2020/11/25 のログ
ご案内:「浜辺」に迦具楽さんが現れました。
ご案内:「浜辺」にサヤさんが現れました。
迦具楽 >  
 浜辺の空を、緩やかに赤い色が模様を描いていた。
 複雑に、何度も何度も往復を繰り返している。
 見上げる者が居れば、その赤い色はとても目立つことだろう。

 時に早く、時にゆっくりと、緩急をつけて描かれるコントレールは、秋の空を彩っている。
 急降下し海面を撫であげ、急上昇して円を描くように宙返り。
 自在に空を泳ぎながら、迦具楽は難しい顔をしていた。

「――まだ、鈍ってはいないか」

 大会から今まで、まともな練習もしてこず、最近は優しい同居人に甘えてばかりいた。
 心から応援してくれる友人のおかげで、まだ縋り付いてはいるが、これからどうしたらいいかはいまだにわからないままだ。
 やらなくちゃいけない、その気持ちだけ先行して、今も楽しさを思い出せないでいる。

「少し、休もうかな」

 ぐしゃぐしゃと頭を掻いて、ゆっくりと浜辺に降りる。
 最近は心が休まる時間も増えたが。
 どうしても、こうして泳いでいる時は、気持ちが荒だって、表情も険しくなってしまった。
 

サヤ > 海鮮出汁である、それも昆布や鰹ではなくもっと濃厚な。それを求めてサヤは熊手と粗めの網を持って浜辺に向かっていた。
全ては豊かな食生活のため、ひいては同居人のためである。狙うは貝類、潮干狩りの最盛期は夏だが、冬でも採れないわけではない、むしろこの寒さで人が居ないので採り放題だったりするのだ。

空を見上げ、うっすら見える昼の月から方角を確認していると、赤い軌跡がそれを横切った、そして稲妻のように複雑に折り返しながら線を描く。
そして潮風に乗って見知った匂いがかすかに鼻に届く。直後に、サヤは駆け出していた。

草履をペタペタと鳴らしながら浜辺に出ると、そこには採った貝を供するつもりの同居人、迦具楽が居た。
しかし表情はいつもの明るいものではなく、苦しみを抱えたような険しいもので。
「あの、ええと……迦具楽、さん?」
かける声もどうしても戸惑いがちなものになってしまう。
「どうかされましたか?」

迦具楽 >  
 辞めたくない、そう思ったのは事実。
 けれど、続けるために、選手として生き残るためにどうしたらいいのか。
 それが未だに見えず、暗闇の中から抜け出せていなかった。

「ん――え、サヤ?」

 そこに掛けられる、愛しい同居人の声。
 その姿を見ると、今の自分を見られるのがどうも恥ずかしく思えてきた。

「あー、はは、何もしないよ、うん。
 ちょっと、うまく行かない事があってさ。
 どうしたらいいんだろー、ってね」

 少しだけ照れ臭そうに笑って答える。

「サヤこそ、どうしてここに?
 もう寒くなり始めてるし、海風は冷えるからよくないよ」

 女の子なんだからさ、と腰に手を当てて同居人を気に掛けた。
 

サヤ > 「どうも、こんにちは。」
足を揃えて手を腰の前で組んで頭を下げる、堅苦しいほど礼儀正しい振る舞いは愛しい相手の前でも抜けることはない。

「私は潮干狩り、って言うんでしたっけ、貝を採りに来たんです。美味しいお出汁が取れますから、お味噌汁の味に幅を出そうかと。ありがとうございます、でもそれなりに鍛えてますから、平気です。」
当たり前のように腰に手を回されると、その手に自分の手を重ねる。寒いというのに迦具楽の手はいつもどおり温かで、握りたくなる。
しかし、今は自分の幸福に浸っている場合ではない。

「うまく行かないこと、ですか?一体何をなされていたんですか?お言葉を返しますが、迦具楽さんだって女の子じゃないですか。」
先日はそれで寝込んでいたのだ、こちらとしても心配である。眉根を寄せて、覗き込むように迦具楽の顔を見上げた。

