2020/07/06 のログ
ご案内:「浜辺」にマルレーネさんが現れました。
マルレーネ > ふ、ふふふ、ふふふふ。
薄い笑顔を浮かべながら金髪の修道女がやってくる。
ざばり、ざばりと水をかき分け、のっしのっしとやってくる。

あ、堤防のごみ拾いしてたら海に落ちただけです。

あまりにも恥ずかしいミスに情けなくなって笑ってるだけです、はい。

「………………びっしょびしょです……」

近くの浜辺までなんとか泳ぎ着いたが、修道服は分厚い。
水を思い切り吸い込んで、もはや重りか何かだ。
ぐしょぬれのまま、浜辺になんとかたどり着いて膝に手を当て、ぜえ、ぜえ、と酸素を取り入れる。

マルレーネ > フードを取って、ぎゅう、っと絞れば海水がぼたぼたと落ちる。
はー……っと溜息をつくのは、しっとりと……どころか、がっつり濡れた金色の髪。

「………着替える場所……も無ければ、着替えも無い。」

とほほー、とため息をついて。
まだ日が高いから、このままここで乾かすか、濡れたままダッシュで帰宅するか。

堤防の掃除は終わったからよいものの、唸りながら悩むシスター。

ご案内:「浜辺」に日下部 理沙さんが現れました。
日下部 理沙 > 「……」

それは、研究生・日下部理沙が海岸沿いをジョギングしているときの事だった。
海岸線沿いを延々走っていた理沙の目には、当然延々と水平線まで続く海と、あるべきものがあるだけ配置されている砂浜が視界一杯に広がっていた。
そんな当たり前の日常的海岸線の景色をぼさっと眺めながら走っていた理沙の視界に……突如ずぶ濡れのシスターが現れたのである。
思わず、理沙は眼鏡を掛けなおした。
そんな日常、理沙は知らない。
つまり、それは。

「あの……ずぶ濡れですけど、どうかしたんですか?」

非日常。
非日常に居る人はだいたい普通は困っている。
そういった全く一般的思考に基づいて、理沙は声を掛けた。
溺れてたのかもしれないし。

マルレーネ > 「タオルも無い………海の家でもあればなんとか助けを求めることもできるんですが。」

とほほ、と肩を落とすシスター。濃い色の修道服は、濡れて更に濃く重く。
物陰に隠れて服を干して、数時間ぼーっと過ごすか…なんて、すさまじく不毛な考えが頭をよぎる。
とりあえず一端脱いでから考えましょうか、なんて、よいしょ、っと修道服をたくしあげようとしたところで。

「ひっ!?」

びっくん、っと飛びあがって声に反応し、慌てて振り向く。
相手の言葉がもう3秒遅ければ、思いっきり下着姿になっていたことだろう。危ない。
きっとセーフ、太ももくらいまでしかたくしあげていないし。

「……ああ……。 あはは、そ、その。
 驚かせてしまいましたよね。

 ………堤防から足を滑らせてしまいまして。」

浜辺から見える堤防を指さしながら、てへ、と舌を出してやっちゃった♪感を醸し出す。
愛嬌一本で勝負である。 どう考えてもドジだし。

日下部 理沙 > 「へっ!?」

若干、少しだけ露になった太ももと小さな悲鳴に頓狂な声を上げる理沙。
びくり、と背中の翼も広がってしまう。
幸いにも、タイミングはギリギリセーフ……危なかった、ハプニングにはならずに済んだ。
自分に言い聞かせるように眼鏡を掛けなおす理沙。
何も見てませんよ、という体を装う作戦。
出来の悪い作戦と言わざるを得ない。

「……え、ああ、そ、そうだったんですか……!
 それは、大変でしたね……!」

舌を出して愛嬌満点で笑うシスターに思わず顔を紅くする。
いい人なんだなと思った。
理沙の後輩だったら此処できっと、しこたま理沙をイジってくる。
 
「ああ、それじゃあ、代わりに……その、何か上着でも借りてきましょうか?
 多分、近くに風紀委員会の屯所がありますから」

風紀なら、多分事情を説明すれば予備の制服か何かでも貸してくれるだろう。
後で窓口に返せばそれで済む。

マルレーネ > こっちも相手を二度見する。
こちらはいわゆる人間として一般的な……、黙っていれば異邦人であることも分からない背格好。
それに対して相手の大きな翼は、よくよく凝視しなくても分かるくらいに。
ああ、そういえばこちらの世界では天使というものはこんな雰囲気でしたっけ、なんて頭の中で言葉が回る。

「大変でした。この服を身に着けて水に浸かるということを舐めてました……。
 二度と浮かび上がってこれないかと思いましたよ。」

全くもう、なんて腰に手を当てて唇をへの字に曲げる。
まあ、全部自分のドジなんですけどね! と頬を赤くしながらやけっぱちのように付け加えて。いやー恥ずかしいなー!

