2020/09/25 のログ
神樹椎苗 >  
「ええ、優しすぎる死神です。
 今はほとんど消えかけてしまって、力もほんの一部しか残っていませんが。
 それでも、しいのために傍に居てくれるのです」

 椎苗が心から、『黒き神』を信仰しているのもあるだろう。
 またこの世界で今唯一の信徒だというのも理由かもしれない。
 けれど、常に見守ってくれているのは、『黒き神』が優しいからだと思っていた。

 ――優しく、少し怯えるように触れてくる手。
 閉じた瞼をうっすらと開いて、細い目で青年を見上げる。

「――出したいんですか?」

 また、同じ言葉を返す。
 じっと、青い目が青年の目を見つめるだろう。

レオ >  
「……そっか」

傍にいてくれる。
その信頼に少し、妬けた。
神様に向けるなんてなんて器量の狭い男なんだろうと、自分でも思ったけど。

「……出しませんよ。
 色々…駄目でしょう?」

そっと、微笑んで頭を撫でた。

神樹椎苗 >  
「そうですか」

 ふ、と微笑んで、また身を預ける。
 やっぱり、青年の隣は心地よかった。

「別に、しいは構わねーですけどね」

 頭を撫でられながら、しれっと言う。
 求められるというのは、椎苗にとっては心地のよいものだった。
 それが道具としてであっても、『ヒト』としてでも、『女』としてでも。

「まあ、しいの身体は未発達すぎますし、傷だらけで醜いですし。
 ヤっても子供も産めねーですしね。
 相当特殊な趣味でもなけりゃ、手を出すなんてありえませんか」

 薄く、口元だけで笑いながら。
 青年に身を預けたまま、どこか自嘲するように言う。

レオ >  
「…醜いとは、思いませんよ。
 神樹さんは、可愛らしいと思うし……特殊な性癖を持ってる訳じゃないけど。
 …なんか、変な事言ってますね。」

…持ってる訳じゃないと思う。
彼女に、欲情して、抱きたい訳じゃない。
からかわれて、意識した事はあるけれども……

じゃあ、どうしたいのだろう。
考えても、よくわからなくなる。
特別な感情を、持っている自覚はある。
この少女に、僕は、何をしたいのだろう。
こうして身を寄せ合って、自分たちの傷を晒し合って。
そうした先に、彼女と…どうなりたいのだろう。



      『自分を大事にして。』



……まだ、出来る気はしない。
そうするべきなのだと、そうあるべきなのだと、思おうとは思っている。
けど、まだ……壊れた心が、それを否定し続けている気もして。

大事に出来ないのに、深く交わる事は…出来ない。

「…”椎苗”さん」

だから、まだ、今は。
今の自分で出来る事を、やっていくしかない。

「……僕が」

肩に、手を伸ばす。
食事も忘れ……少女の体を、引き寄せる。

「僕が……貴方を、殺します。
 殺して…みせますから。」

神樹椎苗 >  
「ふふ、なんでお前が必死なんですか。
 本当に変なヤツですね」

 なぜかフォローを始める青年がおかしくて、笑ってしまう。
 笑って、また静かに、暗い色の瞳を見上げた。

 青年がどこか、自分の事を特別視している事は感じていた。
 それが親近感なのか、また別の感情なのか、それはわからなかったが。
 どことなく、求められている事を感じる。

(――ああ、だから心地いいんですかね)

 なにか役割を望まれるのではなく。
 それでも確かに求められている感覚があって。
 こうして身を預けているのも、その心地よさに甘えているのかもしれない。

「――バカですね」

 左手を伸ばして、青年の頬に触れる。
 まるで泣き出しそうに見える顔を見上げて。

「そんな、お前が辛くなるだけの事、しなくていーんですよ。
 しいは別に、お前に殺される事は望んじゃいねーです」

 少しがさついた肌。
 少年から大人に変わり始めた輪郭。
 それを指先でなぞって、手のひらで包む。

「まったく、バカなロリコンです。
 まるで不幸を煮詰めて出来た煮凝りみてーな目になってますよ。
 しかたねーですから、しいが少しくらい、幸せってもんを教えてやらなくちゃならねーですかね」

 左手を頬から、頭の後ろへ回す。
 互いに引き寄せ会えば、距離はただ縮まる。
 互いの吐息が届く距離。

「お前の心は、なにを求めてるのですか。
 お前は――どうしたら幸せを感じられますか」

 そう、囁くように。

レオ >  
「……」

抱き寄せる腕の力が、少しだけ…強くなる。

「…わかりません。

 沙羅先輩に……『自分も大事にして』って……言われました。
 僕には、自分を大事にする…っていうのが、よく、分からないんです……
 
 痛いのは……慣れました。
 ずっと戦ってきたので……それが自分の中では日常だったので。
 でも、苦しみだけ……
 苦しみだけ、感じるんです。
 何をしていても……