迦具楽 >  
「潮干狩りかー。
 貝かあ、いいねえ。
 晩御飯が楽しみだ」

 同居人の手料理は、丁寧で繊細。
 味も細やかで、いつもちょっとした工夫で楽しませてくれるのだ。
 だからすっかり、同居人に舌を躾けられてしまっている。

「んー、まあ、ほら、体調も落ち着いたからさ。
 ちょっと運動、かなあ。
 あ、これね、寒そうに見えるけど実は体温を保つ機能があって便利なんだよ?」

 と、自分が着ている、ボディラインがぴったりと浮き出るスーツを示して。
 その密着具合やラインの浮き方から、その下には下着もつけていないのが分かるだろう。

「エアースイムっていうスポーツなんだ。
 空を飛んで、競争したり、戦ったりするの」

 そう、簡単に自分がやっていた事を話して。
 

サヤ > 「はい、上手に砂を吐いてくれれば晩御飯に出せますよ。」
一緒に暮らし始めてから、自分の作る料理を同居人はとても喜んでくれている、作る方も張りが出るというものだ。
まるでお腹を空かせた子供のような顔に、くすりと笑みが漏れる。

「水着かと思ったのですが、違うんですね。でもその……体の凹凸が…あの、それがえあーすいむ…?の制服なんですか?」
いくら迦具楽の体が少女のそれだと言っても、あまりにボディラインが露わにされているのを見ると気恥ずかしい、もじもじと袴を掴んで、目を逸らしながら。
「ええと、空を…ということはさっき空を赤い線が走っていたんですが、迦具楽さんだったんですか…?」

迦具楽 >  
「制服っていうとちょっと違うけど、まあ、推奨されてるウェアかな。
 あはは、最初は結構恥ずかしいって聞くよね、コレ着るの」

 彼女の視線が泳ぐのを見ながら、「どう、似合ってる?」なんて言いながら見せつけていく。

「そうそう、私だよ。
 泳いだ後にその軌道が残るんだ。
 試合なんか見ると、いろんな色が混ざり合って、綺麗なもんだよ」

 なんて話しながら、苦笑を浮かべて頭を掻いて。

「でもそっかあ、見られちゃったかぁ。
 ちょっと恥ずかしいな。
 どうせなら、サヤにはカッコいいところ見せたかったのに」

 

サヤ > 「いや、あの、お、お似合いですけど……あまり、その、人目に付かないようにしてくださいね…?」
見せつけられると、直視しないようにはしつつ、視界の端にはしっかりとその姿を収めている。

「そ、そんなことありません。とっても、とっても綺麗でした。真っ赤な稲妻みたいで、最初からここには来るつもりでしたけど、誰がやったのか気になって走って来たんです。あの、ええと、えあーすいむについては全然、わかりませんけど、かっこ悪くなんか、全然、なかったです。」
まだぴったりとしたボディスーツを見ることは出来ないが、腰に回された手をぎゅっと握って。
青空に浮かぶ赤い軌跡はまるで空を切り裂くようで、剣の道を歩む者には見惚れるほどのものだった。

迦具楽 >  
 直視しないようにしながらも、しっかり見られているのは感じられた。
 帰ったらじっくり見せてあげようかな、なんてちょっと考えつつ。

「そう、かな。
 まあうん、それならまあ、いっか」

 かっこ悪くなかったと言われて、しっかり手を握られると、ちょっとだけ安心する。
 こんな情けない気持ちで泳いでいても、まだ見られる泳ぎになっていたのなら幸いだった。

「でも見つかっちゃったし、サヤに見られても恥ずかしくないように、頑張らないとな。
 この前も、ファンの人にかっこ悪いところ見せちゃったばかりだし――もっと必死にならないと、ね」

 そう言いながら苦笑を浮かべるが。
 表情のわりには、どこか余裕のなさと、焦りが透けて見えるだろう。
 まるで自分を追い詰めているような、何かに追い立てられているような。
 楽しんでいる、というには少しばかり苦しそうに見えるかもしれない。
 

サヤ > 「………。」
何か、おかしい。あまり体を見ないように顔を上げると、そこにあるのはいつもとは少し違う苦笑。
頑張らないと、必死にならないと、普段の迦具楽なら口にしないような言葉。