「………っ! それは助かります! お願いします!
 何でも構わないので!」

もうここで乾かすしか無いかと思ってたんですよー、なんて眉を下げて、両の掌をぱちん、と合わせてお願いをする。
地獄に仏という言葉を異世界の異教徒が使うのもまた妙な話だけれど、まさにそれ。

日下部 理沙 > 「泳げる人でも服を着たままだと溺れますもんね……!
 そ、それじゃあ、すぐとってきます! しばしお待ちを!!」

そういって、全速力で近くの屯所にまで走っていく理沙。
そして、十五分後。

「……お待たせしました」

若干難しい顔の理沙が、予備の制服が入った紙袋片手に戻ってくる。
凄い仏頂面だった。
屯所にたまたま昔の知り合いがいたせいだ。
しこたま「ええ、なんで制服貸してほしいんですか?!」「趣味ですか!?」「海に落ちた女の人ってお知り合いですか!?」「あの朴念仁の日下部先輩が!?」と弄られ倒し、好奇の目で見られ、書類を書いている間、無限の質問攻めを喰らっていた。
あれが無ければもう五分は短縮できていたと思う。

「えと、その、少し大きめの奴貸してもらったんで……。
 ブカブカかもしれませんけど、すいません」

顔を伏せながら、紙袋を渡す。

マルレーネ > 「ありがとうございますっ! お待ちしてますねーっ!」

全速力で走っていってくれる人に、ほっと一安心。
一安心はすれども、ちょっと、こう。ぐっしょりと濡れた衣服は身体にへばりついて、気分がどうしても悪いもの。
とりあえず上だけでも脱いで、腰に余った部分を巻き付けて縛る。
上は薄手のシャツと下着だけ、下半身はずっしりと湿ったローブをスカート風に。
そんな格好になって、空を見上げて待ちましょう。
あと髪の毛も縛っておこう。海水でべとべとである。



「………なんだか、その、すみません。」

凄くイライラ……ともまた違う、不機嫌そうな相手に、申し訳なさそうに身体を丸めてその衣服を受け取る。
まあ、そう簡単に借りられるわけでもないのだろう。気まずそうにしながら視線を左右に落ち着きなく動かして。

「あ、あの、お金とかかかったならちゃんとお支払いしますので。
 ああ、大き目ってことなら大丈夫ですよ。 元々の恰好も大き目の服ですしね?」

あれ、重いんですよねー、なんて努めて明るく振舞いながら………ええと、と一息ついて、岩陰にこそこそと隠れるようにする。 さっきは誰もみていないと思ったからであって、ちょっとくらいは隠しますよ!

日下部 理沙 > 「い、いえ……ちょっと、昔の知り合いに弄られただけなんで……お気にせず……!
 高等部を卒業してしばらく経つからって油断してた俺が悪いです……」

別に高等部じゃなくたって風紀委員会には居られる。
もっといえば、留年してる奴もいるし。
今回は留年してる後輩だった。
大怪我を何度もしているせいで頻繁に入院している後輩だ。
風紀委員会は性質上、荒事に巻き込まれることも多いため、前線に立つ異能者が怪我をすることはある意味で日常だ。

「えと、制服は洗わずに返しても大丈夫なので……。
 風紀委員会の屯所や支部ならどこに出しても平気です」

かなり、目のやりどころの困る格好になっていたシスターから目を逸らし、岩陰からも背を向ける理沙。
万一にでも見えたら大変だ。色々と大変だ。
理沙は分かりやすくそのあたり小心者だった。
微かに聞こえてくる衣擦れの音から必死に耳を背けながら、背中越し、岩陰越しに声を掛ける。

