2020/02/02 のログ
ご案内:「浜辺」に花ヶ江 紗枝さんが現れました。
■花ヶ江 紗枝 > 海が見たい。
唐突に湧いて出た思いにせかされるように
自然と足が海へと向かっていた。
ついたころには日がもう波間へと沈みつつあった。
吹き付ける潮風が凍てつくこの時期に流石に人影はなく、
流れ着いていた大きな流木を背もたれに、ただぼうっと夕暮れにきらきらと光を照り返す波を眺め……
--ふと顔を上げる。
何時間座っていたのだろう。
気が付けばすでに辺りは暗くなり、波打ち際も随分と近づいていた。
どうやらいつのまにか眠り込んでいたようだ。
海面は酷く凪いでおり、見上げた空からゆっくりと粉雪が舞い降り、
その向こうから月がぼんやりと淡い光を波間に投げかけていた。
身じろぎ、体を起こすと凍り付いていた髪先や服の裾がぱりぱりと音をたて、
周囲の気温がひどく冷え込んでいる事を教えてくれる。
■花ヶ江 紗枝 > 抱えていた膝をゆっくりと伸ばし、薄氷を払う。
鞄の中に温かいお茶を入れていたはず。
さて何処にいったのだろうと辺りを見渡すと、背もたれにしていた流木の近くにそれはあった。
いつもはしっかりと閉じているにもかかわらず開いたままの鞄の中から僅かに茶封筒がはみ出ていた。
それを目にした途端にそれの内容と、それを渡された際の会話が脳内で反芻される。
「……駄目ね。まだ未練が残っているなんて」
僅かに微笑み一人あきれたように囁くと視線を戻す。
酷く凪いだ海と、雲もないのに雪が降りしきる空。
潮騒以外の音が忘れ去られたようなその場所で、
その微かな声は海に落ちる雪のように溶けていく。
「予感はあった。そうでしょう?」
まるでぐずる子供に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
どうにも呑み込めないところがあったようだ。
告げられた内容は思っていた以上に予想通りだったというのに。
■花ヶ江 紗枝 > ここしばらく、眠り込むことが増えていた。
しかもそれは重ねるごとに、長く、多くなっていく。
目が覚めると月が替わっていた。なんてことも当たり前になっていった。
原因不明。対処もわからない上に変質までするそれにこの島の医師ですら匙を投げるに至った。
『進行速度から考えて、もう数か月もすれば目が覚めない可能性もある。
覚悟と準備はしておくほうが良い』
震える声を思い出す。あの医師はいい人なのだろう。
務めて冷静でいようとしているのにそれが出来ていないことが分かるほど声が震えていた。
それを宣告された本人はその診断結果に取り乱すこともなく、淡々とただ話を聞き
その後の処置や選択肢について詳しく聞いた後冷静に退席した上数分後には学校に退学届を提出していた。
届け出に至った経緯から休学届として扱われるかもしれないといわれたものの
それが分かるころに自分が起きている公算はあまりない。
なんにせよ、好転する予定がない以上どちらでも大した差はない。
「何事にも終わりはある。例外なく、ね」
とある人の口調を真似て呟いてみる。
ただ変わっていく。それだけの事。
その切っ掛けが今回の症状であったというだけで
実際のところそれほど大きな違いがあるとは思わない。
立ち位置が変わるだけだ。
■花ヶ江 紗枝 > 「他に行き先があるわけでもなし。
私の延長線上であることには変わりはないものね」
症状やその原因が異能と推定される事などから
島外の医療機関では対処が難しいとされており
島内の研究機関に滞在し続ける事となっている。
というより島外に出せないというのが正しいらしい。
症状に何らかの緩和がみられ、制御が可能となるまでの間
療養生活を送ることになるとアドバイザーからは伝えられている。
退学届けが受理されない可能性が高いというのもその一環で
費用については補助金が出るらしい。なんとも親切な事だ。
実際のところ、サンプルとしての一データの確保に過ぎないとも理解している。
事実、推移データの採取と提供を条件に
何らかの理由で活動を停止した生徒の保護を謳う施設は多くあり、
それらは須らくどこかしらの国の研究施設と繋がりがある。
学園側としても名目上は生徒の保護しつつ、研究データの収集に寄与するという点で利益が一致する。
ましてや自分は家と縁を切った以上、後ろ盾どころか身寄りもない。
