2020/08/23 のログ
■水無月 沙羅 > 「そんなことない! そんなことない!!」
今まで自分のことで精一杯だった少女は、椎苗の言葉を聞いて、それこそ必死に、一生懸命にそれを否定する。
否定しなくてはならなかった。
「しぃ先輩は軽んじてなんかない! 忘れてなんかない! 失ってなんかない!
軽んじているなら、失っているなら、忘れているなら!
貴方は時計塔の下で、居るかもわからない友人を想って泣いたりしなかった!!
私を助けてくれることだってなかった!
貴方は誰より死を想っている筈でしょう!?」
それを否定してしまったら、彼女が忘れてしまったかもしれない友人は、そして何よりも椎苗自身が、それを裏切っていることになってしまう。生きて居たことを覚えていたい、そう思っている事こそが、『死を想っている』と言わずしてなんというのか。
だから、目の前の少女にそんなことは言ってほしくはなかった。
「だから、そんなこと言わないで……。」
少女を抱き寄せる様に、屈んで胸に顔をうずめる様に、只願う。
少女の優しさに甘える様に。
「私も、忘れないから……。」
自分の痛みも、椎苗の痛みも、全てが混線して自分の中からあふれだしていく。
共感は止められず。少女の過去のイメージはとめどなく溢れてくる。
それは、一体どれほど孤独で辛い道のりだったのだろう。
自分の過去と交差して、泣いている理由もあいまいになっていく。
瞳は金に点滅しかけるも、それは勢いを失って紅に色をもどしてゆく。
涙は体温以上に少し暖かい。
いつもより、ビジョンは鮮明で、それ故に涙もまた止まらない。
■神樹椎苗 >
「――ふ、もう、まったく」
思わず吐息を漏らして、縋り付く娘を抱くように左手を回す。
「ええそうです、しいは『黒き神の使徒』。
誰よりも死を想い、死を尊ぶものです。
――ちょっと意地の悪い事を言いましたね」
そのまま娘の背中を、宥めるように撫でてやりながら。
「お前は、しいの言葉から教えを得たと言いました。
それはお前もまた、黒き神の教えを信じる信徒であるという事です。
信徒が迷ったとき、導いてやるのも使徒の役目です」
「母としても、ですね」と、柔らかな声音で付け加えて。
「お前は今も、『死』に心を痛めている。
それは『死』を軽んじていたら、けして、出てこない感情です。
こうして涙を流すお前に、『黒き神』は罰を与える事はありません」
そう、罪を許すように告げる。
「そして、学園や組織としても、お前は受けるべき罰を受けています。
唯一すべきことがあるとすれば、被害者自身と向き合って、懺悔する事くらいでしょう。
これだけ悩み苦しんでいるのですから、お前はそれ以上、自分を罰する必要はありません」
撫でていた手で、そっと娘を抱きしめて。
「もちろん、罪を忘れて良い訳じゃねーです。
ですが、罪を犯したからと言って、そいつが幸せになっていけない道理はねーでしょう。
それとも、犯罪者は罪を償っても、些細な幸せすら手に入れてはいけないのですか?」
「ちがいますよね」と言って、手を離し、涙を流す娘に視線の高さを合わせる。
「罪は罪として背負い、受けるべき罰は受ける。
けれど、それはそれとして――お前はちゃんと幸せになる権利があるんですよ。
お前は『人間』で『生きている』のでしょう、正しく幸せになるべきなのです」
そうして流れる熱い涙を、左手で拭い。
頬に手を添えたまま、自分を見るように顔を支える。
「それでも、お前が自分を許せず、死を想う事を忘れた罪人だというのなら。
しいはいつでも、お前を眠らせてやります。
お前が本当に死を軽んじるようになったら、しいが必ず、眠らせてやります」
危うい色彩を見せた娘の瞳を、静かに、青い瞳がのぞき込む。
娘はまだ『寒く』なっていない。
まだ眠るには早すぎる。
「だから、安心するのですよ。
お前の事はちゃんと、しいが見ていてやります。
お前が本当に間違ったときは――必ず」
『死神』として、娘を送り届ける。
だからそれまでは、ちゃんと『生きて』『幸せ』になるのだと。
■水無月 沙羅 > 「……っ」
ずっと、涙を拭いながら、流れ出そうになる鼻水を啜っている。
鏡で覗いたらそれはひどい顔をしているであろう自分の顔を、腕で擦ることで整える。
少女の言う言葉が意地悪であったことに少なからず安心する。