マルレーネ > 「ああー……ありますよね。 しばらくぶりに行くと妙に弄られるっていうか………恋人はできたかとかそういうことばっかり突っ込まれたりとか。」

あはは、と笑いながら遠い目になる。経験済みだ。
風紀委員会、という言葉にゆっくりと頷いて。

「風紀委員会ですね、わかりました。
 ちょうど先日お話を聞いてもらったばかりでもあるので、お礼がてら伺いたいとは思っていたんですよね。
 卒業された、とおっしゃられましたけど、まだ風紀委員に? それとも、今はもう関係なく?」

首を傾げながら世間話のように尋ねつつ。
こんなとこでごめんなさいね、と笑いながら衣服を脱いでいく。
白い素肌とそれなりに豊満でもある身体をこっそり岩陰に隠しながら。

上から制服を羽織る。 少し大きめだが、身体のラインがうまいこと隠れてありがたくもある。

「………本当にありがとうございます、もう着替え終わりましたよ。」

声をかける。気を遣って後ろを向いているのはすぐに分かった。
濡れた修道服(と下着)はこっそり岩の後ろに干してある。 うむ、見た目では分かるまい。 えっへん。

日下部 理沙 > 「はははは……まぁ、そんなところです。
 古巣って奴ですよ。今は特に関係ないタダの研究生です。
 しかし、生意気な後輩がたまたま屯所に居たせいで困りましたよ。
 アイツが居なけりゃもう少し早くこれたんですけどね……いや、すいませんほんと」

声を掛けられ、改めて顔を向ける。
制服になったせいで印象がまた少し変わり、少し顔が紅くなる。
いや、これは……仔細な感想については控えておこう。
とても似合っている事だけは確かだ。
似合い過ぎてて困っていることも確かだ。
理沙はその手の免疫が余りない男子だ。

「濡れた服とかそのままだとあれでしょうし……コインランドリー行きます?
 近所にありますよ」

さっき、屯所に駆けていく時にたまたま見掛けたものだ。
まさか、岩陰に干してあるとは露とも知らず、そう提案する。

マルレーネ > 「なるほど、そうやって卒業しても研究生として残る方もいらっしゃるんですね。
 私、まだこの島に来て長くないので………。
 いえいえ、もしいらっしゃってなければ、この岩の隙間で乾くのを待つか、風邪を引く覚悟でこのまま練り歩いてたわけですし。
 ホント、すごく助けられちゃいました。

 ………ええと、最初に。
 ありがとうございます。 お名前、失礼でなければ頂いてもよろしいでしょうか。

 あ、私はマルレーネと言います。さっきの通り、まだこの島の新人みたいなものでして………。」

挨拶をしながら相手の頬が赤くなるのを見れば、え、何、下着つけてないのバレたか!? なんてすさまじく勘違いをしながら自分の身体をきょろきょろと見る。

「な、何か変なところ、無いですよね。 うん無いですね!」

ちょっと質問のように言葉を投げかけて、いいや大丈夫だ、と強めの言葉で自分を励ます。己を信じろ。

「……あ、本当です? それ、すごく助かります。
 この服、すっごく乾くの遅いんですよ。 こっちに干してありますから持ってきますね!」

岩陰に引っ込めば、濡れた修道服を抱えて戻ってくる。
ブラとかが腕の間からぴよん、と飛び出しているが、待たせてはいけないと焦っているのか気が付いた様子も無く。

日下部 理沙 > 「日下部理沙です。
 すいません、自己紹介も遅れちゃって……へ、変なところはないとおもいます!!
 とっても似合ってます!!」

若干、抱えた腕から見えている見えてはいけないものは見ていないふりをする。
上手に出来ている自信はまるでない。
誤魔化すように眼鏡を掛けなおすだけだ。
理沙に出来る数少ない抵抗の手段である。
一緒にコインランドリーまで歩きながら、それでも……理沙は視線を泳がせる。
眼鏡を掛けなおしたくらいで全部見えなくなったら苦労はしないのだ。
多分耳まで少し紅いが、しばらくすれば収まるだろう。
収まってくれ……!
そう祈ることしかできない。

