2022/09/08 のログ
神樹椎苗 >  
 
「人間に十色あるように、神にも多様性があります。
 お前のようなやつの眷属になれるのは、なかなかの幸せもんですよ」

 猫じゃらしを再び放り投げる。
 散々見せられて鬱陶しかったのだろう、白猫は足元に転がった猫じゃらしを、前足で蹴り転がす。

「――しれっと、酷な問いをするもんですね」

 バタークッキーを丸ごと一切れ口に頬張り、ぼりぼりと食べて。
 苦いお茶で流し込んでから、気力なく首を振る。

「しいに未来なんてもんはありません。
 ですから、その問いに意味はありませんよ」

 

セレネ > 「…それもそうですね。
とはいえ、今の所は彼女をそうするつもりは私にはありません。」

彼女がそう望めば話は別だが。
少女が放った猫じゃらしを前足で転がす愛猫を蒼に収めて

「――。」

「付属品である神樹椎苗ではなく、
椎苗ちゃん”個人”に聞いたつもりなのですけれど。
貴女はどうなりたいか、どうしたいか、その望みもないのでしょうか?」

物として扱われてきた時間が長いのもあるのか。
少女自身の願いや想いはないのかと。
カップに淹れた漢方茶を口に含みながら。

神樹椎苗 >  
 
「しい、個人の、ですねえ。
 今はただ、恙なく。
 死を想う使徒としての役目を全うできれば、それで充分ですよ」

 それ以上を、望むつもりはない。
 未来というものは諦めたが――『友人』の想いは胸に残っている。
 自分らしく、ただ『今』を過ごしていければ、十分だ。

「まあそもそも、『個』としてのしいは四年前に死んでいますからね。
 それまでも――生きているとは到底言えねえもんではありましたが。
 今更、なにを望むもありませんよ」

 そう言って、また肩を竦めた。
 

セレネ > 「…そう。」

幼い見た目と反して、随分と達観…いや、諦観している、その言葉。
未来はとうに諦めている。
その感覚は、分からない訳ではない。

「ふむ。
…もし良ければ、詳しいお話を聞いても宜しいですか?」

例えば彼女の両親の話。例えば彼女が今まで経験した話。
小さな彼女が抱えるには、大分大きい過去だろう事。
そういった話を、聞いてみたいと思ったのだ。

神樹椎苗 >  
 
「ま、そういうもんです」

 お茶を啜る――苦い。

「別にかまわねーですが、面白いもんでもねーですよ?
 まあほとんどの情報は、データベースに乗ってますが」

 側頭部を指先でとんとん、と叩いて――家主の端末にデータを送る。
 産まれから現在、これまでの交流に至るまでを記されたデータベースの一端だ。

「そこにある通り、しいは、ある宗教団体の施設で産まれました。
 親は知りません。
 その施設で接した人間は、全員が顔や体型を隠していて性別もわからなかった上に、誰ひとり声を発さなかったので」

 当時を思い出す。
 ただ広い空間と、自分を収める揺り籠。
 そして一本の巨木。
 それだけの世界で、何一つ、言葉一つ教えられることなく生きていた。

「一応、人間である以上、親はいるのでしょうけど。
 いえ、今の時代を考えれば、試験管産まれのジーンリッチでもおかしくねーですね。
 まあどっちにしても、しいにとって親と呼べる存在はどこにもいませんでした」

 自分の世話をした人間はいたが、まともに触れ合ったことも、言葉を交わした事もない。
 食事と下の世話をされていただけだった。
 

セレネ > 彼女が側頭部を指先で小突くと、ブルブルと端末が鳴った。
手に取り、送られたデータの一部を蒼が流し見る。

「……。」

読みながら、彼女の言葉に耳を傾ける。
可哀想、と言葉を向けるのは簡単だ。
それは”恵まれた側”の特権だ。
命ある一つの生物として祝福された者の。

「…家族が欲しいとか、そういう事を思った事はありません?」

己だって、まともな家族や家庭で育っていない。
ただ、目の前の彼女より余程良い生活ではあったのだろう。

神樹椎苗 >  
 
「――いえ、とくには。
 ただまぁ、この島に来てからは、母親扱いされたり、姉妹ごっこをしたりと、それらしいことはしてましたけどね。
 それが楽しくなかったと言えば嘘になりますが、本当の家族が欲しいかと言われると」

