2020/11/17 のログ
水無月 沙羅 >  
『それは問題行為になるわよ。』


夢莉の拳を受け止める。
たとえ自分にどんな罪があろうとも、公的機関の人間が手を上げることは許されない。
少なくとも、自分は抵抗もしていなければ夢莉に危害も加えていないのだから。

感情が表に出るというのは、こういう場面では不利益につながりやすいらしい。
少なくとも、ニーナにとってよくないことは確かだろう。
自分にとっては興味のないことだが、それこそ沙羅が悲しむだろう。
もうそれも、理由という理由にはならないのだろうが。


『……沙羅が望んだことよ。 無意識だとしても、ね。』


残酷な真実を、少女は述べる。

夢莉 >  
「だったらサラ自身にやらせろや…ッ!!」

拳はいとも簡単に受け止められる。
力も弱く、その弱い力すら上手く伝わっていない。
組伏せようとすれば簡単に組み伏せられる力の弱さ。
元々、荒事を得意とする訳ではない。
むしろ運動神経は、学園の中でも相当に下の方。

椿に、単身で風紀委員数名と戦える人間に、勝てる筈などない。

それでも許せなかった。

「サラが望んだ…!?
 ならテメェじゃなくてサラがやれ!!
 お前が代わりにやってやったとでもほざくのか、あぁ!?
 ちげぇだろうが……テメェが勝手にサラ巻き込んで好き勝手してるだけだろうが!!

 今回の件はテメェだけじゃなくてサラにも罪が問われんだよ!!
 そんでサラは自分がやった事だってこの事も背負いこむ羽目になる!!
 自由も奪われて、自分が実際にやった訳じゃない事の罪を清算させられて!!
 
 一番サラを苦しめてんのはテメェじゃねぇか…!!」
 
夢莉に、そんな事を言う資格はないのかもしれない。
沙羅とも、椿とも、関わった時間などほんの一瞬程。
たまたま自分が公安で、面識があったから、今ここに居るだけとも言える。



それでも、娘の、ニーナの友達だ。


こうなる前に止めたかった。
気をかけていた。
無理矢理な形になってしまってはいたかもしれないが、少しでも肩の荷を下ろせないかと連れまわした。

全部台無しにされたように思えた。
目の前の、水無月沙羅ではない…椿という少女に。

許せない。
やるせない。
不甲斐ない。

涙が滲んだ。

水無月 沙羅 >  
『……じゃぁ、一生あの子に、理央のことで苦しめばいいと貴方は言うのね。
 まぁ、いいけど。
 サラ、サラ、サラ……ね、あなた、本当に何もわかっていないのね。
 私も『沙羅』なのよ。
 どんなに否定しようとしても、貴方が『沙羅』をどんなに気にかけても、あの子に罪が無いといっても、それでも。
 私もあの子で、あの子も私なのよ。』


人格が別れている、としても。
心の底で望んでいることを代弁しているに過ぎない。
いや、椿という人格が大きくなりすぎたせいで、もはやそれすらも前提が崩れているのかもしれない。


『もう少し、早く何かが変わっていればよかったのかもね。
 救えないわよ、どんなに沙羅自体を癒そうとしたって。
 あの子の心は一つの場所ばかり向いているもの。
 恋心ってそういうものよ。』

夢莉 >  
「わかってねぇのはテメェだろうが……」

どうしようもない憤り。
何を言っても意味がないとでも言うばかりに。
それでも、その言い分は気に食わない。

「テメェは…テメェもサラも、ガキだ…ガキすぎんだよ……
 それが恋心だ…?ふざけんじゃねぇ…
 そんなモンな‥‥…”誰だって抱えてる”んだよ…
 それをバカみてぇに自分だけ辛いだの、自分だけが特別だの‥‥…
 ガキの駄々じゃねえかそんなの……」

少なくとも、他人まで巻き込んでいい理由になんてならない。
他人の人生を狂わせる理由にしてはあまりにもちっぽけで。

「お前の言い分なら、猶更テメェが出るべきじゃなかったんだよ……ッ
 そうだろうが……
 沙羅がテメェに逃げてるだけじゃねえか……
 ふざけんなよ……」

沙羅のせい、椿のせい。
どっちであっても。
そんなものはただの悲劇のヒロインごっこだ。

「……‥‥大人しく投降しろ。
 もうテメェは……沙羅は。
 自由にしちゃいけねぇ……

 テメェが可哀そうだって言える段階は、とっくに過ぎちまってんだよ……

 だから大人しく、やった事の報いを受けろ……
 テメェだけが勝ち誇った面してんじゃねぇぞ……」

逃げ場は、無いのだ。
ここで逃げても、待機している自分の仲間が取り押さえる。
それでも抵抗するなら、不死を殺せる者が……自分の後輩が、始末をつけなくてはいけない。

