2020/11/21 のログ
ご案内:「堅磐寮 レオの部屋」にレオさんが現れました。
ご案内:「堅磐寮 レオの部屋」に神樹椎苗さんが現れました。
レオ >  
ある日の夕暮れ時。
一人用の部屋に、二人と一匹が静かに”待って”いた。
その連絡が来るのを。

いや……来ない事を願っていたのかもしれない。
良くない知らせか、ぎりぎりの所でよい知らせか。
どちらが来ても、一つの運命が決まる知らせ。

それは家主の憂いなどを気にする素振りも見せずに、無機質な着信音と共にやってきた。
青年が携帯を手に取り、恐る恐る言葉を聞く。
緊張と不安を抱きながら、その言葉を聞き漏らさぬように聞いてゆく。

「―――――――はい
 ……はい。

 ……そう……ですか。
 
 ……わかりました」

携帯からの言葉に、ひとつひとつ返事をしていき……
その知らせは待つ時間よりもずっと早く、簡素に、終わった。

「――――――」

電話が、終わる。
目を伏せながら、共に待っていた少女の方へと内容を告げるだろう。

「…終わった、みたいです。
 今……僕の先輩が、沙羅先輩を連れて本部に戻ってる所、だそうです」

安堵とも悲壮ともつかない表情で息を吐きだす。
緊張の糸がぷつりと切れたように、体から力が抜けるだろう。

神樹椎苗 >  
 ベッドの上で白い仔猫を構いながら、椎苗はいつもと変わらない。
 仔猫の喉を撫でて、首筋を撫でて、甘えるようにゴロゴロと喉を鳴らす仔猫を可愛がっていた。

「そうですか。
 まずは保護、と言っていましたね。
 処遇が決まるまではもう少しかかりそうですが、一段落ってとこでしょう」

 すでに、ある程度以上の処罰が与えられるのは確定している。
 内々に収めるにせよ、何らかの形で公表するにせよ、気を窺っているところだろうか。
 いずれにせよ、娘が大人しく従った時点で、事件としては決着したも同然だ。

「ようやく、来るべき時が来た、と言った感じですね。
 物事が正しい形に納まろうとし始めました。
 少々遅い気もしますが、この島の機能が、それらしく動いたようで何よりですよ」

 そう言いながら、仔猫のお腹を撫で転がすと、仔猫はくねん、と体を捻った。
 

レオ >  
「そう…なんですかね」

目の前の少女は、自分よりも幼く…自分よりも事件の張本人と親しいにも関わらず、動じている様子はない。
彼女と自分のスタンスの違いなのだろうか。
ある程度予期していたからこそ、なのだろうか。
どちらかは、分からない。

「…沙羅先輩は捕まって、少なくとも暫くの間は……会え無さそうですね。
 ……寂しくなりますね」

結局、今日まで殆ど食事も喉が通らず、作ってくれた料理も殆ど残してしまった。
体を動かす仕事をしているのだから栄養はしっかりと取っておかなければ駄目なのだが‥‥どうにも、食べる気にはなれなくて。
今日もふるまわれた昼食を、殆ど箸をつける事はなかった。

「……なんでこんな事になっちゃったんでしょうね」

ぽつりと、呟く。
なんで、こんな事になってしまったんだろう。
きっと僕が島に来る前から、歯車はくるっていたんだろう。
どうしようも、なかったのだろう。

神樹椎苗 >  
「そうですね――まあ、処遇が決まれば面会くらいは出来るでしょう。
 それまでは可能だとしても、不用意に動くべきじゃないでしょうね。
 余計な事をすれば、娘にとって不利になる事はあっても有利にはなりませんし」

 すでに筋書きは決まっているのだ。
 椎苗が動じないのは、物事はなるようになる事を知っているから。
 そして、以前に娘と話した時点で、こういう結果になる事も理解していたからだ。

「なんで、なんて考えても仕方ないでしょう。
 なるようになった、それだけです。
 代償様々に火種はありましたし、それが収まるところに収まろうとしてるだけですよ」

 青年を慰めるような言葉はかけなかった。
 必要なのは結果を結果として受け入れる事。
 そしてこの島では『こういう事』も起こりえるのだと、理解する事。
 下手な慰めの行為は、青年が折り合いをつける邪魔になるだけだと考えていた。
 

