2020/10/20 のログ
ご案内:「浜辺」に月夜見 真琴さんが現れました。
■月夜見 真琴 >
空は高い。
遠い太陽は砂浜を乾かしきれず、連日の雨の名残がうかがえた。
すこしべたつく秋風に白い髪を煽られながら、寄せては返す波の潮騒を聴いた。
「刻露清秀――もうすっかり、だな」
久方の晴天、過ごしやすい気候へ移り変わった常世島を散策しようとでかけて、
肌の弱さからか夏場はとんと縁がない場所に足が向いた。
「ここのところは色々と立て込んでいたからな。
――陽月のコーヒーが恋しくないといえば嘘になるが」
人気のないところで休みたくなることもある。
芸術学科生として、この時期は特に忙しい。
常世祭に向けてやることは盛り沢山だ。式典委員会ともよく顔をあわせる。
手を組み、上に。ぐぐーっと伸びをした。
催事に参加させてもらい、課題のために日陰でイーゼルを立てていた記憶が、
ずいぶん遠くに思えるほど、気づけば時間が経っていた。
■月夜見 真琴 >
「ふぁ……ぁ」
おもわずこぼれた欠伸に、口元を白い手で覆って噛み潰す。
室外でも心地よいこの秋口の涼気たるや、
なんとも遊び慣れた色事師のように午睡に誘ってくるものだ。
実際、アトリエで良く"落ちて"しまうことはあり、
それを避けるために散歩をしている部分もあった。
「華胥に赴くのも趣味はあるのだがな――なんとも」
連日の寝不足は、立て込んでいるゆえのものではなかった。
追い込みでもなし、学内外問わず作業は多くとも眠る時間を削るほどではない。
視線は入道雲の退いて久しい水平線からゆっくりと上向き、
銀色の瞳は白い日輪をとらえた。眩しさは、いつのまにか失せていた。
■月夜見 真琴 >
寝たくない理由があるだけだった。
鋭く尖った三日月をみあげていた昨晩などは、
絶対にあの夢を見るだろうという確信があった。
無意識に首筋に指をふれていたことにきづくと、身体の横にぱたりと腕をおろす
「今宵は数日ぶりに熟睡してしまいそうだ。
――いつまでも、こうしてはいられないしな」
吐息は青い。
実際幾度か曖昧ながらも視てしまった非ぬ胡蝶の心地を、
さても穏やかな海とて、波が洗ってくれるだろうと、
儚い期待はしてみたが――どうして、思索に耽ってしまえばあれそれ、
沼に嵌るような心地に胸裏が重くなる。
「昏天黒地では筆も鈍るし、さて――」
考えることは山程あった。
煩わされたくなくて閑雲孤鶴となった筈なのに。
■月夜見 真琴 >
眼を閉じる。
「――――」
胸に渦巻く汚穢のような感情も、溶岩のような劣情も。
すべて研ぎ澄ませて真っ白くしてしまうことができるのだとしても。
眼を開ける。
それと付き合う生き方が、あの花びらの吹雪のなかで選んだもの。
甘く、声をあげるほどの疼痛との付き合いは、もう随分とながくなる。
「ううん」
腕を組み、首をひねって考えた。
けっきょくのところ――
「――――」
デバイスを取り出す。
慣れた手付きで操作して、メーラーを呼び出した。
■月夜見 真琴 >
「――――ふぅ」
こんなことですら。
難しい。
メールを送り終えると。
暴れるような鼓動を、手をあてて押さえつけて。
深呼吸――こればかりは。
穏やかな波の音も、この風も、助けてくれた。
落ち着いたらここにも描きに来よう。
凍るような風にさらされる海も良いものだ。
冬滝の髪を揺らし、身を翻す。
「海――そうだ。 きょうは秋刀魚にしようか。
旬だものな。華霧にもなにが食べたいか訊いておこう。
あの子のことだから、"ン、なんデも。"とか言いそうだが――
今日の気分くらいは伺っておいても良いだろうし」
緊張はまだひきずっていたけれど。
踵を返す頃には、気に入りの旋律を口ずさんでいる。
秋の海は、気分転換にはちょうどいい。
秋の空のような心であれば、もっと楽だったのだけれど。
ご案内:「浜辺」から月夜見 真琴さんが去りました。