「……テメェは、水無月沙羅は……重罪人だ。
 もうどうやっても罪からは逃れられねぇ……
 これ以上何かしでかすなら、それこそ殺すしかねぇ……

 ……それはやらせねえでくれ」

それは、したくなかった。
目の前の犯罪者に関わっている身内が、多すぎて。
自分も、自分の娘もその中の一人で。

だから、せめて自分で止めたかった。
公安として動かぬ訳にはいかないから。
他の公安じゃなく、自分が。

水無月 沙羅 >  
『分かり合えないわよ、どうしたって。
 貴方は私じゃないし、私は貴方じゃない。
 だれだって抱えている。
 口だけならいくらでも言えるわ。
 でも、それがどれほど本人の心を圧迫しているかなんて、本人にしかわからないのよ。
 ガキでも大人でも、変わりはしない。

 貴方には、あの子の辛さなんてわからないわ。
 あの子がどれだけ。『死』を望んだかも知らない癖に。』


どれだけ何を言われようとも、自分の意思は固く、それが間違っているとは思っていない。
沙羅はともかく、椿は、これでよい方向に向かうと思っている。
二人の関係が、ではない。
風紀委員内における、システムという存在はいなくなったほうが良いのだ。
だれも、そう、誰も幸せにはならないのだから。


『抵抗はしないわ。
 抵抗して何かが解決するならいいけど、そうじゃないもの。
 おとなしくお縄につくわよ。
 ……母さんも、姉さんも、怒るでしょうね。
 一緒に居るって言ったのに。』

それを裏切ったのは、自分なのだから。


『重罪人、ね。 
 それなら、あのくさったデブをさっさと捕まえるのね。
 あいつこそ、それこそすべての原因なんだから。
 あれをどうにかしない限り、なにも終わらないわ。
 また、新しい殺人鬼ができるだけよ。』

お茶を飲み干して、そして最後に笑顔を浮かべる。
椿の雰囲気は、そこにはなく。

水無月 沙羅 >  
「ごめんなさい。夢莉さん。
 手間、かけさせちゃって。」


全てを知って、全てを察し。
自分の罪を自覚した彼女は。


「普通の人みたいに、死ねたらよかったのにね。」


そう告げた。

夢莉 >  
「―――――死んで逃げようとすんじゃねぇよ」

体が震える。
全部が悪く進んで、何一つ変わりやしない。
それを引き起こした本人は何一つ悪いとは思っておらず……

ただただ、空しくて。

「お前にはもう、それを言う資格もねぇんだよ……
 お前がしたのは、そういう事だろ……」

もう、死ねたら、も……死にたい、も、許されないのだ。
死ぬのは、罰次第。
その自由はない。

酷な事だと思う心と、しかし許せない心が入り交ざって。
自分の出来る事も少なくて。

ニーナはこれを知ったら、どう思うんだろう。
オレは何が出来たんだろう。

「……出来る限りの事は、する。
 今、その為に動いてる奴らがいる。

 ……お前も自分のケツを、自分で拭け。
 ツバキのせいに……してんじゃねぇ。
 自分で立て‥‥‥」

先ほどまでの張り詰めた声はもうなく。
疲労と無力感の入り交ざった、力ない顔。
疲弊した姿。

「…………なぁ
 本当にこれしか……なかったのか?」

水無月 沙羅 >  
「あはは……違いますよ。
 罪を犯す前に、死ねていたらよかったのにねって。
 そういう話です。
 私が普通の体だったら、きっと椿が産まれることもなかった。
 椿に背負わせることもなく、私が自分でこの胸にあった辛さを抱えたまま。
 全てを断てばよかっただけだから。」


まだ、全てを受け入れきれているわけではない。
けれど、彼女の言いたいことは分かる。
それが正しいことも。
自分はずっと逃げてきたのだいう現実だけは、きっと受け止めなければいけない。


「……。
 もう、立つことすら許されないかもしれませんけどね。
 私も、あの人も、この手を赤く染めすぎました。」


悲しげに笑うのは、そうすることしか出来ないから。
境遇に笑うわけではない、自分を憐れむわけでもない。
ただ、その顔が張り付いて離れない。


「………。
 わかりません、もしかしたら、本当はもっといい方法があったのかもしれません。
 貴方だったら、どうしましたか?」

夢莉 >  
「‥‥…ガキが許されねぇとか言ってんじゃねえよ」

何も知りやしないくせに、勝手にどん詰まって。
ない頭で悪い方にばっか転がってって。
本当に、ガキだ。
人の親になったから、なおさら思う。

「………他の相手探してたろう、な。
 他で埋めるしかねぇから。
 オレは力もねえし……結局そうやってかなきゃ、生きてれねえから。
 
 クソみたいな生き方だけどな……兎に角変えるしか、なかった。
 目逸らして、別んとこに逃げて。
 新しいモンで埋めて、埋めて、埋めて……
 沢山あったなんかの一つにして、傷が目立たねぇようにしてきた。