半分死んでいると同じであることから生死を問わず研究できる。
医師はともかく研究者なら一度は欲しいと思ったことがある格好のサンプルだ。
……最もそれ自体珍しくもないのだけれど。
「幸運よね。いろいろな意味で。
あの子と同じ状態になるというのにこんなにも至れり尽くせりだもの」
とはいえ、所詮ただの検体その1だ。
世界救済を夢見る少年少女でもない。自分の価値がそれほどあるとは思っていない。
必ずしも引き止めなければいけない理由など学園、研究施設共々無い。
だというのに此処まで手厚い保護を望めるこの島はやはり特異だ。
多くの異能者や異邦人にとって此処まで好条件がそろっているというのは全世界でもこの島だけ。
目的はどうあれ、やはりこの島こそが安息の地であることに変わりはない。
■花ヶ江 紗枝 > 「悪くない”お話の続き”じゃない。
悪役らしからぬ結末だわ。勧善懲悪物なら考えられない展開ね」
本当なら人並みすら望む資格など無い。
ざわめく胸の奥を鎮めるように自分に言い聞かせる。
仮に腑分けされたとしても、一生薬剤の中に漂い続けたとしても
同じか、それ以上に酷い事をした経験が自分にもある。
償えたなど思っていない。あの罪は一生消える事はない。
例え研究の果てに肉塊に成り果てても、自分には文句を言う資格はない。
ただ自分がされる側に回った。それだけの事。
別にそれ自体は悲しくはない。呑み込むことは可能だ。
元より自分の未来にはあまり執着が無い。
出来るなら投げ捨ててしまいたいとすら思ったこともあった。
だからこそ、宣告にも揺れずにいられた。
今でもそれには変わりはないといえる。けれどどうしても胸の奥の揺らぎが収まらない。
「……準備、しなくちゃね」
思考を断ち切るように僅かに頭を振り、ゆっくりと立ち上がると砂を払う。
そのまま小さく伸びをすると再び水面へと目を向けた。
いまだにチラつく雪が海面へ落ちては溶けていく。
それを視てわずかな間、瞳を閉じた。
……今考えるべきことはきっとそんなことよりも別の事。
自分が眠り続けていても問題が無いようにしておかなければならない。
いつ眠りについても、後輩達が困らないように。
居なくなっても穴は開かないはずだけれど、それ以上に迷惑をかけたくない。
「ふふ、ダメな先輩のままだったわね。私は」
慕ってくれた後輩たちの落胆が目に浮かぶ。
所詮作り物の先輩としての顔ではあったし、それを壊さずに済んだことに
安堵もしているけれど、あの子達の期待には応えられなかった。
自分の本質はどうしようもない弱者だけれど、
出来れば最後まで演じ切りたかったと思う。
そういえば紹介した子はどうしているだろう。
頑張っているなんて話も聞いたけれど。
ああ、先生にも困りそうな人がいた。
素直なあの人はきっと困った顔をする。
あの人は食事をちゃんととれているのかしら。
「家の管理も業者さんに頼まないとよね。
場合によっては一室で眠り続ける事になるわけだし……
その確認もしないとよね」
郊外にある自分の家の管理も誰かに頼まなくては。
寮にいられなかったりといった事情で住まわせていた子も居て、
その子達が望む限り住み続ける事が出来るよう手筈は整えておかなければならない。
少し前までは家の管理を頼んでいた子がいた。
今は少し離れているがまたふらりと帰ってくるかもしれない。
「それから……ああ、ちゃんと挨拶もしておかないとね。
起きていられるうちに。
……本当に、色々とあったものね」
ぽつりと呟き、思い出を手繰る。
半分は享楽に、残り半分は贖罪のために生きているような生活だったけれど
懐かしく思い出されるのは穏やかであった日々の事ばかり。
「嗚呼、そうか」
ゆっくりと閉じられていた瞳が開く。
濡れたような瞳が僅かに揺れているのは
この胸の奥、ざわめくこの感情の名前を思いついてしまったから。
そう不安でも、恐怖でもないこれはきっと
「……寂しい、のね」
見上げた空に星が流れた。
何時しか雪はやみ、凍り付いたような冷たい風が服の裾を揺らす。
海辺でたたずむ少女はただただ夜空を見上げ、立ち尽くしていた。
ご案内:「浜辺」から花ヶ江 紗枝さんが去りました。
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