 首を振る。

「しいと、そこに記述されてる神木とは、そのころからの縁になりますね。
 しいが揺り籠ごと安置されたのが、その神木の根元だったんです。
 なので――しいと最も長く同じ時間を過ごしたのが、この神木ですね。
 意思疎通ができたわけでもねーですが、産まれてから常に一緒だったわけですし、これほど深い縁もねーでしょう」

 切っても切れない――今や、切ることが出来なくなった縁だ。
 

セレネ > 「――そうですか。」

彼女が望まないのであれば、それを尊重すべきであろう。
少女の言葉に小さく頷く。
勝手に彼女を義娘と重ねていたのは己の方だ。
個は個である。決して重ねて見てはいけない。
きっと、己の養父もそう言うだろう。

「だからこそ貴女を眷属にしやすかった…
いや、そうする為に生まれてきた可能性もありますが。」

縁の強さが眷属にしやすい可能性を上げる事もある。
己にも形を成す器がある。意思疎通も出来る。人の子と同じように。
だからだろうか。彼女が仕える神格に色々と思う感情があるのは。
或いは、己が人と同じように育てられたからかもしれないが。

神樹椎苗 >  
 
「そういう関係が嫌なわけじゃねえですよ?
 ただ――しいみたいな『モノ』を、代用品以上にしちまったらいけねーんですよ。
 あくまで道具は道具。
 道具を人間として扱って、不幸にあった例は、古今東西、無数にありますからね」

 けして、疑似家族の関係を好まないわけではない。
 ただそれは――誰かの不幸を産むだけにしかならない。
 そうして不幸を味わった『娘』が、すでに椎苗にはいるのだ。

「そこはなんとも、と言った所ですね。
 神木には意思や人格というものはありません。
 あるのは存続と、存在意義を果たすための本能だけです。
 まあ――教団の連中は最初から、しいを依り代にでもするつもりだったのでしょうけどね」

 そうでなければ、教団が崇める神でありご神体でもある神木の元に、人間の子供を安置したりはしないだろう。

「とはいえ、そうして誰ともまともに接しない時間は四年で終わりました。
 しいが四歳の時、教団はしいを『神』として人前に出したのですよ。
 全知の神――しいはかつて、そういうモノでした」

 

セレネ > 「……。」

彼女自身も、自分を物として扱ってしまっている。
そうならざる、せざるを得ない状況になっている。
これを覆せる程の何某を己は持ち合わせていない。
それに、そう言うという事は既に経験済みの可能性もある。
…であれば、轍を踏むのは相当覚悟が必要になるだろう。

「依り代…。まぁより近しい関係だと借りやすい傾向にはありますね。」

今の所他者の身体を借りる事はないが。

「人の身から神に、という事は時折ありますが…。」

であるなら、一時的にでも彼女は神族ではあったのか。
人の祈り、想いが力になるのが神である――己の世界の基準ならば、だが。
一部であろうとも人々が彼女を神としたのなら、己にとっては神族だったと思うのだ。

彼女の言葉に、興味深そうに頷く。

神樹椎苗 >  
 家主の無言に、椎苗はくすくすと笑って答えた。
 相手が自分を『なにか』のように扱っているのはわかる。
 自分もまた、それに甘えている。
 ただソレは――『求められている』から応えているに過ぎないのかもしれない。
 椎苗にはそれが自分の意思なのか、『神』だった名残としての本能なのか、判別できなかった。

「『七歳までは神のうち』。
 そんな言葉が日本にはあります。
 本来の意味は、当時の技術水準において、子供が七歳まで生きる事が難しかったために出来た言葉ですが。
 そんな言葉も、口にされて、口伝されていくうちに、力を持っていきます」

