2020/07/03 のログ
ご案内:「閃天兎の部屋」に閃 天兎さんが現れました。
閃 天兎 > 「さて…明日の分はこんなところか」

短針が十二を過ぎてから長針が既に一回りしている時間。
夜中の職員寮、ほとんどの電気が消された見慣れた自宅。
毎日のように座る椅子と机と。
それを照らすオレンジ色のスポットライトが明日の授業で使う資料と私の手を照らす。

私は再来月の授業まではどう進めるか考えてあるが、時折生徒に頼まれて特別授業を挟むことがある。
明日がそれだ。

そしてそれとはまた別に、今夜の私は予定がある。

私は別に特別授業ぐらい構わないのだが、私はそれを酷く批判した。
『非効率的である』と。

「うるさいですよ。私は教師です」

存在しない声に、自分の妄想に、私に対して苛立たしげな声が漏れる。
いつからだっただろうか。
私はそもそもこの島に研究しにきたのだ。
そして普段の生活と実際に異能者や魔術師との「コネクションを持つ為」に教師を始めたわけだが。

…さていつからだっただろうか。

私はどうにも甘くなりすぎてしまった。

閃 天兎 > 『私は研究者だろう?閃 天兎
何も煩くはない』

「確かにそうですが。そうではありません」

誰かの問いかけに答える。
違う。これは自問自答だ。
私が問い、私が答える。

私は教師だ。

さて、いつから教師だったのだろうか?
この島に来てばかりの時は教師ではなかった。
ただの教えるだけの存在だった。

いつから生徒にクレープを奢ったり、同僚がその存在を保つ事を願うような優しい教師になったんだ?

わからないが、悪い気はしない。
私は教師である私が好きだ。
効率を気にせずに生徒や同僚と会話できる。そんな私が好きだ。

『私こそ黙れ。私は研究者のはずだ』

「うるさい…!私は教師だ!」

ハッとしたように口元を押さえ、不味いと言った表情で落ち着こうと一息つく。
つい声を荒げてしまった。
もう夜も遅いと言うのに。
防音性も備えている教師寮とはいえ大声を出すなんてよろしくない。

『それにこんなことを聞かれればどう思われるか』

私の言う通りだ。こんな発言を聞かれれば、どう思われるかわからない。
私は閃 天兎。常世学園で働く一人の教師だ。
落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。

閃 天兎 > 『私が教師であることなんてどうでもいい。
 早く目的を果たしに行け、研究者』

「わかっています…わかっていますから少し待ってください」

ああ、苛立ちを抑えられない。
いつも気にしている無表情な眉間が寄せられ、無気力と生徒に揶揄される瞳に刺々しい色が浮かぶ。
私の言うことを聞きたくない。
黙れと言えば黙ってくれるだろうか。

嗚呼、特別授業のお願いなど聞かなければよかった。
よりによって私の予定と被る日になんで聞いてしまったのか。
おかげで、私が私になるタイミングを完全に逃してしまった。

原因となった生徒を恨もうにも、私は教師だ。生徒を恨むなんてそんなことは出来ない。
そもそも特別授業の依頼を受け始めたのは私だ。
特別授業を行うための普段のスムーズな進行だ。
だが、そんな普段の私の努力も虚しく、今日は私と私の予定が被った。

だからこそ、私は教師を優先した私をこんなに苛立たしく責め立てているのだ。
私がそれで不愉快になっても、言い返せる立場にない。

なんなら私は別に研究者の自分は嫌いではない。むしろそちらが本当の私だとすら思っている。

『先に決めていた予定をなぜ私は勝手に先送りにする。
早く私と変われ』

こんな夜中で。私であるべき時間だから。
私はこうも生き生きと私の中でその存在を主張する。

いつまでもこうしている訳にはいかない。
私が悪いのだから。私が私の予定を反故にしたからこうも私は苛立っているのだ。
だから、私が私と代われと言うのなら。私は代わるのが筋だ。

私は、私と変わるべく、教師の私では使えない異能でたった一つの灯に照らされてた暗闇の中に、さらに暗く、何一つ存在しない空間への穴を開く。

そして、その中へ乱雑に両手を突っ込み…

取り出されたのは夜の闇よりも深い漆黒のローブと
授業で使うホワイトボードよりも、無傷なキャンパスよりも白い面を犯す黒い瞳が一つ描かれた仮面。

閃 天兎 > 「…私は教師だ….私はー」

『研究者だ』

仮面をつけるのに躊躇を見せた私に私は痺れを切らせた。
…この時なぜ私は躊躇したのかはわからない。

私が苛立たしげにその身を乗り出した。
私が私の体の操作を奪い取り。
私が抵抗する間も無く。黒い瞳に侵された白いそれを顔に押し付けたー




「…ようやく予定を果たしに行ける」

私と会話したことなど、いつぶりだ?
私と私が会話できるタイミングは限られている。
それこそ、今夜のようにお互いの予定が被った時ぐらいか。

「しかし…私はどうしてしまったんだ?
なぜああも教師である事に拘る?
私は研究者であるはずだろう?」

理解できない。私はいつからああも誰かとの関わりなぞと言うものを重視するようになった?
教師になったからか?

…私にはわからない。

「まあいい。さっさと目的を果たしに行こう。
今夜は実験だ」

一時間ほど予定の時間より遅れたが、まだ間に合うだろう。
着慣れたローブを身につけ、ベッドに放り出された握り慣れた剣を拾い上げ、机を照らすライトが作り出す本棚の影に立つ。

そしてそのまま、無言のまま影へと沈み、スラムか落第街か転移広野か、それとも黄泉の穴か…

まあ、どこだっていいのだが。

常世の闇に黒い研究者が放たれた。

ご案内:「閃天兎の部屋」から閃 天兎さんが去りました。