2021/03/29 のログ
ご案内:「常世寮/女子寮 部屋 自室」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
「~♪」

小さな自室。
愉しみやおしゃれも特にあるわけでもなく。
ベッド脇の窓に動物のぬいぐるみと、枕元に先日買ったばかりなのに早くもオブジェと化した香水があるくらいの、物の少ない部屋。
けれど、今日の私はどこかご機嫌でした。

「ふふ♪たまには良いモノを食べないとね」

テーブルの上にことり、と置かれるのは、かなり奮発した特上のお肉を焼いた、ステーキなのです!
いまだじゅうじゅうと音を立てて油が焼ける匂いがするそれを目の前に、ぺろりと舌なめずりしながら……、

「いただきま~す♪」

ナイフを差し入れると、音もなく切り開かれて、お肉の柔らかさが伝わります。
ミディアムレア……か、もっとレアに近い焼き加減、でしょうか。
赤身から油と血が滴り、お肉の香りと交わり、たまらなく食欲……を刺激して。
我慢できず、私はフォークを口に運んで。

「はむ。……んぅ~っ……♡」

口の中に広がる、肉汁。
舌の上でほぐれるほど柔らかく、たっぷり絡んだ油が舌の上で蕩けて。
塩だけでいただく、お肉本来の味。
おいしい……!三大欲求のひとつ、食欲をたまらなく刺激する、その食味。
ひとはこれだけで幸せを感じるんですね……と舌鼓を打ちながら。


――すぐに、これが夢だと気づきました。

藤白 真夜 >  
私は、歓びに満ちた食事はしないのです。
味の良し悪しがわからないはずではないのですが、私にそんなに素直に喜びを受け入れる心はありません。
もっと、哲学的ゾンビのような食事をするのです。
何より、血を連想される肉は、嫌いでした。

だから、でしょう。
そんな夢を見るのは。

ナイフで切り、フォークで刺す。
斬り伏せた肉を、嬉しそうに穿ち、口に運ぶ。
音を立て肉を咀嚼し、あふれるよだれと共に嚥下する。

私が夢だと気づいても、夢の中の私は止まりません。
私は嫌いでも、夢の中の私は大喜びで肉を食べていました。

……お決まりの夢の形。
いくつかパターンはあったものの、そのどれかははっきりしません。
覚えているのに、覚えていない。
夢見の常。

でも、最後のカタチだけは、はっきりと覚えている。


――――――――――――――。

ふと。
肉を半分も食べたころ。
ナイフを振るう度、声が聞こえる。

私には、よく聞こえない。
記憶の帳の向こうだからだろうか。
夢の中の靄がかかっているからだろうか。

相変わらず、私の腕と食欲は止まらない。
口の中に肉を運ぶ度、悦びとよだれが止まらなくなる。

藤白 真夜 >  
(■■■■)

……やっぱり、聞こえない。
確信には届かない予感に、嫌な高揚感。
私はそう感じているのに、夢の中の私には届かない。
ただ、食欲と共に生の実感を得ているだけ。
カチャカチャとナイフを進め、フォークを突き立てる。

(―――、)

ふと。
夢の中の部屋の電気が、落ちる。
いや、瞳だろうか。
輝きの無い私の瞳が、ようやく還ってきた。
そう思った、瞬間。

(たすけて)

声が聞こえた。

目前にあるモノは、わからない。

……違う。
……私は、……。

……思い出した。
これは、確か、初めてステーキを食べた時の、思い出。
本当に、食べていた。
そして、お肉を嫌いになった。

……けれど、私は何を想い起こそうと、していたのだろう。

藤白 真夜 >  
おぼろげな記憶と、夢の中のうつろ。
その二つが、きっと重なっただけ。

……でも、私はうっすらと思い出す。
私の記憶の中には、きっと残っていないもの。
忌まわしく。
罪深く。
……けれど、絶対に忘れてはならないもの。


「……はッ……!……は、ぁ……」


汗に塗れながら、跳ねるように身体を起こしながら目覚める。
……よくあることだ。
元から、夢見が良いほうじゃない。
そして、何より。

「……、……ふ、……ふふ……」

暗闇への恐怖。
今まさに、目を開けば死神が鎌を持っているのではないか。
背後が落ち着かないのは、悪魔が見つめているからではないのか。
ベッドの下にからおぞましい触手が伸びているのではないか。

子供の頃に見たような恐怖を思い返しながら、案外、実際にそうなのかもしれないと思い立つ。
悪魔や邪神には幾度となく触れてきたのだ、私を堕落させるためにそれくらいやりそうなものだ。
けれど、それらを拭い捨てて、ベッドに沈み込む。血が滲むだすように感じるのは、悪夢の続きだ。

藤白 真夜 >  
……私は、安堵していた。

私のような罪人にとって、恐れるものは一つだけ。
罪を忘れること。

贖いの末ならばいい。
けれど、私にとっての忘却は、これ以上の無い冒涜だった。
だからこそ、有り難い。

元より薄れていた罪を、夢の度に蘇らせてくれることは。

だから、これは悪夢でもなんでもない。
ただの想起で、脳の記憶の整理というやつだ。
それでいて。
私を導く、夢のきざはしだ。

額に浮く脂汗を放って、静かに眠りに落ちる。
ああ……きっと、安らかに眠れるだろう。
食べ物の夢を見たせいか、あの人が食事をちゃんと取れたかだなんて、考えながら。

藤白 真夜 > 「……しょうがないわよね。アレ、すごく美味しかったもの。……ふふふっ♡」
ご案内:「常世寮/女子寮 部屋 自室」から藤白 真夜さんが去りました。