 少し考えるように口を噤んで、チョコクッキーに手を伸ばしながら口を開く。

「つまり、現世との繋がりが弱い赤子は、幽世の神に近しいものだとされていて。
 その部分だけが意味合いを強めて――稚児を崇める宗教などが産まれました。
 しいは、意図的にその意味合いを強めるために、赤子に近しい状態のまま、俗世に触れないように育てられたのですよ」

 クッキーを齧り、糖分を味わいながら、次の言葉を探す。

「――そうして育てられたしいは、きわめて神に等しい存在と位置づけられるでしょう。
 そんなしいを人々の元に『神』として担ぎ出せば――しいは『神』として定義づけされます。
 そうしてしいは、正しく神格を得て、過去未来現在、その全てを知覚できる『全知の権能』を獲得したのです。
 ですから、『全知の神』。
 しいは、一時の間でしたが、正真正銘、信仰を持った神だったのですよ」

 そう口にして、またくすくすと笑う。

「今にして思えば、全知なんてちゃんちゃら可笑しい話ですがね。
 ただ、当時は本当にその力があったのです。
 全知の神――冗談みたいですが、全能でないだけ、多少マシですかね」

 そう話して、自嘲するように息を吐いた。
 

ご案内:「常世寮/女子寮 一人部屋」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「常世寮/女子寮 一人部屋」からセレネさんが去りました。
ご案内:「常世寮/女子寮 一人部屋」にセレネさんが現れました。
ご案内:「常世寮/女子寮 一人部屋」に神樹椎苗さんが現れました。
セレネ > 日本の宗教等は己にはよく分からないが、
似たような話は聞いた事がある。
小さな子を宗教の偶像として崇める、というのはどこの世界でもあるのかと
彼女の話を聞きながら蒼を細めた。

お茶を一口飲み、喉を潤す。
蜂蜜をたっぷり入れているから苦みは軽減されているものの
それでも舌にやや残る苦みはどうにも慣れないものだ。

「全知全能の神族なら、今よりもっと酷い扱いを受けていたかもしれませんね。
…全てを知る事が出来る感覚って、どういうものなのでしょう。」

自嘲するように笑う少女に、己は笑わず首を傾げる。
己にはない権能。己より優れた力。
羨ましいと思わない訳ではないが、何だか少し気になってしまったから。

神樹椎苗 >  
 
「どういうもの、というものでもねーですよ」

 そのころの記憶を思い出す。
 全知で――無知だったころの記憶。

「しいは当時、読み書きも出来なければ、言語を理解する事も出来ませんでした。
 それでも、その場に置かれた瞬間、理解できてしまうんです。
 自分の求められている事、すべきこと、何もかも」

 すこし、首を捻る。
 その感覚をどう表したものだろうか。

「――例えば、このクッキーが甘いって事は、今更、しいもお前も、意識する必要もなく知っているでしょう。
 意識せずとも連想できるもの、思い浮かべる事が出来るもの。
 特別でも何でもないんです。
 本当に身に染みついたように、全て『知って』いたんです」

 だから、当時の椎苗は当たり前に知っている事を伝えるだけだった。
 そこに何かをしている意識も、特別な感覚も存在しない。

「まあ、言語を知らない自分が、知らない言語を使っているのは、不思議でしたね。
 相手が何を言っているか、自分が何を言ってるかもわかんねーんですから。
 それでも、なにをすればいいか全部わかってたんですから、大したもんですよ」

 まるで他人事のように言う。
 いや、実際に今の椎苗からすれば、当時の自分は他人のような物なのだ。

「そんな生活が三年、七歳になる前日まで続きましたね。
 人間らしいものを何一つ知らないのに、神坐に納まれば全てを知る。
 今思えば、あの椅子に座らされる事が、権能を扱うための手順になっていたんでしょうね」

