2020/09/23 のログ
神樹椎苗 >  
「いいんですよ。
 お前はずっと、一人で苦しんできたのですね」

 謝る青年を、ただ許して、抱きとめる。
 何も知らない椎苗には、責める事も理解することも出来ない。
 だから、ただ、目の前の優しくて泣き虫な青年を肯定する。

「悩んでも、苦しんでもいいのですよ。
 一人で向かい合えないのなら、誰かに甘えてもいいのです。
 しいは、そんなお前をちゃんと見ていますよ」

 何も知らない椎苗に、特別な事は出来ない。
 けれど、今の目の前の青年と向き合う事は出来る。
 溢れ出す涙を、受け止めるくらいの事は、出来る。

レオ >  
「…――――――」

許される資格なんてない。
何より自分が許さない。
許さない。

なんで涙を流しているんだ。
そんな資格はない。
涙を流す事を、許すな。

なんで甘える。
甘えていい人間じゃない。
それを自分が、許すなんて、しちゃいけない。

「……人を
 殺して……います。
 怪異も………怪物も……
 神様…っていわれる者も。」

いつのまにか言葉が出ていた。
あれほど、拒む言葉は出せなかったのに。
苦しみを吐き出すのだけ饒舌になる自分が、ひどく軟弱で度し難い。

「…人が…生きてるものが死ぬのが…分かるんです。
 死なないひとも…分かるんです。

 死なないひとを、殺せるんです。
 
 殺して、きたんです。
 死なないひとを。
 沢山。
 沢山。」

懺悔のように言葉が続く。
懺悔していい人間じゃないのに。

「大切な人も、殺してます。
 …殺すしか、できなかった。
 それが…正しかったんです。
 僕にしか…できない事だった。

 ……でも…、……」

そこで、言葉が詰まった。
”その先”に吐き出したい言葉だけは。
どうしても、吐き出せなかった。
その言葉だけは。
優しさに心を崩されても。
言えない。

それを言ったら。
今まで自分がしてきた総てを、否定してしまう。

自分自身が。
してきた事を。
自分が殺した総てを。
殺すと選択した総てを。

否定してしまう。
 

神樹椎苗 >  
「――そうですか」

 静かに、零れだす言葉をすべて聞いて。
 まるで罪を告白するような青年を、支えるように抱いたまま。

「『お前も』そうしてきたのですね。
 死の祝福を、安寧の眠りを、与えてきたのですね。
 けれど、それで――」

 この青年は傷ついてきたのだろう。

「しいも同じです。
 しいは『神の使徒』として、死を忘れたモノを眠らせてきました。
 それが正しく、しいの果たすべき役目ですから」

 けれど、それを悔いた事も罪と感じた事もない。
 だから、青年の苦しみを理解する事は出来ない。
 椎苗は自ら望んで、その役目を負っているから。

「――お前は」

 言うべきなのだろうか。
 それを自分が言っていいのだろうか。

 一瞬の逡巡。
 けれど、それを言えるのは、同じ業を背負っている者だけなのだろう。

「――そんな事、望んではいなかったのですね」

 青年の頭に頬を寄せる。
 それが正しい事だと信じて、傷つき続けてきたボロボロの青年を。
 その苦悩に寄り添うように。

レオ >  
「…わかりません」

”お前も”と言われ。
”望んでいなかった”と言われ。
返った言葉は、そんな一言。

「不死者を殺す事を…ある種の救いだと、思う事も、あります。
 死なないのが、死ねないのが苦しいのを、知っているから。
 だから、殺した事を否定しない、否定できない…です。
 それが間違ってたなんて……思わない。
 
