2020/06/15 のログ
鞘師華奈 > 「――税を納めても、それが正しく使われるのはまず無いだろうからねぇ。何処の国でも世界でも”不正”はあるもんだろうさ」

と、皮肉げに笑って肩を竦めながら紫煙を燻らせる。まだ喫煙暦は3年程度だが、すっかり馴染んでしまった。
どちらかといえば、煙草が好きと言うより口が寂しいというか手持ち無沙汰な感じの誤魔化しだ。
まぁ、吸い続けている時点でニコチン中毒とかは全然否定出来ないのだけれども。

「…ああ、私かい?2年の鞘師華奈。本当は3年なんだけど、訳あって1年留年したものでね。」

と、煙草を口の端に咥えたまま自己紹介を返そうと。これで喫煙仲間は彼で二人目か。
周囲に喫煙者が本当に少ないのもあり、初対面であろうと多少の親近感は沸くもので。

日下部 理沙 > 「あ、そうなんですか……まぁでも俺研究生ですからどっちにしろ後輩ですね」

親近感を感じるのは理沙も同じようで、朗らかに笑う。
後輩からは普通に「先輩ヤニ臭いです」とか文句を言われる身だ。
……具体的に誰に言われたのかは覚えていないのだが。
まぁ何にせよ、それが、むしろこうして一緒に吸ってくれる後輩がいるなんて嬉しい事ではないか。
法的には大問題だが。

「卒業してみれば此処来て一年くらいは大したことないですから、気にしないでいいと思いますよ。
俺のゼミにも何人かいますよ、留年生。
……まぁ、俺も下手するとそうなりますしね」

普通に単位が足りない。
クソ教授の課題が難しすぎるせいだ。
理沙が勉強できなさすぎるせいもあるが。

「異邦人の技術とかについての研究なんですけどね……まぁ、資料がまず少ないから色々大変で。
この前も博物館にまで足運んだんですけど……収穫はありませんでしたね」

先日、博物館で揉めた赤い瞳の男の事を思い出す。
……思えば、赤い瞳の人物と縁が多い事だ。

鞘師華奈 > 「――成る程、じゃあ日下部先輩と呼んだほうがいいか」

と、そう言うが残念ながら敬語を使うほど礼儀正しい訳ではない。
それ以前に、敬語とか堅苦しいのは面倒臭いのだ。女の基準は基本がそこである。
ヤニ臭さも喫煙者からすれば慣れたものであり、むしろ逆に女は香水とかの方が苦手なタイプ。
煙草を蒸かしながら、届いた二杯目のアイスコーヒーを合間に飲みながら。

「――まぁ、留年している輩は意外と多いみたいだね。理由はそれぞれあるんだろうが…おや、先輩も留年の危機か。それはいかんね」

と、言うが労るような優しさはこの女に期待してはいけない。そういうのは面倒臭い。
良くも悪くも、ダウナーというか自分のペースを優先するのが鞘師華奈という女である。

まぁ、こちらは授業自体は普通に受けているが、サボりがそれなりに多いので出席日数的な意味で少しマズいか。
どのみち、今から生活態度を改める、という気は悪いが全然無いのだけども。

「異邦人の技術、か。私はこれでも異邦人街の生まれだけど…まぁ、こっちの技術との差異が結構激しいのもあるから。
まぁ、私の両親とかは異邦人じゃなくて普通に地球の人間だから、大まかにしか分からないけどね?」

異邦人街生まれでも、分からないモノは分からないのだ。
だから、そちらを研究している彼が分からないモノを自分が分かる、という事も無い。

コーヒーを半分程度まで飲み干しつつ、煙草をまた蒸かし始めながら。

「まぁ、アドバイスも何も出来る身じゃないけどね…そちらの研究が順調に行くといいな」

日下部 理沙 > 「ははは、いや、まぁ、呼び方は御自由に……先輩面ってのもまぁ得意ではないので」

実際、理沙もそう言う実感はあまりない。
年上にそれなりに可愛がられてきた理沙からすれば、偉大な先達が多すぎて何とも年下気分が抜けないのだ。
特に恩師たる美術教諭の横顔を思い出すたびに、思うのは己の未熟さと至らなさばかりだ。
後輩からも「先輩は頼りないところが先輩ですから」などと揶揄されたりしている。
流石にそこまで言われると全く遺憾ではあるのだが……残念ながら事実である。
その辺りは理沙も自覚するところなので、反論の備えはない。
現実は非情である。

「へぇ、異邦人街の生まれなんですか……それは、また稀有な経験ですね」

何度か足を運んだことはあるが、そこは理沙からすれば完全な異界だった。
一度、背中の翼の関係で有翼人向けの服屋に出かけた事もあったが……そもそも入り口が『飛べる人前提の構造』だったので、入店すらできなかった。
苦い思い出である。

「あの……異邦人街生まれってことは、異邦人の方と触れ合う機会は多いですよね?」

煙草を吸い終え、BLTサンドを控えめに咀嚼しながら、少し真面目な顔になる。

「ええと、こんな事聞くのは変かもしれませんけど……
異邦人街で、なんというか……『こんなもの無ければよかった』みたいな技術とか機構って、ありましたか?」

鞘師華奈 > 「……ふむ、まぁ流石に先輩を呼び捨ては私も忍びないし、日下部先輩で基本呼ばせて貰おうかな」

敬語じゃないから偉そうに聞こえるかもしれないが、一応年上ならば先輩付けする程度の礼儀はある。
もっとも、それ以上の礼儀は知らないのでどのみち、あまり意味が無いかもしれないが。
彼の事はついさっき相席になったばかりで、その人となりなども正直よく分からない。
ただ、まぁ気弱そう、とか頼りないイメージは彼には申し訳ないが正直感じる。

