2020/09/25 のログ
ご案内:「常世寮/女子寮 ベランダ」に日下 葵さんが現れました。
日下 葵 > シャーっというカーテンが開く音。
それにやや遅れて、カラカラカラと戸車が回る音。
窓を開けると冷たく、湿った空気が部屋の中に入り込んできて、
ショートパンツから伸びる素肌を撫でていく。

「随分と寒くなったな……」

ふるふると身震いすれば、
部屋の中から明かりが漏れるベランダへ足を繰り出し、サンダルに履き替える。
天気予報では明け方から雨。
まだ空に雲はないものの、西に傾いた月は太陽の光を照り返し、
宙に光の輪を作っていた>

日下 葵 > 両足をサンダルに履き替えれば、窓を閉める。
手に持っていた煙草の箱を指先で叩いて、器用に一本取り出すと口に咥える。
上着のパーカーのポケットからライターを取り出して、
時折吹き抜ける風から火を護るように手をかざせば、
オレンジの光の先端で煙草に火を点した。

ふーっと息を吐くと、白く色のついた呼気が黒に溶けていく。
そのまま身体を預けるように手すりに肘をついたが、すぐにやめた。
まるでこれから降る雨を予感させるように、
冷たくなった金属の手すりには結露で水滴がついていたのだ。

「明日は警邏なんだけどな。天気は味方してくれない」

白い煙と一緒に独り言を吐けば、燃え尽きた煙草の葉の灰を、
ベランダに置かれた缶の灰皿に落とす。
既に結露で水が溜まっているのか、落ちた灰はジュっと音を立てて熱を棄てた>

日下 葵 > 時刻は丑三つ時を半ばまで過ぎたころ。
明かりのついた部屋もまだまだ多いが、それでも外は静かだった。

――こういう空気感は、とても好きだ。
部屋に一人でいると、外に出たときの敬語が外れる。
決して外で猫を被っているわけではない……はずだが、
外では無意識にそういうしゃべり方になる。

誰も居なければ、こういうしゃべり方ができる。

「早く外の自販機、暖かい飲み物置いてくれないかな」

まだ夏のつもりなのか、
寮の近場にある自販機は冷たさを示す青色のボタンを煌々と照らしたままだ。
冷えた身体や、温度の奪われた肌や、
かじかむ指先を温めてくれる赤色はまだない。>

日下 葵 > どこかから救急車の音が聞こえた。
冷えた地上の空気は遠くの音をよく伝える。
遠い場所から届く不透明なサイレンを聞くと、いろいろと思うことがある。
同僚が入院したこと、ペットが運ばれたこと、自分が手をかけた者のこと、
10年前の事故のこと、

  そして――恩師が死んだときのこと。

異能の特性上、自身があの車両に乗ることはほとんどない。
私の恩師もまた、そのはずだった。しかしそれは怠慢だった。
死なない存在も、案外簡単に死んでしまうものである。

「ダメだなぁ。この時間の独り煙草は」

誰に言うわけでもない独り言が、また黒に溶けた>

日下 葵 > 「でもまぁ……誰に言うわけでもないから、許されるよね」

冷たい風が、髪を揺らした。
頬が熱を失う感覚が心地よい。

こんな島に住んでいると、
自分以外に”不死”と呼ばれる存在に出会うことは珍しくなかった。
皆どれだけ傷を負っても治るし、
そういう存在には仲間意識のようなものがあった。

でも大抵、口をそろえて『痛いのは嫌だ』というのだった。
死ぬことなんてないのに。
普通の人なら命がいくつあっても足りない状態に身を置いているのに、
痛いのは嫌だという言葉を聞くと、理解が追い付かなかった。

「死んでなんぼだと思うんだけどなぁ。訓練した私が馬鹿みたい」

実際、馬鹿だったのかもしれない。
『お前が頑張れば将来救われる人が出てくるから』
なんて言葉にたぶらかされて、痛みに対する反応と恐怖を失った。
それを馬鹿と言わずに何と言うのだろうか。
そんな疑問が湧いては、吐いた煙の様に消えていった>

日下 葵 > 私をたぶらかした風紀委員は、不死身と呼ばれていたのに死んだ。
後の報告書では、対策不足だったと言われた。
私に訓練をしてくれた人は、どんな人だっただろう。
そういえば、その人の真似をして煙草を始めたんだっけ。

数年前までは”あの人の匂い”だったこの煙草も、
今となっては”自分の匂い”になってしまった。

こんなことを考えるのも何度目だろうか。
以降、報告書を読むのは気が引けた。
本当に大切なもの以外は、読まなくなった。
最近では、そんなことも言っていられなくなってしまったが。

「全部先輩のせいですよ、全部」

死人に口なし、という言葉がひどく皮肉だった。
死んだ恩師はもう何も教えてはくれない。
まだ死ぬ目処の立たない私は、一人になるといつも恩師の悪口ばかりだ>

日下 葵 > 気が付くと、煙草の葉はとうに燃え尽きていた。
灰皿にぐりぐりと押し付けて、放り込む。
吸い殻がジュっと音を立てて熱を棄てる様は、
どこか儚い雰囲気を演出するばかりで気分を一層暗くする手伝いをするのであった>

ご案内:「常世寮/女子寮 ベランダ」から日下 葵さんが去りました。