2022/11/30 のログ
ご案内:「常世寮/女子寮 ロビー」にイェリンさんが現れました。
イェリン >  
人間、集中して作業できる時間は限界があるらしい。
周りの音すら聞こえない程に没頭していた自己鍛錬は、
脳の糖分要求にあっさりと折れて終わりを告げた。

外出するには身体もだるいと、自販機に向かう最中に
見慣れない姿を視界に捉えて足を止める。
……男子?

己が瞳の蒼を数度瞬き、見間違いの類では無い事を確認。

「……初めまして?」

初めて見かけるツンツン頭。
徹底した男子禁制、という程では無いけれども、
ロビーのソファに堂々と居座る人はそういない。

暇そうに凭れ掛かる姿は野暮ったくも見え、
誰かの待ち合わせと言った風体でもない。

そこまで考えて、赤々と主張する腕章が目に留まって合点がいく。

「何か事件でもあったの?」

ジョン・ドゥ >  
「お……」

 ロビーに新しく現れたのは、それこそ見目麗しい、黒髪の美女だ。うん、これは美少女じゃなくて美女だな。

「どーも。事件ですよ、下着泥棒。あと、ついでに盗聴と盗撮。この分だと、ストーカー被害も出てきそうだな、ってとこだ」

 片手をあげて軽く挨拶。いいね、部屋着の女子。貴重なものを拝見させてもらってる……これも役得ってやつか。

「あんたのところは大丈夫か?ものが無くなってたり、逆に増えてたり。身に覚えがないんならいいんだけどな」

 一応、声を掛けられたなら聞いておかないとな。これでもお仕事中だし。

「あ、なんか飲むか?話し相手になってくれるんなら、ごちそうするぞ」

 丁度暇をしてたからな。相手をしてもらえるなら、それくらいお安いもんだ。
 

イェリン >  
「あの警備を潜り抜けて……?」

えぇ……。引いた。
でも呆れを通り越して一種の感嘆の意すら湧いてくる。
カメラに守衛に管理人、見つかれば一発アウト間違いなしのこの建物に?
普通そんな事に命を燃やす……?

「そう? それなら奢られようかしら。その被害についても聞きたいし。
 そうね……ココアが良いわ」

白い指先で右隅、ちょっと高めの黒の缶を指さして。

「うちの物が動いてたら分かるから、私は大丈夫ね」
「私の部屋なんて警報機の群れみたいな物だし」

物の配置一つ、自分の触れたもの一つ。
それらに意味を持たせる術師であるがゆえに。

ジョン・ドゥ >  
「そ、この警備を抜けてな。まあ、こういうのはイタチごっこだ」

 立ち上がって自販機でお高いココアを一つ。俺の方はもう一つコーヒーを買っておくか。

「被害ねえ。件数だけで言えばそれなりだな。よくまあやるよなあ……ほらよ」

 ココアを渡して、ソファに座り直す。さりげなく片手を広げて、お隣へお誘いしようか。

「へえ、なんかそういう魔術でも使ってんのか?いいね、それは安全そうだ。男を連れ込むようにも見えないし、心配なさそうだな」

 かなりモテそうだが、ガードも堅そうだしな。まあ、案外こういう女の方が遊んでる、なんて事も珍しくはないが。
 

イェリン >  
「ありがと」

受け取り、誘われれば素直に隣に腰かけて。その辺りの距離感を気にするタチでも無い。

軽く振ってから開けた缶からは甘い香り。
少しだけ口に含んで飲み下すと身体が冷えていたのだと自覚する。

「特別何か備えている訳じゃないけど……
 そうね、自分で綺麗に均した雪の上に知らない足跡が付けば嫌でも分かるでしょう?」
「自分以外の残滓があれば、すぐに分かるのよ」

あまり人を招かないから、と言いかけた言葉は飲み込んで。
見られて困る物もある。……といっても触媒の類やスクロールといったものだけども。

「そうね、寮で男の子と話すの自体初めてよ」

学内とは違う、個人の領域。
女子生徒同士で部屋の行き来こそあれど、気軽に異性を呼べる場所でもない。

「でも……下着なんて盗んで何がしたいのかしら。
 欲しければ商店街でもネットででも買えるでしょうに」

ジョン・ドゥ >  
「ああ、なるほど。その喩えはわかりやすいな。とはいえ、万一なにかあったら連絡してくれ。その時はしっかり調査するからな」

 そう言いながら、女の方に連絡先が印字されたカードを差し出す。もちろん、俺の個人的な連絡先だ。名前も書いてある。本名は覚えてないし、偽名だけどな。

「へえ。まあ、こっちの寮に男が来ること自体珍しいだろうからな」

 コーヒーを軽く呷りながら、周りを見ると、随分と視線が和らいでいる気がする。その代わり、かなり好奇心に彩られた視線が向かってきてるが。

「……いやいや、それは違うな。「女が履いていた下着」だから意味があるんだろ?新品なんか買っても意味ないんだよ」

 ちなみに何に使うか、と言う点にはあまりお答えできませんが。いや、お答えしてもいいんだけど、それ、俺が引かれるだけだしな?
 