「ああ、もしかして、マルレーネさんは海外の方ですか?
 いや、流暢な日本語ですし……ハーフとか?」

綺麗なマルレーネの金髪を見ながら、理沙はそう尋ねる。
これほど見事なブロンドは東洋人のそれではないだろう。
顔立ちにもよく似合っている。

マルレーネ > 「ホントです? あー、よかった。
 こっちの服、逆向きだったりとかよくあるんで……。

 優しく助けられて、新鮮な格好できて、なおかつ褒められる。
 ………私って、今日は幸運ですね?」

こっちの服、という奇妙な言葉を使いながら、軽い足取りで歩きつつ。
やったー、なんて軽い喜びの声をあげる。
相手がどんなことを考えているかなど、考えもしない。


「……あー、いえ。
 違う世界から……来た感じですかね?
 違う世界といっても、私が来た世界は殆ど………ええ、ほとんど同じような場所、なんですけどね。 文化レベルが少し遅れた……っていえば伝わりやすい、かな。

 海外も何も、こっちでは島以外のこと、何にも知らないんですよね。
 転移荒野……でしたっけ。 あそこで保護してもらった際に、上手いこと翻訳の魔術をかけてもらいまして。

 ………敵意が無いことをあの時ほど全身でアピールしたのは初めてでしたねー。」

からりと笑って、明るく話す。

「ですから、………ああいう服は着ていますけど、こっちの世界の神様とは違う神様を信じている、ってことになりますね。」

この部分だけは、足取りこそ変わらないものの、声のトーンは一つ下がって。

日下部 理沙 > 「異邦、人の……方だったんですか」

思わず、理沙はマルレーネに顔を向ける。
全くそうとは思わなかった。
こっちの服など、確かに気付けるワードはあったが……言われなければ、恐らくずっと気付かなかったろう。
せいぜい、欧州のどこかの人くらいに思っていたはずだ。
全くの……先入観と偏見で。

「いや、すいません……驚きました、翻訳の魔術も気付きませんでしたね。
 実に高精度だ……全く気付かなかった」

……気付かれてはいけないからでもあるのかもしれない。
欠陥の翻訳魔術など、客人であると同時に難民である異邦人に掛けてはそれこそ信用問題だ。
理屈は分かる。理屈はわかるが。
……理沙はそれにも、どこか「この世界の異世界への行き過ぎた配慮のような何か」を感じていた。
それは……生来の言葉を奪う事でもあるのだから。
こちらの世界の誰にも……気付かれないレベルで。

「……違う神様……」

若干、トーンが落ちたマルレーネの声につられて、理沙の声も小さくなる。
言わんとする意味は少しは察せる。
此方の世界でいうなら、シスターは……一般的にはキリスト教系の聖職者を指す。
だが、似ているだけの異世界であるなら……それは。

「……シスターという単語も、無理に翻訳して当て嵌めただけでしょうしね」

きっと、彼女は……違う代名詞を持っていたはずなのだ。
違う世界の違う言葉を。
だが、それに気付けるのは、それを思い出せるのは……恐らくもう、この世界には彼女しかいない。

マルレーネ > 「そうですよー。 明日をも知れぬ旅人でしたから、こんなに平和な場所があったのかと驚くばかりで。

 おかげで助かっていますからね。
 そりゃあ、戻れるなら戻っているかもしれませんけど。」

とん、とん、とーん。
足取り軽く、言葉も軽く。 気を遣わせないように、ちょっとばかり強めに地面にたたきつけて言葉を弾ませる。

彼女に学がさほど無いのも幸いしたのかもしれない。
己の文化が、己の世界が変わっていくのを、彼女は忌避しない。 もっと大事なものが別にあったから。


「…いやー、おかげでちょっと違う世界のお仲間、みたいに助けて頂いているんで、それはそれでちょっと助かるナー、なんて思ったりもしなくもないっていうか。」

頬に指を当てて、あは、と笑って見せる。
笑いながら、相手の雰囲気に少しだけ目線を泳がせて。

「………まあ。 怖いなー、って思う気持ちもありますけどね。
 この世界で祈って、届くのかな、なんて時々思うのは事実ですし。」

困ったように笑いながら、本音だって、別に隠すものじゃない。

日下部 理沙 > 「……」

安易な言葉は掛けられない。
いや、本来なら此処で即座に慰めの一つでもするべきなのだろう。

だが……理沙には出来なかった。

その悲痛を想像してしまったから。
その気丈を想像してしまったから。
……あくまで想像だ、当のマルレーネがどう思っているかはわからない。
だが……仮に理沙が同じ境遇になったらと思えば……どんな言葉も即座に掛けることは躊躇われた。

