わったが、少し引っかかることもできた。
少女は鞄から携帯を取り出し操作している。
その動作は拙く、まるで体を無理矢理動かしているような...そんな感じ。
足元を見てみると車椅子、どうやら全身に障害を抱えているのか。

「確かに、贄には勝手に動いてほしくないもんなァ 」
男は、少女の香りは生贄としての味付けであり、少女の障害は生贄としての役目を遂行させるための、逃亡の抑止として魔術的に付与されたのだと勘違いしている。

「俺なら手足を切り落としてから磔にするんだがな」
下卑た妄想を頭に描く。
眼前の少女が手足を失い、泣き叫び助けを請う姿。
顔は涙と涎に塗れて醜く、身体は血に濡れて真っ赤になっている。
男の薄ら笑いを浮かべたその面ははだんだんとニヤけて崩れていく。

「(あ“ァ 〜壊してみてェなァ 、あのガキ)」
欲望を全面に押し出した感情で少女を見つめる。
周りの客がその異様な雰囲気に慄いていることすら構わずに。

黛 薫 >  
スマートフォンの操作を終え、鞄にしまい直す。
またも身体の不自由さが邪魔になったのだろうか、
鞄に突っ込んだ手を上手く引き抜けずに四苦八苦。

店内の客が恐れ慄くほどの悍ましき気配。
不幸にも男性の近くの席にいた客は恐怖に震え、
その客の異変に気付いた別の客が男性に気付く。

じわり、恐怖が波及していく。

少女の反応が遅れたのは席が離れていたから?
もしそうだったら、嗜虐心に顔を歪める男性が纏う
悍ましい気配を至近で浴びずに済んで幸運だった?
それとも、店内を恐怖が満たして逃げ道を失うまで
気付かなかったから不幸だったろうか。

たった1人の男性が店内の空気を支配していく。
少女のすぐ側の客にまで恐怖と絶望が届いた。

そして、少女も周囲の客の異変に気付いたように
顔を上げて──貴方と、視線がぶつかった。

> 「(....!)」
いかんいかん、少し取り乱したか
と醜く歪んだ表情を修正。
悍ましい笑顔が周囲の客の恐怖心を刺激したのか、先程まで和気藹々とした雰囲気に満ちていた店内は異様な静寂に包まれている。

恐怖と絶望が伝播し増幅していく。
店の中の人間は蛇に睨まれた蛙のように動かない。動けない。
動いたら最後、自分がどんな目に遭うのかが容易に想像できるから。

真夜中の墓地のように静まり返った空間で獲物を見つめる赫い双眸は少女が顔を上げるのを見逃さなかった。

「(ほォ、こりゃなかなか...)」
少々衰弱した様子を見せる、儚げな貴方の顔は穢しがいがある。
その整った顔が恐怖と苦痛に歪む瞬間を見てみたい。
貴方と視線がぶつかったその時、そんな欲望を少女に向けてにっこりと微笑む。
あくまでその表情は純粋。
しかし内面はあらゆる欲望と悪意が渦巻く坩堝である。
数秒後には貴方が悪意を孕んだ視線で望んだ通りの表情を見せてくれるとは露知らず。

黛 薫 >  
「……っ゛……!」

少女の口から呻くような声が漏れた。

悪意に満ちた残酷な想像は、顔を確認したお陰で
形を為してしまったのだろう。明確なビジョンを
伴った悪意の乗った『視覚』が突き刺さる。

……痛みを我慢するのを止める。

歪む表情は明らかな『痛苦』の反応だ。
未だ想像が行動に移されていないにも関わらず、
恐怖だけでなく痛みさえもが表情に浮かんでいた。

きっと、貴方には察せられるだろう。
どういう理屈か、彼女は直接手を下さずとも
苦しめられるらしい。恐らく異能による反応。

期待に応えるような反応はまるで誘うかのよう。
行動に移さずともこの反応、実際に痛め付けて
やればどれだけ良い声を上げてくれるだろうか。

少女は素早く辺りを見回す。よりによって席は
壁際だ。貴方は知る由もないが……異能により
視線を嫌って、自分で選んだ席。

> 「....ヘェ〜、おもしろ」
こちらを向いた瞬間、苦痛と恐怖に歪んだ少女の顔。
感情が感覚として受容される異能の類か、それとも視覚自体を苦痛として感じてしまう体質なのか...