(――研究者タイプ、という感じではあるけど…まぁ、誰しも表に見える人格だけが全てじゃないし)

そう、表に見えるのがその人物の全てではない。なーんて、昔、落第街に居た或る男の言い分だったが。

「ああ…とはいえ、12歳の時に学生街に私は単身で移住したからね。あっちには殆ど足を運んでないけど。」

貴重な経験、といわれるが正直彼女からすれば見慣れた光景、みたいなものでピンと来ない。
と、少し真面目なトーンで質問をして来る先輩に煙草をゆっくりと蒸かしながら…

「――そうだね…例えば物体転送の魔術を利用した転送サービス。これとか、転送先の座標をミスると荷物が何処に出るか分からないわで大変だね。
あと、装置の故障で物じゃなくて人が転送されるケースもある。
その場合、転送された人間が耐えられるかどうか、という問題もあるだろうね。」

と、一応思いついた一例を軽く出してみながら、アイスコーヒーの残りをぐいっと飲み干して。

日下部 理沙 > 「なるほど、まぁ、それは実際的な問題ですよね……」

道具の信頼性の話としてはよくわかる。
この常世島自体が異能や魔術の実験場という側面もある以上、実用性や信頼性よりも『可能性』を重視して何かが運用されることはそう珍しくもない。
ハナから『余所者』の異邦人しかいない異邦人街なら……その傾向は恐らくより顕著だろう。
だが……今の理沙にはそれよりも聞きたいことがあった。

「ええと、また変な事なんですけど、その……鞘師さんの知ってる限りでいいんですが」

BLTサンドを平らげ、セットのアイスコーヒーも飲み干してから、口を開く。
渇き始めた口を湿らせるためだった。

「……『こんなものなければ、もっと色々な試行錯誤が合ったろうに』みたいな……そういうのってありましたか?
なんというか、本来なら生まれたかもしれない……芸術とか文化を台無しにしそうな何かとか」

鞘師の赤い瞳をみながら、青い瞳の理沙が尋ねる。
到底、初対面の相手に尋ねることではない。
それでも、聞くしかなかった。
丁度いい相手に出会えた幸運に……理沙は甘えた。

鞘師華奈 > 「…まぁ、学生街も提携してる研究機関?とか色々発明とかあれこれしてるんだろうけどさ。
やっぱり、異邦人街のあれこれは、異世界の技術や魔術体系も溢れてるからね…。
正直、それらが化学反応を起こして大暴走しないのが奇跡的だと思わないでもないかな。」

そういう意味では、例えば落第街と比べて秩序は安定しているのだろうけど。
ただ、平和そうに見えて”爆弾”を抱えている気がしないでもないが、あくまでこの女の漠然とした見解でしかなく。
さて、煙草もぼちぼち吸い終えた所で、そろそろ先にお暇しようと自分の分の伝票を手に取るが。

「…私の知ってる限り、ねぇ?……んーーごめん、直ぐには思い出せないかも。
何せかれこれもう6年は異邦人街に一切足を運んでないからね。
記憶にあるかもしれないけれど、思い出すのは少し時間が掛かるかもだ。
――何か思い出したら日下部先輩に教える、という事でどうだろう?」

と、そういう妥協案を出してみようか。今すぐには流石にあれこれ思い出せない。
しかも、彼の条件は”試行錯誤の積み重ねを台無しにするよな何か”だ。
これは、一朝一夕であれこれと特定できるものでもないだろう。

「まぁ、そういう訳で私は役立たずかもしれないね。…フィールドワーク?というか、異邦人街を矢張り根気よく訪ねて調べたり聞き込みがいいかもしれない。」

と、今度こそ席を立ちながら苦笑い。あまり頼りにならない後輩で申し訳ない所だ。さて。

「じゃあ、私は一足先に帰らせてもらうよ日下部先輩。また、今度話でも一服でも付き合ってくれ。」

と、緩く会釈をしてから勘定を払おうと席を立ち。

日下部 理沙 > 「え、あ、はい……ああ、でも
すぐに思い出せないと分かっただけでも、今は十分ですよ。
ありがとうございます」

何か考え込むような顔でしばし沈黙してから、理沙は何とかそう答えた。
立ち上がる鞘師に視線をあげながら、頭を下げる。

「確かに……一度足を運んでみるのが早いかもしれませんね」

なんだかんだで理沙もしばらく異邦人街には行っていない。
最後にいったのがいつだかは、それこそ理沙も咄嗟には思い出せなかった。
そう、咄嗟に思い出せない……それが普通なのかもしれない。

「はい、今度は喫煙所とかで……まぁ、お茶とかもバイトの給料とか出た後なら多分奢れるので」

本当はその伝票もとるべきなのだろうが、理沙の懐は温かくない。
去っていく鞘師を見送って、難しい顔をする。

「……化学反応か」

それが激しい反応や変化をするばかりではない。
静かに水が蒸発するように、誰にも気づかれないうちに変わっていくものもある。
そういったものに、一体どれだけの人が気付けるのだろうか。
いや……理沙は、気付けているのだろうか。

「……答えはもう出ているな」

静かに、理沙は目を伏せた。

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