2020/11/26 のログ
迦具楽 >  
 抱きしめられ、彼女の体温を感じると、強い安心感を覚えてしまう。
 極端に薄いスーツの生地は、彼女の女性らしさと、頼もしさの両方を伝えてくれた。

「――そっか、サヤも苦しい時があったんだね」

 そう言えば四年前はもっと自信がなくて弱弱しい少女だった気がする。
 きっと四年の内に、伝えられた言葉や教えを自分のモノに出来たんだろう。
 しっかりと彼女が成長していて、強くなったのは、かつて授かったモノが根付いていたからだろうか。

「わかってる、わかってるんだ。
 でも、私は、弱いから――立ち止まったら、置いていかれちゃうから。
 必死になって、頑張って――とにかく追いつかなくちゃ、ダメなんだ」

 競争の世界で足を止める事は、そのまま差が広がる事。
 休めば休んだだけ、努力を続ける選手との差は大きくなってしまう。
 ただでさえ女性の身体で、先日のように休まなければならない時間が出来てしまうのだ。

 彼女の体温に触れ、頭を撫でられると、そのまま甘えていたくなってしまう。
 けれど、それもイケナイ事のように感じられて、また息苦しくなる。
 こうして彼女に甘えている間にも、自分が置いていかれているような焦燥感が、迦具楽を急き立てていた。

「私、さ、あんまり才能無いから。
 始めたばかりの子に、才能に、嫉妬だってしちゃって――大切な友達なのに、傷つけちゃうかもしれないくらいで。
 だから、そうならないくらい、必死で、強くならなくちゃ――」

 彼女の襟を強く掴んで、泣き言じみた声を漏らす。
 甘えちゃいけない、そう思うほど、彼女に縋り付きたい、甘えて許されたい、そんな思いが強くなってしまう。
 そんな自分の情けなさに、涙すら溢れそうだった。
 

サヤ > 思い詰めている、自分で自分を追い立て、袋小路に追い詰めていく様は、あの頃の自分を思い起こさせる。
あの時自分はどうやって助けてもらっただろうか、あの時サヤを、石蒜を救ったのは……。
「迦具楽さん、迦具楽さん………落ち着いて、大丈夫です。深呼吸をしましょうか、一緒に、吸って……吐いて……吸って……吐いて……。」
抱きしめたまま、迦具楽の呼吸に乱れた浅いものから、ゆっくりとした深いものへと変えていくように。
まずは少しでも落ち着かせる、きっと思考が駆け巡り、荒れ狂っているはず、そんな状態ではどんな言葉も、ぬくもりも届かない。
痛ましい、まるで息も絶え絶えに、足を震わせながら走り続ける長距離走の選手のよう、立ち止まって欲しい、しかし彼女の中の焦りはそれすら許さない。また走り出すために力をつける必要があるというのに。

「………失礼します。」
少し背の高い迦具楽、顔の位置を合わせるために背伸びをして、唇同士を触れ合わせる。鳥がついばむような口づけ。

そしてじっと目を見つめる。
「才能がないから、弱いから、嫉妬するから、だからなんですか、私は迦具楽さんが好きです、愛してます。
あなたが何をしようとそれは変わりません。少なくとも私の前ではそんなもの取り繕わないでください、甘えてください、すがりついてください。
全て受け入れます、恨み言でも泣き言でも聞きましょう、苛立ちをぶつけたって構いません。
私はあなたの恋人です、候補の一人に過ぎないとしても、寄り添って歩んでいくつもりの者です、あなたが遠慮する必要はこれっぽっちもありません。」
石蒜を救ったのは無償の愛情、何をしても受け入れるという、子供のような情緒にギラつく狂気溢れる母性を持ったちぐはぐな精神を持った彼女の言葉と行動。
それをサヤは思い出していた、どれほど救われたかを思い出し、それを迦具楽にも行おうとしている。

迦具楽 >  
「すぅ――はぁ――」

 彼女に言われるまま、ゆっくり、深く呼吸する。
 酷く浅い呼吸になっていたのに気づき、息苦しさが和らいだように感じた。
 そうしてようやく顔を上げたところに触れたのは、柔らかな感触。

「――はぇ?」

 何をされたのかわからず、きょとんとした顔で彼女を見る。
 その後に続く力強い言葉を聞きながら、彼女が自分の情けないところも全部を受け止めようとしてくれている事に気づき。
 そして、自分が何をされたのかに気づいて、右手でそっと口元を隠した。

「――ずるいよ、サヤ。
 こんな時に、こんなの、好感度上がっちゃうじゃん」

 ほんのりと頬を染めて、彼女から視線を逸らす。
 焦っていた気持ちも、堂々巡りを繰り返していた思考も、今は止まって。
 目の前の彼女の事で頭がいっぱいになってしまった。

 彼女が自分を慕ってくれているのはわかっていたけれど。
 こうして行為に表して、これほど力強い言葉で伝えてくるとは思っていなかった。
 ほんの少し、体温が上がるのを感じる。
 彼女の好意を受けて、顔が熱くなっているのが分かった。
 