イェリン >  
「……」
「そう、ね。自分で解決しようとしたら余計に問題増やしそうだし」

少しばかりの逡巡。
取り押さえるまではともかくとして、その後。
島の法に沿って裁くために引き渡すまで無事でいさせる自信が無い。

「そうね、何かあっても普段来るのは女性の風紀委員だもの。
 他にいるとしたら誰かのお連れ様」

律儀にも連絡先の印字されたカード。
物珍しくてヒラヒラと何度かその表面を確認して、ポケットに納める。

「貴重品でも骨董品でも無いし、身に着ける物なら新品の方が好まれそうなものだけど。
 履くだけで意味が……?」

遠い異国の地。
遥か北の生まれ故郷には馴染みのない錬金術がこの島にある。
とはいえ二年も暮らせど元を辿れば村育ちの田舎娘、
知らないことはとんと知らないものである。

ジョン・ドゥ >  
「はは、素直でなによりだ。自衛しようとしてやり過ぎる、なんて事例も多いみたいだからな」

 それでうっかり殺してしまえば立派に罪人だ。そうでなくても過剰防衛ととられかねない。被害者が一転して加害者に、なんて、あんまり笑えないからな。

「俺も出来るなら女子に任せたかったんだけどな。どうやら女じゃないと回らない仕事ってのも多いみたいで」

 まあ、そのお陰で美人さんと話せるんだから悪くないな。むしろよかったね。
 とはいえ、しかしな……教えていいもんかこれ。知らない方が幸せじゃないか?

「……まあ、使うって意味じゃ間違ってないな。世の中意外なものに、意外な使い道ってのもあるんだよ」

 とりあえず誤魔化しておこう。いや、ちょっと教えてみて反応を見たい気もするんだけどな?……うん、やめておこう。うっかり引っ叩かれたら嫌だし。

 なんて話していたら、少し気配の違う視線だ。ロビーの外から覗き込んでる、内気そうな女子だ。顔色、手の位置、視線の動き……こりゃあ、マジでストーカーもあるかもな。
 コーヒーを一気に飲み干して、ソファから立ち上がる。

「……そういや、名前聞いてなかったな。一年のジョン・ドゥ。見ての通り風紀委員……あんたは?」

 黒髪美人に訊くだけ訊いてみようか。

イェリン >  
「間違った事をする気は無いけど、ね?
 此処には大切な友人もいるんだもの、それこそ自衛できない子だって多いもの」

どこまでが許容範囲で、どこからが過剰なのか。
その明確な線引きは無いけれど、だからこそ正しさの旗印の風紀委員がある。

「そうね、プールサイドの警備が男の子ばっかりってだけで夏にも揉めいてたし。
 配慮が過ぎて手が回らない、なんて話になると元も子も無いと思うのだけどね」

とはいえ、そう割り切れる人ばかりでもないみたい。
遠巻きにこちらを見るそわそわした視線。
心底嫌そうにしている人もいるあたり、贅沢だと思ってはしまうのだけれど。

「私はイェリン。イェリン・オーベリソン。
 そのままでもエリーでも、みんな呼びやすいように呼んでくれてるわ」

立ち上がったその姿を下から見上げるようにして。

「……今度会う時は嫌な事件を連れてないと良いわね」

こちらを伺う子ウサギのような視線は敢えて自分では追わず。
小さく笑みを浮かべてココアに改めて口をつける。

吐く息が少し、白んでいた。

ジョン・ドゥ >  
「自分を守れないやつは、誰かが守ってやればいい。俺はどっちかと言うと、そういう善意で動くやつを守ってやるのが、風紀委員の仕事だと思ってるよ」

 だからこそ、必要なら「ルール」の抜け道も使う。もちろん、バレない様に破る事も厭うつもりはない。正しいから何かを守れるわけじゃないが、正しいと思われてる立場を利用してなにか出来るなら、それはそれだ。

「……そんな事で揉めるのか。世知辛いなあ」

 まったく贅沢な悩みだこって。人的資源は有限なんだけどなあ。

 名乗ってもらえたので、ありがたく覚えておこう。愛称で呼んでいいなら、ここは図々しくだな。

「そうか、ならよろしくな、エリー。俺も、今度はデートのお誘いに来たいもんだな。……さて、お仕事してくるか」

 ささやかな笑みがなんとも綺麗なもんで。これはしっかり、仲良くしていきたいもんだ。
 飲み干したコーヒーの缶を、自販機の横のゴミ箱に放り投げる。小さな穴にはぴったり、缶が収まって、ガラガラと音を鳴らした。
 さてさて、どんな蛇が出てくるか。さっさと解決できればいいんだけどな。
 

ご案内:「常世寮/女子寮 ロビー」からイェリンさんが去りました。
ご案内:「常世寮/女子寮 ロビー」からジョン・ドゥさんが去りました。