2022/03/15 のログ
ご案内:「堅磐寮 ロビー」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 >
真夜中、目が覚めた。嫌な夢を見た気がする。
トイレに駆け込んでひとしきり吐いた頃には
悪夢の記憶は既に失せて、肌の上を這い回る
存在しない視線の感触だけが自分を苛んでいた。
寝巻きの上にパーカーだけ羽織って部屋を出る。
夜風を浴びて気分を落ち着けようと思ったのに、
人かどうかすら定かでない曖昧な影が視界の端を
ちらついて、気持ちが挫けてしまった。
酷く冷や汗をかいていた。涙で目元が濡れている。
長い前髪と寝巻きが肌に張り付いて気持ちが悪い。
■黛 薫 >
最近は多少眠れる日が増えてきたとはいえ、
まだこうして悪夢に叩き起こされる日もある。
落第街にいた頃は悪夢と幻覚でパニックを起こし、
逃げ場もないのに落ち着ける場所を探し求めては
逃げ惑ったりもしていた。
時にはパニックに任せて人を傷つけたことも。
(……だから、なのかな)
未だ自由に動かない四肢。火事場力で小柄な人
1人抱えたこともあるし、魔力を注ぎ込みつつも
精密動作を行えたこともある。
動きが鈍いままなのは、枷にしておきたいから?
仮にそうだとして、意味があるかは怪しいところ。
魔術適正を得た今、身体が動かないままでも人を
傷つけ害する力は自分の中にある。
■黛 薫 >
落第街で見た死体。パニックの最中、血の温かさで
束の間取り戻した正気の恐怖。嫌悪と恐怖、苦痛に
満ちた陵辱と暴力の記憶。
蓋をしておきたかった記憶は些細なきっかけで
次々フラッシュバックする。消し去りたい記憶は
焼き付くように脳内を占拠し、理性的な思考に
必要なメモリを食い潰していく。
せめて誰か来ても迷惑にならないように。
或いは見られて視線に怯えずに済むように。
恐怖に蝕まれつつある理性を振り絞って
部屋の隅へと移動する。
震え、涙を流し、手の甲に爪を立てて掻きむしる。
突き立てる爪どころか指先まで齧られて、削れて。
傷付ける力も弱々しい。
もし手の甲に傷が残っていなかったら、痛みすら
与えられなかったかもしれない。短くボロボロに
傷付いた爪は手の甲の噛み跡にひっかかり、皮が
剥がれて赤い血が滴り落ちた。
■黛 薫 >
涙の止め方が分からない。
呼吸の仕方が思い出せない。
黒いタイツに赤い血がぽつりと滴り落ちる。
じわりと染み込んで、色は目立たなくなって、
赤色がどんな色だったかも思い出せなくなる。
眩暈がする。強く目を瞑った後のように視界が
ざらつき、色も輪郭も曖昧に崩れて消えていく。
口を開いても悲鳴は上がらず、喉の奥に掠れた
痛みが感じられるだけ。
──怖い。
それは深く、深く刻みつけられた心の傷。
次に失敗を犯せば今度こそ見捨てられるかも。
■黛 薫 >
錯乱によるパニックで周囲に当たり散らすのが怖い。
傷付けまいと耐えた反動の矛先が己に向くのが
怖い。
そうならないようにと周囲は優しくしてくれるのに、
いつ裏切るか分からない自分の心の弱さが怖い。
踏み外しかねない自分の心の弱さに怯えているのに
周囲の優しさに甘えている現状が怖い。拒絶したら
戻れないと分かっているから逃げ出すのも怖い。
優しくされるだけの価値が自分に無いのでは、と
気付いてしまうのが怖い。そんな不安を抱くこと
自体が恩を仇で返しているように思えて怖い。
いつか、恐怖に負けて踏み外してしまったら。
暗く汚れたあの街にしか居場所が無くなったら。
優しくしてくれた人の目が蔑む目に変わったら。
それが、たまらなく怖い。恐ろしい。
■黛 薫 >
既に数回、復学及び社会復帰には失敗している。
今度こそと思う反面、もう失敗しないなどという
楽観的な気持ちになれないのもまた事実。
自分のために手をかけ、心を砕いてくれる人が
たくさんいると知っている。失敗は自分のことを
気にかけてくれた人たちへの裏切りになる。
何度も失敗しておいて、まだ見捨てられていない
現状が既にどの面下げてと思える状況。もし本当に
失敗してしまったら、逃げてしまったら。
そんな最悪の想像が無自覚に自分を追い詰めて。
恵まれた環境の中で覚える息苦しさに罪悪感が
膨れ上がっていく。
ごめんなさい、と有りもしない視線に謝罪の言葉を
繰り返す。誰もいないのに責められている気がして、
勝手に許されてはいけないような気持ちになって。
涙と血と嗚咽が、切れ切れに漏れていた。
■黛 薫 >
パニックが訪れるときは突然なのに、鎮まるには
いつも時間が必要。消えてはくれず胸の奥の方で
蟠るだけで、またいつ膨れ上がるかという不安が
そのまま錯乱の種になりさえする。
血と涙を流しすぎて、貧血と脱水でくらくらする。
生乾きで赤く濡れた手が人を傷付けたトラウマを
想起させそうで、爪を立てる痛みで誤魔化した。
幸せになっても良い。そう言われた。
今の幸せを手放したくない。そう思った。
それなのに自分の感情を制御出来ず、自分の手で
幸せを壊してしまいそうで怖かった。積み重ねた
負債が仇になり、突然幸せを奪われやしないかと
疑心暗鬼に陥ってしまいそうで怖かった。
幸せでいたい。たったそれだけの願いで胸が痛い。
■黛 薫 >
白み始めた空をぼぅっと眺めながら部屋に戻る。
同居人が起きる前に血の匂いを流しておくべきか、
素直に辛かったことを吐露して甘えるべきなのか。
どちらを選んでも後悔してしまいそうな気がした。
叶うなら幸せでいたいし、幸せでいてほしい。
自分だけでなく、自分の大切な人に関しても。
せめてもの慰めに、夜が明けるまで同居人の寝顔を
眺めていよう。小さな幸せでも確かにそこにあると
実感出来ないと、また泣いてしまいそうだったから。
ご案内:「堅磐寮 ロビー」から黛 薫さんが去りました。