 朝起きて……学校にいって。
 風紀委員の仕事をして、鍛錬をして……
 戦って、誰かを殺して……
 美味しいものを食べて、誰かと話して……
 眠って、夢を見て……
 誰かの事を考えて、誰かに自分の事を考えられて……

 全部、苦しくなるんです。


 ……誰かの為に動いている時だけ、それが役目だって、苦しさが薄れる気がします。
 誰かに何かを願われて、それに応じてる時だけ……自分はどうにか、そこに居る意味があるって、思うんです。 
 それが、”殺してほしい”って願いでも……

 ……椎名さんも、沙羅先輩も……本音では殺したくないと、思ってると思います。
 でも、それと同じくらい……生きてるのが。死ねないのが…苦しいのなら。
 それを、どうにかしてあげたい。……死ぬ希望が、あって欲しいと、思うんです。
 どっちも本心で……どっちも嘘かもしれません。
 でも、分からないから……望むものを与えたいと、思うようにしています。」

抱き寄せて、体温を感じて……そして、罪を告白するように、言の葉を連ねる。

「……多分。
 僕はずっと前に、壊れてるんだと思います。
 自分の中の何かが……
 本当にしたい事が、矛盾していって。
 どっちも本当で、どっちかを思えば、もう一方が自分を刺してくる。
 そうやって、自分で自分を…傷つけてる。
 
 これが消えない限り……きっと沙羅先輩に言われた『自分を大切にして』って願いにも、応じる事ができないんだと、思います。
 ……どうすれば、いいんでしょうね。」

ぼんやりと、触れられるままに。
同じように、少女の頬に右手を伸ばす。
ボロボロの体。
柔らかい、年若い少女の体にいくつも刻まれた、歪な傷の数々。
自分の体も、心も、この子の傷のように、歪だ。

「……”生きるのって、難しいですね。”」

夕暮れの中、沙羅先輩に言われた言葉をそのまま、吐き出した。

神樹椎苗 >  
「自分を大切に、なんて――しいにもわかんねーですよ」

 言葉の意味が分かっても、心が拒む。
 自分もそうだった――過去形。
 それがいつから変わったのか――わからない。

「生きるのが難しいなんて、そんなの当たり前です」

 今も、椎苗は自分自身を大切にできているか、わからない。
 けれど無暗に自らを傷つける事は、いつの間にかなくなっていた。
 『死ぬ事』よりも『生きる事』を考えるようになったのは、いつからだっただろうか。

「お前が、誰かに願われている間だけ楽になれるなら」

 同じなのだろうか。
 求められている事で、価値を感じられる。
 そこにようやく、居場所を見出すことが出来る。

 なら、ただ苦しむだけの願いでなく。
 ほんのわずかにでも、救いのある願いである方がいい。

「お前は、しいのために生きてください」

 それは、椎苗のささやかな願いであり、呪い。
 生きるのが難しいなら、生きてほしいと願う。
 幸せになる事が難しいなら――

「――生きて、幸せになってください」

 呪うように、祈る。

レオ >  
「……、……」

”生きて”
”生きて”
”生きて”

「……”生きる”って…何ですか」

心からの、想いだった。
何をもって、生きるというのか。
心臓が動いていれば生きているのか。
脳が考えていれば生きているのか。

そんな事で、生きているというのか。

目の前の、自分より遥かに小さい少女に聞くには、あまりにも……難しい問い。

「”生きる”って……
 ”生きる”って……何、なんですか……」

自分を”端末”だと言う、死ねない少女と。
心臓が動いているだけの少年。
あまりに
あまりにも、お互い……”生きる”事が……難しかった。

神樹椎苗 >  
「考え続ける事、です」

 青年から溢れた心からの問い。
 それに椎苗ははっきりと答えた。

「『死』を迎えるその時まで、今の瞬間を、次の一歩を。
 考えて考えて、悩んでも苦しんでも、考える事をやめない。
 そうして、今を重ね続けるから――『生きた』と言えるのです」

 『死を想う』

 それは、何時か迎える死に向き合い、今を重ねる事。
 ただ『死んでいない』だけでは生きているとは言えないだろう。
 今の瞬間を大切にして、積み重ねて、その果てにこそ『生きた』と言える時が来る。