いずれにせよ直接触れずともこんな良い反応が見れてしまう。
予想外の少女の反応は、男の感情を誘惑するのに十分すぎる役割を果たした。

「(実際に痛めつけたら、どんな良い声上げてくれるのかなァ ⁇)」
好奇心が溢れて止まらない。
子供のような無邪気さと悪魔のように悍ましい悪意を携えたその男はおもむろに席を立ち、ゆっくりと悶える貴方に歩み寄る。

壁際に座る少女に逃げ場があるとは思えない。
それを理解した上で、少女の恐怖を醸造する様に、わざとゆっくりと、スローモーションのように牛歩の歩みで近づいていく。

黛 薫 >  
ぎ、っと強く奥歯を噛み締めて男を見つめ返す。
腹を括ったように見えなくもないがそれは虚勢だ。
震える身体も、早くなった呼吸も隠せていない。

力の入らない手で鞄を抱えて離そうとしないのは
護身用の道具か、通報のためのスマートフォンか、
とにかく何かを取り出す隙を探しているようにも
見える。

しかし、目を離すつもりのない相手の隙をついて
鞄に手を入れるのは難しい。せめてさっきスマホを
しまっていなければ、近付かれる前に通報という
手が取れたかもしれないのに。

獲物に近付くにつれて感じられるのは甘い薫りを
相殺するような嫌厭の気配。流石に無策ではなく、
怪異が嫌う護符か何かを身につけているようだ。

しかし、直接的な防護や反撃を行うモノではない。
出所を見つけて少し我慢すれば取り払えるレベル。

> 「ふふ...いいねェ、そのカオ」
こちらをキッと見返す少女の表情は虚勢であるとすぐに見抜ける。
身体の震え、呼吸の速度....あらゆる証拠がその小さな肉体から発せられる。
___当然先ほどまで感じていた甘い薫りを阻害するような気配も。

「(何らかの魔法具か護符か...、そりゃ無策でこんな極上の生き餌放牧するわけねェよなァ)」
チラリ、と少女が健気に抱えて離そうともしない鞄の方を見る。
護符はこの中か?或いは携帯で風紀にでも通報するつもりか?
まあ、どちらにせよ自分にとっては小さなこと。
護符は我慢すれば不快感はそのままだが命に関わるようなものでもない。
風紀は呼ばれても皆殺しにするか逃げるだけでも良い。

「もがいてみろよ、クソガキ」
余裕綽々な態度を崩さず再びゆっくりと歩み寄る。
その顔は護符から発せられる嫌厭の気に若干歪んでいるが笑みはそのまま。

黛 薫 >  
「もがいてみろ、か」

──それは、小さな違和感。

貴方が近付くだけで、彼女は痛苦に顔を歪める。
視線か感情か……とにかく何らかの手段で害意を
受信する力を持っている少女。

ならば。


"何故ああも気付くのが遅かった?"


「お言葉を返すよーですがね」

「あーしはもぅ、もがいて足掻いてんだよ」


黛 薫 >  
飲み物の熱さに驚いて思わず声を上げた後、
黛薫は既に貴方の『視線』に気付いていた。

それを踏まえると、今までの彼女の行動の中に
繋がった1本の『意図』が見えてくる。

先に支払いを済ませたのは、支払いどころでは
無くなると踏んでいたから。スマホを操作して
いたのは、通報の為。スマホを鞄にしまう際に
手間取っていたのは、しまいながら別の何かを
取り出していたから。

しかし、痛みに耐え続けるのは簡単ではない。
知らぬ存ぜぬで通そうとしても必ずボロが出る。

だから機を見て『我慢するのを止めた』。

それから先の反応は全て演技ではなく本音。
痛みも恐怖も敢えて隠さず余さず見せつけて、
『餌』として『捕食者』を『誘っていた』。

ぶかぶかのパーカーの袖口から溢れ落ちたモノ。
魔力蓄積用の宝石。術式が記されたスクロール。

「あんな熱烈な視線向けられて気付かねーワケ
 ねーーっつーんですよ、バーーカ!!」

「ざまぁみろ!」

手の届く距離にあった極上の餌、美酒か甘露を
思わせる薫りが消え去る。『転移』の術式だ。

同時に、準備を整えていた風紀委員が店の中に
雪崩れ込んでくる。巻き込まれた他の客に害が
及ばないように統率された動き。

獲物も、貴方に怯えていた有象無象も。
瞬きの間に全て逃げ出してしまった。

残るのは、入れ替わりで突入してきた風紀のみ。

ご案内:「カフェテラス「橘」」から黛 薫さんが去りました。
> 「.......」
一瞬、状況が掴めない。
一体何が起こったのか。
目の前の獲物は薫りごと消え、代わりに風紀の犬どもが周りを取り囲む。

「......こりゃ一本取られたなァ 」
少し苦笑しつつ風紀委員の面々を見渡す。
相当訓練されているのか身じろぎひとつしない。
少女は最初から仕組んでいた。
男が店に入った瞬間にその掌の上で踊らされていた、という訳で。

「洒落臭ェ...!」
男は引き裂くように笑ったと思いきやその場から轟音と共に跳躍しその場から姿を消す。
男がいた場所の天井には大きな穴が開き、地面は深く抉れていた。

かくして男の目論見は失敗した。
獲物には逃げられ、恐らくあの場所にも行きづらくなった。
得たものといえばあの少女の情報。
とは言え、顔さえ覚えていればあとは十分。
「また会おうぜ」
ビル群を忍者のように跳躍し帰路に着く男の表情はせっかくの極上の獲物を逃したのにも関わらず、心なしか嬉しそうでもあった。

ご案内:「カフェテラス「橘」」からさんが去りました。