 クッキーを頬張り、ふむ、と唸る。
 常に権能を扱えていたわけでもなければ、自分の意識下にあったわけでもない。
 もし自在に扱えてさえいたら――別の人生もあったのかもしれない。
 それこそ、七歳から先、神格を失って普通の人間になる未来も――。

「――戯言ですね」

 ぽつり、呟いて苦笑した。

「そういえば、全知全能の神と言えば、所謂、ゼウス神の事ですが。
 今の変容した世界になら、あの変態浮気じじいも存在するんですかね」

 など、ふと思い浮かんだ他愛もない言葉を口にする。
 相当に不敬ではあったが。
 

セレネ > 「……ふむ。」

知っているのが当然。
成程、と一つ納得した。

己や彼女は食べ物の味が分かるけれど、
己の愛しい人は残念ながら分からない。
どうすれば分かるようになるだろうか。
或いは、分からずとも食の楽しさを分かってくれるだろうか。
…なんて、少しだけ考えてしまった。

「先程英語を喋っていたのもその影響でしょうか。
…言語の理解が出来ないのに、何をすれば良いのかは分かるのは
それはもう本能ですね…。」

自分自身の事なのに、随分と彼女は他人事のように言う。
まぁ、己も自身の事をやや他人事のように思っている節はあるので
突っ込む事は出来ないが。

「…椅子に…。成程。
そういう事でしか権能を使えない、というのもあるのですね…。」

少なくとも己や他の神族には
そういった限定的な場でしか使えない、という話は聞いた事が無かった。
だからちょっと新鮮で、へぇと驚いたように表情を明るくさせる。

「……。」

彼女の口からよく知った名前が出てきた。
聞きたくなかった、その名前。

「――さぁ、どうなのでしょうね。」

思った以上に、冷たい言葉が出てしまったかもしれない。

神樹椎苗 >  
 
「そう言った関連付けと限定化をする事で、権能を強める意図があったんじゃねーですかね。
 常に一定の能力があるよりも、必要な時に水準以上の能力を発揮する事が必要だったんでしょう」

 だからこそ、人間の肉体でありながら完全な全知が成立したのかもしれない。
 教団が壊滅した今となっては、知る由もない事だが。

「ん、今のしいに全知の力はねーですよ。
 今は端末として必要な知識があれば、神木から補填されますからね。
 しいが神格を失ってから、ほぼゼロから人格と知能を得たのはそのお陰といえます」

 『ま、感謝する気はありませんが』と、不貞腐れるように言い捨て。

「――ふむ?」

 妙に冷たい印象のリアクション。
 神格を持つ者として、アレが最上位に位置する神っていうのは、思う所があるのだろうか、と考えもしつつ。

「まあ、本当に肉体を持ってこの世界に降りていたら、今頃、そこら中で女を孕ませてやりたい放題してるんでしょうね。
 酒池肉林のどんちゃん騒ぎしてても、まったく不思議じゃねーです」

 そういう神なのだ。
 自分の娘すら孕ませる、とんでもない神なのである。

「と、まあ。
 これがしいが七歳になる直前までの――つまり、人間であり神だったころの話です」

 そう一度くぎって、カップを手に取り舌を湿らせた。
 

セレネ > 「人の子の器ですからね…。
成程成程…。そういった話、殆ど聞かないので面白いですね。」

己が常に力を使えるのは人の子の器ではないから、という事もあるかもしれない。
尤も、神格が半分だから権能も半減してしまっているが。

「そうなのですね?」

とはいえ、彼女の性格がここまで捻くれてしまったのは
彼女を囲む環境が悪かったから…の可能性もあるか。
もう少し素直だったらなぁ、と思ってしまうのは宜しくない事だろう。