レオ >  
「‥…わかって、ます」

結局、こうなるしかなかった。
その上で最悪の事態はさっき脱した。
だから、気を負う必要はない…ない、はず。

分かってはいる。
それでもこんな事になってほしくはなかったという気持ちは、大きくて。

「………椎苗さんは、これからどうするんですか?
 沙羅先輩が戻らないってなると……家は一人に、なりますけど」

神樹椎苗 >  
「しいは何も変わりませんよ。
 これまで通り、何事もなく暮らすだけです。
 そうして、いつ娘が帰ってきても良いように、待っていてやります」

 これからも、これまでと変わらない。
 椎苗はあの娘の帰る場所であると誓っている。
 その誓約を違える事は、椎苗がこの島に存在する限りありえない。

「まあ、ここに居るのが心地よくて帰らない日は増えるかもしれませんが。
 返してもらえない日も、増えるかもしれませんね?」

 甘えた声で鳴く仔猫と鼻先を触れ合わせて。
 青年の方を見れば、薄く笑った。
 

レオ >  
「……」

少しでも気を安らげようとしてくれるのだろう。
普段なら、その冗談のような言葉に照れたりもしたのだろうが……

今はそんな余力も無くて。

「……そう、ですね。
 少し……一緒に居てくれる時間が増えてくれたら、嬉しいです。
 少なくとも今日は…一緒に居てくれませんか?」

そう言いながら、甘えるように彼女の肩に頭を乗せる。
体重をかけたら彼女が潰れてしまう。
だから、少しだけ。

「……沙羅先輩は、帰ってくるんでしょうか」

神樹椎苗 >  
 青年はまだ、自分の気持ちを整理するので精いっぱいなのだ。
 これまでの事を整理できず、これからの事に目が向けられていない。
 それもまた、仕方のない事なのだろう。

「いいですよ、恋人に存分に甘えるといいです」

 そう言いながら、軽く寄りかかる青年を、そのままベッドの上に引き倒す。
 仔猫が驚いてベッドを降り、一度抗議の声を上げた。

「それは処遇次第ですね。
 それに――帰ってこれるようになっても、娘がソレを望むとは限りません。
 だとしても、しいはただ、いつでも帰ってこれるように待つだけですよ」

 二人横並びになって、青年の頭を優しく抱き寄せる。
 

レオ >  
「――――ごめん、マシュマロ」

ミィ、からそろそろニャア、に変わってきた飼い猫の抗議の声に謝りながら、ベッドに引き倒される。
こんな状態じゃ、この子にまで心配かけてしまう。
早く吹っ切れないといけないのは分かっている。
前までなら、何も考えずにまた、動けてたのだろうけど。
今の自分にはもう少し時間が必要になってしまったみたいだ。

「……すみません」

抱き寄せられて、自分も同じように彼女の背に腕を伸ばし。
彼女の体温を感じる。
ほんの少しだけ、安心する。


安心すると同時に…不安になる。

「……椎苗さんは、まだ…居なくならないですよね」

彼女も居なくなったら、僕はどうなってしまうんだろう。
前と同じに、なってしまうんだろうか。
いや……きっとそれだけじゃないという、予感がする。

神樹椎苗 >  
 静かに抱き合って、互いの体温を確かめ合う。
 そんなささやかな事が、いつの間にか大切に感じるようになっていた。

「心配しなくても、しいは簡単にはいなくならねーですよ。
 殺されたって死にませんからね。
 この島から離れる事も出来ませんし、お前を見送る方が先でしょう」

 そう青年の頭を撫でながら答えて。
 

レオ >  
「………そう、ですね」

自分に遺された時間は短い。
あとあと三年もつかどうかと悟って…それから更に月日は流れた。
それが伸びる事がありえない事は、自分が一番よく知ってる。
今は体に異常がなくても、そのうち体が自由に動かなくなる筈。
そう…何よりも”自分自身”が、そう語っている。

「………貴方を遺しても死にたくないです。
 貴方の願いを、叶えたい……
 でも、手立てもない……
 
 …不安なんです。
 沙羅先輩と同じように、僕には何も出来ないんじゃないかって…
 何も出来ずに、ただ…死ぬだけなのかな、って」

頭を撫でられながら、自分の弱音を吐き出す。
短いからこその、不安、焦り。
永遠に等しい時への恐怖があるように……刹那に等しい時しかないからこその恐怖も、ある。
喪う事への恐怖は、形は違えど誰にでも存在するのだから。

神樹椎苗 >  
「何かを成そうとして、成せる人間は少ないのです。
 人間に出来ることは、日々を懸命に生きる事。
 生きている間に何を成したか――それを評するのは遺された者たちです」

 生きている間に何が出来たか、などというのは、死んでもわからない。
 生きている間に評価を得られるのは、ほんの一部。
 自ら何かを成したと納得して逝ける人間は、さらに一部だろう。

 どれだけ頑張ろうと、もがこうと、それは評価されるとは限らない。
 それが、周囲の人間や世界に影響を与えるとは限らない。
 それはけして優しい言葉ではなかった。

「自分のために生きられない人間が、誰かのために生きられる事はありません。
 お前はまだ、自分のためにすら、誠実に生きられていないでしょう。
 そんなお前は、まだ『何かを残す』ところにすら立っていませんよ」