理沙はこれでも信心深い方だ。
特定の宗教を信奉しているわけではないが……信仰は持っている。
「己の知る常識と倫理」という信仰。理沙の持つ信仰は曖昧だ。
それでも……その信仰に従って生きているからこそ、信仰が脅かされる不安くらいは想像できる。

神への祈りにしたってそうだ。
《大変容》以前の世界なら「きっと届きますよ」と言えたかもしれない。
以前のこの世界での祈りは基本的にどこでも届くものとされていた。
流石に無数あるマイナーどころではどうだかわからないが……メジャーな世界宗教のだいたいがそう説いていた。
だが、今はワケが違う。
あらゆる神話が実在の可能性を帯び、あらゆる神が受肉し、あらゆる神罰が時と場合で現実の脅威となってしまう《大変容》以後の世界では……そんな言葉すら掛けられない。
届かないかもしれないのだ。
しかも、今回は……「異世界の神」が相手だ。
理沙はそれこそ微塵も知らない、全く未知の神性だ。
どんな信仰を彼女が持ち、どんな神を奉じ、どんな日常を過して来たのか……想像すらできない。
……故に。

「……良ければ、マルレーネさんの信仰の御話を聞いてもいいでしょうか」

理沙に今できることは……それだけだった。
そう、何も知らない理沙に今できることは。

「本当に、良ければでいいです。俺のワガママですから。
 でも、もし……それを許して頂けるなら……お願いします、御話を聞かせては頂けませんか?」

まずは、知る事。
その努力をする事だった。
それをするために、させてもらうために……理沙は深く頭を下げる。
或いは彼女を傷つけることになるかもしれないと、知りながら。

マルレーネ > 「あ、でも。 ばっちり元気に過ごしているから大丈夫ですよ。
 なーに、物事健康な身体さえあればどこへだって行けますし、なんとかなるものですからね。
 頑丈さが取り柄みたいなものですから。」

ちちち、っと指を振りながら大丈夫だとアピールする。
相手が何を考えているのかは、なんとなく………なんとなくだが、分かる。
きっと、まっすぐに自分のことを考えているのだろう。
ただただまっすぐに。それだけは分かった。

「語れるほどのものは………持ち合わせていないんです。
 それこそ、言葉が喋れるようになる前から、毎日祈って、毎日働いてましたから。

 ほら、こっちみたいにみんな学校に行ったりとか、そういうのは無い世界でしたからねー。
 本は持っていたんですけど、恥ずかしながらこの年齢まで読めない字も多くあって。」

子供は労働力、という、ある程度聞く話を紡ぎながら、足取りを変えずに歩き続けて。

「………ですからもっと怖いんです。
 イメージというか、すぐそばに必ずいるはずだったんです。
 世界中がそれに満ちているようで。 誰もが当たり前すぎて口にもしないくらいの場所だったんです。

 ………こっちに来て、私が何の教えも語れない存在だと気がつくんですよね。
 無学で、薄っぺらくて。 あの格好も恥ずかしい気がして。

 でもほらほら、人助けしなさいとか、常に明るくありなさいとか、そういうのだけでも覚えておきたいなって。」

言葉がふわふわと宙に浮く。言いながら視線は遠い空を眺めて、ぼんやりとしたものに変わり。
言葉の最後に、ハッ、と何かに気が付いたように、明るい声に戻してウィンク一つ。
小学生に教えるようなそれを、大事そうに言葉にする。

日下部 理沙 > 「……ッ」

しまったと、理沙は思った。
心底、後悔した。
心底、自分にがっかりした。
そうだ、理沙自身……さっき自分で気付いていたことではないか。
信仰とは……「己の知る常識と倫理」であると。
当たり前にある「それ」であると。
理沙自身、同じことを聞かれたら答えられたのか?
異世界に飛ばされ、同じように聞かれ、同じように頭を下げられた時に。
……理沙は、己の「信仰」を詳らかに語れるのか?
 
言葉でそれを……伝えられるのか?