「動物の生と、人間の生は違いますから。
 思考を止めない事、心を動かし続ける事。
 それを積み重ねて、最後の時を迎える――それが『生きる』と言う事だと、しいは信じています」

 それが、黒き神の教義から考え続けた、椎苗の答え。
 どこまでも『死』に真摯であり、『生』にひたむきである事。

「――大丈夫。
 苦しんで悩み続けるお前は、ちゃんと生きていますよ」

 泣き出しそうな青年を抱き寄せて、頬を寄せる。
 どれだけ傷ついて、壊れていても。
 この青年はまだ、『寒く』なっていない。

「けれど、そうしてただ『生きる』ことが苦しいのなら。
 しいのために、生きて――考え続けてください。
 しいがそう願う事で、少しでも、お前が自分を肯定できるなら」

 そのために、自分を使ってほしい。

「――ふふ、自分の事を考え続けてくれなんて、随分傲慢な話ですね」

 

レオ >  
「…、………」

言葉を、聞いて。
静かに、彼女を抱きしめた。

彼女の為に、生き続ける。
苦しい願い。

”彼女たちと、同じ願い”

「――――――、――――――――」

彼女の言葉が、辛かった。
心地よくて、苦しかった。

何より……

「――――それだと、椎苗さんは」

言葉が詰まる。
彼女が綴る言葉は。
そのまま、彼女を苛む呪縛と絡まりついていて。


最後の時を、迎えれなければ。
その信仰を。
自らが否定され続けている事にほかならなくて。


「―――っ、……椎名さん、……っ、なん…っ、……」

涙が、止まらない。
あんまりすぎる。


なんで彼女は”死ねない”んだ。

なんで僕は彼女を”殺せない”んだ。


「―――――したい」



彼女の救いを求めて。

「殺………したい…っ、……っ、ぅ……っ…あぁ…っ、……」

彼女の死を願った。

神樹椎苗 >  
「もう、どうしてお前はそう、泣き虫なんですかね」

 泣き出してしまった青年を、宥めるように優しく撫でる。
 小さな体で受け止めて。

「大丈夫――お前にしいは殺せません」

 宥めながら、静かに。

「――その願いは叶いません」

 優しく、残酷に。
 微笑む。

レオ >  
「…します」

何度も、首を横に振る。

「殺…し、ます……っ」

何度も、彼女の事を想う。

「僕が…っ」

彼女と年が離れていてよかったな、と、思っていた。

「僕…っ、が…っ」

彼女がもしも同い年の女の子だったら、僕はもっと悩んでいた気がするから。

「君を…っ」

ほんの少しの所で自制が効く。
そう、思っていた。

「だって…っ」

彼女が、好きなんだと思う。

「だって…っ!」

笑う顔が綺麗で

「こんなの…っ、……」

意地悪な所もあるけれど

「酷過ぎる…っ……」

あの青い目で見られると、全部どうでもよくなってしまう。

レオ >  
苦しいというのなら。
どうにかして楽にしてあげたいと、思ってならない。
苦しんでいる人を見たくない。
死にたいのに死ねない人は、もう見たくない。

殺せない人と、初めて出会った。
殺したい気持ちが強いのに。
殺したくないと思うのに。
殺せないのは、初めてだった。


彼女の為であれば何でもしてあげたい。
彼女に願われなくても。
誰かにやめろと命じられても。
彼女が望まなくても。
彼女の為に、生きたいと思ってしまう。

それが我儘で、自分には許されないのは分かっているのに。
僕が”不死斬り”に目覚めた時から。
そして不死を切り続けて……僕が、先輩を殺した時から。
そんな事が許される筈はないのに。
それなのに‥‥…
彼女の事になったら、自分はその我儘を通しそうで。

本当に、彼女と年が離れていて、よかったと。

そう思っていた、はずなのに。

レオ >  
きっとあと数年共にいたら。
そんな気持ちも揺らいでしまうんだろう。
年を重ねて、僕と彼女の年の違いが……些細な事になってしまったら。
僕を引き留めているものが消えてしまう気がする。

レオ >  
…そうならなくて、本当によかったと。
僕の時間が短くて、本当に、よかったと。
自分の命が短い事が、こんなに、こんなにもよかったと。
僕はそんな風に、安心していた。







