2021/10/21 のログ
■イェリン > 夜の帳の降りた暗がりの中、抑えられた音量のベルが鳴る。
今、月が満ちた。
「レィフェ、ドゥーリア、ヴァスネフト」
北から右回りに一つ、一つ。
声に出しながら羊皮紙を四方に並べていく。
口にするのは何処の言葉でも無い術式言語。
「カルヒェ」
東で四つ目。
並べ終えた中央に銀のグラスを据えて、部屋で煮沸して来た水を灌ぐ。
音を立ててグラスを満たし、水面の揺れが納まるのを待つ。
ゆらゆらと揺れて、次第にそれが収まり、小さな波紋がグラスの淵に当たって、消えていく。
完全に凪いだのを確認してから、囁くように唱える。
「セレエナ」
中空にまばらに散った星々を映す水面が裏返るように一度黒く塗りつぶされる。
瞬きひとつ挟んだ次の瞬間には、水面には角度的に映るはずの無い月だけが大きく揺れていた。
■イェリン > 月を映す。
否、月を移す。
(――早く終わらせなきゃ)
腕が、指が痺れて視界が霞む。
月そのものをどうこうするような術式ではない。
その大きな存在の一際眩いその瞬間の、おこぼれにあやかる程度のささやかな術。
しかし、大きな物に干渉するというのは、それだけ負荷を受ける事は必定。
承知の上で取り組んだとしても、それでも全身から嫌な汗が噴き出る程に魔力を持っていかれる。
震える手で取り出したガラスのスポイトをグラスの上澄みに差込み、吸い取る。
映した虚像を、吸い取りさらに移し替えていく。
最後に小さなガラスの小瓶に金色の月の影だけを吐き出して、封をする。
コルクで閉じて、広げた和紙の真ん中に置いて、丁寧に織り込んで包む。
「――ふぅ」
一通りの作業を終えて、息をつく。
全身から力を抜かれたように痺れた指を伸ばしてココアに口を付ける。
屋上に出た頃には湯気の上がっていたそれも、今は冷めきってしまっていた。
■イェリン > ハンターズムーン、冬の訪れを告げる狩猟期の満月。
そんな豊穣の秋の区切りでもある月の映し姿を小瓶に保管する。
月の雫とも呼ばれる、マジックアイテム。
明確な使用用途等無いが、触媒や魔術補助の用途で使うには極めて優秀で、時期を逃せばいくら札束を積んだとて譲り受ける事の叶わないような代物だ。
「存外、一人でもなんとかなるものね」
もとより分の悪い賭けで、失敗した時に被害が出ないようにする策だけは用意してきていたが、杞憂に終わった。
覚えは無いが、月の女神の恩寵でもあったのだろうか。
儀式を終えた端から、使用した器具が限界を迎えたように、最初に並べた羊皮紙は塵になって消え、月を映したグラスは内側が炭化したような状態でひび割れていた。
和紙で包んでしまったのは術式とは違う系統にある品で隠してしまうためだったが、結果として正解だったのだろう。
そのまま晒しておくと、いつ自分が月の魔力に魅入られるとも分からない。
ご案内:「常世寮/女子寮 屋上」にセレネさんが現れました。
■セレネ > ――バサリ。
大きな翼がはためく音が、静かな夜に響いたかもしれない。
屋上にいる人物の死角から双翼をはばたかせ、寮にある屋上に足をつける人影が一つ。
「――あ、ら…?」
月の色を映す大きな双翼を畳み、隠匿魔術で双翼を消して首を傾げる。
こんなところに人が居るとは思っていなかったし、その人物がこの間話した人間だと思っていなかったからだ。
「……あぁ、ぇっと、こんばんは?」
未だ、そこに誰が居るか分かっていないながら、
とりあえず挨拶の言葉を投げかけつつ彼女に近づいていくだろう。
■イェリン > 限界まで高めていた緊張感があったからか、
かすかに耳が捉えた羽ばたきの音に腕を投げ出すように横になっていた身体を跳ね起きさせて周囲を警戒する。
成功の後には油断が生まれる。
口ずっぱく言われてきたがゆえに、思考よりも身体が先に動いていた。
ポケットの中の黒曜石に手を伸ばした、イェリンなりの臨戦態勢を取る――が、
「あら、先輩じゃない。こんばんは」
瞳に映ったその月色の髪に、それを即座に解除する。