サヤ > 「目の前に居るのに、迦具楽さんが私のことを見てくれないからです…。」
自分の行動が随分と積極的だったことに、こちらも顔を赤くしてうつむく。

「その…だから、頼ってください……私、頼りないかも知れないですが……あなたへの、あいじ……気持ち…いえ……愛情、は、ほ、本物ですから……。あの、お、落ち着くのに必要なら、また、し、しちゃいますから………。」
握り続けている手は迦具楽のよりも赤く熱くなっているのが伝わるだろう。

迦具楽 >  
「う、ごめん」

 いじらしく、自分を見てほしいという彼女が、とても可愛く目に映った。
 元々好意的には思っているのだ。
 だからこうして、積極的に愛情表現をされると、否応なく意識させられてしまう。

「――うん、ありがと、サヤ。
 こんな私の事、沢山想ってくれて。
 大丈夫、ちょっと落ち着いて――ああ、いや」

 熱く火照っている手を強く握り返して。
 まだ赤い顔ではにかみながら。

「まだ落ち着かないっていったら、さ。
 また、してくれるの?」

 自分の唇に指先を当てて。
 じっと、彼女の瞳を見つめる。
 

サヤ > 「いいんです、その、これから気をつけてください。私も、今まで迦具楽さんの悩みに気付かなかったわけですし。お互い様ということで…。」
爆発とでも言うべき好意の表明は、普段控えめにすぎるサヤには過負荷だったらしく、いつも以上に恥ずかしそうに震えた声で。

「ど、どうい、たしまして……迦具楽さんのことは、ずっと、大好きで……あう……。」
汗ばむ手を握られると更に体温が上がったように感じる。冬の潮風でもその火照りを冷ますことは出来ず。
「お、落ち着いてないなら……仕方ない、です……はい、し、仕方ない………。」
片手を握りしめたまま、もう片手を震わせながら迦具楽の頬に添えて。
もう一度背伸び。二度目はもう少し長く、2人の唇の温度が混ざり合うほどに密着させて。

「落ち着き、ましたか……?」
顔を手で覆って、熟れたりんごのように赤くなった顔を隠しつつ、消え入るような小声。

迦具楽 >  
 頬に手を添えられ、彼女の顔が近づいてくる。
 瞳を閉じて、その愛情を受け入れると、優しい熱が伝わってきた。
 唇が離れて、顔を隠す彼女の姿が見えると、自然と笑みが浮かんでくる。

「――ふふ、まだかなぁ? なんちゃって。
 本当にありがと、サヤ。
 キスなんて、普段じゃ考えられないような事までしてくれて」

 そのまま、彼女にもたれるように抱きついて、そっと大切なものを扱うように優しく抱きしめる。
 ちゃんと自分の脆くて弱いところ知って、受け入れてもらえた事が嬉しくて、愛しく感じて。

「ほんとに、ありがとう。
 サヤがいてくれたら私、もうちょっと頑張れる気がする」

 そう抱きしめたまま、穏やかな声で言って。

「潮干狩り、だよね。
 私も一緒にしていいかな」

 そう、焦るばかりの気持ちを、少し休めるために。
 

サヤ > 「これ以上はだめ、です……。あの、その、か、迦具楽さんがどうすれば楽にって、考えたら……それしか思いつかなくて………。」

頼るばかりであった、心配をかけるばかりであったあの頃とは違う、そう示したくての行動だったが、焦っていたのはこちらもかもしれない。
後悔はないがひたすら恥ずかしい。抱きしめられると、その肩に顔を埋める、顔が熱すぎて頭から湯気が上がりそうだ。

「そう言っていただけたら、嬉しいです……。でも、頑張りすぎはもう、ダメ、ですよ……。出来る範囲で、やってください……。私に出来ることなら、なんだってしますから…。」
いつも以上に静かで落ち着いた声、聞き惚れながら、もう大丈夫だろうと安堵する。深く息を吐いた。

「はい、是非ご一緒に。あまり小さいのはとっちゃ駄目ですよ、この網に入るぐらいの大きさで。」
まだ赤い顔でにっこり笑って、帯に挟んでいた目の粗い網を示す。

冬の足音がすぐそばまで迫る海、潮風が吹付け、海水も冷たいが、どこか温もりを感じながらの潮干狩りとなることだろう。

迦具楽 >  
「はーい。
 じゃあ、苦しくなったら、またサヤに慰めてもらうね」

 抱きしめていた腕を離すと、触れていた温もりが名残惜しく感じた。
 けれどこの暖かさが、いつも隣に居てくれる、見守ってくれると思うと、とても心強く思える。

「へえ、片っ端から取ってっちゃダメなんだ。
 そっか、全部食べちゃったらなくなっちゃうもんね。
 人間と同じかー」

 なんて、乱獲しないよう言われれば、素直に納得して。
 彼女と並びながら、砂浜を少しずつ掘り返していく。

 その時間はやはり温かくて、安らげて。
 彼女にもっと自分の事を知って欲しい。
 そんな気持ちが、いつの間にか強くなっている事に気づくのだった。
 

ご案内:「浜辺」から迦具楽さんが去りました。
ご案内:「浜辺」からサヤさんが去りました。