それでも彼女のどこかにはそういった面があるのではないだろうか、とも思うのは何故だろう。
信じていないわけではない、けれど、そういった危うい面があると沙羅は感じていた。
だからこそ、自分と同じぐらいに彼女のことが心配になったのだ。
比べることは出来なくとも、彼女には彼女の重い過去があるはずだから。
『神の使徒』になってしまうような、自分には考えつかないような過去がある。
自分を『娘』と呼ぶその人の過去に、少しでも寄り添いたいと思う。
もし、彼女が自分を殺すときがあるとすれば、今度こそ彼女は『生きる』ことを止めてしまうのではないだろうか。
その辛さに押しつぶされてしまうのではないだろうか、そう思うから、沙羅は少女に殺されることは決してできない。
「……まだ、難しいことは分からないよ。
幸せになる権利とか、正しい幸せとか。
分からない。
でも、悲観しすぎるなっていうのは、なんとなくわかった。
いつも通り、ちゃんと『いきろ』ってことなんだよね。」
罪とか罰とか、難しい概念は分からない、自分を動かしているのはいつだって感情だ。
そうするべきではないと思ったから、そうしたいと思ったから、心の思うままに行動してきたその結果があるだけだ。
それでも、感情だけで動いてはいけないという事もあるのだろう。
罪悪感に呑まれて何もかも諦めてしまっては、『生きて居る』ことを捨てることと同義だということは、辛うじて理解できた。
「でも、でもね、しぃ先輩。 一つお願いがあるの。
これは、うん、たぶん、しぃ先輩にしかできない事。
しぃ先輩を傷つけるお願いだと思う。
それでも、聞いてくれる?」
それでも、最愛なものを守るために、彼女にどうしてもお願いしたいことが一つだけあった。
それはきっと、『娘』が『母』に願うべき事ではないのだろう。
彼女の『生き甲斐』を奪いかねないお願いを、今しようとしている。
■神樹椎苗 >
「そうです、これまで通りに。
ただ懸命に、『生きる』事こそがお前のすべきことです」
頷きながら、何か思い詰めるように願いがあるという娘に向きあう。
どんな願いであっても――それを求められるのなら、椎苗はそれに応えるだろう。
そうあろうとする存在だから――なにより、娘の願いだから。
「――いいですよ。
なんでも、言ってみると良いです」
■水無月 沙羅 > 「……。」
怒られるだろうか、今さっき生きると言ったばかりでこんなことを言ったら。
それでも不安なのだ、不安で仕方ないのだ。
自分が自分でなくなることは、とても怖いことなのだ。
「……私には、『椿』、っていう、 もう一人の人格が、あるんだって。
その、椿が、今回の事件を引き起こしたの。
私の仲間を、他の誰かを、殺そうとしたの。
楽しんでるみたいだった、殺すことを、命を奪うことを、生き甲斐にしているみたいに見えた。」
それは、公安の彼が見せてくれた映像から、自分が推測した情報に過ぎない。
それでも沙羅にはその顔に見覚えがあったのだ。
身に覚えが、在ったのだ。
「コキュトスで、あの特殊領域で、過去を視たの。
私を作った研究所を破壊したあの日、あの研究所の人間を残らず……、『殺して』しまったあの日。
あの日の私ね、確かに『笑って』いたの。
笑っていたんだよ。」
だから、あれはきっと、自分の奥底に眠っている『悪意』なのだろう。
自分を生み出した、自分を苦しめた、全てを奪い去った、世界への『憎しみ』。
沙羅が制御しきれないその感情が、『椿』として生まれ落ちたのだとしたら。
「きっと、あの時の私が、『椿』なんだ。
全部が憎くて、世界のすべてを怖がってる、それがきっと、『椿』なんだとおもう。
だから、もし、もしも私が『椿』になってしまったら。
停めようもない、『憎しみ』だけの存在になってしまったら。
その時は。」
もしも、私の大切な人たちを、消してしまいそうになったとしたら。
「ワタシをコロシてくれますか?」
そんな未来は、耐えられないと。
そんな未来なら殺してほしいと、母に願う。
本当は、願いたくなんてないけれど。
沙羅が知る限り其れができるとしたら、椎苗一人だった。
残酷な事をいうなと、自分でも思うが、その思いを止めることもできなかった。
■神樹椎苗 >
静かに、娘の言葉を聞き。
その額に、自分の額をくっつけた。