立ち入り禁止もお構いなし。
どころか入口以外から死角をつくように現れた存在に対して、
イェリンは極めて朗らかな表情を浮かべた。
■セレネ > 聞こえた声には少し聞き覚えがあった。
数秒思考を巡らせた後、該当したのは先日邂逅した夜色の女性。
己の双翼を見られてしまったかと不安に思いながらも、
彼女ならばあるいは…と感じ努めて平然と対話する。
「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら。」
普段なら立ち入り禁止にも拘らず、普通に接する彼女に
眉をハの字にしながら問いかける。
何か彼女の行動の邪魔になっていなければ良いのだけど…と
不安が隠し切れない表情を浮かべてしまうだろう。
■イェリン > ちらり、と煌めく双翼の搔き消える瞬間を目にしたかも知れないが、
普段見せてもおらず、消したという事はそういう事なのだろう。
お互い何かを目にしても黙して語らず、乙女の秘密は他言無用だ。
「えぇ、入口に気休め程度の人払いは置いてはいたのだけど。
用事も終わった後だから、気にしないで」
心配そうなセレネの表情を目にすると近づき、軽く頬を合わせるようにハグをする。
敵意無き事の表明、親愛の証でもある。
「むしろ来たのが貴方で良かったわ。管理人さんだったらおしまいよ」
冗談めかして、イェリンはそう言う。
■セレネ > 彼女に双翼が消えた瞬間が見られたとしても、
それを言及されないのならそのまま何もないように貫くのが己だ。
…己の秘密を語るには、彼女への信用がもう少し深まる必要がある…のだけれど。
「…貴女だから此処だけの話を教えますけど、
今回私は入り口からは来てないのです。
もしかしたら羽ばたきの音が聞こえてるかもしれませんが、実は空を飛べるのですよ。私。」
…先日彼女は魔術を扱えると告げた。
だから、己も一つの手の内を明かす。そうでなければ、釣り合いが取れない。己の中では。
彼女からのハグと頬を合わせるような仕草に自然と己も頬を合わせに行こう。
「管理人さんは…まぁ、殆ど来ることはないと思います。
余程の事…例えば火を起こしたりだとか、問題を起こしたりだとか。
そういうのではない限り大丈夫かと。」
そういえば、貴女は此処で何を?と、不思議そうに首を傾げて問いかけるだろう。
■イェリン > 「空を飛べる、か。素敵ね、自由で。
一度は夢見たけど、どうにも私の魔術でどうにかできる範疇になさそうなのよね」
本心から羨ましい、とでも言いたげにイェリンは語る。
手の内を明かす、という事が魔術師である者にとってどれだけ危険を伴う事なのか、それは痛い程に理解している。
たとえそれが自分の力の一端だとしても。
「……一歩間違えれば火事で済まない事をしてた身としては笑えないわね。
あなたなら知ってるかしら。
月の涙の生成、というよりは回収ね。
上質な魔力触媒の回収機会なんて滅多にないから、ちょっと無茶してみたのよ」
かなり独自の物だけどね、といって和紙に封印された物を指さす。
メジャーな物では無いが、魔術をかじった人間なら話には聞く程度には有名であるらしい。
■セレネ > 「…貴女を抱えながらで良いのなら、一度空のお散歩でもしましょうか。
空は良いですよ。誰よりも月が近くて、星に手が届きそうで。」
彼女のその、本心はよく分かる。
己は元々、『空が飛べるという自覚』が無く、自身に翼があるというのも
つい数年前…この島に来る前に知ったのだ。
「……月の涙、ですか。
月にまつわる触媒であれば、私なら容易に手に入りますので
必要なら仰って下さいな。
貴女が無茶をする必要はないのです。
それで怪我や事故を起こしてはいけませんし。」
己は異世界とはいえ月の女神。
この世界の触媒となれるかはわからないが、それでも出来得る限り力になりたい。
優しい彼女の、助けになりたい。
それに、今日は満月。狩猟月だ。力は余りに余っている。
蒼は月光を受け、少し淡く輝いているように見えるかもしれない。
■イェリン > 「ほんとに?