安心していたのに――――――

神樹椎苗 >  
「まったく、仕方のないやつですね」

 とんとん、とんとん、と。
 まるで赤子をあやすように、その背を叩く。

「殺せませんし、殺させません。
 そうしたら、お前は独りで苦しむでしょう」

 それは。
 例え自分が死ねるとしても、看過できない。

「だから、お前にしいは殺させません。
 だから、お前はしいがいつか死ねるまで、生きるのですよ」

 頬を離して、涙を流す青年を、その瞳を見つめる。
 目の前の泣き虫な青年を、僅かに光を灯した瞳の、その奥をのぞき込むように。

レオ >  
「――――年、です」

嗚咽交じりの声で、吐き出す。
言うつもりがなかった事。
誰にも言わずに、終わるつもりだった事。

「―――あと、3年なんです」

自分の中で、彼女と出会って。
一抹の、救いになっていたもの。

「―――”僕の、寿命”」

残された、時間。

神樹椎苗 >  
「――そうですね」

 知っていた、と。
 どこか嬉しそうに。

「お前は、生きられます」

 まるで自分の事のように。
 自分の事よりも、嬉しそうに。

「あと三年も、生きられるのですよ」

 ――だから呪い。
 生きて、幸せになれと願う。
 青年を『生かす』ための、祈りなのだ。

レオ >  
「―――なら…っ」

言っちゃ駄目だ。

それ以上を言っちゃ駄目だ。

望んじゃ駄目な言葉だ。

できるかもわからないのに。

求めていいような人間ですらないのに。

「――――一緒に、死んでください」

なんで僕は言葉を止められないんだ。

「君を…
 置いて、幸せになんて…っ
 できないです…っ、……」

―――なんて、酷い言葉なんだ。

レオ >  
「好きなんです―――――」

神樹椎苗 >  
「――――」

 ぽかん、と。
 目を丸くして、まじまじと青年を見る。

「――なんで」

 言葉は理解できている。
 意味も理解できている。
 けれど、適切な答えが出力されない。

「――正気ですか?」

 真剣な目で、青年を見つめる。

レオ >  
ぼろぼろと、涙が零れる。
言いたくなかった。
言わなきゃよかった。

辛い。
苦しい。

自分の弱さに、吐き気がする。

この気持ちが。
どれほど気持ち悪いのか。
ただ”好き”というのが、これほどまで、自分を責め立てる。

「―――正気じゃ
 ないかも…しれない、です」

幸せになんて出来ないのに。
仮に彼女が応えたとしても、待つのは地獄なのに。
それを知っていて。
今こんな言葉を綴っている。

「―――――――」

冗談で済む言葉じゃ、ない。
行為じゃ――――ない。





気が付けば、彼女を引き寄せていた。
唇を……重ねていた。

神樹椎苗 >  
 華奢な体は簡単に引き寄せられる。
 顔は近づき、唇が触れ合った。

 ――あたたかい。

 そう感じた。
 そして、思ったよりも固いなと感じた。

「――――」

 気持ち悪いとは、不快だとは感じない。
 驚きはしたが――拒まない。
 椎苗はそのまま、瞼を閉じる。

レオ >  
涙があふれる。
唇に涙が伝って、すこしだけ口の中がしょっぱくなった。

数秒の沈黙。

唇が、離れる。


「――――ごめん、なさい」

息を、吸うのが、吐くのが、上手くできない。
顔が、耳が、指が、熱い。
頭の中がふわふわとする。
自分が今、何処に立っているのか…わからなくなる。

「――――忘れて、ください」

掠れる声で、そう振り絞り。
彼女と、距離を作ろうとした。

もう…引き返せないのに。
今更になって、離れようとした。

神樹椎苗 >  
 ほんの数秒の接触。
 それが、なぜかとても長い時間に感じられた。

 離れる唇、離れようとする身体。
 反射的に青年の手を掴んでいた。

「――――っ」

 息を呑む。
 一瞬だけ、戸惑い、困惑するような表情が浮かぶだろう。
 けれどすぐに、

「――なんで逃げてんですか」

 半眼で、じっとりとした視線を向ける。
 そして、大きくため息を吐いた。

「――ロリコン」

 呆れたような表情で言う。

「はあ。
 これ、所謂ふぁーすときすってやつですね」

 また一つ息を吐いて、眉根を寄せた。
 好きと言う言葉に、キスという行為。
 青年が本気だという事はわかった。

「残念ですが、しいは物事を忘れられるようにはできてねーんです。
 お前の言葉も、今の行為も、小さな息遣いから体温まで、知覚できる全て。
 しいはけして忘れる事はありません」