 ”死にたい”と思って、”死ねない”人がいるなら……
 多分今でも、そう……するので。」

―――でも。


「―――――」

目の前の少女の気配を、感じる。
少し違うけども、”彼ら”に似た気配。
それの意味は……分かる。
だから

「―――神樹さんは…”死にたい”ですか?」

聞いた。

神樹椎苗 >  
「間違ってなんていねーです。
 お前の行いは、正しく、死と言う安寧を、救いを与えてきたのです。
 だから否定する必要なんてありません」

 椎苗は肯定する。
 青年を抱きしめて。

「けれど、それで苦しんで、傷つくのは別の事です。
 死なせてやりたいと思うお前も、殺したくないと思うお前も。
 どちらも正しくて、どちらもお前なのですよ」

 椎苗は肯定する。
 青年の心の在り様を、矛盾と葛藤に傷つく優しさを。

「――――――」

 静かに抱きしめて、黙ってその問いかけを聞いた。
 そっと青年の頬に手を添えて、体を離す。
 穏やかに微笑み、青い瞳が青年の目をまっすぐに見据える。

「――死にたいですよ」

 椎苗は肯定する。

レオ >  
「―――――」

その瞳を見て。
その言葉を訊いて。
とても、悲しい顔と、何か理解した顔をする。

なんとなく、分かっていた。
不死に近い存在である事が分かった時から。
その体中の怪我を見た時から。
そう答えるであろうことは
分かっていたのだ。
なのに…
何故、聞いたのだろう。
分かっていた答えを、なんで、聞いてしまったんだろう。
後になって後悔をしているのか?なんて、自分勝手なんだろう。

「……」

離された体を、今度は自ら、抱き寄せる。
”そんな事言わないで”なんて言えない。
その苦しみを分かるとも、言えない。
でも…

「――――僕もです」

その気持ちは、分かるから。

神樹椎苗 >  
 抱き寄せられ、その腕の中に納まりながら。
 小さな左手を青年の頭へ回して。

「――、一緒ですね」

 くす、と青年の耳元で微かな吐息が漏れる。
 それ以上言葉は必要ないだろう。
 ただ、青年に抱き寄せられ、抱き返し。

 ぼろぼろの二人で、静かに寄り添いあう。
 今はただそれだけで十分だった。
 

レオ >  
「‥‥…うん。そうですね」

寄り添い合う。
抱えた傷の意味はきっと違う。
でも傷を抱えてるのを、お互いに知っている。

今日は自分の傷を見せた。
いつか彼女の傷を知りたい。
それを彼女は望まないかもしれないけれど。
それが”我儘”だと分かっているから、今はまだ、出来ないけれど。


まだ会って二回目の、それも随分と年下の、小さな女の子に。
なんて想いを抱えているんだろう。
でも彼女は、目の前のこの小さい女の子は。
忘れられない記憶と、自分の苦痛に、ひどく重なりすぎてしまう。

「―――――ご飯、食べましょう。

 ……一緒に」

抱きしめて、少しだけ心の中の物が軽くなって。
軽くなった分、何かを埋めたくなったのか。
急にお腹が空いて来た。
空腹で、ごはんが食べたくなったのは…‥‥いつぶりだろう。

神樹椎苗 >  
「ふふ、そうですね、食べましょうか」

 青年の腕に抱かれたまま、体を預けるようにして。
 耳元で囁くように。

「じゃあ、まずは買い物に行きましょうか。
 お前に、美味しい料理を食べさせてやりますよ」

 青年の髪を割れ物に触れるように、優しく梳きながら。
 脆くて泣き虫で目が離せない、優しくて、どこか可愛い青年を。
 少しだけ特別に感じるのだった。

レオ >  
「―――楽しみにしてます」

髪を梳かれ、そっと頭を離して。
静かに微笑んで、そう答える。

ご飯を誰かと食べるなんて…いつぶりだろう。
温かいご飯も、島に来てから始めてかもしれない。
おいしいと…思えるのだろうか。
いや……きっとおいしいのだろう。

「…そうですね。一緒に…買い物にいきましょう。
 ……あぁ、そうか。冷蔵庫がないと、こういう時に困るんだな……
 …今気が付きました。」

なんて抜けてるんだろう、自分はと、少しはにかんだ。
彼女の前だと、情けない自分ばかりを見せてしまう気がする。




まだ”我儘”は言えない。
でも、何かが綻んできて……
その綻びを否定したいのに、それを、大事なもののように、そっと抱え続けている自分がいた。

ご案内:「堅磐寮 レオの部屋」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「堅磐寮 レオの部屋」からレオさんが去りました。