――でも、そのなんというか、大丈夫かしら」
結構鍛えてるから、等とごにょごにょと口を濁す。
そもそもの体格自体、セレネより一回りは大きい。
「緊急時の外部魔力としても使えるから、作っておきたくてね。
……というか容易に?」
並みの術者が生成しようとすれば、良くて失敗、下手を打つと儀式に食われて干からびる。
そんな過程を経て作られる触媒なのだが、実際頼めば必要な数だけ用意できそうな物言いだ。
「あんまり甘やかさないでよね、先輩。
魔術師が対価も無く触媒を受け取ってたら鈍っちゃうわ」
実際、作るとなると身の丈に合ったものしか作れない物だ。
それを金銭を対価に手に入れる手法こそ一般的ではあるが、無償というのは気が引ける。
それに――
「あなたから受け取った事が巡り巡って伝わって、
貴方を狙う人が現れたりでもしたら私、自分を自分で許せなくなっちゃう。
だから――良かったら側で見ていて。
道を間違わないように、誰かを傷つけないように。
それだけで良い。それだけで私、きっと正しくあれるわ」
どうやら月の女神の恩寵は、既に受けていたらしい。
触媒の生成が上手くいったのも、おそらくセレネの残滓が及ぼした影響なのだろう。
■セレネ > 「……あぁ、体重の問題ですか?
まぁ…それは、厳しければ風魔術や重力系の魔術でどうにかするので大丈夫だと思いますよ。
私に比べて貴女は結構引き締まった身体ですもの、そこは織り込み済みです。」
乙女の秘密、体重については一応の対策は考えている。
己だって体重の増減で悩むのだ、彼女が悩み口に出しにくいのも無理はない。
ぐっと両こぶしを豊かな胸の前で握って励ます。
「…えぇ。私、その…月に縁がある体質でして。」
己の全てが、もしかしたら術者によっては最上級の触媒になり得るかもしれない。
それを分かっていて話すのは、彼女が正しく、優秀な術士であると判断したから。
「…仮に、私の価値を見出して狙う人が現れたとして。
それで狙われたとしたら、それは私自身の責任です。
貴女が気負う事なんて何一つないでしょうに…優しいのですね。
――分かりました。約束しましょう。
貴女が道を違えないよう、私が…”月”が貴女を見守ります。
道を外れた時は、正しい道に引き戻しましょう。」
叶うなら、彼女の手を取り、彼女の蒼を見つめ、そう言葉を告げる。
彼女が振り払わなければ、その手は仄かに淡く蒼く光り、約束を交わすだろう。
『契約』より弱い、淡いもの。強制力は何もない、脆いもの。
■イェリン > 「それならお散歩、エスコートしてもらおうかしら。
腰抜けたりしないわよね…」
実際絶叫マシンなる工学の賜物に触れた事が無い為、
空の散歩と向き合うのも自由に空を駆ける鳥に思いを馳せた幼少期以来だ。
「そう、でしょうね。
それも眷属とか奉仕者って感じじゃない。
深くは問わないわ、私にとっては先輩は良き友人以外の
何者にも変わりないわ」
知れ渡れば、追われるだろう。襲われるかもしれない。
術者によっては組織だって行動する者もいる。
そうなれば、彼女の安息の地も無くなりかねない。
「えぇ、約束しましょう。
代わりに貴方に影を落とす輩が現れたなら、私が万策を尽くして貴方を護るわ」
告げられた言葉を受け止めて、自身を見据えるセレネの蒼を見上げて、セレネの手の甲に小さく口づけを落とす。