「……すいません」

何に謝ったのか。
一体何に謝ったのか。
理沙にもわからなかった。
それこそ言葉にできなかった。
それでも……そう言うべきだと思った。
それを言わなければいけないと思った。
マルレーネは明るく振舞ってくれている。
明るく笑ってくれている。
『合わせて』くれているのだ。
自分を『気遣って』くれているのだ。
それにすら理沙は『合わせられていない』のだ。

無遠慮に、言葉で踏み込んだのだ。
言葉の存在しない場所に。
言葉の存在できない場所に。
既に遠い異世界。
児童労働と低識字率が当たり前の世界。
そんな事はこの世界にだってあることだ。
想像できて然るべきことだ。
だが、それですら……理沙には想定が甘かった。
……己の無知を、呪うばかりだ。

「……」

彼女の恐怖も、理沙には全ては分からない。
だが……想像は出来る。
すぐ傍にいたはずで、世界に満ちていた信仰が消えている。
拠所だった価値観がない。当たり前にあった言葉すらない。
それらはもう翻訳されてしまった。異世界の言葉に変換されてしまった。
……もう、何処を探したって、見つかるわけがない。
ずっと、傍にいるはずだったのに。
だから、もう理沙にやれることは、足掻けることは。

「……信仰って俺は……学とか関係ないと思います」

自分の意見を、伝える事だった。
自分の言葉を。伝わらないかもしれない言葉を。
理沙は、それしか持たないから。

「マルレーネさんは御自分でも『恐れて』いるといっているじゃないですか。
 信仰に対する恐れがあるのなら……畏敬があるのなら。
 きっと、大丈夫ですよ」

理沙は、何とかヘタクソに笑う。

「襟を正せているって事です。
 それなら……体現出来ている筈ですよ。
 言葉以上の、『何か』を」

それしか、できない。
できなかった。

「……良ければ、送らせてください。
 少し暗くなってきましたから」

マルレーネ > 「凄いですよねー、自分の世界の外にこんな世界があるなんて。
 神の住む世界はあるーって聞いてましたけど、こんな場所は聞いてませんしねー。

 ………。

 こほん。」

一つ咳払いをしながら、ひょい、っと向き直って視線を合わせようとする。

「そうですね、きっと、そうだといいなって思ってます。
 忘れないように、毎日思い出しながら、全力で頑張ることくらいしかできませんし。

 なんていうか。
 日下部さんは優しくて真面目なんだろうなぁ、って、すごく伝わります。
 真摯に人の話を聞くって、やってみて分かるんですけど、難しいですよね。
 そういう時には学が欲しくなるってのが本音というか。

 でも座学は眠くなるのが本音というか。」

最後はちょっと早口。


「それに!!」

バン! 一気に空気を変えていくシスター。

「よくよく考えてくださいよ。
 堤防の掃除しててすってんころりん、海に落ちて溺れかけ。
 服から下着からずぶ濡れで震えてたんですよ?

 それを助けてもらって最後に謝られたら、私の立場が!
 というかも-、むしろ笑ってくださいよ!」

もーもーもー! と、恥ずかしいことをあえて自分で全部口にして、耳まで赤くしながらもあけすけに。 あ、いや隠すこと何にもなかった。

「コインランドリーで乾くまで待ってるんですか?
 ……いや、それなら私が送っていきますよ。 私はこう見えてバッチリ頑丈ですからね!」

ふん、と威張って胸を張って。軽やかに回る舌と身体に沁みついたように強がり。

日下部 理沙 > 「は、ははは……笑うのも何か、悪いと思うじゃないですか」

マルレーネの叩いた手。
それを合図に、理沙も笑う、
笑って見せる。何とか笑う。
マルレーネは……真摯に聞いてくれた、真面目に気遣ってくれた。
なら、それくらいには応えたい。
理沙もそれくらいはできるようになりたい。
上手には……出来ないかもしれないけれど。
それでも、応えたい。

「女性に送られたらそれこそ、男の威厳台無しですよ。
 そこは俺を立ててくださいって……あ、それじゃあ、駅前までとかどうです?」

そう、笑った。
気安く笑った。
コインランドリーで服が乾くのを待ちながら、他愛もない世間話をして。
なんとか、理沙は笑った。
上手にできたかはわからない。
ちゃんとできたかはわからない。

ただ、それでも。
理沙にとって、その世間話は楽しくて。
理沙にとって、彼女の話は魅力的で。
時間はあっという間に過ぎていった。

すっかり話し込んで、二人でコインランドリーを出る。
その後、一先ず駅にまで向かった。
実際にどこで別れることになったかは……まぁ、そう重要な事でもないだろう。

ご案内:「浜辺」から日下部 理沙さんが去りました。
ご案内:「浜辺」からマルレーネさんが去りました。