 そう、抱きしめて、頭を撫でて、優しく触れ合いながらも。
 かける言葉は厳しく、叱咤するものだった。
 

レオ >  
「…‥…じゃあ僕は、一生無理かもしれないですね」

諦めのような言葉。
自分の為に生きる事は、もう、難し過ぎる。
そこに向かおうという心すら、折れかけてしまった。

「…僕にはもう何も、分かりません」

泣き言だ。
叱咤を受けて立つのすら、出来ない。
『今度こそ』という願いを、容易く打ち砕かれて。
受けた無力感で打ちのめされて。

死んでしまいたい。

自分が言う権利もないのは、分かっている。

「……せめて。
 せめて椎苗さんの為に、生きたかったな」

神樹椎苗 >  
 無力感に打ちのめされた青年は、生きるための道を見失っていた。
 ここで甘い言葉をかけて、優しく手を取って、寄りかからせて。
 そうすれば少しは楽になるのかもしれない。

 けれど、青年にそんな惨めな生き方をしてほしいとは思わない。
 そんな『生きる』のではなく『生かされる』ようなモノになって欲しくはない。
 これは、椎苗の数少ない我儘だった。

「――それなら、死にますか?」

 そっと、青年の頬に手を当てて、青年の瞳をのぞき込む。

「お前はこれまで十分に、苦しみを背負って生きてきました。
 すでにもう役目を全うしていますし、これ以上苦しむ必要もありません。
 しいなら、お前を安寧の揺り籠に、穏やかな眠りに送ってやる事が出来ます」

 慈しむように、穏やかに。
 静かな声で語り掛ける。

「この先、お前は少しずつ、今までのようには生きられなくなるでしょう。
 この先、お前はまた苦しむ事でしょう。
 けれどお前は、その苦しみから逃れても許されます。
 お前がこの先、幸せになれないのなら――これ以上苦しむ前に、眠ってもいいのですよ」

 そう、苦しみに立ち向かうのではない。
 確かな安らぎへの道を提示して、優しく誘うように。
 

レオ >  
それは、出来ない。
願われたから。

かつて、ある先輩にそう語った。
だが……今はそれを言う事すらできなくなっていた。

「………、………」

言葉に返事は出来ない。
死にたいという感情と、生きないとという感情がぶつかり合って……どちらも成せぬ程に弱り切っていた。
楽な方に逃げる事も、前に進む事も、また、出来なくなっている。

ただ、彼女の胸の中で音もなく涙を流すだけ。
何をすればいいのかも分からぬまま。
涙を流すだけ。

神樹椎苗 >  
 青年から答えは返ってこない。
 腕の中で震える青年を、そっと抱きしめて、その髪に指を通す。

「――焦らなくていいのですよ。
 しいはお前が望む限り、お前の傍に居ますから」

 甘やかす事もなく、答えを与える事もない。
 それでは青年は、二度と自分の足で立てなくなってしまうだろうから。
 椎苗はただ、青年に寄り添い、道が一つでないことを教えるだけだ。
 

レオ >  
「…‥‥居ちゃ、だめですよ」

一緒に居てほしい。
そう言った矢先にこんな言葉を言うのは、どうかと思うが。

だが…‥自分と共に居ても、負担になるだけだ。
何も返せはせず、彼女の為に何をする事もできず。

彼女に不幸にはなって欲しくない。
だから今まで、自分も幸せになる道を探して…前に進んだつもりで。
でも、また今こうして、元に戻ろうとしている。
そんな自分と、一緒に居ていいのだろうか。

不幸にまで、彼女を同行させていいのか。
そんなの、分かり切っていて。

神樹椎苗 >  
「居ますよ」

 静かだがはっきりと、言葉にする。
 哀れみでも同情でもなく、椎苗がそうしたいから、共に居る。
 青年のこの脆さも弱さも、愛しく思えてしまったのだから。

「不幸になるのなら、一緒になりましょう。
 どこまでも不幸せに、それでも一緒に。
 お前を一人にはしません」

 そう、わかり切っている事だった。
 たかが『そんなこと』で離れるようなら――最初から椎苗は、青年の隣にはいないのだから。
 

レオ >  
「……いやだ」

優しいことばが、何よりも苦しかった。
劇的だと思った2か月が、一瞬で崩れて元に戻った。
不幸になるなら一緒に…それは目の前の少女が不幸になる責任を、自分が負うという事。

今の自分にはそんなもの、背負える気がしなくて。


……あぁ。
そういう事か。
神代先輩は、だから沙羅先輩を突き放そうとしたんだ。

そして沙羅先輩は……

「………」

彼女の体温に、意識を向ける。
目の前の彼女が不幸になるか幸せになるのかの半分は、自分次第。
それが、一緒になるという事。
好きだと伝えた自分の、責任。

共にいると願った故の、覚悟。

「……なら。

 椎苗さんも……幸せに、なってくださいよ。
 なれないなら、僕も……一緒に。
 だから…」

彼女を、求めるかのように。
強く抱きしめて、離さない。