 そう言ってから、青年の腕を引っ張って。

「ロリコン」

 また、じっと目を見ながら言った。

レオ >  
「――――っ、…」


掴まれた手を、振りほどく事は出来ない。
こんなに小さくて、華奢な手なのに。
僕はそれに抗えないのだ。

目を見開く。
涙が零れる。
向けられた罵倒に、何一つ、言い返せない。

「―――、―――――――は、い……


 はい……、……」


その言葉を、受け入れるしかない。
否定できる一線は…既に超えてしまったのだから。

神樹椎苗 >  
「――別に、怒っちゃいねーです」

 また涙をあふれさせる青年に、困ったように眉をしかめる。

「不快だったら頭突きなりしてますし。
 そうでなくてもビンタの一つくらい喰らわせてますよ」

 どれだけ泣き虫なんだと、呆れたように。
 掴んだ腕を離すと、左手は青年の涙を拭うように頬に添えらえる。

「本気だってのは、わかりました。
 だったら、しっかりこっちを見ろってんです」

 そして、少し考えるように間をおいて。

「――しいには、恋だの愛だの言うような『好き』はわかりません。
 そもそも、『愛情』ってもんすら、やっと考えるようになったばかりです。
 それでも、お前の気持ちが、蔑ろにしていいもんでない事は、わかります」

 青年から手を離して、人差し指を青年の胸に押し当てた。

「三年」

 そして、手を広げて、胸に触れる。

「お前が死ぬまでに――しいに、恋ってヤツを教えてみやがれ」

 

レオ >  
頬へ当てられた手。
温かい手。
自分が、好きだと言った、女の子の手。


「さん…‥ねん……」

自分が、死ぬまでの残りの時間。
目の前の少女に、恋……それを、教える。

それは即ち、彼女に、自分を惚れさせろ……と
そういうこと。

残る3年で。
いや…もっと早くに死ぬかもしれない。
それまで…彼女に、尽くして。

「……、……好きになったら、別れが…辛くなりますよ?」

自分のように。
沙羅先輩のように。
それでも、いいんですか、と。
彼女に問いた。

神樹椎苗 >  
「――そんなもの、なってから考えます」

 知らないものは、わからない。
 ふん、と鼻で笑って。

「だから、いつまでもそんな、情けない顔してんじゃねーですよ。
 自分の気持ちに、想いに、自信くらい持ちやがれってんです」

 軽く握った拳を、青年の胸にぶつけて。
 さて、と、立ち上がる。

「カレー、すっかり冷めちまいましたね。
 温めなおしてやりますから、その間にシャキッとすんですよ」

 そう言って、冷めきったカレーを持ってキッチンへと向かう。

レオ >  
「……後悔するかもしれませんよ」

好きになったから幸せになるなんて、夢物語だから。
そんな”お願い”を自分として…不幸になってはほしくないから。

だから、最後の警告だった。

でも――――きっと答えは変わらないんだろう。
この子は、そういう子だから。
自分の考えを持っているから。


     『そしておまえがもし、大切に想われることがあれば、
      おまえみずからのことも、大切にするように』



――――嗚呼




     『しいのために、生きて――考え続けてください。』




―――こんな時でさえ、自分が動く切欠は、他人の言葉だ。


「――――そうですね」

キッチンへと向かい、カレーを温め直す彼女を見て。
立ち上がって、そちらの方へと向かう。

「…椎苗さん」

神樹椎苗 >  
 カレーを買ったばかりの電子レンジに放り込んで。

「――ん、なんですか」

 呼ばれれば、青年に振り返るだろう。

レオ >  
彼女の方へと屈んで。
顔を、合わせる。

小さな顔に、大きな青い瞳。
この瞳に見られるのが、苦手だった。
逆らえなくなってしまうから。
だから、自分から……彼女の目を見るのを、避けていた。

「――――――」

少女の、ちいさい掌に自分の手を重ねる。
握れば掌に収まりそうなその手を、絡ませてゆく。
そして、顔を近づけ…二度目の口づけを。

唇が触れ合う。
ほんの、少しの間だけ。



唇を離せば、彼女の青い瞳をじっと見つめるだろう。
少女の目に映る青年の顔は、赤い。
目の前の少女相手に緊張をしているのか、手が少し、震えている。

それでもちゃんと、少女の目を、しっかりと見る。

「――――――悠長に構える気は、ないので」


これは、自分の”我儘”だ。

今まで内に抑えていた、自分の心。


「……名前で呼んでください」

神樹椎苗 >  
 合わせられる視線。
 重ねなれる手の感触。
 そして、軽く触れあう唇。

「――ふふっ」

 赤くなる青年に、やはり可愛らしいと感じてしまう。
 震える手を握り返してやりながら。
 べ、っと小さく舌を出した。

「呼ばせてみやがれ――ロリコン」

 

ご案内:「堅磐寮 レオの部屋」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「堅磐寮 レオの部屋」からレオさんが去りました。