 取り返しがつくウチに、そうしねぇと……ダメだった」

痛い目は、自分も散々経験してきたから。
解決だけを目指したって、どうにもならない事が沢山あったから。
情けないし、どうにかなればよかったと思う事は、数え切れないほどあるけど。
でも……そうしないと潰れるから、潰れないようにそうするしかなかった。

「自分が立つ為に逃げんのは、別に何も悪くねえだろ。
 ……まずは、それを覚えろ。

 お前もツバキも、ガキなんだから。
 覚える事が他に沢山あったんだよ。

 ……まだ覚えてく時間は、あんだろ」

重い罪。
罰はどう足掻いても相当なものになるだろう。
だとしても、せめて。
償いの機会だけは与えてやりたい。
何も知らない子供に、挽回の余地すら奪いたくは、ない。

「………とりあえず、出来る限りの事はしてやるから」

手を掴んで、引き寄せて。
自分の胸へと顔をうずめさせ、ぽんぽん…と背中を優しく叩く。
今は、これが自分に出来る精一杯。

水無月 沙羅 >  
「……私には、あの人しかいなかったんです。
 それしか、無かったから。
 あの人に、救われたから。
 だから、他の事なんて。」


首を振る。
逃げる事なんてできない。
許されない。
それは、きっと、水無月沙羅ではなくなってしまう。


「あの人を助けたかったはずなのに、一緒に地獄に落ちようとしている。
 私はとんだ疫病神です。」


引き寄せられる、その胸に顔をうずめさせられる。
抵抗はしない、けれど、けれど。
求める物はそこにはなくて。


「……しぃ先輩に、ごめんなさいって伝えてもらえますか。
 かぎりん、華霧先輩にも、きっと、怒ってるから。
 あと、刑事課の人たち、特に、レイチェル先輩にも。」


そう言ってから息を呑み。


「罰は受けます。 相応の、罰を。
 それがたとえ、『死』だったとしても。
 それぐらい、多くの命が消えたのでしょう?
 庇いだては、誰も幸せになりませんよ、きっと。

 でも、ありがとう。
 ニーナには……遠くに行ったと、伝えてください。」


思い浮かべるのは、数少ない友と、家族の事。
彼らにも、きっと傷をつけるのだろう。
自分に、一体どんな償いができるというのか。
もう、何もわからない。


「さ、連れて行ってください。」


やはり、何処かつらそうに笑って夢莉を見上げた。

夢莉 >  
「……だから、それがガキだってんだ」

なんと言おうと、否定しようと。
結局それで間違えてるんだから。

「……庇い立てって程じゃねえよ。

 オレも……落第街の住人だった。
 ニーナも、だ。
 タイミングが少しでも違ったら、オレらも巻き込まれてた。
 殺された奴らの事も、自分と重ねて見てる。
 だから、許せはしねえ。

 けどな……それとこれとは別だ。
 親でもあるからな、オレは……
 単純にガキ見捨てたら、娘に顔向けできねぇだけだ。


 ……無理矢理にでもお前を変えてく。
 それは、覚悟しとけ。
 そんで………ちゃんとここに戻ってこれるようになれ。
 それが真っ当な償いってヤツだろ」

携帯端末を取り出し、何処かへと連絡を入れ。
それが終われば背中を押して、歩ませる。
強く押す事はない。
歩幅を合わせながら、自分で歩くように促すだろう。

「まずは……自分で謝りにいけ。
 その位の時間は作ってやる。

 腕は引っ張ってやるから、自分でやれ」

それが、最初の償いだ。
逃げれない事からは逃がしはしない。
この子には、変わってもらう。

水無月 沙羅 >  
「それを決めるのは、私でもあなたでもない……。
 でも、戻れたらいいですね。
 戻る頃には、失われているかもしれないけれど。」


幸せな日常は、いつ崩れるか分からない。
それを誰よりも知っているから、戻る場所があるという期待すらも、ない。
彼女たちがせめて、幸せであればいいと望むばかりで。


「さようなら。」


部屋に別れを告げる様に、振り向きざまに言葉を残し、少女は去るだろう。

夢莉 >  
「出来る事はするっつったろ」

当然、自分の一存でどうなる訳でもないが。
だとしても……

「……変えたかったんだろ。
 だったら自分も変われ。

 ……行くぞ」

彼女と共に、その部屋を出てゆく。
残されたのは、静まり返った空間だけ……

ご案内:「常世寮/女子寮 ある生徒の部屋」から水無月 沙羅さんが去りました。
夢莉 >  
――――それから数日の間。
表向きは休養兼外泊という形で、水無月沙羅はこの家に戻る事はなかった。

その後この家に戻る事があったかどうかは……まだ、先の話。

ご案内:「常世寮/女子寮 ある生徒の部屋」から夢莉さんが去りました。