「迦具楽さん、あの、ちょっと、よろしいですか?失礼かもしれませんが、その、エアースイムというのは、迦具楽さんにとって、どういったものなんですか……?例えば、私にとっての剣術のような、一生を賭して極めるべき道、なのでしょうか…?」
一度確認しておくべきなのは、エアースイムという競技がどういった位置を占めているのか、それによって話は変わる。
迦具楽は焦って、藻掻いている、それがわかる。だがそれは必要なものなのか、はっきりさせなければ、見当違いな言葉は同居人を怒らせるか、失望させてしまうかもしれない。
身近な人間が自分の行いに無理解だったら、それは酷く悲しいことだ、そんな思いをさせたくない。

迦具楽 >  
「え、うーん、どうなんだろう。
 前は好きで、楽しくて、誰よりも上手くなりたいなんて、思ったりもしてたけど」

 今は、好きかどうかもわからなくなっていて、楽しいとすら思えなくなっている。
 以前なら間違いなく、生き甲斐だと、自信を持って答えていたのだろうけれど。

「今は、なんだろうな。
 苦しいけど、辞められない事、やらなくちゃいけない事――かな。
 辞めようとも思ったけど、結局辞められなくて、さ」

 浮かんでいた苦笑も、形を失って。
 力のない、弱った表情が浮かび上がる。

「自分でも、どうしたいのか、どうなりたいのか、わかんなくなっちゃって。
 でも、応援してくれる人が居て、私に憧れたって人もいてさ。
 頑張らないとって思うんだけど――やっぱり、息苦しくて」

 相手が彼女だからだろうか、意外なほど、素直に気持ちが零れ出る。
 苦悩が浮かんだ表情で、彼女の手をぎゅっと握って。
 そのまま、彼女に近づいてその肩に頭を乗せる。

「誰かに抱きしめてほしいくらい、しんどかったり、とか。
 あはは、ごめん、やっぱり情けないね」

 そう言うが、彼女から離れようとはしない。
 そのやさしさにすがるように、自分の弱った姿を自然とさらけ出していた。
 

サヤ > 「迦具楽さん……。」
空いた手ですがりついて来た背中を抱きしめる。

「私も、なんて言うのは傲慢かもしれませんが……。剣術道場で拾われ、育った身として、自らの非才を嘆き、それでも別の道を選べない辛さはわかるつもりです。
いくら努力をしても、腕はあがらなくて、でも辞めてしまったらそれまでが無駄になってしまうのが怖くて、お世話になった人たちを裏切るようで、茨の中を進むような………苦しくてたまらないのに進むしか無い、そんな時期が私にもありましたし、そんな人をたくさん見てきました。道を歩む者なら誰だってぶつかる壁だと思います、だから、迦具楽さんは情けなくなんかありません。」
優しく、温かな声。抱きしめる腕に力が籠もり、更に体を密着させる。スーツ越しにも体温が伝わり、柔らかく女性的な体の奥にある鍛え抜かれた体幹を感じさせるだろう。

「弱みを見せるのは、自分の感情を吐き出すのは、とても辛いことです。迦具楽さん、伝えてくれてありがとうございます、その相手に私を選んでくれてありがとうございます。
私は道場に居る時、師匠にそう伝えられませんでした、だから一人で苦しみ続けました。そしてある日師匠の方から言ってくれたんです。」
少しだけ体を離して、視線を合わせる。いつもの怯えた子犬のような目ではなく、しっかりとした大人びた目。

「『誰もお前を苦しめたくて応援していない。お前に成長してほしくて応援しているんだ。』って、私は期待に応えようと、恩を返そうと必死になっていました。気づいたら自分の成長じゃなくて、そっちが目的になっていたんです、そして期待も恩も、感じる側からすればきりがありません、だからそれに応じた働きなんて出来るわけがないんです。だから迦具楽さん、辛ければ少し立ち止まりましょう、誰もあなたを追い立ててなんかいないんです、それはあなたの優しさが生んだ幻の鬼です。追いつかれてもそのまますり抜けていくだけです。」
頑張らないと、必死にならないと、その気持は痛いほどわかる、だがそれは間違いなのだ。
酷く弱々しく、縮んですら見える彼女を、もう一度優しく抱きしめた。悩み、足掻き続けてきたことを労うように、頭を撫でる。