「考えたくないですね、そんな事。」

居たら確実に座に還すだろうなと、内心思いつつ。
”あの神”の下劣さは実によく知っているので、正直あまり話題にはしたくない。

「長々とお話してくれて有難う御座いました。」

お陰で色々と彼女の事を知る事が出来た。
小さな頭に手を伸ばすと優しく撫で、頬も軽くツンツンとつつこうとするだろう。

神樹椎苗 >  
 
「――随分、気にしますね?」

 それほどあの全能神が嫌いなのだろうか。
 それとも――。

「んむ――気軽にかまいすぎです。
 人形遊びじゃねーんですよ」

 といいながらも、大人しく撫でられつつかれ。
 傷のない方の頬は、子供らしく柔らかい感触だ。

「まあ、後の事はデータベースにもある様に、教団が神の召喚を試みて失敗して壊滅。
 その時しいの前に顕れて、しいに慈悲の眠りを授けてくれたのが、しいが仕える『黒き神』です」

 あの日、人間で在り神で在った、歪な娘は死んだのだ。
 そう、『本物』のあの娘は、今は安らかに眠っているのだろう。

「ただ、その後、神木が眠った娘の肉体を複製して知能を与えましてね。
 産まれてから七年も寄り添っていれば、親和性も高くなろうってもんです。
 神木が自分の端末として、娘の肉体を選ぶのは必然だったでしょう。
 そうして、神木が記録した娘のデータから複製されたのが、今のしいです」

 あの日、娘は確かに眠った。
 その亡骸は教団と共に塵になったが、神木はその肉体を完全に復元したのだ。
 そして端末として必要な知能を与え、人格を構成した。

「それからは、財団に神木ごと接収されて研究区に。
 しいを案じて着いてきてくれた『黒き神』共々、あらゆるものを奪われました。
 そのころの事は――思い出したくないです」

 当時の事を口に出しただけで、血の気が引いたのが分かる。
 声は震えていなかっただろうか。

「――神樹椎苗、という個体が認められたのは、三年前。
 生徒会に保護されて、408研究室預かりになった時に、最低限の権利と自由が保障されるようになりました。
 まあこれがしいの半生ってヤツです。
 ほら、あんまりおもしろいもんでもなかったでしょう?」

 無意識に、左手を家主の手に重ねていた。
 その手は冷たく、少しだけ震えていたかもしれない。
 

セレネ > あの神も嫌いだし、その”娘”の一柱である己自身も嫌いだ。
自身を大事にしないのは、そういう理由もあるのかもしれない。

「ふふ。ごめんなさいね?
貴女の触り心地が良くてつい。」

ふにふに、すべすべ。
柔らかな感触を堪能すれば、謝ってから手を離した。

「この間お話した彼ですね?
…彼も随分と慈悲深い神族ですこと。」

己も大分変わっているから、あまり彼の事をとやかく言えるものでもないが。
まさか、彼からも己が身を案じられるとは思わなかったので。

「……。」

この学園を。島を統括している財団に。
奪われたと告げる彼女の表情、声色。
細めた蒼は何の感情も湛える事は無く。
ただ、宥める様に頭を撫でた。

「…そういう事だったのですね。
色々と苦労しているようで…。」

小さな手が、重ねられた。
冷えた手を温めるようにその手を握り、
大丈夫と小さく呟いた。
辛い事を思い出させてしまったのは己だ。

彼女が嫌がらないのなら、その小さな体ごと優しく抱き締めてしまおうと。

神樹椎苗 >  
 
「慈悲が深すぎて、自分の世界から立ち去る事を選ぶような神ですよ。
 その上、置いてきた一人の使徒に未だにみけ――」

 変な形とタイミングで口が閉ざされた。
 家主であれば、ほんのわずかに神格の力が動いたのに気づけるだろう。
 神様だって恥ずかしい事はあるのである。

「――ん、んっ。
 まあ、当時の扱いで、財団が一枚岩じゃない事はよくわかりました。
 そのことは、数少ない幸いですね」

 頭を撫でられて、今度は抱きしめられる。
 抵抗はしないが、少しだけ不満そうに頬が膨らむ。

「まったく、お前はそうやってすぐ、しいを甘やかそうとするんです。
 傷なんて、誰だって持っているもんでしょう。
 しいのこの、全身の傷も――お前の、ここの傷も」

 そう、自分を抱き包む家主の胸元に、やせ細った右手の指先を当てた。