「ええ、その時は。
約束してやります――必ず」
ゆっくりと顔を離して、安心させるように微笑みかける。
それは最初から、『使徒』であり『母』である自分の役目だ。
娘を想うからこそ椎苗は、その時、その願いを必ず果たすだろう。
「――さて、それじゃあ真面目な話はこれくらいでいいですね」
しっかりと娘に答えてから、切り替えるように言って、娘の額をぺしり、とはたく。
「そう言う事ですから、お前はしっかり、思い出作りしてきやがれですよ。
ああ、そうでした。
もう一つ渡しておかないといけないものがありましたね」
そう言って、百貨店の袋から今度は小さなドラッグストアの袋を出して。
「これもちゃんと持っておくと良いです。
こういうものはきちんとしないといけねーですからね」
袋を差し出す。
中身は数箱のゴム製品だった。
■水無月 沙羅 > 「あいた。」
真面目な話が終わったとたんに叩かれた。
彼女が必ずと言ったのだから、必ずなのだろう。
椎苗は冗談は行っても、嘘をつくような少女ではない。
安心していいのか、してはいけないのか、それは微妙なところだけれど。
母の手を煩わせないようにするのが自分のするべきことだ。
「む、むぅ……、思い出作りはまぁ、わかりましたけど……渡す物、まだあるんですか?」
出てくるのは、ドラックストアの袋。
その中身は。
避妊具のソレ。
「し、しぃ先輩の耳年増!! スケベ! エッチ!! 何考えてるんですか!?」
もう其れは顔を真っ赤にして非難するしかなかった。
夏祭りで何をしろというのかこの人は。
いや、ナニなんだろうけど。
■神樹椎苗 >
「何って、娘の健全な交際を考えるに決まってるじゃねーですか。
むしろ夏祭りに行って、デートして、なにもしねーとかありえるんですか。
それだけシチュエーションがお膳立てされてたら、何もない方が不健全です」
と、真顔で言ってのける母(10歳)。
「それにこういうのは女も自衛として持っておくべきです。
まあ、何もなしでヤろうとするような男は、挨拶できないような男と同じですし。
そんなやつだったらすぐに言うのですよ、この世界から消してやります」
そして、真剣な顔で物騒な事を言い出した。
少しばかり娘が好きすぎるのかもしれない。
■水無月 沙羅 > 「……いや、あの、たぶん、私の体的にいまは気を使ってしてこないと思うっていうかその。
そういう事になるのは確かに嬉しくないのかと言われたらそんなことはないですけど……うぅ。」
脳が沸騰しそうだ、本当に目の前に居るのは10歳なのか。
本当はもっと長生きしてるとか言われても納得できてしまう。
「……ぁー……。 えっと。 うーん。
あ、あはは……。」
最初の夜を思い出して、そっと目を逸らした。
そう言えばあの夜は、そのままだったな、と。
沙羅は嘘がつけない少女だった……。
■神樹椎苗 >
「――そうですね、一度お前の恋人とやらには会わないといけませんね。
まあ、ちょっと、少しばかり。
事と次第によっては、きっちりと『おはなし』しなくちゃいけねーですからね」
なにもしていないはずなのだが、黒い霧が漂いだしているような錯覚。
表情こそ笑顔だが、圧力が酷い。
「まあいいです。
ほら、そろそろ風呂に入ってくるのですよ」
そう言って、自分は最近お気に入りのクッションに腰を下ろした。
■水無月 沙羅 > 「あ、あはは……、あの、お手柔らかに……ね?」
苦笑いをしながら圧力から逃げ出すようにして。
「……一緒に入ります?」
ちょっとした冗談を残して、着替えのパジャマ(着ぐるみネコマニャン)をもって脱衣所へ向かう。
この人は入らないだろうという事は分かってるけど。
本当の親子なら、そう言うのもあるんだろうなと思いながら。
ニシシと最後に笑う。
また一つ心の霧は晴れた。
■神樹椎苗 >
「――まあ、それも考えといてやりますよ」
冗談には、いつものようにそっけなく、けれど少しだけ期待を持たせるような言い方をして。
最後の笑顔に少しだけほっとして、椎苗は柔らかなクッションに埋もれるのだった。
ご案内:「常世寮/女子寮 部屋」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「常世寮/女子寮 部屋」から水無月 沙羅さんが去りました。