契約としてはあまりにも簡素で、強いる物も何も無い。
善意に善意で返す、ただそれだけの確かな約束。
友人を護りたい。そんな子供じみたエゴを力に変える魔法。
■セレネ > 「ふふ、初めて空を飛ぶとなると怖い気持ちも出てきますからね。
もし腰が引けたりしたら言って下さいね?」
折角の空のお散歩が気持ちの良いものではなく、恐怖で終わるのは非常に勿体無い。
空には沢山の素敵が詰まっていて、彼女にも好きになって欲しいから。
「有難う御座います。…いつか、貴女にも私の事を話せたら…
その時はどうか、否定せず受け入れて欲しい…というのは、身勝手かもしれませんが。」
神族とはいえ、己は有名な神とは違い信者も何も居ない。
人からの「否定」は言葉だけでも己の存在を害する毒となる。
真名を告げてないとはいえ、弱小な一柱に傷を負わせるのには十分なくらいの。
己が自身の殆どを秘匿するのは、自衛に他ならない。
「あら、なんて嬉しい言葉でしょう。
――ありがとう、イェリンさん。
嬉しいわ…本当に。」
加護や祝福でも授けられれば、と思いはすれど。
それは彼女に己の本当の事を告げてから。彼女の了承を得られてから。
だから今はただの約束。善意同士の、約束。
白い手の甲に柔らかな口付けを落とされれば、擽ったいように、喜ばしいように、微笑みを浮かべて。
代わりに己は彼女の髪を一房掬い取り、それに口付けるだろう。
口に出した言葉だけでなく、行動で示す為。
■イェリン > 「私、恐怖に興味が勝るタチなの。
っと、私どうしてたらいいのかしら、おぶってもらう訳にもいかないし」
ギュッ、と抱き寄せるように近く寄って見るが、翼で飛ぶならそういうわけにもいくまい。
「身勝手で良いじゃない。ここってそういう場所でしょ?
貴方が私に話そうと決めた事なら、それが何であれ否定なんてしないわ」
常世という特異な地であるからこそ、出逢えるものもある。
出くわす危険もあるのだろうが、それはそれとして始末もつけよう。
「さ、私を空に連れて行って、先輩。
急がないと月が逃げて行っちゃう」
夜空を覆う帳に輝く星や月を指さして、イェリンは笑う。
■セレネ > 「成程、貴女なかなか好奇心旺盛なのですね?
でもそういう人の方が好きですよ。
…あぁ、羽ばたくのに邪魔にならないなら…。」
彼女の引き締まった身体が寄せられ、己も自然と彼女の腰に腕を回す。
相手がうっかり落ちてしまわないよう、補助程度の風の魔術をかけてふわりと数センチ程その場から浮かせてしまいながら。
「…そうなのですかね?
一年くらい此処に居ても、まだまだ分からない事ばかりです。」
違う人々、違う価値観、様々な人が居て、面白いし恐ろしい事もある。
だが少なくとも、己が大切と思う人々は幸せに過ごして欲しいと思う。
「そうですね。
――さぁ、落ちないようにしっかり掴まって下さいな。」
背から蒼く輝く双翼を現わせば、地を一度蹴って飛び上がる。
そのまま翼をはためかせては、慣れたように空を駆け、
ひとたびの空の散歩へと二人で繰り出して行くだろう――。
ご案内:「常世寮/女子寮 屋上」からイェリンさんが去りました。
ご案内:「常世寮/女子寮 屋上」からセレネさんが去りました。